猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
私は出口を探すために、壁に並んでいた扉を一つずつ確認して回った。
電気が通っていないのか、鍵のかかった扉は手でこじ開けるしかなかったけど、思ったよりも簡単に開けられた。
扉の向こうは暗い部屋ばかりで、分厚い埃が積もっているだけでなく、壁のあちこちが崩れ落ちている。外を見た時と同じで、ずっと昔に捨てられた建物みたいだ。
何か使えそうなものがないか探してみたが、ガラクタばかりでこれといったものは見当たらなかった。
何個目かの扉を開けた時、そこだけが他とは違い、奥へと続く長い通路になっていた。
暗がりの先に、少しだけ光が見える。あちらが出口かもしれないと考え、私は通路の奥へと進んだ。
トンネルみたいな通路を壁伝いに抜けると、そこは工場のような広い場所だった。
床は鉄格子になっていて、壁には太い配管がたくさん通っている。ここも天井の一部が崩れていて、そこから差し込む光で埃が白く舞っているのが見えた。
奥へ進もうとしたその時――カツン、カツンと硬い音が響いた。間違いない、誰かの足音だ。
私はすぐに近くの太い配管の陰へ身を隠した。隙間から音のした方を見ると、奥の通路から、銃を手にした二本足のオートマタが現れた。
周りを警戒するように、ゆっくりとこっちへ近づいてくる。私は息を殺し、配管の裏でじっとした。
次第に足音は大きくなるが、私の横を通り過ぎることはなく、そのうち別の方向へと遠ざかっていった。
顔を出してみると、オートマタが現れた方向にはいくつか通路が分かれているのが見えた。どうやら、こっちに近づく前にどこかの角を曲がったらしい。
足音が聞こえなくなってから、私はまたゆっくりと歩き始めた。 奥の方までよく見えるけれど、補給になりそうな物資や、出口に繋がりそうな道は見当たらない。
でも、ああいう機械が動いているなら、どこかに出口があるはずだ。私は気をつけながらゆっくりと歩を進めた。
◆
それからしばらく探し続けたが、思ったように進めず、なかなか出口らしき場所には辿り着けずにいた。
うろつくオートマタに遭遇しかけては隠れることの繰り返しで、進みたいルートを何度も回り道させられている。
(せめて戦う手段……
そんなもどかしさを感じながら、進行方向を塞ぐオートマタを物陰から睨みつける。
どうしようかと考えていると、ふと、ブーンというモーター音が近づいてくるのが聞こえた。
どこからだろうと辺りを見回すと、私の背後にある曲がり角から、小型の飛行ドローンがふらりと出てきた。
「……っ」
急に出てきて、肩がびくっと跳ねる。これまでの探索でオートマタ以外の機体は見かけなかったから、完全に不意を突かれた。
ドローンも私を見つけたようで、すぐに赤いランプを光らせて、アラームを鳴らし始める。 武器がない私は、両手を挙げて大人しく降伏しようとした。
しかし、ドローンは何も警告しないまま、下に取り付けられた銃口をゆっくりとこっちへ向けてきた。
撃たれる。そう思った私は、避けるために咄嗟に横へと飛び退いた。
「――っ!?」
ドローンの銃口が火を吹いた瞬間。私の身体は、あり得ないくらいの急加速して、飛び退いた先にある壁へと激突した。
(な、に……!?)
目を瞑って激痛を覚悟したけれど、ぶつかった衝撃は思ったほど痛くなかった。それよりも、自分の身体が起こした加速に、頭がついていかない。
急いで立ち上がると、ドローンがまた銃を構えているのが見えた。 次を撃ってくる瞬間、今度はドローンの脇をすり抜けるように、全速力で前へ駆け出す。
するとさっきと同じように、身体が前へ弾かれたみたいに加速して、あっという間にドローンの真横を通り抜けた。
そのまま走り続けると、床を蹴り飛ばす度にどんどん加速していき、周りの景色がすごい速度で後ろに飛んでいく。
(速すぎる……!)
今まで走るどころか、自分の足で歩くことさえできなかった身体だ。そんな私でもわかる。この速度はどう考えても速すぎる。
やっぱり誰かに拾われて、新しい強化人間手術でも受けたんだろうか。
頭の中で色々考えながら、射線を切るために通路を駆け抜ける。 しかし、最初の分岐を曲がった先で、今度は銃を構えたオートマタが何機も、こっちへ向かってくるのが見えた。
おそらく、さっきの警報を聞きつけて合流してきたんだ。
「くっ……!」
私は無理やりブレーキをかけて、別の通路へ飛び込もうとする。だけど、隠れる直前、背中に何発か弾が当たった。
「――っ!」
衝撃に背中を押され、少しよろけたけれど、私は立ち止まらずに奥へと進み、敵との距離を離す。
そのまま何度か分かれ道を抜けて走り続け、太い配管がたくさんある隠れられそうな隙間を見つけると、そこに滑り込んだ。
息を整えて、すぐに周りの索敵をする。追手の姿はなく、足音もモーター音も聞こえない。完全に振り切ったようだ。
「……ふぅ」
一息ついてから、自分の身体がおかしい理由を考える。
あの時、背中から撃たれた瞬間、私は死ぬほど痛いと思った。なのに、背中を叩いた衝撃はすごく小さくて、不思議と『大丈夫だ』という感覚があった。
改めて背中側を確認してみるが、傷もないし、血も出ていない。ゴム弾か何かだったのかと考えたが、マズルフラッシュや薬莢は見えていた。間違いなく実弾だ。
弾を何発か受けても平気な頑丈さといい、敵が追いつけない機動力といい、この身体は普通の人間のレベルじゃない。
いくら強化人間でも、ここまでの性能にすることは無理なはずだ。
そんなことを考えていると、遠くからカツン、カツンと足音が近づいてきた。私を追いかけてきたやつか、その辺を歩いていたやつか。
最初は息を潜めてやり過ごそうとしたけど、ふと、今の自分ならあいつを倒せるんじゃないか、という直感が働いた。
だけど、正面から行くのはリスクが高い。私は敵が近づいてくるまで、配管の陰で静かに待つことにした。
次第に足音が大きくなり――敵が横を通り過ぎる瞬間。私は弾かれたように飛び出し、オートマタのお腹を狙って前蹴りを放った。
「ふっ!」
蹴りが当たった瞬間、すごい音がして、敵が勢いよく通路の壁へと叩きつけられた。
私はそのまま崩れ落ちる敵へと距離を詰め、今度は頭を狙って、右の拳を思い切り突き出した。
「しっ!」
また大きい音がして、私の拳と壁に挟まれた機械の頭部はぐしゃっと潰れ、後ろの壁が丸くへこんだ。
壊れた機械は、何の音も立てずにズルズルと座り込むようにして、完全に動かなくなった。
鉄くずになった機械を見下ろし、私は自分の違和感の正体をはっきりと理解した。
実弾を数発受けても平気な身体。クイックブーストのような機動力と、機械を壊せるパワー。今の私の身体は
もちろんブースターはないから空は飛べない。だけど、さっきの一瞬のダッシュや、足を踏ん張って格闘攻撃を当てる動きは、ACの操縦感覚をイメージしながらやったものだ。
相手は銃を持っているとはいえ、簡単な動きしかできないMTみたいな機械。ACである私が、負けるはずがない。
戦う手段が手に入って安心していると、ふと、床に転がっているアサルトライフルが見えた。
「……使えるかな?」
私は試しにその銃を拾い上げ、ちゃんと動くか確かめた。
私には銃が大きすぎて、両手で構えるのは難しい。代わりにグリップだけを片手で握って持つしかなかったけど、今まで両腕に重火器を取り付けて扱ってきたから、むしろその方が自然でやりやすい。
そのまま通路の奥にある配管を的にして、右腕を持ち上げる。
『ダァンッ!』
撃った弾は、狙い通りに数十メートル先の配管に当たって火花を散らした。無事に使えることを確認して、私はホッと息を吐く。
これなら、今まで敵を避けて遠回りしていたルートも、強行突破できるだろう。
念のため、壊れた機械から予備のマガジンを抜き取り、ポケットにねじ込む。
そうしていると、通路の奥からいくつも足音とモーター音が重なって近づいてくるのが聞こえた。
おそらく、ここでの戦闘音を聞きつけて、敵の増援が向かってきているんだ。
しかし、今の私が持っている武器は奪い取ったライフル一丁のみ。今後も弾薬を補給できるとは限らない。
今のミッションはあくまでここから脱出することだ。無駄な戦闘は避けるべきだ。そう考えた私は、音が聞こえる方向とは反対に駆け出し、また出口を探して走り出した。