猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
今回から日常編になります。
二十話:オリエンテーション
打ち上げから一夜明けた、ミレニアムの部室。私は昨日食べたファミレスの『お子様ランチ』の味を思い出して、少しだけ口元が緩むのを感じた。
デカグラマトンとかいう敵の調査はひと段落したらしい。だけど、今日から私がどんな仕事(ミッション)をするのかは、まだ聞いていなかった。
何をするのだろうかと考えていると、部室のドアが開いてヒマリとエイミが入ってきた。
「起きてたんだ、おはよう」
「シホ、おはようございます。よく眠れましたか?」
「大丈夫」
部室に来た二人は、なんだか荷物を持ってきているようだった。挨拶を済ませると、エイミがその荷物を広げ始めている。やっぱり、今日も何か仕事があるのだろうか。
「ヒマリ。今日の仕事はなに?」
「今日は仕事というより、『オリエンテーション』です」
「おりえん、てーしょん……?」
聞いたことのない言葉に、私は首をかしげる。
「シホは今まで特異現象捜査部の預かりでしたが、今後は正式に『ミレニアムサイエンススクール』の生徒として所属してもらうことになります。今日は、生徒として過ごすとはどういうことなのかを説明していきますね」
生徒。いまいち、その言葉の意味がよくわからない。
要するに、これからは『ミレニアムサイエンススクール』という組織に所属する、戦闘部隊の一員になるということだろうか。
勝手にそう考えて、私はひとまず小さくうなずいた。
「そういえば、シホの学籍取得なんて、会長がよく許したね? どうやって許可をもらったの?」
いつの間にか荷物を片付けたエイミがヒマリの横に立ち、不思議そうに聞く。
「何を言いますか。エイミに連れてこられた時から、シホは初めからうちの生徒でしたよ?」
ヒマリが涼しい顔で、まるでそれが当然であるかのように言った。
「あっそう……やっぱりハッキングなんだ……」
やはり、私はルビコンに密航した時と同じように、ヒマリの
「もっとも、これについてはビッグシスターからかなり反発があると思っていたのですが……あちらからは何のアクションもなくて、正直拍子抜けです。シホについての報告を投げた際も、やけに物分かりがいい様子でしたから、おそらくは……」
「会長、もしかして本当に許してる?」
「たとえ天地がひっくり返っても、あの女に限ってそれだけはあり得ませんね。まあ、この場合は深く考えてもしょうがないので、ひとまず置いておきましょう」
ヒマリはそう言って私に向き直り、話題を変えた。
「とにかく、シホにはこれからミレニアムの施設紹介と、生徒についての説明を受けてもらいます」
ヒマリは私に二つのアイテムを渡してきた。一つは、首から下げる紐がついたカードが入ったケース。もう一つは、四角い小さな機械だった。
「こちらのIDカードは、シホの『学生証』です。身分証でもあり、お財布でもあるので、なくさないように必ず首から下げてくださいね」
「わかった」
「もう一つは、『携帯端末』です。主に連絡手段として使用するためのものですね。今までの任務で使っていた通信機と似ていますが、そちらはシホの個人的なものになります」
私は学生証を首から下げて、携帯端末の電源を入れた。
「使い方について詳しく説明すると長くなってしまうので、まずは『モモトーク』ができるようになりましょうか」
私はヒマリに教えられながら画面を操作し、モモトークというアプリにヒマリとエイミの連絡先を登録した。
「使い方は以上です。分からないことがあったら、私かエイミに連絡してくださいね」
私が端末をポケットにしまうと、ヒマリは満足そうにうなずいた。
「それから最後に、シホの『制服』についてです。エイミ、持ってきてもらえますか?」
ヒマリが言うと、エイミが後ろに下がり、いつの間にかそこにあった小さなハンガーラックを持ってきた。
そこには、白いシャツと青いネクタイ、黒いスカート。そして、白を基本にした上着がかかっていた。
「これからは、ミレニアムの生徒として生活する際は、この制服を着るようにしてください。もちろん、休みの日や学校が終わった後は、好きな格好で過ごしてもらって構いません」
「じゃあシホ、早速着替えよっか」
エイミに連れられて、私は部室の奥で服を着替えた。
数分後。制服を着た私は、エイミと一緒にヒマリの前に戻った。
「この前身体検査をした時にデータを取らせてもらったので、サイズはぴったりだと思うのですが……動きに問題はありませんか?」
ヒマリに聞かれ、私は軽く腕や足を動かしてみる。前の服に比べて、少し布が引っ掛かる感覚がある。動きにくいし、服の数が多い。
「……前のに比べて動きにくい。シャツの下の一枚だけじゃダメなの?」
「分かる。制服って邪魔だよね。暑いし、私も本当は全部脱ぎたいくらい」
私の制服に対する評価に、エイミが深く共感してうなずいた。確かに、この制服に比べると、エイミの格好はかなり布が少なくて動きやすそうではあった。
「エイミ! シホの教育に悪いことを言うのではありません!」
ヒマリがエイミを注意してから、私に対して丁寧に説明を始める。
「シホが今まで着ていた服は、普段着というよりは運動着に近かったので、それに比べれば動きにくいと思います。ですが、制服はその分頑丈で、ある程度の攻撃なら防いでくれる優秀な防具でもあるのですよ?」
「……防具」
同じ布の服なのにそこまで違うのかと不思議に思ったが、これが戦闘用の装甲だと思えば納得できる。身を守るためなら仕方ないと考え、私はそのまま制服を受け入れることにした。
「さて、準備もできたことなので、これからお出かけと行きましょうか」
ヒマリが車椅子を動かして、外に出る準備を始める。
「……部長が自分から外に出るなんて、珍しい」
「いくら私が清楚で可憐な病弱美少女だと言えども、特異現象捜査部の部長として、後輩に対する責任を果たすくらいの気概はありますよ」
そう言って、ヒマリは私とエイミを連れて部室の外に出た。
◆
外に出た後、移動しながらヒマリが目的地を教えてくれた。今日はミレニアムの敷地を一通り回って、軽く説明するだけにとどめるらしい。
「シホはデカグラマトンの調査に行ってくれたとはいえ、まだキヴォトスに来たばかりです。こちらの規則や常識についてはまだまだ理解が足りていないはずですからね。今後は、そのあたりのお勉強もしていきましょう」
それから私たちは、巨大なミレニアムタワー、モノレールの駅、色々なものが売っている売店、実習センターなど、その施設の用途や、どのような生徒がいるのかという説明を受けながら、ミレニアムの施設を一通り回った。
外に出てしばらくたったころ。私たちは最初に出発した場所に戻ってきた。
「……これで、主要な場所の説明は一通り終わりました。ミレニアムはいかがでしたか?」
少し疲れた様子を見せながら、ヒマリが私に聞いた。
ミレニアムの敷地を見て回った時、時々どこかで爆発音が聞こえたり、遠くから銃声が聞こえたりした。
でも、道を歩いている人たちから、殺伐とした空気は少しも感じなかった。
私自身も、ルビコンで過ごしていた頃に普通の街中で暮らしていたわけじゃない。でも、ここはなんというか……気が抜ける場所だと思った。
もしその感覚を言葉にするなら、『平和』という言葉が一番似合っている気がした。
「……平和……だと、思う」
私はヒマリにそう伝えて、それ以上は特に語らなかった。
「まあ、シホが前いた場所に比べたら、ここは平和だろうね」
エイミが言うと、ヒマリは少しだけ苦笑いをした。
「ええ。ここは平和です。これからは、あなたもこの平和の中で暮らしていくのですよ」
ヒマリのその言葉が、耳の奥で少しだけ引っかかった。自分がこの平和な場所で暮らす。それは、どこか間違っているような、うまく受け取れないような、奇妙な感覚だった。
「……うん」
私は、あいまいな返事をしてごまかした。
「さて、今日はこのあたりにしておいて帰りましょうか。明日からは、キヴォトスとミレニアムについて、お勉強をしましょうね」
ヒマリがそう言って、来た道を引き返し始める。
仕事をする時も、相手の組織の情報を集めたり、環境について勉強することはあった。それは、ここで過ごす上で必要なことだと理解しているため、勉強自体に抵抗感はない。
私は、明日からの情報収集のことを考えながら、ヒマリとエイミに続いて部室への道を歩き出した。