猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
「ヒマリ。今日の仕事はなに?」
いつものように、私は部室でヒマリに尋ねた。しかし、ヒマリは少し渋い顔をして車椅子の上で腕を組んだ。
「そうですね……シホには色々と経験を積んでもらいたいですが、毎日のようにデカグラマトンの調査をさせるわけにもいきません。かといって、まだ一般常識が身についていないあなたに、いきなり普通の授業を受けさせるのは早いでしょう」
ヒマリはふぅと息を吐く。それに、とヒマリは続けた。
「デカグラマトンの調査自体に、どこからかお金が発生するわけではありません。これまでの弾薬費などは、特異現象捜査部の部費と、私のポケットマネーから出していましたからね」
そう言われて、デカグラマトンの調査は特異現象捜査部の活動だが、依頼主もヒマリ自身であることを思い出した。
確かに、他の誰かから依頼されているわけではないなら、報酬は出ない。それなら、あまり頻繁に仕事を出せないのも理解できる。
「私自身も、常にあなたの面倒を見られるわけではありません。なので……簡単な『アルバイト』をしてみるのはどうでしょう? 社会勉強にもなりますし、今のシホがどれだけキヴォトスに馴染めたか知るのにも、ちょうど良いでしょう」
「あるばいと……?」
「ええ。お店などに雇われて仕事をして、報酬をもらうことです」
お店……企業とは違うのだろうか。とにかく、そこに雇われて仕事をして報酬がもらえるなら問題はない。私は「わかった」と小さくうなずいた。
◆
アルバイト当日。
私は、ヒマリに紹介された『エンジェル24』というコンビニにやってきた。
「今日からアルバイトに入る、六津井シホさんです。よろしくね」
「六津井シホ。よろしく、お願いします」
店長が紹介してくれて、私は教育担当だという先輩のロボット店員に向けてペコリと頭を下げた。
口調については今までのしゃべり方だと問題があると言われたので、ヒマリから教えられた敬語を、間違えないようにゆっくりと喋る。
「新人が来るとは聞いてたけど、思ったよりも若いね……。とりあえず教育を始めるから、何か分からないことがあれば言ってくださいね」
そう言われて、先輩から『接客マニュアル』という資料を渡されて説明を受ける。
接客のやり方、お金の受け渡し方、機械の操作方法。
私は先輩から教えられた内容を、一つ一つ記憶していく。どれも複雑な操作じゃないし、ACの機体制御やアセンブルの調整に比べれば、覚えることはずっと少なかった。
「……メモも取らなくて、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。全部覚えた……です」
「自信満々ですね……ちょっと心配ですけど。ひとまず、あなたの後ろについて接客の様子を見ますね」
先輩に見守られながら、私はレジに立つ。お客さんが商品をカゴに入れて持ってきた。私はマニュアル通りに口を動かす。
「いらっしゃいませ。袋はお付けしますか」
「10,000円からお預かりします」
「1,310円のお返しです。ありがとうございました」
特に変わったことは無かったので、私は教えられた通りの手順をこなす。問題ないか聞くために後ろを振り向いたら、先輩が驚いたような表情をしていた。
「すごい! 本当にちゃんと仕事をこなせるみたいですね! じゃあ、品出しとか他の仕事の説明もするから、その調子でお願いします!」
それから、品出しと呼ばれる物資の配置作業や、点検作業、レジの中にある商品の販売方法などを教えてもらい、いよいよ一人でレジの仕事をすることになった。
ある程度仕事をこなしていくと、先輩はそれを見てうんうんとうなずいた後、こっちに近づいてきた。
「いやー、最初は変な子だと思ってたけど、本当に優秀で助かるよ! 基本的なことは問題なさそうだから、私はバックヤードの作業をするね。何かあったらすぐに呼んでください」
先輩はそう言うと、お店の奥にあるバックヤードと呼ばれる部屋に向かっていった。
それから少し経った頃、ヘルメットを被った女の子の集団が店に入ってきた。彼女たちはレジにいる私を一瞥すると、仲間内でニヤニヤしながら何かを話し合っている。
嫌な視線を感じるので何をするつもりか警戒していたが、特に何事もなく、彼女たちは人数分のアイスをレジに持ってきた。私はマニュアル通りにレジを打ち込む。
「お会計、480円です」
「おう、じゃあこれで頼むわ」
一人が千円札を出してきたので、私はそれを受け取って会計を済ませる。
「千円から、お預かりします。520円のお返しです」
私が小銭を渡すと、千円を出してきた人が突然カウンターを叩いて大きな声を出した。
「はあ!? おいおい、お釣りの額が違うだろ店員さんよ! ちゃんと9,520円渡せよ!」
「……? 会計は480円。千円預かったから、お釣りは520円。間違ってない」
「何言ってんだクソガキ、私が渡したのは一万円だ! 千円じゃない!」
相手が言い張るが、私が受け取ったのは確かに千円だった。声出し確認もしたし、間違えてはいないと言い切る。
「受け取ったのは千円。間違ってない」
「そんなわけないだろ! 早く残りの金をよこせ!」
私が事実だけを繰り返し伝えていると、騒ぎを聞きつけた先輩が裏から出てきた。
「お客様!? ど、どうされたのですか!?」
「ああ!? お前が店長か? こいつが一万円と千円を間違えて会計したのに、お釣りを渡さないんだよ!」
「……千円を受け取って、確認もした。間違ってない、です」
困った顔をした先輩が、私と相手を交互に見る。
「うーん……信じたいけど、さすがに新人さんだから、ミスしてる可能性もあるしなぁ……」
「……おい! そうこうしている間にアイスまで溶けたじゃないか! もう商品は要らないから、さっさと一万円返せよ!」
相手がさらに大きな声で騒ぐが、声を荒げる彼女たちはどこかニヤついた顔をしている。
先輩はそんな彼女らの態度を見て、おそらく嘘をついているのだと気がついたようだった。でも証拠がないのか、先輩は歯切れ悪く口を開く。
「……申し訳ありません。千円をお返しする形で対応しますから……」
「はあ!? ふざけんな! この店は客の金返さねぇってのか!?」
「あんまり舐めたことぬかすんじゃねーぞ! この店がどうなってもいいのか!」
先輩の言葉に相手が激昂し、持っていた銃を構えた。
その瞬間。私は頭の中で、戦闘よにスイッチを切り替えた。店内で発砲されれば、被害が拡大する。一番効率的なのは、相手が攻撃してくる前にこちらが無力化することだ。
私はレジカウンターに手をついて、そのままとび越えた。
「えっ……」
銃を構えた彼女らの顔面に、体重を乗せた蹴りを叩き込む。そのまま横にいた二人目の腹を殴り飛ばし、三人目の胸倉を掴んで店の外へと投げ飛ばした。
「ガハッ!?」
「きゃああっ!?」
「ぐぇっ!?」
一人は商品棚に突っ込み、一人はドリンクの棚をなぎ倒し、最後の一人は入り口の自動ドアを突き破って外の駐車場まで吹き飛んでいった。
突然の出来事に、先輩が固まっている。
私は店内で意識を失い、ヘイローが消えた二人を確認してから、自動ドアのガラスを散らかして外に吹き飛んだ最後の一人の元へと歩く。
ピクピクと動いていたそいつの頭を軽く踏みつけて、完全に気絶させた。
全員のヘイローが消えたのを確認し、私は外の一人を引きずって店内に戻った。
「……攻撃される前に、全員無力化した。これ、どうしますか?」
私が先輩に報告すると、先輩はハッとして、ぐちゃぐちゃになった店内と、粉々になった自動ドアを見て悲鳴を上げた。
「な、ななな……なんてことしてくれたんですかぁぁぁ!!」
「……? 暴れられたらもっと無茶苦茶になっていたはず。こっちの方が被害は少ないと思う」
私が事実を伝えると、先輩からものすごい勢いで怒鳴られた。
しかし、私はどこが悪いのか理解できなかった。攻撃されてからでは遅い。だから被害が出る前に敵を排除したのだ。これじゃダメなのだろうか。
もう一度聞き返そうとしたが、先輩は慌ただしい様子のまま店の奥に入ってしまった。
どうしようかと思ったが、ひとまずレジを任せられているので、定位置に立って仕事を続けることにした。
しばらくすると、慌てた様子の店長と一緒に、制服を着て丸い盾とショットガンを持った女性たちが数人やってきて、レジに立っている私を見て驚いた。
「うわ……なにこの状況……?」
「き、君!この惨状は一体何なのだね!?」
慌てた様子の店長が私に話しかけてくるので、店の隅に転がしていた三人を指さした。
「ヘルメットを被った人が襲ってきたから、撃退、しました」
「先輩ロボット君から話は聞いていたが……まさかここまでとは……」
やっぱり、店長もお店の被害を気にしているようで、かなりショックを受けた様子だった。
盾を持った女性と話をしながら一通り店の様子を確認した後、先輩がいる店の奥に入っていってしまった。
「……このヘルメット団たちは、私たちの方で連行いたします。ご協力感謝いたします」
「わかった」
そう言って盾を持った女性たちは、私が転がしていた人たちを立たせて、そのまま大きな車へと運び込んでいった。
彼女たちは、どうやら『ヘルメット団』というらしい。団というぐらいだから、何かの組織なのだろうか。
そんなことを考えていると、店の奥から店長と先輩が一緒になってやってきた。店長は怒ってはいるのだろうが、どこか申し訳なさそうな雰囲気で私に話しかけてきた。
「六津井シホさん。すまないが、今日限りで君はクビにさせてもらう」
「そんな……」
「こっちのセリフだよ……むしろなんで大丈夫だと思ってたんだよ」
クビ。つまり、もう仕事ができないことになる。確かにお店を壊してしまったけど、あのまま戦っていればもっとひどいことになっていたのは間違いないのに。
「だだし、お店の損害については請求するつもりはない。というのも、あのヘルメット団は最近あの手口の詐欺を繰り返していてね……。ほかの店でもかなりの被害が報告されていて、強く断った店は暴れられてめちゃくちゃになった場所もあるらしい」
やはり、私の予想通りあのまま放っておけば店が戦場になっていたのだろう。それなら、やっぱり私は正しかったのではないかと考えていると、店長が言葉を続けた。
「しかし、それを加味しても、君がやったことを正当化するには……さすがに被害が大きすぎてね。だからクビにはするけれども、せめてもの気持ちとして、今日の分の給料は支払わせてもらおうと思うのだが、それで構わないね?」
「わか、りました。大丈夫です」
働いた分の報酬がもらえるなら、何も問題はない。私は封筒に入った給料を受け取って、部室へと帰還した。
◆
「……なるほど。それで、コンビニのアルバイトを初日でクビになったと」
「うん。でも、報酬はちゃんともらえた。だから、今回の仕事は成功だと思う」
部室で一連の顛末を報告すると、ヒマリは車椅子の上で深く、深くため息をついた。
「シホ。あなたは優秀ですが……やはり、キヴォトスの一般社会において、常識についての齟齬が抜けきってはいませんね……」
「ダメだった?」
「まったくもってダメというわけではありませんが……少なくとも、良くはありません」
ヒマリは、私を叱るべきか分からないという顔をして、痛そうに頭を押さえていた。