猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
アルバイトが終わった翌日、私は部室でヒマリと話をすることになった。
「シホ。あなたは当面の間、長期間のアルバイトは禁止とします」
「……それは困る。次の仕事を教えてほしい」
「ダメです。前回のアルバイトのことを考慮して、シホにはそういったアルバイトはまだ早いと判断しました」
多分、ヒマリは前にお店を壊したことを言っているのだろう。
アルバイトをクビになった後、ヒマリから何がダメだったのかを教えてもらった。相手を無力化するのはいいけれど、それを最優先したのがまずかったらしい。
あの場での正解は、できるだけ周りに被害を出さないように、手加減しながら戦うことだったそうだ。今までは敵を倒すことだけを考えていたけれど、キヴォトスの社会ではそういうわけにはいかないと教えられた。
「ですが、いつまでも禁止していては成長しませんし、シホにはいずれ生徒として過ごしてもらうのですから、やはり社会経験は必要になってきます。そこで、折衷案として日雇いの単発アルバイトなら許可を出そうと思います」
日雇い……そういえば、ヒマリが最初に禁止と言っていたのは『長期間の』アルバイトだということに気が付いた。
「もちろん、昨日の今日でいきなりシホ一人を向かわせるのは大変心配です……。ですので、今回は特別に先生をお呼びして、シホの働きぶりを評価していただくことになりました」
先生も来る。そのことに私は少し驚いた。
それと同時に、私の仕事を評価すると聞いて、ちょっと緊張してしまう。
「次のアルバイトについても手配しているので、現場で先生と合流してくださいね」
「わかった」
そういわれて、私は早速ヒマリに教えられた場所へと向かった。
◆
ヒマリに紹介された仕事は、『引っ越し』の作業だった。私が仕事先につくと、先生は既に来ていたようで、私を見て手を振って近づいてきた。
"ヒマリから聞いたよ。シホのアルバイトの様子を見てきてほしいってね"
「私も聞いてる」
"前のアルバイトで大変だったみたいだけど、大丈夫だった?"
「大丈夫。次はちゃんと気を付けて倒す」
"……うん! 大丈夫そうだね!"
ちょっと引きつった顔で肯定する先生。そこにトラックが何台かやってきて、中から、コンビニの時のロボットとは違う、体格が大きいロボットが降りて来た。
ロボットはこちらに歩いてきて、私と先生を見比べながら話し始める。
「引っ越しのアルバイトが来るっていう話だったが……二人は聞いてないぞ?」
"私はこの子の引率なので。お気になさらず"
「アルバイトに引率がついてくんのか……? まあ、給料は一人分だけで聞いてるし、邪魔しないように見学するだけならいいけどよ」
ロボットは訝しげな顔をして先生を見た後、こっちに向き直る。
「にしても、ずいぶんちっこいのが来たな。お前、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫、です」
「……根を上げても容赦しねぇからな。仕事はきっちりこなしてもらうぞ」
そう言って、ロボットは他のメンバーにも声をかけ、引っ越しの作業が始まった。
家の中の荷物だ大体まとまっているようなので、私の仕事はその荷物をトラックに積み込むことだった。
「そこの段ボール、トラックに積んでおいてくれ!」
「了解、です」
ロボット作業員の指示に従い、私は指定された荷物を荷台に運ぶ。時々、運び方に注意されながら、私は指示通りに作業を進めた。
「お前、やるじゃねぇか……というより、ちょっと引いてるよ。どこにそんな力があるんだよ」
「……
「そういう意味じゃなくてだな……まあいい、おかげで随分楽ができてるからな」
私はロボット作業員が二人掛かりで運ぶような荷物も難なく担ぎ上げ、次々とトラックへと運んでいく。
なんとなく思ってはいたけれど、私はキヴォトスの中でもかなり腕力のある方らしい。
そのまま作業を進めていって、予定より一時間以上早く作業が完了した。
横で見学していた先生を見てみると、感心したようにうんうんとうなずいて、こちらに向けて親指を立てていた。
私も一息ついていると、最初に話しかけてきたロボット作業員がこちらに近づいてきた。
「さっきは悪かったな。引率も連れてくるし、見た目からして全然だめだと思っていたけど、おかげで随分早く終わらせられたよ」
「……うん」
私の仕事ぶりを評価してもらってうれしい。なんとなく、全身がムズムズするような感覚に襲われる。
「本当なら長めに休憩を取りたかったんだが……次の依頼主がちょっと面倒でな。規定通り休憩したら、前倒しで作業を始めさせてくれ」
「了解です」
面倒。荷物が多いとかだろうか。嫌そうな態度を隠そうともしないロボット作業員を見て、私と先生はちょっと警戒しながら、次の作業場所に向かった。
◆
休憩を終えて、午後から二件目の引っ越し作業が始まった。今回の依頼主は、金ピカの装飾を身につけたロボット市民だった。
金ピカロボは偉そうな態度を隠そうともせず、私たちにずっと文句を言い続けていた。
「おいおい! それは数千万する貴重な壺だぞ、もっと気をつけろ! ちょっとでも傷をつけたら弁償させるからな!」
「ああっ、そこ! それはもっと丁寧に運べ! 全く、最近の若い労働者は……」
「ちっ……言われなくてもわかってるっての……」
「そこ! 文句を言う暇があったら手を動かせ! こっちは高い金払ってるんだぞ!」
依頼主は、不機嫌そうな態度で私たちに色々と小言を言ってきた。午前中にロボット作業員が言っていたのは、この金ピカロボのことを知っていたからなのだろう。
だけど、直接手を下してくるわけでもないし、罵倒しながら攻撃してくる敵に比べたら、ただうるさいだけで特に問題はない。
「そこの小娘は! ……も、持ち方をちゃんとしろ!」
「了解です」
たまにこうやって指示を出してくるので、意味があるかは分からないけど聞いてはおく。仕事であれば、依頼主の指示に従うのは当然だからだ。
私が黙々と、かつ誰よりも早く重い家具を運んでいくのを見て、依頼主も次第に文句を言う回数が減っていった。
他のロボット作業員に対する文句もなくなり、最後のほうはふんぞり返りながら作業を見守るだけになった。
全ての荷物を新しい家に運び終えると、金ピカの依頼主は少し気分が良くなったのか、偉そうな態度で私に話しかけてきた。
「ふん……まあ、小娘にしてはよく働くじゃないか。……貴様なら見込みもあるし、実入りの良い仕事を紹介してやらんこともないぞ? こんな仕事なんかよりも、よっぽど稼げる仕事をな……どうだ?」
そう言われて、私は少し考えた。
今はヒマリから仕事をもらうしかないけれど、こうして別の人から仕事をもらえるようになったら、もっと色々な依頼を受けられるようになっていくはずだ。
私が仕事を受けようと口を開きかけた瞬間、横から先生がすっと私の前に出た。
"お誘いはありがたいのですが。シホはまだこういったことに慣れていないので、専属契約などは、私か彼女の所属する部活の部長を通していただけますか?"
「なんだお前は! 余計な口を挟むな! 私はこの小娘に聞いているんだ」
依頼主が怒ったように先生を睨む。私は先生の背中を見つめながら、答えた。
「……ヒマリが、許可を出せば受ける」
「チッ……面倒な。まあいい、今日はよく働いてくれたからな。少し色をつけておいてやる……次は良い返事を期待しているぞ」
そう言い残して、依頼主は舌打ちをして引き下がっていった。
そのまま、今日の日雇いアルバイトは終了し、ロボット作業員から報酬を受け取って、先生と一緒に帰ることになった。
◆
帰り道。空がオレンジ色に染まる中、私は先生と一緒に並んで歩いていた。
"お疲れ様、シホ。すごく頑張ってたね"
「そうなの? 指示通り動いただけ」
"それができるのが、すごいことなんだよ。私なら、途中で荷物が重くて根を上げてたね"
「……そっか」
先生が私をほめてくれて、なんだかうれしくなった。さっきのむずがゆさとは他に、胸の中があたたかくなる。
"……そういえばシホは、どうしてそんなに仕事をしたがるの?"
歩きながら、先生が私に聞いてきた。さっき私が金ピカロボの仕事を受けようとしたのを見ていたらしい。私は、仕事をする理由を素直に答えることにした。
「次の仕事のために、必要なものを買うため。武器や装備、弾薬……あって困るものはないから」
"でも、今日の引っ越しの仕事に、買わなきゃいけない武器なんて無かったよね?"
「……え?」
先生の言葉に、私は足を止めた。
"じゃあもう、仕事のために、無理して仕事をしなくてもいいんじゃないかな"
先生は優しくそう言った。私は、自分がなぜ仕事をしているのかを考えた。
確かにそうだ。今日の仕事に武器は必要なかった。コンビニの時もそうだった。仕事に必要な道具は、買わなくても何とかなる。
なら、次の仕事のために仕事をしなくていい。実績作りのために、依頼をこなさなくてもいい。
でも。仕事をしないなら、私はいったい何のために……。
"シホ? どうしたの?"
考え込んでいると、先生からの呼びかけでハッとする。何のために仕事をするのかと聞かれて、答えに困っていたから心配させてしまったらしい。
「……何でもない。ただ……仕事をする理由が、前と違ったから」
"……シホは、前は何のために仕事をしていたの?"
先生が、少し優しい声で聞いてくる。私が仕事をしていた理由は、もちろんあの人のためだ。
「……ウォルターのため」
"ウォルター……?"
「うん。私に意味をくれた……飼い主」
"飼い主って……"
そう言って、先生は険しい表情をする。確かに、人間を飼う人と言われたら、あまり良い意味ではない事ぐらい、私でもわかる。
だけど、あの人は私にとってそんな人じゃなかった。
「私はウォルターに買われて、意味をもらって、仕事をして、最後は……」
私は、ルビコンで戦っていた時のことを思い出した。ラスティ。カーラ。エア。そして……ウォルター。
みんな、死んでしまった。私に仕事を与えてくれる人は、もういない。私が仕事をする理由は、もう、どこにもないのだ。
胸の奥に、ぽっかりと冷たい穴が空いたような感覚がした。
「……そっか。私が仕事をする理由は、もう、ないんだった」
私がぽつりとつぶやくと、先生との間に重苦しい沈黙が落ちた。やがて、先生がその空気を変えるように、明るい声を出した。
"シホ。ファミレスのお子様ランチ、また食べたい?"
「……?」
いきなりなんだろうと思いながら、私はこくりとうなずいた。
"じゃあ、それ以外のおいしいものとかは? 食べてみたくない?"
「他の、おいしいもの……」
そういえば、エイミやヒマリ、それから昨日会ったヴェリタスの人たちが飲んでいたようなものは、私は口にしたことがなかった。
「……食べてみたい」
"食べ物だけじゃないよ。ゲームだったり、おもちゃだったり。……世の中にはもっとたくさん、シホの知らないものがあるんだ"
私は黙って先生の話を聞く。
"シホは今まで、仕事以外のことを知るチャンスがなかったんだね。でも、それはシホが悪いわけじゃない。それは、シホがいた環境と……それを教えてあげられなかった、周りの大人たちの責任なんだよ"
責任。その言葉を聞いた瞬間、自分でもよくわからない感情が胸の奥から湧き上がってきた。
「ウォルターの……責任?」
気がつけば、私はすごく低い声を出していた。先生は私の態度に少しだけ驚いたようだったけれど、それでも逃げずに、私の目を見て言葉を続けた。
"ウォルターという人がどんな人なのか、私には分からない。その人にも、大人としての責任はあると思う。……だけど、シホ。その人は君に、『仕事だけしろ』って言っていたのかな?"
優しく問いかけられ、私は言葉に詰まった。
「もちろん……」
そう言いかけて、あの爆発の後で聞いた、あの人の最後の言葉を思い出す。
『……621。お前を縛るものはもう何もない。これからのお前の選択が……お前自身の可能性を広げることを祈る』
私に意味をくれた、飼い主。最後まで私を心配して、声を残してくれた人。確かにあの人は、私に仕事だけしろとは言わなかった。
「……私の選択が、私の可能性を広げる」
私が小さくつぶやくと、先生は嬉しそうに、とても優しい顔をした。
"……そっか。なら、これからシホの『やりたいこと』を見つけよう"
「やりたい、こと……」
"そのために、まずは私の仕事を手伝ってくれないかな?"
先生が、私に向かって手を差し出した。
"シャーレの『当番』っていうんだけど。ただ私のそばにいて、助けてくれるだけでいい、一番大切な仕事なんだ"
仕事。でもそれは、今までみたいな誰かを殺したり、何かを破壊する依頼じゃない。やりたいことを見つけるための、新しい仕事。
「……うん。その仕事、受ける」
私がうなずいて先生の手を握ると、先生はあたたかく笑ってくれた。
それから私たちは、スマホで『モモトーク』の連絡先を交換して、ミレニアムの部室へと続く道を二人で歩き出した。