猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
遊園地を後にした私と先生は、次に向かった。
そこは『映画館』という場所だった。入り口には今見ることができる映像の写真が並べられていて、横にある売店からは、とても甘くて、どこか焦げたような不思議な匂いが漂ってきている。
"一応聞くけど、シホは映画とか映像作品って見たことある?"
「ない」
"そっか。じゃあ……これにしようか"
私が首を横に振ると、先生は少し考えてから、白くて太った鳥のようなキャラクターが描かれた映像作品を見ることに決めた。
"大事なことを忘れてた。ちょっと待っててね"
「……? わかった」
そういって先生は、さっきの不思議な匂いがしていた売店に向かっていった。もしかして、先生もおなかがすいていたのだろうか。
少しすると、先生が縞模様の大きな入れ物をもって戻ってきた。
"お待たせ! 映画と言えば、やっぱりこれだよね"
そういって、先生は私にその入れ物を渡してきた。
中を覗くと、茶色と白色の小さな塊がいっぱいに入っている。匂いをかいでみると、さっき売店から漂ってきていたのと同じ、甘くて焦げた匂いがした。
"映画を見る時は、ポップコーンと相場が決まっているからね!"
「そうなの?」
"シホの分も買っておいたから、映画を見ながら一緒に食べようか"
そういって、先生は私を連れて中に入る。
映画が始まる前にポップコーンを食べてみたら、チュロスとはまた違う甘さと香ばしさがあって、ついつい手が伸びてしまうおいしさだった。
しばらく待っていると、映画館の暗い部屋の中で、大きな画面に映像が流れる。絵はとてもふわふわした雰囲気だったけど、内容はかなり考えさせられるものだった。
最初は、ただ敵を倒すだけでいいのだと思っていた。でも、映像の中では敵にも戦う理由があって、ただ倒すだけでは解決しない問題が起きていた。
問題を解決するためには、戦う以外の方法で何とかするしかなかった。映像の中のキャラクターたちは、戦う以外の選択をして、最終的にみんなが笑顔になっていた。
見終わった後、私と先生は近くのカフェに入り、感想を言い合うことになった。
先生は『コーヒー』という黒い飲み物を、私は先生におすすめされた『イチゴのパフェ』を注文した。
"思ったよりも、奥が深い映画だったね……"
「……うん」
先生の言葉に、私はあいまいに頷く。
"シホはあの映画を見て、どう思った?"
「……難しかった。敵を倒すだけでは解決しない問題は、どうすればいいか分からなくなる」
"なら、もしそういう状況になったら、シホはどうするかな"
先生にそう聞かれて、私はルビコンでの最後の任務の時の選択を思い出した。
エアか、カーラか。どちらを排除するのか。どうすればいいか分からなかった。でも、どちらかを選ばなければならなかった。
あの時は、ウォルターの遺志を継ぐことを決めた。私はウォルターの猟犬であり、彼のために戦い続けてきたからだ。
でも、ウォルターの命令がない今、同じような選択をしなければいけない時が来たら、私はどうするだろうか。
「……選べない。先生が、決めて」
"うーん……それはできないかなぁ"
私が指示を求めると、先生は困ったような顔をして首を振った。
「どうして? 先生なら、どうすればいいか分かるんじゃないの?」
"私もなんでも分かるわけじゃないよ。ただの先生だからね。私だって、どうすればいいか分からなくなる時はあるんだ"
「……そうなの?」
私は少し驚いた。
ルビコンにいた時の大人たちは、私に仕事を依頼する時はいつも目的がはっきりしていた。どうすればいいか迷っている人は見かけなかったから、大人はみんなそういうものだと思っていた。
"たくさん失敗や後悔もしているし、今でも生徒に怒られたりするからね"
先生は「ははは」と少し照れくさそうに笑った。
「……じゃあ、その時は、先生はどうやって選んでるの?」
"その時は、私が『正しい』と思うことを選択しているよ。私にとってのそれは……生徒のためになるかどうかだと思ってる"
「……じゃあ、私もそうしたほうがいい?」
"それは違うかな。これはあくまで私の考えであって、シホがその通りにする必要はないからね。だから、シホが正しいと思えることは、これからゆっくり考えていけばいいんだよ。そのために、一緒にいろんなことを勉強している途中だからね"
私の、正しさ。私が正しいと思えること。そもそも、正しいって何だろうか。……先生はゆっくり考えていけばいいと言ってくれている。今はその言葉に従おう。
そんな話をしていると、注文していたパフェが届いた。
グラスの中に、赤いイチゴと白い生クリームがたくさん重なっている。スプーンですくって口に入れると、冷たくてとても甘かった。でも、後からイチゴの酸っぱさが少しだけ口の中に広がる。
おいしい。気づけば、私は黙々とスプーンを動かしてパフェを食べていた。顔を上げると、コーヒーを飲む先生が、優しそうな顔で私を見つめていた。
◆
カフェを出てから、今度は『ゲームセンター』という施設に入った。色々な機械の電子音が鳴り響いており、少しだけうるさく感じる。
"ここは、いろんなゲームができる場所だよ"
「げーむ?」
"一言で言うのはむずかしいから、とりあえずやってみようか"
まずは、先生に勧められて『クレーンゲーム』というものをやることになった。
透明な箱の中に、映画で見た白い鳥のようなぬいぐるみが入っている。硬貨を入れて、アームを操作して商品を獲得するゲームらしい。
「……普通にお店で買った方が、早いよね?」
"これは、手に入れるまでの過程を楽しむゲームなんだよ"
先生が説明してくれる。私はひとまずやってみることにした。先生から硬貨をもらい、機械を操作してアームをぬいぐるみの真上に移動させる。計算通りの完璧な軌道だ。
しかし、アームが上に持ち上がった瞬間、ぬいぐるみはポロリとこぼれ落ちてしまった。
「……この機械、壊れてる。出力が足りない」
私は先生を振り返って、少しだけ唇を尖らせて抗議した。
"クレーンゲームは、結構コツがいるんだよ"
先生は苦笑いしながら教えてくれた。アームの力もそこまで強くないから、一回だけじゃなくて、何度か挑戦して少しずつ動かすらしい。
もう一度コインを入れる。今度は重心のズレを計算して、端の方を狙う。しかし、アームの力が弱すぎて、ぬいぐるみは少し動いただけで落ちてくれなかった。
その後、何度も挑戦して、ようやくぬいぐるみを一つ獲得した。
「やっぱり買った方が早い」
私が再び先生にそう伝えたけれど、不思議と私は、手に入れたそのぬいぐるみをしっかりと腕の中に抱え込んでいた。
先生はそれを見て、「まぁ、その苦労も楽しみの一つだよ」と優しそうに笑った。
クレーンゲームはもう十分だと思ったので、次の機械を探す。次に先生が目を付けたのは、対戦型の『格闘ゲーム』だった。
レバーとボタンでキャラクターを操作して、相手と戦うゲームらしい。
相手と仮想環境上で戦う……オールマインドが提供していたアリーナみたいなものかな?
あれは戦闘シミュレーションだったけれど、こっちは違うみたいだ。ひとまず先生に操作方法を教えてもらい、ゲームを始める。対戦相手は先生だ。
最初はどうすればいいのか良く分からず、先生に何度も負けてしまった。
だけど、何度か繰り返すうちに、先生の動きを真似したり攻撃を予測したりして操作方法を身に着けていった。
次第に私の動きは鋭くなり、先生が負けることも増えてきた。
最終的に、先生の攻撃は私に一切当たらなくなり、逆に先生が使っていた連続攻撃をそのまま真似して叩き込み、完勝した。
"あーっ! また負けた! シホ、本当に初めてなの!?"
最初は手加減して申し訳なさそうにしていた先生も、最後はかなり真剣に戦っていた。
負けた先生はかなりショックを受けていて、私がこのゲームをやったことないか疑い始めた。
もちろんやったことは無いのだけど、機械の操作に慣れているのには心当たりがあった。
「前はACを操縦していたから、機械を操作するのには慣れてる。それに……同じ人と何度も戦う経験がそんなになかったから、相手の動きは一回の戦闘中に予測できるようになる必要があった」
"……同じ人と何度も戦う経験が、なかった?"
「うん。何度も戦っていれば、相手の手の内も分かる」
"……そっか、シホはすごいね"
私がそう答えると、先生は少しだけ顔をこわばらせたように見えた。もしかしたら、私が今まで相対した相手が、どうして二度と戦う事がなくなるのか気がついたのかもしれない。
「先生は私に負けてたけど、楽しかった?」
私は、先生にゲームの感想を聞いてみた。私は新しい機体を操作しているみたいで面白かったけれど、後半になると先生はずっと私に負けていた。
"めちゃくちゃ悔しい! ……けど、それ以上に楽しかったよ"
「……負けてるのに?」
"もちろん、勝った方がうれしいけど、楽しいとはまた別の話だからね"
私は不思議に思った。戦いに負けたのに、どうして笑っているのだろう。命を取られないからだろうか。だとしても、負けて楽しいわけがない。
よくわからないけれど、先生と何度も戦うのは、嫌な気分ではなかった。
◆
外に出ると、すっかり夜になっていた。先生は最後に、私を『ラーメン屋』に連れて行ってくれた。
湯気が立つどんぶり。濃い色のスープと、ちぢれた麺。私は割り箸を割って、夢中でラーメンをすすった。温かいスープの味が体に染み渡る。
"シホ。今日は色んなところに行ったけど……楽しかった?"
ラーメンを食べていると、先生が聞いてきた。私は麺を飲み込んで、少し考える。
「……多分。楽しかったと思う」
おいしいものを食べたり、映画も見たりしたけど……。今日の中なら、思い通りに動かないクレーンや、負けても笑っている対戦相手。
あれが一番『やりたいこと』に近かった気がする。
"そっか。よかった"
先生は優しく微笑んで、それから私のどんぶりを見た。
"じゃあ、今日食べたものの中で、何が一番おいしかった?"
その質問に、私は箸を止めて、真剣に悩んだ。遊園地のチュロス。映画館のポップコーン。カフェの甘いパフェ。今食べているラーメン。
どれも、お子様ランチに負けず劣らず美味しかった。一番なんて、決められない。
「……全部おいしかった。けど」
私は、目の前にあるどんぶりを見つめた。
「今食べてる、このラーメンが、一番おいしい」
私が素直に答えると、先生は少しだけ驚いたような顔をした後、嬉しそうに笑った。
"ふふっ。そうだね、熱いうちに食べようか"
私も小さくうなずいて、再びラーメンをすすり始めた。今日は楽しかったのは間違いないけど、自分が何のために生きているのか、まだよくわからない。
でも、明日もこの温かいご飯が食べられるなら、もう少しだけ、この生活を続けても良いのかもしれないと思った。