猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
アリスに連れられてやってきたのは、『ゲーム開発部』と書かれた部室だった。中に入ると、テレビ画面の前で二人の女の子がゲームで遊んでいた。
「あ、アリスちゃんと……先生! いらっしゃいませ!」
「アリス、おかえりー……って、その子は誰?」
コントローラーを持ったまま振り返った二人が、アリスと私を見た。
「はい! シホはゲームセンターで先生とパーティーを組んでいた、凄腕の傭兵です!」
アリスが元気に私を紹介する。パーティーというのがよく分かっていないけど、先生といたことは確かだったので、私は少し迷ってから短く名乗った。
「……私は、六津井シホ」
「私は
「
ミドリと名乗った緑の子は物静かで、モモイと名乗ったピンクの子は活発な印象を受けた。苗字が一緒だから、たぶん姉妹なのだろう。
「というかアリス、それだけ聞くとその子がなんかめちゃくちゃ物騒な子に聞こえるけど、どこで出会ったの?」
「シホはゲームセンターで先生とパーティーを組んで、『怒首領蝶』をクリアしていました! 先生が雇った凄腕の傭兵に間違いありません!」
「ええっ、あのシューティングゲームクリアしたの!? あれ、クリアしてるの動画でしか見たことないよ!」
「まさかそんなにゲームが上手い子がいたなんて……どこの部活の子なの?」
二人が驚きながら私に質問してきた、その時だった。二人の背後にあるロッカーの中から、微かな『気配』がした。
「……?」
私は二人の言葉に答えず、ロッカーをじっと見つめた。それに気が付いたモモイが、ハッとして後ろにあるロッカーと私を交互に見た。
「あ、あれ!? もしかして、ロッカーにユズがいることがバレた!?」
モモイの驚いたような声が響くと同時に、ガタッ、とロッカーが少し揺れる。間違いない、あの中に誰かいる。私は先生の前に立ち、ロッカーを指差した。
「……あれは、誰?」
「あ、あれはうちの部長のユズだよ。すごく人見知りだから、大体あのロッカーの中で過ごしてるんだ」
「ロッカーから出てくるユズはレアキャラなので、アリスたちでも出てくるスチルを見ることは滅多にないです」
その言葉を聞いて、私は先生を振り返って確認するように見つめた。すると、先生は少し困ったような顔をしてロッカーを見つめた。
"二人の言っていることは合ってるよ。彼女は、ちょっと恥ずかしがり屋なんだ"
先生の言葉を聞いて、ロッカーの中にいる人物は先生も知っている生徒だと分かり、警戒を緩めた。
だけど、恥ずかしいという理由だけで自分から狭いところに閉じこもるなんて、変わった人もいるものだなと思った。
「それにしても、隠れてるユズの気配にすぐ気が付くなんて……もしかしてシホって、ホントに凄腕の傭兵だったりする?」
こちらの警戒が解けたのに気が付いたのか、モモイがおちゃらけながら聞いてくる。
「お姉ちゃん、さすがに失礼だよ。……そんなことないですよね?」
ミドリがモモイをたしなめて、念のためにというような態度で先生の方を見る。
"うーん……そうだねぇ……"
先生は、肯定も否定もしない曖昧な態度をとった。先生には私の過去をある程度伝えているので、否定しきるのは少し難しく感じているように思えた。
「……先生? なんですかその態度。もしかして本当に……?」
「……今は、傭兵じゃない」
先生が困っているようなので、私がはっきりと否定するように答えた。しかし、私の返事を聞いて、モモイがさらに身を乗り出してきた。
「今はってことは、前は傭兵だったってことじゃん!?」
「やっぱりそうでしたか! アリスの鑑定結果に間違いはありませんでした!」
二人が驚きと興奮を隠さないように私のほうに寄ってきたので、思わず後ろに下がってしまった。そんな様子を見て、先生が慌ててアリスのほうに向き直った。
"そ、それよりもアリス! シホと一緒にみんなで遊ぶんだったよね!?"
「露骨に話を逸らした……!」
先生が強引に話題を変える。アリスがハッとした。
「そうです! 今日は先生からのクエストで、シホと一緒にみんなでゲームをするのでした!」
「うーん……正体がよく分からない子と遊ぶのかぁ……」
モモイが考えるそぶりを見せる。アリスが不安そうな顔になった。
「モモイ? もしかして、ダメでしたか……?」
少し不安そうなアリスを見て、モモイは頭を振ってから笑顔を浮かべて答えた。
「ぜんっぜん! むしろゲーム好きが増えてくれるなら大歓迎だよ! それに、良く分からないからこそ、これから一緒にゲームで遊べば分かるようになるよ! ミドリもそれでいいよね?」
「まぁ、一緒に遊ぶのは構わないけど。……先生も一緒に遊びますよね?」
"もちろん、私も一緒に遊ぶよ"
「じゃあ五人っていう人数だし、シホはゲーム機持ってないみたいだから『スマッシュシスターズ』で遊ぼう! これならみんな平等に楽しめるだろうし!」
そう言ってモモイが棚から何やら機械を取り出して、テレビに接続し始めた。おそらく、あれがゲームをするための機械なのだろう。
あっという間に準備が終わり、人数分の機械が配られた。
「はいこれ、シホの分! コントローラーはこれで大丈夫?」
「……分からない。これ、どうやって使うの?」
渡された『コントローラー』と呼ばれる機械を見て、私は首をひねった。
ゲームセンターにあったような、レバーと丸いボタンなら触ったことはあるけど、こんな手に収まるサイズの操作機器は初めてだ。
「ええっ!? コントローラーの使い方ぐらいわかるでしょ!?」
「もしかして、今まであんまりゲームやってこなかったとか?」
ミドリに聞かれて、私は黙ってうなずく。
それを聞いてモモイが「そっかぁ……」と言って、少しの間微妙な空気が流れる。
「……じゃあ今日から、めいっぱいゲームで遊ぼう! 使い方はやりながら教えてあげるからね!」
「アリスも協力します! 新規ユーザーは囲い込んで沼に沈める必要があるので、手厚くサポートします!」
「……沼に、沈める?」
おそらく言葉通りの意味ではないことは分かるけど、いったいどういう意味なのだろう。私が警戒した様子を見せていると、先生が笑いながら教えてくれた。
"独特の言い回しだけど、悪い意味じゃないから安心していいよ"
そう言って先生は、沼というのは特定のジャンルに誰かを深くハマらせることを意味する俗語である、ということ教えてくれた。
要するに、私がゲームを好きになるように頑張ると言いたいのだろう。
そうして、スマッシュシスターズと呼ばれるゲームが始まった。最初は私の操作練習から始まり、何試合かして本格的な対戦に移った。
「さて、チュートリアルも終わったし、ここからは真剣勝負だよ!」
「お姉ちゃん、分かってると思うけど最初は手加減してあげなよ」
「ミドリは甘いです! 勝負の世界は勝つか負けるかの真剣勝負! 手加減はスゴイ・シツレイに値します!」
「もう! アリスちゃんまで……。先生、手伝ってくれますか?」
"いやぁ……私もシホに手加減は要らないかなぁって……"
「先生まで!? さすがにシホちゃんがかわいそうですよ!」
「大丈夫。本気でやって」
私がそう言うと、モモイが笑った。
「ほら、本人もこう言ってるんだし大丈夫! 始めるよ!」
「本当に大丈夫かなぁ……」
ミドリが心配する中、試合が始まった。最初のうちは操作に戸惑って押されていたけど、私はすぐに彼女たちの動きのパターンと、自分のキャラクターの性能を把握した。
結果、その試合は私が1位を獲得した。
その後何度か繰り返して対戦したけど、2位から5位が入れ替わることはあっても、私が1位を取り続ける結果は変わらなかった。
「またシホが一位!? ていうかキャラコン上手すぎるよ! 絶対やったことあるでしょ!!」
「ない。今日が初めて」
初心者であるはずの私が、連続して一位を取り続ける姿を見て、モモイが納得いかない様子で抗議しだした。そうは言われても、実際に初めてやったものなのだから困る。
「そんな……モモイや先生はともかく、アリスとミドリまで負けるなんて……」
「ちょっと!? 私たちなら負けてもいいみたいなのやめてよ!」
「でも、シホちゃんすごく上手だね……本当に初めて?」
"さらっと私まで馬鹿にされた……。シホが初めてなのは本当だよ。私もこの前、シホが初めてやった格闘ゲームでボコボコにされたからね……"
困惑するほかの人たちをなだめるように、先生がこの前の格闘ゲームのことも踏まえて、苦笑いしながら言う。
「くっ、このままだと初心者に勝てないまま終わる、ゲーム開発者としてあるまじき不名誉な称号を獲得してしまう……!」
モモイが悔しがっていると、不意に背後のロッカーの扉がギィと開いた。
「……」
私が振り返ると、ロッカーの中から、モモイたちより少し背の低い、小柄な女の子が出てきた。その人を見て、モモイとミドリ、アリスが驚いた顔をする。
「え!? ユズちゃん!? どうしたの?」
「そんな、自分から出てくるなんて、明日は銃弾でも降るの!?」
「……さっきまでの試合を見ていて、ちょっと思うところがあって出てきたの。私にも、やらせてください」
ユズと呼ばれたその子は、そういって先生たちに頼み込んだ。良く分からないけど、なんだか彼女から疑いのこもった視線を向けられているようだった。
先生もモモイたちも快諾し、彼女を含めた対戦が始まった。
試合が始まると、私は驚愕した。彼女が操作するキャラクターは、他の三人や先生とはまるで違う動きをしていたのだ。
無駄がなく、隙がなく、こちらの動きを読み切っているかのような動きに、私は何もできないまま、残機を一つ減らすことになった。
「ちょ!? ユズが早速『UZQueenモード』になってる!?」
「アリス分かりました! アリスたち四天王を倒したことによって、チャンピオンである隠しキャラのユズが解放されたのです!」
周りが彼女の操作に驚いていないことから、これが彼女のいつも通りの強さであることに間違いないのだろう。
私を撃墜した後も、彼女は他の人の残機を減らすためにキャラクターを画面中に走り回らせる。
初めて出会う、私よりゲームが強い人。……なら、彼女の動きを見て、同じ動きをすればいい。
私は逃げ回りながらユズのテクニックを観察し、見よう見まねで自分のキャラクターに再現させた。
それを見た彼女は、「えっ」と小さく声を漏らし、動揺したように操作を一瞬だけ止めた。
その隙をついて、他のキャラクターを狙っていた彼女の残機を一つ減らすことに成功した。
「うそ!? UZQueenモードのユズが墜とされた!?」
「本気でやってるユズちゃんがやられてるところ、初めて見たかも……」
「……っ!」
それから私と彼女以外の全員が残機をなくした後、二人の一騎打ちが始まった。
お互いになかなか決定打を当てることができず、攻撃を通すことはあっても、残機を減らすことができない状態で、試合は拮抗した。
だが、お互いにダメージが蓄積されたころ。彼女の攻撃が当たったことを引き金に、今まで見せなかった連続攻撃を決められ、私のキャラクターは画面外へと撃墜された。
「おおーっ!」
観客になっていた先生やモモイたちが、拍手をする。私を倒した彼女も、ほっと一息ついたように目を閉じて肩の力を抜いていた。
……私は、始めたばかりのころ以外で、初めて本気でやってゲームに負けた。
自分でも驚くほどショックを受けていて、言い表せない不快感と一緒に、胸の中から何かがこみあげてくる。
「最初はあんなに上手だし、初心者って嘘をついているのかと思ったけど、基本的なコンボや技の仕様も知らないみたいだし……。何より、私が使ってシホちゃんを倒したテクニックを、私にやられた後に使い始めたから、ものすごい学習能力があってびっくりした。……信じられないけど、シホちゃんは初心者で間違いないと思う」
真剣な表情をした彼女が、他の人たちに向けて私のプレイングを解説し始めた。
「初心者詐欺もいいところだよ! UZQueenと互角に戦える初心者に勝てるわけないじゃん!」
「世の中にはすごい人もいるんですね……」
それを聞いた彼女たちは、それぞれ驚きと感心の声を上げる。彼女たちの感想を聞いて、ハッとした様子のユズは慌てた様子を見せる。
「ご、ごめんなさい、私も本当にそうだとは思わなくて……! こ、今度はみんなで遊んでてください……」
試合の時の威勢はどこに行ったのか、彼女はあたふたしたまま再びロッカーに戻ろうとした。
「……待って」
私は思わず、ユズの服の裾を掴んで引き留めた。
「もう一回。……次は、負けない」
「えっ!? あ、えっと……」
なんとなく、このままユズと戦えなくなるのが嫌だと感じた私は、つい彼女を引き留めてしまった。
ユズはどうすればいいのか分からないと言った様子で、先生に助けを求めるかのように顔を向けた。
その様子を見て少し驚いた様子の先生は、表情を崩して優しくユズにお願いする。
"ユズ、お願い。シホと遊んでくれないかな"
「は、はい……先生がそう言うなら……」
ユズは渋々といった様子だったが、どこか嬉しそうに頷いてくれた。
それ以降は周りの人が観戦する形で、私とユズのタイマンがしばらく続いた。
私はゲームの知識がないので、モモイたちに技の仕様やコンボを教えてもらいながら、必死にユズに食らいついた。
途中、何度か私が勝ちそうになることもあったけれど、さすがにゲームの経験が違うユズには、最後まで勝つことはできなかった。
「残念だったね! いくらシホが上手だとは言え、我がゲーム開発部のUZQueenをそう簡単には倒せないよ!」
「なんでお姉ちゃんが威張ってるの……」
「で、でもシホちゃんすごいよ。対戦するたびにどんどん上手になってきてる」
「……むぅ」
本気で挑んで負けると言う経験が初めてだった私は、負けるたびに胸の奥から湧き上がってくる感情を処理しきれずにいた。
無意識に頬を膨らませて、眉間にしわが寄ってしまう。
"……シホが悔しそうにしているの、なんだか新鮮だね"
「悔しい……」
先生に言われて、この感情が『悔しさ』であることに気が付いた。でも、私はそれと同時に不思議な感覚を覚えていた。
自分が至らない点を見つけ、次に活かす。負けたら終わりの世界と違い、何度でも挑戦できる。
真剣勝負で負けても次がある経験なんて無かった私は、初めて『挑戦する』ということを経験していたのだ。
そして、対戦相手であるユズや、周りで応援してくれる先生たちの姿。
先生が前に言っていた『負けて悔しいのと、楽しいのは別だ』という言葉の意味が、今の私には、ほんの少しだけ理解できた気がした。