猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
私とユズのタイマンが落ち着いたころ、今まで観戦するだけだったモモイが声を上げた。
「よし! 二人の対戦も十分楽しんだし、そろそろ別のゲームをしようよ!」
「そうだね、次は何のゲームにしようか?」
「はい! アリスは『栗鉄』がやりたいです! これならプレイスキルに関係ありません!」
"そのチョイスで大丈夫かなぁ……"
私もユズも、しばらく戦い続けて疲れが見えだしていたので、気分転換にはちょうど良かった。
モモイがそう提案して、みんなが何がいいか考えながら、色々なゲーム機を引っ張り出して床に広げ始めた。
――その時だった。
「あれ?」
ミドリが、床に置かれた一つの古いゲーム機を見て声を上げた。その声につられて視線を向けると、電源も繋がっていないゲーム機の画面がチカチカと点灯していた。
「お姉ちゃん、これ……」
ミドリに言われてモモイが覗き込む。画面は真っ赤に染まり、そこに白い文字で『Divi:Sion』と表示されていた。
「あれ? これ、廃墟で『G.Bible』を取ってきてから一度も起動しなかったのに。どうしたんだろう」
「……」
モモイが首を傾げた、その瞬間。
「……っ!?」
私を、強烈な立ち眩みと耳鳴りが襲った。視界がぐにゃりと歪み、脳を直接かき混ぜられるような激しいノイズが頭の中に響き渡る。
"シホ!?"
「シホちゃん!? どうしたの!?」
突然うずくまった私を見て、先生やユズたちが心配して駆け寄ってくる声が遠く聞こえた。朦朧とする意識の中、私は気を失わないように、なんとか顔を上げようとした。
すると、視線の先にはアリスが立っていた。
いつもニコニコしている彼女の表情が、今は人形のように無表情になっている。そして何より、彼女の青かった瞳が、不気味な赤色に染まって私を見下ろしていた。
その姿はまるで、私に対して何かの命令を直接下しているようにも思えた。
彼女の突然の変化に違和感を覚えながら、私の意識が消えそうになった、その時。
『――――』
自分の身体のずっと奥底から、何かが猛烈な勢いで全身の神経に広がっていくのを感じた。それは、以前に私が、どこかで感じたことがあるような感覚だった。
パチッ、バチバチッ!!
電気がショートしたような鋭い音が鳴り響く。それと同時に、私の頭を支配していた強烈なノイズが消え去り、意識がはっきりとし始めた。
「はぁっ、はぁ……っ」
"シホ! わかる!? 意識ははっきりしてる!?"
「……先生。……うん、大丈夫」
「よ、よかったぁ……いきなり倒れるから、どうしたのかと思ったよ……」
「シホちゃん、だ、大丈夫? 無理してない?」
私が顔を上げて報告すると、みんなが心配したように駆け寄ってくる。私も何が起こったのか分からずに混乱しているので、ひとまず大丈夫であることを伝えるために頷くしかできなかった。
そうしていると、先生が何かに気が付いたのか、部室を見渡し始めた。
"……アリス?"
先生の声に振り返ると、アリスも何やら様子がおかしかった。
彼女は先ほどまでの赤い瞳ではなく、いつもの青い瞳に戻っていたが、額に手を当てて、痛そうに眉間にしわを寄せている。
「アリスちゃん、大丈夫!?」
「ええ!? もしかしてアリスも!?」
アリスのほうも調子が悪そうにしていて、ユズとモモイがアリスのもとに駆け寄る。
「うぅ……モモイのゲーム機が起動したのを見た後、急に目の前が真っ暗になって……気がついたら、シホが倒れていました……」
二人が心配そうに声をかけると、アリスはふらふらとした様子でそう答えた。
「そういえば、お姉ちゃんのゲーム機が勝手に起動してからだよね……?」
「……あれ、私のゲームガールどこに置いたっけ?」
アリスの言葉を聞いて、ミドリはハッとした様子で床に置かれたモモイのゲーム機を探す。
全員が辺りを見渡すと、部屋の隅の方で、画面が真っ黒にひび割れ、少しだけ煙を上げて完全に沈黙しているゲーム機が見つかった。
「わ、私のゲームガールがー!? なんでー!?」
モモイは壊れたゲーム機の元に飛び出して、胸に抱え上げて悲鳴を上げた。
「モモイのゲームガールが……もしかして、アリスのせいですか……? ごめんなさい……」
「……私からも、謝る。多分、私が何かしたのかも……」
アリスが申し訳なさそうに謝り、私も小さく頭を下げた。何が起こったかは分からないが、直前の現象からして、少なくとも私が何か関係しているのは間違いないからだ。
「アリスもシホも悪くないよ! ……でも、私のゲームガールが〜〜!」
モモイは泣きそうな顔で壊れた機械を撫でている。
「二人がおかしくなる前に、画面に何か表示されてたよね?ええと、どんな文字だっけ……?」
「わ、私が見たときは、確か『Divi:Sion』って表示されてた気が……」
「私はよく見えなかったけど……でも、そんなゲーム入れてないよ! ていうか、今日まで起動すらしてなかったし!」
「うーん、じゃあなんでだろう……」
「どこかで聞いたことあるような気もするけど……」
ゲーム開発部のみんなが、うんうんと首をひねって考え込んでいる。みんなの中で、何かが引っかかるような感覚があるようだったが、それが何なのかは分かっていないみたいだ。
"……ひとまず、今日は二人の調子も良くないみたいだし。いったん解散しようか"
「……そうだね、今日は二人とも休んだ方がいいと思う」
「分かりました……」
「……わかった」
先生がそう提案すると、全員が賛成した。先生と一緒に帰り支度をしながら、私はどこか名残惜しさを感じていた。ゲームが楽しかったからだろうか。
この感覚が何なのか考えようとしたけど、今はそれよりも、自分の身に何が起こったのかを調べるのが先だ。
私と先生はゲーム開発部に別れを告げ、一緒に特異現象捜査部の部室へと戻ることにした。
◆
「一通り検査が終了しました」
"お疲れ様、ヒマリ。……どうだったかな?"
部室に戻った私は、ヒマリとエイミにゲーム開発部で起きたことを説明した。
事情を聞いたヒマリは、すぐに私の身体を機械で検査し始め、今さっきそれが終わったところだった。
「結論から申し上げますと、特に異常はありません。……いえ、異常があるのかどうか『わからない』と言うべきでしょうか」
"……そっか"
異常がない。それはそれで、少し不安になる。だが、私はヒマリのその言い回しに違和感を覚えた。そんな私を見て、ヒマリが真剣な顔で口を開いた。
「……シホ。このタイミングですから、あなたに伝えておかなければならないことがあります」
「……?」
ヒマリの真剣な言葉に、私は首を傾げた。
「以前、身体検査をした時に、詳しいことが分かれば伝えると言っていましたね」
「うん」
「あの時点ですでに半ば判明していたことなのですが……シホの身体は普通の人間ではなく、今は存在しない超高度な技術を用いて作られた『アンドロイド』なのです」
その言葉を聞いて、私は思わず自分の手のひらを見つめた。
ヒマリは、私がアンドロイドなのだと言う。でも、音は聞こえるし、匂いもする。殴れば痛みも感じるし、ゼリー飲料やお子様ランチの味だって分かった。
私はてっきり、ちょっと頑丈な普通の人間になれたのだと思っていた。だから、自分の体が機械だと知って、ほんの少しだけショックを受けた。
「半ば分かっていたというのは……実は、あなたより先にミレニアムの廃墟で見つかった子がいるからです。同じ境遇であるあなたも、彼女と同様の存在である可能性が高かったのですよ」
「……もしかして、アリスのこと?」
「ええ、その通りです。アリスもまた、あなたと同じくミレニアムの廃墟で見つかった存在なのです」
アリスも、同じ廃墟で見つかった。その事実を聞いて、私はアリスに対して少しだけ仲間意識のようなものを感じた。
でも、彼女が私を見て「どこかで会ったことがある」と言ったのなら、彼女はキヴォトスで目覚める前の私を知っているのだろうか。
「ですが、分かりやすくアンドロイドだと言いましたが……今のあなたは普通の人間として、普通の生徒として過ごすことができています。そう重く受け止める必要はありませんよ」
私が黙り込んでいると、ショックを受けていると思ったのか、ヒマリが優しくフォローしてくれた。
「……わかった」
私が軽く答えると、ヒマリは少しだけ心配そうな顔をした。
「……突然のことで混乱しているかもしれません。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。前に比べれば、今のほうが人間らしいから」
「それは……そうでしょうが……」
私が素直な感想を伝えると、ヒマリは言葉に詰まった。みんなには、前に私の過去について説明した時、私が全身を改造された強化人間であったことを伝えている。
変な言い方だけど、食事の味も分からず、ただACを操縦することだけに特化していたあの頃に比べれば、機械の体になった今のほうがずっと人間らしい。だから、私にとってそれは大した問題じゃなかった。
「……とにかく。シホとアリスに何が起こったのかは、引き続き観察する必要があります。シホ、もし身体に何か異変があれば、すぐに私や先生に言うのですよ」
気まずい沈黙の後、ヒマリが念を押すように私に伝え、今日のところはこれで解散となった。
◆
ヒマリ、エイミ、そして先生が部室から去った後。私は一人、特異現象捜査部の奥の部屋で寝支度に入っていた。
……ヒマリは私をアンドロイドだと言ったが、今まで普通に過ごせていたので、どうも実感が薄い。
せっかくアンドロイドになったのなら、眠らなくてもいい機能のひとつぐらいあればよかったのにと、自分の体について心の中で文句を言いながら、ベッドに横になる。
天井を見上げ、今日の出来事を思い返していた、その時だった。
『―――』
再び、私の耳の奥で、微かな『耳鳴り』がした。さっきのような立ち眩みや頭痛はない。ただ、頭の奥に響くような不思議なノイズが少しだけ鳴ったのだ。
「……?」
もしかして、また眩暈が襲ってくるのかと思い身構えていると、耳鳴りはすぐに治まった。
まだ、体調がよくないのかもしれない。ゲームで頭を使いすぎたからだろうか。あるいは、さっきの赤い画面のせいだろうか。
考えても分からないことは、今は深く考えるのをやめよう。私は布団をかぶり、目を閉じた。明日に備えてしっかり休むことが、今の私の仕事だ。