猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
ゲーム開発部の部室で倒れてから、数日が経った。私は大事をとってアルバイトなどの外出をしばらく休止し、ヒマリやエイミの手伝いをして過ごしていた。
倒れた日の夜にあった耳鳴りは、その後もたまにすることがあった。けれど、眩暈や頭痛がすることはもうない。
一度、ヒマリが耳鳴りの時の状態を調べるために丸一日検査をしてくれたこともあったが、その時は全く耳鳴りがしなかったため、結局原因は分からずじまいだった。
「……原因がわかるまで安静に、と言いたいところですが。一日検査をしても何も問題が見つけられなかったので、これ以上引き留めていても仕方がないですね」
部室で、ヒマリがため息まじりにこぼした。特に異常がないということで、ようやく私の自由行動が解禁されたのだ。
「久々の自由時間だね。シホは何かしたいことある?」
「……じゃあ、早速行きたい場所がある」
私が答えると、ヒマリが珍しそうに目を瞬かせた。
「シホから提案するなんて珍しいですね? どこに行きたいのですか?」
「アリスのところ」
私とアリスの接触にはまだ分からないことが多い。だからだろうか、ヒマリとエイミは一瞬、苦い顔をした。
「……ちなみになんで行きたいの?」
エイミが確認するように聞いてくる。
「アリスが持っている武器。あれについて聞きたいことがあったけど、この前は聞けなかったから」
「アリスの武器……ああ、エンジニア部が作っていた『光の剣』のことですか」
「光の剣……。もしかして、あの武器ってレーザーブレードなの?」
「いえ、剣と名づいていますけれど、あれは実質的なレールガンですよ」
ヒマリの言葉に、私はなおさら気になった。
レールガンは、実弾兵器としてルビコンでも使っていたものだ。今の武器より高威力になる可能性があるなら、是非とも使ってみたい。
「それ、どこに行けば売ってる?」
「そういえば、シホも最初はレーザーブレードとか強力なハンドガンを欲しがってたもんね」
エイミが少し呆れたように言う。ヒマリは首を振った。
「あれは非売品です。というより、アリスの武器を探している時に『エンジニア部』を訪ねて、そこで作られていた宇宙戦艦用の主砲をアリスが使うことができたので渡した、という経緯なのです」
「非売品……じゃあ、その『エンジニア部』という場所に行けば、私ももらえる?」
「同じものは無いでしょうが……近接武器なら、何かシホの気に入るものを作っているかもしれませんね。私が以前、近接武器を手に入れる場所に心当たりがあると言っていたのも、そのエンジニア部のことですし」
それを聞いて、私はエンジニア部に行きたくてたまらなくなった。早く行きたいと視線で訴える。
「……ふふっ。ここのところ手伝いばかりさせていましたからね。さすがに連れて行ってあげましょうか」
「ついでに私も、体温を下げるような物を作れないか聞いてみようかな」
こうして私たち三人は、ミレニアムの『エンジニア部』へと向かうことになった。
◆
「なるほど、事情は分かったよ」
エンジニア部の
ヒマリが、私がアリスと同じレールガンか近接武器を欲しがっていることと、エイミが避暑グッズを探していることを伝えたのだ。
「残念ながら、アリスと同じような武器は無い。予算の都合もあるが、そもそも同じものを作るつもりもなかったからね。代わりのものを用意することはできないよ」
「さすがにそうだとは思っていたので、そちらに関しては大丈夫です。……もう一つの、近接武器のほうはどうでしょうか?」
ヒマリの質問に、ウタハは少し考えるそぶりを見せた。
「近接武器……確かにキヴォトスでは、それに特化した武器を作っているところは無いと言っていいだろう。かくいう私たちも、実戦用の武器として真面目に作ろうとしたことはほとんどないからね」
「ほとんどってことは、いくつかは作ったことあるの?」
エイミが聞くと、ウタハはニヤリと笑った。
「もちろんだとも。銃が主要な攻撃手段として普及しているキヴォトスにおいて、あえて近接武器を使用することは実に『ロマン』あふれることだからね。思いついたものは作ってあるとも。
ただ実際問題、それを使ってくれる人がいないから、誰にも使われないまま倉庫に保管されている状態が続いていたのだがね……」
「しかし、その日の目を見ない発明品も今日限りです! 我々と同じくロマンを胸に抱く、期待の新人が現れてくれました!」
もう一人、眼鏡をかけた女の子――
「というわけで、早速倉庫から引っ張り出してきたよ。シホちゃん、何か気になるものはあるかな?」
最後のひとりの犬耳の女の子――
そこには、見たこともないような武器の数々が並んでいた。
柄に対して大きすぎる頭部のハンマー。大剣と斧が合体したような、複雑な機構を持つ武器。そして、大剣の刃の部分にガトリングガンを取り付けたような武器。
そのどれもが重く、巨大だった。しかし、その一番奥に置かれていたものを見た瞬間、私は真っ先に手を伸ばした。
それは、ルビコンでもよく見かけていた、そして私自身も使うことがあった――パイルバンカーだった。
私は迷わず、そのパイルバンカーを手に取った。
「おっ、真っ先にそれを手に取るなんて……なかなか分かってるね」
ヒビキが少し感心したように言う。
「さすが近接武器を求めるだけあってお目が高い! その武器の構造と説明については、この私におまかせを……」
「……大丈夫。これ、使ったことあるから」
「なるほど、使ったことがあるのですね! ……え!?」
コトリが驚いている前で、私はパイルバンカーの固定具を左腕に装着していく。
こっちの世界では初めて見る形状のはずなのに、手に取った瞬間から、なぜか頭と体が使い方を完全に理解していた。淀みなく、すべての固定具をカチャリと締め上げる。
「ええっ!? 機能に関しての説明が要らないのはともかく、装着まで一人で出来るのはおかしくないですか!?」
「使ったことがあるって言ってたし……ウタハ先輩、もしかしてあらかじめ教えてたりする?」
ヒビキが聞くが、ウタハは困惑した様子で首を振った。
「いや、そんなはずはない。実際に使われなかったから、ずっと倉庫に保管されていたわけだしね。……彼女が言っているのは、いったい誰が作ったパイルバンカーの話なのかな?」
ウタハが探るような、興味深そうな目で私を見る。私はヒマリのほうに目配せをした。私の過去を言ってもいいのか確認する。ヒマリは小さく頷き、私の代わりに口を開いた。
「実は、シホはキヴォトスの外から来たのです。近接武器を欲しがるのも、以前いた場所でそれを使用していたからなのです。そこでの経験があるから、使ったことがあると言ったのでしょう。私も、そんな物騒なものまで使っていたとは知りませんでしたが……」
「ほう! キヴォトスの外で、そんな武器を使っていたのか!」
「なんと興味深い話でしょうか! ほかにどんな武器を使っていたのか、ぜひ教えてもらいたいです!」
ウタハとコトリが、目を輝かせて私に詰め寄ってくる。
「……いいけど。先にこのパイルバンカーを試させてほしい」
早く試したくてうずうずする。弾丸ではなく、圧倒的な質量を叩きつけるあの感覚。無意識のうちに、左手に力が入る。
「おっとすまない。確かに、私たちの作った武器が気に入ってもらえるかどうか、まずは確かめてもらうとしようか」
「先輩、的の準備したほうがいい?」
「頼んだよ。できるだけ頑丈なやつを用意してくれ」
ヒビキがガレージの奥で操作をすると、少しして、普通の人間より二回りほど大きな数台のロボットが移動してきた。
「アリスの時は持ち上げて使いこなせるかの確認だったが、今回に関しては武器の『性能テスト』も兼ねている」
「作ったはいいものの、実戦で使いこなせる人がいなかったので、性能はカタログスペックで表記する以外ありませんでしたからね……」
「ロボットはある程度迎撃するように設定してあるから、注意してほしい。しかし遠慮はいらない、思う存分使ってくれたまえ」
ウタハの言葉を聞き、私は左腕のパイルバンカーを構え、右手にアサルトライフルを握った。
構え終わったタイミングでロボットたちが私に向けて銃口を向け、射撃を開始する。
私はその弾幕を左右のステップで躱しながら、稲妻のような動きで一気に敵の懐へと飛び込んだ。
ロボットに一息で密着できる間合いに入った瞬間。私は左腕を後ろに引き、勢いを殺さずに前方へと踏み込む。
ドゴンッ!
という金属音と共に、ロボットの分厚い装甲に左腕のパイルバンカーをねじ込み、撃ち抜いた。
私の腕力とステップの加速がすべて乗ったパイルの一撃が、ロボットの分厚い胴体を一瞬で粉々に打ち砕いた。
私は崩れ落ちる一体目から目を離し、そのまま次のロボットに近づく。
今度は足で蹴り飛ばして強制的に姿勢を崩し、間合いを作る。体勢を立て直される前にパイルバンカーの杭を
ガァンッ!!
今度はロボットの頭部を完全に吹き飛ばした。
残りのロボットたちが私に一斉に弾幕を浴びせてくるが、私は素早く敵と距離を置き、敵を中心とした円運動をしながら、右手のアサルトライフルで牽制するスタイルに切り替えた。
そして、敵の攻撃に隙ができた瞬間、一気に密着してパイルバンカーを叩き込み、また距離を取って牽制を繰り返す。
数分もしないうちに、ガレージに用意された頑丈なロボットたちは、すべて鉄くずへと姿を変えていた。
「……素晴らしい。いや、凄まじいな。これほどの威力が出るとは思っていなかった」
「確かにロボットの装甲を貫く威力は出せる計算でしたが……あれほど激しく粉砕されるとは思っていませんでした」
「おまけに、パイルバンカーの機構の方にも目立った損傷はない。……これは、本当に完璧に使いこなせていると言っていいかもしれないね」
エンジニア部の三人が、驚きと興奮の入り混じった声を上げる。だが、エイミは別の意味で驚いていた。
「……前の時と、動きが全然違うね。鉄パイプを持っていた時は、もっと慎重に立ち回っていたと思うけど」
「……鉄パイプは瞬間的な火力が出ないから、連続で攻撃できる時か、大きな隙がないと使えなかった。でも、これなら一撃で装甲を抜ける」
私がパイルバンカーの杭を撫でながら答えると、ウタハがハッとして振り返った。
「待て。鉄パイプだと……? それでどうやって……」
「どうかしましたか? ウタハ先輩」
「……いや、ちょっと気になることがあってね。シホ、その前使っていた鉄パイプとやら、今持っていたりしないかな?」
持っている。私は持ってきていた荷物の中から、今まで使っていた鉄パイプを取り出した。
「ふむ……。見た目は普通の鉄パイプのように見えるが……君のその凄まじい力で何度も殴りつけて、なぜ多少の傷やへこみだけで済んでいるんだ?」
ウタハが鉄パイプをまじまじと眺めながら呟く。
「一応補足しておきますと、それは正真正銘、ホームセンターで買った普通の鉄パイプです。それを使っている時の戦闘データが必要ならお渡しできますが、どうしますか?」
ヒマリの言葉に、ウタハは真剣な様子で頷いた。
「ああ、そうだね。後でもいいから、そのデータもちょっと見せてもらいたい」
ウタハは何やら、私の鉄パイプについて気になることがあるようだった。
でも、鉄パイプはもう使うことが無いだろうし、好きにしてもらって構わない。そんなことより、私はこのパイルバンカーを貰えるのかどうかが気になって仕方なかった。
「……これ。貰える?」
私が聞くと、ウタハは「ああ、すまなかった」と謝った。
「その話がまだ終わってなかったね。もちろん、持って行ってもらって構わない。道具は、使ってもらうことに意味があるからね」
使い勝手も良く、満足のいく近接武器が手に入った私は、無意識のうちに「やった」と小さく声を出した。
「ただ。ようやく近接武器を使ってくれる人が現れたんだ。渡す代わりと言っては何だけど……今後は、そういった武器の『テスター』として協力してくれないか?」
「問題ない。次の武器も、期待してる」
どうやら、今後はこれ以外の武器も作ってくれるみたいだ。もし次に何を作るか決めていいなら、チェーンソーとかを提案しようかなと考えてみる。
とにかく、私にとってはメリットしかないため、全面協力することに決めた。
「それと、もう一つ。この鉄パイプも、しばらく私が預かっていいかな?」
「……? いいよ」
さっきからやたらと鉄パイプを気にしているけど、何かおかしな部分でもあったのだろうか。どちらにせよ、私は全く問題ないと思って許可を出した。
「……あの、私の避暑グッズについてはどうなったの?」
ひと段落した空気になったところで、すっかり忘れられていたエイミが静かに手を挙げた。
「……すまない、すっかり忘れていた」
「すみません、すぐに持ってきますね!」
それからエイミは、超強力な風を発生させるという小型の『ハンディファン』を受け取っていた。市販品と違いかなり強力らしく、エイミも少しだけ満足そうな顔をしていた。