猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
それからの探索は、まるで潜入ミッションみたいだった。
私は戦うのを最小限にして、できるだけ物陰から物陰へと隠れながら進むようにした。
オートマタに見つかった時は、すぐに近づいて素早く壊す。手持ちの弾薬が尽きれば、壊れた残骸から新しいアサルトライフルを奪って、すぐにその場から離れる。
その繰り返しで、迷路のように入り組んだ廃墟の通路をひたすら進んでいった。
そうやって、どれくらいの時間が経ったか気になりだした頃。薄暗かった通路の先にある壁の隙間から、ひときわ眩しい光が差し込んでいるのが見えた。
警戒しながら崩れた壁の隙間を抜けると、ふわりと新鮮な風が服を撫でた。私は思わず、目を細める。
「……空」
見上げれば、そこに澄み切った青空が広がっていた。
そして、その青空には巨大な輪が静かに浮かび上がり、廃墟の隙間から覗く先には、天まで届くほどの巨大な塔がそびえ立っていた。
振り返って私が抜け出してきた壁を見ると、それは苔や植物に覆われた巨大な建物の残骸だった。もう何年も、もしかしたら何十年も使われていないのは明らかだ。
相変わらずここがどこなのかは分からないが、遠くに見える塔と、空に浮かぶ謎の円環を見る限り、一つだけはっきりと確信できることがある。――それは。
「……ここは、ルビコンじゃない」
私が焼き払ったあの星ではない。別の星系の、全く知らない惑星だ。だとすれば、なぜ私はこんな場所にいるのか。私を直した人は、いったい何をしたかったのか。
疑問は尽きないが、立ち止まっていても状況は良くならない。まずは情報を集めないと。
ひとまず、遠くに見えるあの塔を目指して歩き出そうとした瞬間――背後から人の気配を感じた。
私は素早く振り返りながら、ライフルの銃口を気配がした方向へと向ける。
「わっ……びっくりした。よく気が付いたね」
銃を向けられているとは思えないくらい、のんびりした声がかけられた。銃口の先に立っていたのは、一人の少女だった。
私より頭一つ高いくらいの背丈。ピンク色の髪を持ち、黒いジャケットのジッパーを胸元まで大胆に開け放っている。手にはショットガンのような銃器を持っているが、銃口はこちらを向いておらず、だらりと下げられたままだ。
そして彼女の頭上には、私と同じように不思議な『輪』が浮かんでいた。
「ミレニアムの生徒……じゃないよね。あなた、誰?」
少女は私に銃を突きつけられているというのに、怯えるどころか、まったく緊張感のない様子で私をまじまじと観察している。
「うーん……廃墟がいつもより騒がしいし、誰かが戦闘してる音がしたから見に来たんだけど。あなた、その病衣みたいな服、どうしたの?」
「……」
戦うつもりはないと判断した私は、ゆっくりとライフルの銃口を下ろした。だが、警戒は解かない。相手がどう動いてもすぐに対応できるように身構えたまま、問い返す。
「……私はレイヴン。この服は起きた時に着ていた」
私の答えを聞いた彼女は、疑わしいものを見る目で眉をひそめた。
「……まぁ見た目からして色々おかしいから、とりあえずそういうことにしておくね。私は和泉元エイミ。ミレニアムサイエンススクールの特異現象調査部の一年生。あなたは、どこの自治区の生徒?」
「ミレニアム……?自治区……?」
彼女の口から出た言葉は、どれも聞いたことがないものだった。企業や部隊の名前でもないし、ルビコンに自治区なんてものは無い。
「私はルビコン星系、惑星ルビコン3の宙域にいたはず。ここはどこの星系の、なんていう惑星?」
「星系……?惑星……?」
私の返答を聞いた彼女は、きょとんとした顔で首を傾げた。言葉は通じているはずなのに、お互いの常識が全く噛み合っていない気がした。
エイミと名乗った少女は、顎に手を当てて「うーん」と呟く。
「あなた、もしかしてキヴォトスの外から来たの?」
「キヴォトスというのがこの惑星の名前なら、そう。私は別の惑星から来た」
「へえ、別の惑星。……なるほど、そんな恰好で廃墟にいるのもおかしいし、たぶん外から来た迷子ってことだね。部長が面白がりそう」
「……?」
どうしてそんな結論になったのかは分からないが、彼女は警戒を解いたように歩み寄ってくる。
彼女の視線が、私の頭と手にしているオートマタのライフルへと向けられた。
「その銃、この廃墟のオートマタのやつだよね。一人で倒したの?」
「……倒した」
「ふーん。思ったより強いんだね、あなた」
そう言うと彼女は「ちょっと待ってね」と断り、ポケットから端末のようなものを取り出して何かを入力する素振りを見せた。
少しの間端末を操作し、処理が終わったのかこちらに向き直り話しかけてくる。
「ここじゃ落ち着いて話もできないし、とりあえず、ミレニアムまで一緒に来る?あなたも、自分がどこにいるのか知りたいでしょ」
「……」
知らない勢力の拠点に行くのは危険だ。だけど、今の私には手がかりが何もない。それに、少なくとも彼女からは、私を傷つけるつもりはないように見える。
私はひとまず、同行することに決めた。
「……分かった。同行する」
「うん。じゃあ、私の後ろをついてきて。オートマタが出ても、私が対処するから」
彼女はそう言うと、振り返って歩き始めた。
背中を無防備に晒すその姿は、私が銃を向けたときといい、まるで危機感が感じられない。
まるで私が脅威ではないと言わんばかりの立ち振る舞いに、彼女の底知れなさを感じた。
私はライフルを片手に持ったまま、周りを警戒しながら彼女の背中を追った。
時系列としては、時計じかけの花のパヴァーヌ第一章終了後、デカグラマトン編 知恵の蛇 Part3の開始直後です。
調査に先生が同行していませんが、廃墟の調査が1回では終わらないだろうという独自解釈です。
初回の調査や、手掛かりとなる重要な調査については先生が同行し、他の調査についてはエイミとヒマリが独自に調査を進めているという風に扱っています。