猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
私はウタハからパイルバンカーを受け取り、満足感で少しだけ気分が良くなっていた。エイミも、受け取った超強力なハンディファンを使って涼んでいる。
性能テストも終わり一息ついたところで、話題は自然と、私がいたキヴォトス外の武器についての話になった。
「なるほど……キヴォトスの外では、巨大なロボットが主要な戦力として存在しているのだな」
ウタハが腕を組みながら興味深そうに言う。私は頷き、少しだけ自分のいた
「私が使っていたのは、人型機動兵器のアーマード・コアと呼ばれるもの。ACは全てのパーツが規格化されていて、頭や腕、武器や動力を自由に変更できる」
「自由に組み替えられる機構……! それはなんとも合理的な仕組みですね!」
「だから、私が使ったことがあるパイルバンカーも、本当はAC用の装備。生身で扱ったことはない」
私がそう説明すると、ウタハを除く二人のエンジニア部員は、目を輝かせてテンションを爆発させた。
「巨大ロボットが存在して、実際に運用されている世界があるなんて……!」
「ロマンです! なんというロマンでしょうか! それで、他にはどんな武器があったのですか!? プラズマを撃つものは!? 追尾ミサイルは!?」
コトリとヒビキが、私に根掘り葉掘り聞き始める。私はたじたじになりながらも、聞かれたことには淡々と答えていった。
しかし、二人が無邪気に興奮しているのとは対照的に、ウタハと、後ろにいるヒマリ、エイミは、少しだけ複雑な表情をしていた。
巨大ロボット。それがなんのために作られ、どう運用されていたのか。外の世界の過酷さをある程度察しているウタハたちからすれば、それが純粋なロマンだけではなく、殺し合いの道具であることは察しがついたのだろう。
しばらく質問攻めに遭い、私が少し疲れ気味になった頃、ようやく二人が満足したように息をついた。
「すごいね……外の世界の兵装って、本当に色んなものがあるんだ」
エイミが感心したように言うと、ウタハが特に強い関心を示した。
「私は、その『
「……さすがに、そこまでの構造は把握していない。私はパイロットだから」
「そういえば、シホの世界には『コーラル』という新エネルギーがあったと聞いていますが……それとは違うのですか?」
ヒマリがふと思い出したように口にした。エンジニア部の三人は、「コーラル?」と不思議そうに首を傾げている。
私は、一瞬固まった。
コーラル。確かに、コーラルを利用した兵器は存在したが、私はそれらを使っていなかった。
だけど、問題はそこじゃない。
コーラルは、私がウォルターに買われることになった理由であり――私がルビコンの星系を焼き尽くすことになった、すべての原因だ。それはあまり、話題にしたくない言葉だった。
「……コーラルを利用した兵器はあったけど、私が使う武器としては、無かった」
私が少し目を伏せて答えると、ヒマリが、私の様子の変化に気付いたようで、しまったといいたそうな表情を見せる。
「シホちゃん、その『コーラル』というのは、どういうものなんだ?」
「……ルビコンに存在した、未知の物質でもあり、新エネルギーでもある」
私は短く答え、それ以上は語ろうとしなかった。
「そ、それだけじゃあ良く分かりません! もう少し詳しい話を聞かせてもらいたいです!」
「……あんまり、言いたくない」
私が言い淀むと、ヒビキが心配そうに聞いてきた。
「コーラルって、そんなに危険なものなの……?」
「……」
私は、小さく頷いた。
「……じゃあさ。やっぱり話を聞いた方がいいんじゃない? キヴォトスにコーラルが無いとも限らないし」
エイミが淡々と言う。それはあり得ない、と言いたかった。だけど、ルビコンになぜコーラルが存在していたのかさえ、結局のところ誰にも分かっていなかったのだ。
なら、なぜキヴォトスに絶対に無いと言い切れるのだろうか。
私が黙り込んでいると、ヒマリが静かに口を開いた。
「話したくないのなら、無理にとは言いません。……ですが、未知の脅威に対して対策するためには、それが何であるかを知る必要があるのも確かです」
ヒマリの言葉は正しかった。私は渋々といった様子で、コーラルについての説明を始めた。
「コーラルは……兵器の動力、私のような強化人間の手術、さらには麻薬や食料培養にまで利用される、万能なエネルギー資源。……だけど」
私は、あの赤い波長を思い出しながら、言葉を絞り出す。
「……コーラルは危険。密集した状態だと、爆発的・指数関数的に自己増殖する。宇宙空間に出れば、宇宙全域を埋め尽くして、汚染・崩壊させてしまう危険性がある」
「自己増殖するエネルギー……!?」
ウタハが驚愕の声を上げる。
「高濃度のコーラルは、人体や電子機器を破壊する。曝露した人間の意識すら取り込んでしまうこともある。……そして、極めて引火しやすい」
「……」
「過去に、星全体を焼き尽くす『大災害』を引き起こしている」
コーラルの説明を聞いた一同は、言葉を失っていた。思ったよりも危険な物質であることに、エンジニア部の三人も青ざめている。
「それは……確かに、存在するだけでも危険すぎるね」
「新エネルギーとしては魅力的ですが、さすがに扱いを間違えただけでキヴォトスが滅んでしまうかもしれないのは、リスクが高すぎますね……」
「……もしかして、シホちゃんが言いたくなかったのって。その、災害のことが関係してたりする……?」
ヒビキの問いかけに、私は黙ったまま、何も言えなかった。私が引き起こした、二度目の災害のことなど、言えるはずがなかった。
「……そっか。ごめんね、言いづらいこと言わせて」
「……別にいい。悪いのは、私だから」
ガレージの中に、少しの間、重苦しい空気が流れた。ヒマリとエイミが何やら目を合わせた後、ヒマリが明るい声を上げて、その空気を変えた。
「シホのことについては、今日のところはこれまでにしておきましょう。私からも、シホに言いづらいことを言わせてしまい、申し訳ありませんでしたね」
「私も、ハンディファンをもらえて助かったよ。これ、大事に使わせてもらうね」
エイミも話を合わせてくれる。ウタハは「ああ」と頷いた。
「……そうだな。また他の武器が欲しくなったり、そのパイルバンカーのメンテナンスが必要になったら、遠慮なく来てくれ。その時もまた歓迎するよ」
私はウタハに短く礼を言い、ヒマリ、エイミと共にエンジニア部を後にした。
◆
特異現象捜査部への帰り道。私は、考え込んでいた。
確かに、コーラルは危険なものだ。だが、コーラルをルビコンの星系ごと焼き尽くした『私』が、コーラルを危険だと言っていいのだろうか。
ヒマリとエイミには、私の過去をすべて伝えたわけではない。二人は、私がルビコンを滅ぼした張本人であることを知らないのだ。
それは、言った方がいい情報なのだろうか。でも、それを言ってしまったら。もし、それを知られてしまったら。ヒマリとエイミは、きっと……。
「……シホ。どうかしましたか?」
考え込みながら歩いていると、ヒマリに声を掛けられた。いつの間にかうつむきながら歩いていたようで、私はハッとして顔を上げた。
「……ヒマリ」
「はい。ミレニアムの清楚な高嶺の花であり、皆さんの憧れである『全知』の学位を持つ眉目秀麗な乙女、明星ヒマリです」
「そこまでは聞いてないと思うよ」
「エイミ? ちょっとは私のおちゃめなジョークを受け入れる度量を見せてくれてもいいのではないでしょうか?」
エイミがあきれた表情でヒマリにツッコミを入れ、ヒマリがそれに対して抗議する。
二人のやり取りを見ていると、なんだか心が温かくなる。でも、そんな光景を見ていると……自分が、この平和な場所に居てはいけないような気持ちになってくるのだ。
最近、私は充実している。美味しいご飯を食べたり、ゲームで悔しい思いをしたり。それは、ルビコンに居た時には感じられなかったものばかりで、どれも新鮮な体験だった。
だけど、それと同時に、私はルビコンに居た時の『私』を考えるようになってきた。
ウォルターの遺志を継いだことは、今でも間違っているとは思わない。だけど、ルビコンを滅ぼしたことが『正しい』とも思えなかった。
私一人では、その判断が良かったのか悪かったのか、どうしても分からなかったのだ。
やっぱり、二人には言うべきなのだろうか……。
「……ヒマリ。私は……」
私が口を開きかけて、その先の言葉が出ずに止まってしまう。そんな私の様子を見て、車椅子に乗ったヒマリが、スッとこちらへと近づいてきた。
「……シホ。あなたが何を言いたいのかは分かりませんが、それを無理に口にする必要はありませんよ」
「え……」
「先ほどは、私の失言でした。コーラルについて話を聞いていたのに、それがシホと関係ないはずがないことをすっかり失念していました」
ヒマリが申し訳なさそうに目を伏せる。
「あなたの過去について、きっと私たちでは想像もつかないような過酷な世界を過ごして来たのだろうと思います。ですが、そのことについて、私たちはあなたを責めるつもりはありません。……あなたが話すべき、いえ、話してもいい、と思った時に。改めてその話を聞かせてもらえますか?」
ヒマリが、とても優しい声色で語りかけてきた。いつの間にかそばに来ていたエイミも、私と目を合わせると、小さくうなずいた。
私は、息を吸い込んだ。
「……わかった。また、いつか話す」
「ええ。では、その時を楽しみにしていますね」
そう言って、私たちは再び部室へと歩き出した。
『――――』
また、耳鳴りがした。
今日はエンジニア部でコーラルの話をした時から、何度も耳鳴りが響いていた。
それは不快なノイズではなく、私が話す内容や、私の感情に合わせるかのように響く……まるで、隣で相槌を打つような鳴り方だった。
「……」
私はヒマリたちを心配させないように、何事もなかったかのように歩幅を合わせて、部室へと帰った。