猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
エンジニア部からパイルバンカーを受け取った数日後。
私は約束通り、エンジニア部で近接武器のテストをしていた。前回とは違い、今回は用意された目標物に対して、ひたすら攻撃を当てるだけのテストだった。
前回見せてもらったハンマーや、斧と剣を合体させたような武器など、数種類の武器を使ってデータ取りを行う。
今使っているのは、私が以前に提案して作ってもらった、
ウタハに言われた回数だけ攻撃を当てて、テストが終了する。
「お疲れ様。助かったよ、シホ」
「やっぱり、実際にテストしてくれる人がいると助かるね」
「でもやっぱり、シホが使うとスペック以上の威力が出ますね。扱いになれているというのが要因なのでしょうか……」
ウタハとヒビキがねぎらってくれる横で、コトリが不思議そうな顔をしていた。
スペック以上の威力が出ると言われても、私は普通に攻撃しているだけなので、よくわからない。
テストがひと段落して休憩していると、エンジニア部のガレージに一人の生徒が入ってきた。ウタハがいち早く気が付き、声をかける。
「おや、珍しい客が来たね。どうしたんだい?」
「ああ。ここに、近接武器を使って戦うやつがいるって聞いてな」
その声に、私は振り返って主を確認した。
そこに居たのは、ひらひらした服を着崩して、龍の刺繍が入った上着を羽織った、目つきが悪い小柄な女の子だった。
どうやら私の噂を聞きつけてやってきたようだけど、彼女に見覚えがない。私が首を傾げていると、ウタハが少し警戒した声を出した。
「……耳が早いな。いったい誰から聞いたんだい?」
「細かいことはいいじゃねぇか。んで、お目当ての奴は……」
彼女が何かを探すようにきょろきょろと見渡していると、私と目が合った。彼女はニヤリと笑い、そのまま私の方へと歩み寄ってくる。
「よお。お前が『六津井 シホ』ってやつか」
「……」
私がうなずくと、彼女は軽く自己紹介をした。
「あたしはC&Cの3年、美甘ネルだ。今日はお前に用事があって来たんだ。というわけで、ちょっと面貸せよ」
そう言って彼女はニヤリと笑い、親指で出口を指さした。
「……テストが終わったのなら、彼女についていった方がいい?」
私に用事があるみたいだけど、今はテストの最中だ。どうすればいいかウタハに確認することにした。しかし、私の質問に対してウタハは首を横に振った。
「ついていくのはオススメしないね。ネル、君が何をするつもりなのか大体想像がつくが……さすがに、下級生に喧嘩を売るのは見逃せないな」
「人聞きの悪いこと言うな。ただ、ちょっと戦ってみたいだけだ。それに、本人も別に嫌がってはいねぇみたいだぜ?」
ネルと呼ばれた彼女が言う。ウタハはため息をついて、私に説明してくれた。
「シホ。彼女は『C&C』と呼ばれるミレニアムの実行部隊のリーダーであり……『ミレニアム最強』とも言われている人だ。そんな人が、今、君に喧嘩を売っているんだよ」
「だから喧嘩じゃねぇっての!」
ネルはなぜか私と戦いたがっているようだけど、別に戦う理由がないなら、戦うつもりはない。
弾薬や体力を消耗するだけだし、それに、人間相手には手加減しろとヒマリに言われている。
「……喧嘩なら、したくない。そういう理由なら、断る」
「あァ? そういう理由がダメってんなら、どういう理由ならあたしと戦うんだよ?」
「……仕事なら」
私が少し考えてから答えると、ネルは「へぇ」と笑った。
「分かりやすくていいじゃねぇか」
そう言うと、ネルは再びウタハに向き直った。
「おい、ウタハ。今やってるテスト、あたしが相手役になってやろうか?」
「……スタンバトンなど、実際に人間に対して当てた場合のデータが欲しくないわけじゃない。だが、ネル。君は普通の人と比較しても頑丈すぎるから、一般的なデータとしてはあまり意味がないんだが」
「意味がないわけじゃねぇんだろ? だったら、あたしがタダで協力してやる。それを条件にしてやるから、こいつと戦わせろよ」
どうやらネルは、どうしても私と戦いたいようだ。タダ働きするというネルの言葉に、ウタハは困ったように私を見た。
「……どうする? 正直に言うと、ネルはかなり強いし戦うのは避けた方がいいと思っている。シホが嫌なら、私のほうからはっきりと断るが」
そう言われて、私は少し考えた。仕事としてなら受けてもいいので、そういった意味でなら特に断る理由はない。
どうしようかと考えていたけど……そういえば、こっちに来てから対人戦をしてこなかったことに気が付いた。
今回は、人間相手に近接武器がどれくらい通用するのかというテストなので、ついでに自分の感覚も確かめることができるチャンスでもある。
それに、仕事としてやるなら手加減の練習にもなるだろう。
「大丈夫。やる」
「ハッ! あたし相手にその態度とは、いい度胸じゃねぇか。それじゃ、決まりだな」
エンジニア部の三人は私を心配していたが、私は武器を持ってネルと一緒にガレージの奥へと向かった。
◆
ガレージの奥の広いスペースに障害物が設置され、本格的な模擬戦を行う準備が整った。私は左腕にパイルバンカーを、右手にアサルトライフルを構える。
ガレージの床には私とネルの二人だけ。ウタハたちは、ガレージの上の通路からスピーカーで指示を出すようだ。
『――それでは、新兵装の対人模擬戦テスト。開始!』
「んじゃさっそく、いくぞオラァ!」
ウタハの合図が響いた瞬間。ネルが、私に向かって猛スピードで突っ込んできた。
両手に持った二丁のサブマシンガンから、すさまじい弾幕が放たれる。私はネルとの距離を維持するため、左右にステップを踏みながらライフルで牽制した。
だが、ネルは私の牽制射撃をものともせずに突撃してくる。今まで戦ったどの敵よりも頑丈だし、何より速い。私はネルの行動に驚かされながら、牽制を続ける。
ネルは私に肉薄するが、私が近接戦を仕掛けられないギリギリの距離を保ちつつ、素早い動きで私を攪乱してくる。
私は相手の距離で戦わないよう、距離を開こうとして後ろに下がった。だが、ネルはさらに踏み込んできて、思うように引き剥がすことができなかった。
――それなら、迎撃する。
私は下がるのをやめて、あえてネルに近づいた。そして、隙の大きいパイルバンカーではなく、ネルの胴体に向けて真っ直ぐに蹴りを放つ。
しかし、ネルはそれを腕でガードした。そしてそのまま、二丁のサブマシンガンを繋ぐ鎖を使い、私の蹴り足を絡めとって拘束した。
「なっ……!?」
驚く私の顔を見て、ネルがニヤリと笑った。彼女はその隙を逃さず、お返しと言わんばかりの強烈な蹴りを私の腹に叩き込んだ。
「くっ……!」
私は後方に吹き飛ばされた。さらに、追い打ちをかけるようにネルのサブマシンガンによる乱射が私を襲う。
私は空中で体勢を立て直し、すぐさまその場から離脱して物陰に隠れた。
「どうした、こんなもんか? 左手のソレは飾りかよ?」
ネルが銃を構えながら、挑発するように言った。
……強いと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。私はどこかで、キヴォトスの人たちの強さを甘く見積もっていたのかもしれない。
生身の人間で、しかも私より小柄なのに、信じられないほどの反応速度と戦闘技術だ。
私がルビコンで戦った、
彼女は、あの最強クラスのAC乗りたちを思わせるような『強者』であることは間違いない。
……なら、手加減はいらないかな。
私は、頭の中のスイッチを切り替えた。手加減を考えず、相手を倒すための思考へ。
私は物陰から飛び出し、ネルに向かって突撃した。
「はっ! いいねぇ、そう来なくっちゃ!」
ネルもそれにこたえるように前進してくる。
私たちは近距離で高速に動き回りながら、激しい撃ち合いを始めた。私は右手のライフルで牽制しつつ、左手のパイルバンカーの射出準備を整える。
それを見たネルが、獰猛に笑った。
「あたしに近接戦を挑もうなんて、いい度胸だ。……言っておくがな」
ネルが、さらに加速する。
「あたしの間合いに入って勝てるヤツなんか、このキヴォトスのどこにもいねぇんだよ!!」
そう言って、彼女が私に向かって跳びかかってくる。私もそれを迎え撃つように踏み込んだ。お互いが接触する、その直前。
ネルの体が、私の直進を躱すようにフッと横に消えた。私の突進をすかした後、すれ違いざまに振り返って、私の背後を取ろうとしたのだ。
――それと同時に、私はネルとは逆方向へと飛び退いていた。
「……あァ!?」
私は、彼女がパイルバンカーを警戒していないわけがないと踏んで、その動きを予測していた。
銃口の先に私の背中がないことに、ネルが一瞬だけ驚愕の顔を見せた。
私はすぐさま反転して、態勢が崩れた彼女に向かい距離を詰める。彼女が体勢を立て直すころには、私はすでにパイルバンカーの射程内に彼女を捉えていた。
「私も」
私は、引き絞っていた左腕のパイルバンカーを構えた。
「この距離で私に勝てた人は、一人もいなかった」
ガァンッ!!
金属の杭が、ネルの胴体をめがけて爆発的な速度で打ち出された。確実に入ったと思った。
――だけど、腕に手ごたえがない。
私はその正体を確かめる前に、再び前方へと飛び退いた。一瞬後、私が居た場所を、ネルの放った銃弾が通り過ぎていった。
振り返って確認する。そこには、着ているスカジャンの右脇腹の布を大きく吹き飛ばされ、冷や汗を流したネルが立っていた。
あと数センチずれていれば、少なくとも胴体には当たっていただろう。あれだけの至近距離から放ったパイルバンカーを、彼女はギリギリで躱したのだ。
「……やるじゃねぇか」
ネルが、息を吐きながら笑う。
「あたしの間合いでそこまでやるやつは、今までいなかったぞ」
「私も、避けられるとは思わなかった」
私が素直に言うと、ネルはサブマシンガンをガチャリと構え直した。
「いいねぇ。……それじゃ、どっちが上か、白黒はっきりさせようじゃねぇか!」
ミレニアム最強と、私。本当の戦いが、ここから始まる。