猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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三十一話:激闘の果て

私はネルから大きく距離を取った。

先ほどまでとは打って変わって、中距離での差し合いになる。近づこうとするネルを中心にして、私が円を描くように一定の距離を保ち、ライフルで牽制し続ける構図だ。

 

「おい! あたしの間合いで勝負するんじゃねーのかよ!」

 

弾幕を避けながら、ネルがキレ気味に叫んでくる。

 

「……相手の得意な距離で戦う必要はない」

 

私は淡々と返し、牽制射撃を続けた。少しの間それを続けていると、しびれを切らしたのか、ネルが強引に真っ直ぐ突撃してきた。

 

私はそれを見て、左腕のパイルバンカーの射出準備に入る。

だが、私が構え終わるよりも早く、ネルが肉薄してきた。私の牽制を無視して弾幕を浴びせながら、強引な格闘戦を仕掛けてきたのだ。

 

私はライフルを使い彼女の攻撃を捌きながら、パイルバンカーをネルめがけて撃ち出した。

 

「甘ぇよ!!」

 

しかし、ネルはそれを読んでいた。彼女はパイルバンカーを躱すだけでなく、外側の装甲を掴み、強引にその軌道を横へと逸らしたのだ。

 

「残念だったな! こんな大振りの攻撃じゃ、あたしは捉えられねぇよ!」

 

ニヤリと笑うネル。

 

「……分かってる」

 

「あ?」

 

私は躊躇なく、左腕の固定具のロックを解除した。

 

――ガコンッ!

 

鈍い音と共に、私はパイルバンカーを腕から外し、そのまま彼女に押し付ける。これには、ネルも一瞬だけ驚いた様子を見せた。

 

パイルバンカーは強力だし、私の今の戦闘の軸でもある。だけど、先ほど完璧なタイミングだったにもかかわらず躱されたのだ。今後も直撃させるのは難しいと判断した。

ならいっそ、ここで一瞬の隙を生み出すための囮として使い捨てにした方がいい。

 

パージによって自由になった左手で、私はネルの顔面に思い切り拳を叩き込んだ。

 

「ぐぁあっ……!?」

 

吹き飛ばされ、ガレージの壁に激突するネル。私はそのまま追撃として、右手のライフルで弾幕を浴びせる。壁にネルと弾丸が連続で命中し、激しい土煙が巻き上がった。

 

私は攻撃の手を緩めず、土煙の中のネルに向かって突撃した。だが、ネルは壁に叩きつけられた直後だというのに、すでに起き上がって反撃の態勢に入っていた。

 

「お返しだこの野郎ォ!!」

 

「……!?」

 

土煙を裂いて、彼女の鎖が飛び出してくる。私は器用に操られたそれに腕を絡めとられ、突撃の勢いをそのままいなされて、逆に壁へと投げ飛ばされた。

 

「くっ……」

 

ガレージの壁を突き破り、私は外の地面へと転がり出た。

あれだけいい攻撃が入ったはずなのに、すぐさま反撃に転じてくるとは思わなかった。あの人は、近距離での強さと頑丈さなら、ルビコンにいた誰よりも上だと判断する。

 

それと同時に、私は辺りを見渡してハッとした。熱くなりすぎて、模擬戦用のガレージから外に出てしまったのだ。

 

相手がいくら強いとは言え、これは模擬戦であり、あくまでテストだ。いったん中止する必要があると思い、私は武器を下げてガレージの壁の穴へと歩き出そうとした。

 

「オラァ! さっきまでの威勢はどうした!?」

 

「……!?」

 

歩き始めた私目掛けて、その穴から猛スピードでネルが飛び出してきて攻撃を仕掛けてきた。

 

「ちょっと待って。外に出たから、いったん中止する……!」

 

私は慌ててライフルで応戦しながら伝えた。しかし、ネルは全く止まらなかった。

 

「あァ!? なにふざけたこと言ってやがる!!」

 

「テストは、ガレージの中で……」

 

「ここまで来たら、お互いどっちかがぶっ潰れるまでやるに決まってんだろ!!」

 

そう言って、ネルは狂ったように銃を乱射しながら迫ってくる。言葉が通じないし、攻撃も止めるつもりがないようだ。仕方がないから、戦闘を継続するしかない。

 

私はネルに対して背を向け、思い切り距離を取って走り出した。

 

「待てコラ! 逃げんじゃねぇ!!」

 

「……逃げていない。これが私の戦い方」

 

私はガレージの周りにある建物の裏に身を隠した。そして、その勢いのまま建物の壁面を垂直に駆け上がる。

 

一瞬後、私のいた場所に飛び込んできたネルが、銃口をそちらに向けて声を上げた。

 

「てめぇ、逃げられると思うな……って、いねぇ!?」

 

周囲を見渡すネル。その頭上の死角。私は壁を蹴って宙に舞い、上空から弾幕を張りながら急降下した。

 

「上かッ!?」

 

予想外の三次元攻撃に、虚を突かれた様子のネル。弾幕が良い角度で入り、彼女が少しだけ怯んだ。私はその隙を見逃さず、落下速度を乗せた蹴りを彼女の肩に叩き込む。

 

「チィッ!」

 

ネルは吹き飛ばされながらも、空中で見事に受け身を取り、横方向にスライドして私の追撃を回避した。

それを見た私は、着地と同時に再び距離を取り、ライフルで攻撃を浴びせ続ける。

 

ネルは私に対して距離を詰めようと突進してくるが、私は間合いを維持するように後退し、中距離での激しい撃ち合いが始まった。

 

私は次の建物を遮蔽として使おうと、壁の裏に隠れた。

 

「させるかよ!!」

 

「……!?」

 

轟音と共に、私が隠れていた建物ごと、ネルのマシンガンの弾が貫通してきた。私は咄嗟に次の遮蔽を探しつつ、ネルを牽制するために横に飛ぶ。

 

「逃がさねぇぞ!!」

 

そこからしばらく、私は遮蔽を利用しながら三次元的に戦い、ネルは邪魔な遮蔽物ごとすべてを破壊しながら私を追う、という市街地戦が展開された。

エンジニア部のガレージを中心に、周辺の建物やコンテナが次々と破壊されていく。

 

しかし、こうしていても埒が明かない。ライフルだけでは彼女を倒しきることはできないだろう。私はそう判断し、エンジニア部のガレージへと一気に引き返した。

 

ガレージの壁の穴から中に入ると、上の通路にはどこか気まずそうな顔をしたエンジニア部の人たちと、もう一人――見たことのない女性が立っていた。

手には通信端末のようなものを持ち、ガレージに飛び込んできた私を見て驚いたような表情を浮かべている。

 

誰だろう、と一瞬考えたが、遠くからネルが近づいてくる音が聞こえ、思考を中断した。

 

私は床に転がっていたパイルバンカーを拾い上げ、再び左腕に素早く装着する。それと同時に、ネルがガレージの中に飛び込んできた。

 

「へぇ……追いかけっこはもう終わりってか? ようやくそれを使って戦う気になったかよ」

 

私がパイルバンカーを装備し直すのを見て、ネルがニヤリと笑う。

正直、彼女は凄まじく強い。ライフルだけじゃ倒しきれないから、やっぱりどうにかしてこれ(パイル)を直撃させる必要がある。

 

「それじゃ、最終ラウンドと行こうか。覚悟はいいか?」

 

そう言って、ネルが二丁のサブマシンガンを構えた。私もそれに応じるべく、パイルバンカーを構えた。

 

――次の瞬間だった。

 

「いいわけないでしょうがーーーっ!!!」

 

突然、ガレージ中に響き渡るような大声が降ってきた。私とネルは驚いて、動きを止めて声がしたほうに目を向ける。

 

そこには、さっきの見たことのない女性が一人。いつの間にか近づいてきて、鬼のような形相で怒りを全く隠そうともせずにこちらを睨みつけていた。

 

「C&Cが街を破壊しながら暴れ回っているという話を聞いて駆けつけてみたら……! これはいったいどういうことですか、ネル先輩!」

 

「あー、これはだな……ちょっと、そいつと模擬戦をしててな……」

 

「模擬戦ですって? ならそれで、なんで街中で暴れ回る必要があるんですか!」

 

怒鳴り散らす女性に、ネルは少し気圧されたように後ずさった。

 

「わ、私のせいじゃねぇ! こいつが逃げ回るからだ!」

 

ネルが私を指差した。どうやら、責任をこちらに押し付けるつもりのようだ。その女性は、疑惑のまなざしで私を見つめてきた。

 

「あなた、ミレニアムじゃ見かけない顔ね……名前は何て言うの?」

 

「六津井シホ」

 

「六津井……やっぱり聞いたことないわね。あなたのような子だったら、覚えているはずなのに」

 

彼女は私について気になったようで少し考える素振りを見せたが、すぐにハッとして首を振った。

 

「それよりも! あなた、ネル先輩に追い掛け回されるなんて、いったい何をしたのよ?」

 

彼女の口調は、私に対してはそこまで怒っておらず、むしろ何をしたのかを純粋に気にしている様子だった。

どうやら、街中で戦ったのがマズかったらしい。ヒマリも「周りに被害を出すやり方は良くない」と言っていたから、やっぱりそれがダメだったのだ。

 

しかし、それを気にしながら戦える相手ではなかったし、何より、中止しようとしたのに襲い掛かってきたのはあちらだ。私は事実だけを伝えることにした。

 

「ガレージで模擬戦をしていたら、外に出てしまった。外に出た後、ネルが襲い掛かってきたから対応するしかなかった」

 

「……ネル先輩?」

 

女性が低い声で、笑みを浮かべながらネルを睨みつける。

 

「ちょ、待てよ! あれはお前が自分から外に出たようなもんだろ!?」

 

「確かに外に出た。けど、あれはそっちに投げ飛ばされたのが原因。……何より、外で戦うのはダメだと思ったのに、やめなかったのもそっち」

 

「そりゃ当然だろ! まだ決着がついてなかったんだからな!」

 

ネルはカラカラと笑いながら、当たり前だと言わんばかりに返した。その言葉を聞いた瞬間、女性の額に青筋が浮かんだのが見えた。

 

「なるほど。事情がよーく、分かりました」

 

「……あ、やべ」

 

にっこりと笑いながら詰め寄ってくる女性を見て、ネルの顔からスッと血の気が引いた。

 

そして、ネルに対するお説教が始まった。ネルも自分に非があると理解しているのか、先ほどまでの威勢はどこへやら、ばつが悪そうにおとなしく話を聞いている。

説教を横で聞いていると、どうやらネルはいつも仕事で周りの建物などを壊してばかりいるらしかった。

 

彼女がネルに説教していると、いつの間にか私の近くに、エンジニア部の三人が降りてきていた。

 

「すまないね。……やっぱり、あの模擬戦は断っておくのが正解だったようだ。ユウカが鬼の形相でうちに来た時は、肝が冷えたよ」

 

「うちもよく部室を壊したりしますからね。『今度は何をしたんだ』って言われたから、言い訳が大変でした……」

 

ウタハとコトリが、疲れた顔でため息をつく。

どうやらあの女性は、エンジニア部ともかかわりがあるらしい。ネルのお説教を聞きながら、私は彼女についてエンジニア部から話を聞いた。

 

『早瀬(はやせ) ユウカ』。ミレニアムサイエンススクールの『セミナー』という中枢組織の一員で、会計を担当しているらしい。

街に被害が出れば彼女たちの支出になるため、何かが壊されるたびに彼女が来て、状況を確認することが多いそうだ。

 

エンジニア部も過去に何度か部室や周りを盛大に破壊して、彼女から大目玉を食らっているため、今回も真っ先に疑われたらしい。

彼女に説明を求められて困っていたところ、ちょうどいいタイミングで私とネルが戻ってきた、というのが事の顛末だ。

 

組織の予算を管理している人と言えば、情けない命乞いをした彼(V.Ⅶ スウィンバーン)を思い出すが、彼とは似ても似つかないほど彼女は堂々としていた。

 

組織に属する以上、彼女に逆らえないのも理解できる。ルビコンにいた時も、弾薬費や修理費を管理する人間の立場は高かった。

ネルも仕事で街に被害を出すことが多くマークされており、今回もまた彼女が原因であると判明して怒りが爆発。今のお説教に至るというわけだ。

 

「あなたもC&Cの部長なら、もう少し後輩の模範になるような行動をですね……!」

 

「わーったよ! 悪かったって言ってんだろ!」

 

彼女の怒りは、しばらく収まりそうになかった。

私とエンジニア部の三人は、弾が飛び交い散らかったガレージの片づけをしながら、そのお説教が終わるのを大人しく待つことになった。

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