猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
ユウカのお説教が終わるころ、エンジニア部のガレージの片付けも終わっていた。
強者としての圧を放っていたネルは、今はどこか疲れたような顔をしている。ユウカも、息を吐いて少しだけ怒りが収まったみたいだった。
ユウカが呆れたような、でも少し申し訳なさそうな顔でエンジニア部のみんなを見る。
「……勘違いしてごめんなさいね。てっきり、またエンジニア部が変なものを作って暴走させたのかと思って」
「まぁ、疑われるようなことを繰り返してきた我々にも非はあるからね。納得してもらえたようで何よりだよ」
ウタハが笑って返すと、ユウカは私の方を向いた。
「あ、そうだ。ネル先輩に追い掛け回されてた、そこの子は大丈夫なの? ネル先輩も相当暴れたみたいだし、ケガとかしてるなら保健室に連れて行こうと思うのだけど」
保健室というのがよく分からないけど、おそらく治療や修理をする場所なのだろう。
私は改めて自分の身体を確かめる。服は少し破れたし、擦り傷もあるけれど、治療が必要なほどの大きなダメージはない。
「……私は大丈夫」
「……本当に? 遠慮しないで言ってくれたらいいのよ?」
「大丈夫だ」
私が答えるより先に、ネルが横から割り込んできた。
「むかつくことに、私はそいつに対して有効な一撃を入れられてないしな。むしろ、こっちが一発良いのをもらったぐらいだ」
そう言って、ネルは私が殴り飛ばした右ほほをさすった。痛そうにはしていないけれど、少しだけ赤くなっている。
ネルのその言葉を聞いて、ユウカは信じられないと言った顔で目を丸くした。
「……ネル先輩相手にそこまで戦えるなんて。そんな子なら、私が知らないはずないのに。……あなた、本当にミレニアムの生徒?」
そう言われて、私はどう返答するべきか少し悩んでしまった。ヒマリが言うには、私はすでにミレニアムの生徒ではあるけれど、なったのは最近だし、学校の『授業』とやらにはまだ一度も出たことがないからだ。
「一応、そのはず」
私はそう言って、ポケットからヒマリに作ってもらった学生証を取り出して見せた。ユウカはそれを受け取り、じっと確認する。
「……特におかしな点は見当たらないけど。なんだか、アリスちゃんの時と同じ雰囲気を感じるわね……。あなた、部活はどこかに所属しているの?」
ユウカは学生証を一通り確認した後、どこか腑に落ちないのか私に再度確認してきた。
アリスの名前が出たように、おそらく彼女も何らかの方法で身分を偽造して、ミレニアムの生徒となったのだろう。私も似たようなものなので疑われてもしょうがないけど、嘘をついても意味がないので正直に答える。
「特異現象捜査部」
「特異現象……って、もしかしてヒマリ先輩が部長の?」
私が頷くと、ユウカは少しだけ難しい顔をして腕を組んだ。
「うーん……会長が作った部活動で、なおかつヒマリ先輩が部長を務めているなら、ある程度信頼してもいいかもしれないわね。……分かったわ。あなたのことについては、ひとまずそれで納得しておくわ」
ユウカは私への追及をやめ、学生証を返してくれた。
どうやらユウカは、リオとヒマリを知っていて二人を信頼しているようなので、これ以上の質問はしないでいてくれたらしい。
私への質問を終えて、彼女は嫌々といった態度で溜息を吐く。
「はぁ……さて、私はこれからネル先輩が破壊した場所の確認と被害の計算をしに行くから、これで失礼しますね。……ネル先輩は一緒についてきてくださいね?」
ユウカが振り返って言うと、ネルが顔をしかめた。
「はぁ? なんで私まで行かなきゃならねぇんだよ」
「……でしたら、後で私に被害箇所の詳細な資料と報告書を提出していただくことになりますが。それでよろしいでしょうか?」
ユウカの顔は笑っているけれど、目が全く笑っていなかった。彼女の表情には、嫌とは言わせない奇妙な圧がある。
「うっ……」
ネルもはっきりと断ることができなかったようで、一歩後ろに下がって気まずそうに目を逸らす。
「い、いやー、実はあたし、これから行かなきゃならないところがあってだな……」
「そうですか。では、後ほど提出をお願いしますね」
言い訳をするネルを置いて、ユウカがにっこりと笑って歩き出す。
「あー待て待て! 悪かった! 一緒に行きゃいいんだろ!」
慌ててネルがユウカの後を追いかける。そして部室の出入口に差し掛かったところで振り返り、私に向かって叫んだ。
「おいチビ! 勝負はお預けだ! 今度会った時は、しっかりケリつけるぞ!」
それだけ言って、ネルはユウカと一緒に部室から出ていった。すっかり静かになったエンジニア部で、ウタハが息を吐く。
「とにかく、色々あったが今日のテストはこれで終わりにしようと思う。シホも、すまなかったね」
「仕事だから、大丈夫。それに、強い相手との戦い方は勉強になった」
「そう言ってもらえると助かるよ……。片付けも手伝ってもらったし、あとのことはこちらでやっておくから、シホはもう帰ってもらって構わないよ」
そう言われて頷いたものの、私は一つだけ、どうしても気になっていたことをウタハに尋ねることにした。
「……ネルの持っていた銃、威力が少しおかしかった」
「ん? どうしたんだい?」
「私のアサルトライフルじゃ、あそこまでの火力は出せない。もしかして、ネルの武器は何か特別な物なの?」
私が聞くと、ウタハは不思議そうな顔をした。
「……なぜって、ネルほどの強者なら、あれぐらいの威力は出てもおかしくないだろう? むしろ、私はシホが手加減しているのかと思ったぐらいだ」
ウタハが当然だと言うように語るが、意味がよく分からなかった。
武器は武器だ。どんな強者が撃っても、同じ弾薬を使っているなら威力は変わらない。使い手によって変わるのは、当たるか当たらないかだけのはずだ。
「……どうやったら、銃の威力を上げられる?」
「うーん……難しい質問だね」
「説明しましょう!」
コトリが眼鏡をクイッと持ち上げて前に出た。だけど、いつものように自信満々と言った様子ではなく、少し申し訳なさそうな態度を見せる。
「といっても、私たちキヴォトスの住民にとって銃はそういうものであるため、科学的な理由を説明するのは難しいのですが……」
コトリは少しだけ渋い顔をして、説明を続ける。
「銃の威力についてですが、これは『自分にとって最適な銃を使い続けることで、その威力が上がる』とされています。ただ、これには個人差がありまして、使った時間や回数に比例して威力が上がるわけではありません。なので、銃の威力がどれだけ上がるかというのは、一種の才能だとも言われているんです。シホさんの実力でしたら、ネルさんと同程度の威力を出すことも可能でしょう!」
私はその説明を聞いても、いまいち納得できなかった。道具を長く使っても、手入れをしなければ劣化するだけだ。勝手に威力が上がるなんて、普通に考えるとありえない。
でも……ここは、ヘイローがあって、生身の人間が銃弾を弾くのが当たり前の世界だ。私の中にある常識は、ここでは通用しないのかもしれない。
ひとまずそういうものだと割り切って、今のアサルトライフルを使い続けてみようと思った。
そんな様子を見せる私に、ウタハが思い出したかのように手を打った。
「あ、そうだ。もしこれから特異現象捜査部に戻るなら、ひとつ、ヒマリに伝言を頼まれてくれないか?」
「うん。なに?」
「ありがとう。内容は『この前もらったデータについて話がしたいから、そちらの都合の良いときに連絡してほしい』だ。また何かあったら、遠慮なく言ってくれ」
私は頷き、ウタハの伝言を伝えるためにも、エンジニア部の部室をあとにした。
◆
夜。すっかり人影が絶え、静まり返った校舎の一室。
シホから伝言を受け取ったヒマリは、手慣れた操作でウタハへ連絡を入れると、空間に浮かんだウィンドウの中に、ガレージの自席に座るウタハの姿が映し出された。
「こんばんは。連絡が遅くなってしまい申し訳ありません」
ヒマリが微笑みかけると、画面の向こうのウタハは手元のマグカップを置き、小さく頷いた。
『構わないよ。連絡をくれたということは、これから話をしても大丈夫ということかな』
「ええ。この前、シホが鉄パイプを用いていた時の戦闘データに関してでしたが、何かありましたか?」
ヒマリの問いに、ウタハは少しだけ声を潜め、真剣な眼差しを向けた。
『ヒマリも薄々感づいているだろう。あんな市販の鉄パイプで、オートマタどころか預言者と戦って成果を残せるのは、どう考えてもおかしいと』
「まあ、普通ではありえないでしょうね。ですが、シホは色々と特殊な事情を抱えていますから、そのあたりもある程度は納得していましたが……」
ヒマリはそこで言葉を区切り、ウタハの表情を窺う。
「わざわざ直接連絡をしてきたということは、それだけでは片付けられないということですか」
ウタハが肯定するかのように深く頷く。同時に、ヒマリの手元の画面にひとつの解析データが送られてきた。
『簡単に言うと、あれは鉄パイプではなかった』
「……? それは、どういう意味でしょうか」
送られてきたデータに目を落としながら、ヒマリは首を傾げる。
『正確に言うなら、鉄パイプの形状をした『何か』だった。パイプの中身は、いつの間にか空間が狭まっていて……材質は、キヴォトスには存在しない謎の合金に変化していた』
信じがたい報告に、ヒマリは目を細めた。画面上のデータを拡大していくが、確かに市販品の規格とは明らかに異なっている。
「……そんなはずは。ホームセンターで買ったと言っていた時にも確認しましたが、あれは間違いなく、ただの市販の鉄パイプでしたよ」
『そこについては疑っていない。見た目だけでは市販のものと大差ないし、最初から武器として用意したのであれば、わざわざ鉄パイプなんかにする意味がないからだ』
ウタハは腕を組み、探るような視線を画面越しのヒマリへと向けた。
『問題は、あの鉄パイプがいつそうなったか、ということだ』
「……シホからは、特に買い替えたりしたという話も聞いていません。もちろん、私から特に何か手を加えたということもありません。もしかしたら……」
『……ヒマリ。この際だから言わせてもらう』
ウタハの声が、一段と低い真剣なトーンに変わる。重い沈黙が数秒だけ場を支配した。
『シホ。それに、アリス。この二人の正体について、君は何か知っているのだろう?』
「…………」
『というより、隠す気がなかったと言うべきか。アリスに光の剣を渡したことも、君が知らないわけがないだろう。そんなところに、アリスと同程度の身体能力を持ち、同じく常識がない子を寄こすなんて、関係があります、と言っているようなものだ』
鋭い追及を受け、ヒマリは小さく息を吐いた。ごまかすのは容易いが、相手は既に二人がただの生徒ではないことは見抜いているのだろう。これ以上の秘匿は無意味であり、かえって不誠実だろう。
ヒマリは口元に微かな微笑みを浮かべ、いつもより少しだけ素のトーンで答えた。
「……ええ。お見通しの通りです。彼女たち二人には、少なからず関係があります」
ヒマリはそう言って、シホとアリスの正体――特異現象捜査部として掴んでいる事実――をウタハに明かした。
『『名もなき神』の遺産……そして、キヴォトスの外から来た存在、か』
「はい。シホとアリスについて、彼女たちがどういった存在であったかということは、おおよその情報が集まっています」
ウタハは顎に手を当て、納得したように何度も頷いた。
『なるほど。そのうちの一つが、さっき君が言っていた『物質の再構成』という能力なわけか』
「おそらくですが、シホは無意識のうちにその能力を使っているのでしょう。謎の合金については私も把握しきれていませんが、おそらく外で使われていた金属なのかもしれません」
『それについては、今度時間を取ってしっかり調べさせてもらうよ。シホの居たキヴォトスの外というのは、こちらよりもはるかに技術レベルが上らしいからね。技術者として、これほど面白いことは無い』
張り詰めていたウタハの表情が緩んだ。技術者としての好奇心が勝ったのか、彼女は少しだけ楽しそうに笑う。
しかし、すぐさま真面目な声に戻り、ウタハは最も重要な問いを投げかけた。
『……それで、彼女たちをどうするつもりなんだ?』
「どうもするつもりはありませんよ」
ヒマリは即答した。車椅子の上で背筋を伸ばし、胸を張って言い切る。
「彼女たちは既にミレニアムサイエンススクールの生徒であり、私たちのかわいい後輩です。後輩のやりたいことを応援するのは、この超天才清楚系病弱美少女ハッカーである先輩の役目でしょう?」
ヒマリのいつもの芝居がかった、けれど本心からの言葉に、ウタハは少しだけ呆れたように息を吐き――そして、優しく笑った。
『……そうだね。彼女たちの生まれはどうあれ、キヴォトスを滅ぼすような子には見えなかった。これまで通り、先輩として面倒を見てあげるつもりさ』
「ええ。お願いしますね、ウタハ先輩」
『そちらこそ、ヒマリ先輩』
二人のミレニアムを代表する『先輩』たちは、互いに信頼の笑みを交わし、静かに通信を切った。薄暗い教室に、再び静寂が戻った。