猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
先生と一緒にミレニアムの廊下を歩き、ゲーム開発部の部室のドアを開ける。すると、アリスがこちらを振り向いて、笑顔で出迎えてくれた。
「あ! 先生がパーティーを連れてゲーム開発部にやってきました!」
「本当だ! 先生とシホと……ヒマリ先輩!?」
アリスの後ろから顔を出したモモイが、ヒマリを見て驚いた声を上げる。
「お久しぶりですね、モモイ」
"二人とも、お邪魔するね"
先生と一緒に、私たち特異現象捜査部の三人が部室に入る。ミドリも奥から出てきて、不思議そうに私たちを見た。
「他の人と一緒に来ると聞いていましたが、まさかヒマリ先輩が一緒に来るなんて。それと、そちらの方は……」
ミドリの視線がエイミに向く。
「……和泉元エイミ。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。私は才羽ミドリです」
エイミが短く挨拶すると、モモイがミドリの背中に隠れるようにして小声で何かを囁いているのが聞こえた。
「(……ねぇミドリ、なんかすごい格好の人来ちゃったね……。寒くないのかな?)」
「(お姉ちゃん! 初対面の人に失礼だよ!)」
ヒソヒソと話す双子をよそに、アリスが目を輝かせてエイミの前に割って入る。
「エイミのその恰好、もしかして高レベルの防具を装備しているのですか!?」
「えっ?」
アリスの唐突な発言に、モモイとミドリがびっくりする。
ヒマリはふふっと笑いそうになり、先生はちょっと困ったような顔をした。当のエイミはどういうことか分かっておらず、困惑した顔で首を傾げている。
「えっと……ごめん、防具ってどういう意味かな?」
「はい! RPGでは、防具の露出度が高いほど、防御力のステータスも高いという法則があるからです! エイミの装備は露出度が高いので、きっと終盤でしかドロップしないレア装備に違いありません!」
「ちょ、ちょっとアリス、ストップ!」
アリスが自信満々に胸を張る後ろで、モモイが慌ててアリスを止めに入る。
「……そうなの? エイミ」
私はアリスの言葉を疑いながらも、真剣な顔でエイミに聞いた。
というのも、先日のエンジニア部でネルと戦った時、銃を使い続ければ威力が上がるという話を聞いたばかりだ。私の中の常識は、この世界ではアテにならない。
もしかしたら、このキヴォトスでは本当に『薄着だと防御力が上がる』という法則があるのかもしれない。
「いや、さすがに服を着たほうが防御力は上がると思うよ。私がこうしてるのは、普通の環境でも暑いからだし」
エイミが冷静に答えると、部室が少しだけ変な空気になった。さすがにそんなことはなかったようだ。
よく考えれば、前にヒマリが制服を用意してくれた時も、制服は防弾性能が上がると言っていた気がする。
いたたまれなくなったのか、モモイが慌てて話題を変える。
「そ、それよりもヒマリ先輩! 今日は何しに来たのかな!?」
その様子がおかしかったのか、ヒマリはくすくすと笑いながら答える。
「ふふ。ええ、今日は先生がここに来ると聞いて、一緒についてこさせてもらいました。以前にモモイのゲーム機が壊れてしまった件について、あれから何か変わりはありませんか?」
ヒマリの質問に、モモイが渋い顔になる。
「あー、ゲームガールのことなら、一応修理に出したけど……」
「完全に中身が壊れていて、修理じゃどうしようもないとのことでした」
ミドリが悲しそうに補足する。
二人が部屋の隅にある棚のほうに視線を向けると、そこには二台の携帯ゲーム機が並べて置いてあった。片方は、前に私がこの部室で見たモモイのゲーム機だ。
「エンジニア部なら何とかしてくれるかと思って持って行ったけど、あっちでもおんなじこと言ってたんだよねぇ……」
モモイが肩を落とすのを見て、ヒマリが少しだけ目を細めた。
「そうでしたか……それは申し訳ないことをしましたね」
「いやいや、ヒマリ先輩は悪くないよ! ゲーム機が勝手に壊れただけだし!」
モモイは身振り手振りで、ヒマリのせいじゃないとアピールする。
「ふふ、そう言ってもらえると助かります。……ところで、アリスの体調はどうでしょうか。その時に、シホと一緒に具合が悪くなったと聞いたのですが……」
「あー、そういえばそうだったね。アリス、調子はどうなの?」
モモイとミドリの視線がアリスに向く。けれど、アリスは元気いっぱいに答えた。
「あの時はちょっとふらふらしていましたが、今は特に問題ありません。宿屋で休めば、どんな状態異常も回復するので!」
「それは良かったです。……耳鳴りがしたりとかいうこともありませんか?」
「……耳鳴りですか? いえ、そういったものは無いです」
アリスはキョトンとして首を横に振る。嘘をついているようには見えない。本当に、彼女には何の症状もないみたいだった。
「むしろ、シホちゃんの方がひどかったと思うのですが……そっちは大丈夫なんですか?」
ミドリが私を見る。アリスも心配そうに覗き込んできた。
「そうです。シホ、もう大丈夫なんですか?」
《―――――》
「……うん、問題ない」
頭の奥で鳴った小さな音を無視して、私は短く答えた。表情には出さないように気をつける。
「……そうですか、それならよかったです」
アリスがホッと息を吐く。
「あれから何にも起きないし、結局あれが何だったのか分かんないままだよ」
「原因も分からないし、ちょっと不安だよね」
モモイとミドリが不安そうに顔を見合わせる。ヒマリは優しく微笑んで、二人を安心させるように言った。
「……その件については、私の方も気にかけておきます。何かあったら、私に連絡してきてくださいね」
ヒマリの言葉にゲーム開発部の三人が頷く。すると、モモイが何かに気が付いたかのように、不思議そうな顔をした。
「そういえば、シホとヒマリ先輩ってどういう関係なの? 先輩、最近ヴェリタスの部室にいないじゃん」
「確かに。シホちゃんもヴェリタスのメンバーってわけじゃなさそうだしね。エイミさんもそうだけど、どこかの部活に所属してるの?」
ミドリの疑問に、ヒマリは少しだけ悩むような素振りを見せた。
「そうですね……。実は今、私たちは『特異現象捜査部』という部に所属しているのです」
「えぇ!? ヒマリ先輩、ヴェリタスやめちゃったの!?」
モモイが信じられないといった様子で大きな声を出す。
「いえ、やめてはいませんよ。兼任と言う形です。もっとも、最近はそちらの方が忙しくて、ヴェリタスに顔を出せていないのですが……」
「それにしても、特異現象捜査部ってどんな部活なんですか?」
「そうですね。科学的に証明しがたい事象を捜査する部活動です。分かりやすく言えば、オカルトやオーパーツの調査・研究をする部活と言いましょうか」
「おぉ! なんだかすっごく楽しそうじゃん!」
モモイの目がキラキラと輝く。
「じゃあもしかして、ゲーム機が壊れたのも調べたりするんですか?」
「それも捜査対象になりますが、肝心のゲーム機も完全に壊れているとなれば、調べたりするのは難しいですね。それに、今日は部活として来たのではなく、先生についてきただけですので」
ヒマリが先生を見ると、モモイがハッとした顔をした。
「あっ、そうだ。先生を呼んだのすっかり忘れてた」
"そういえば、まだちゃんと話を聞いてなかったね"
確かに、このゲーム開発部に来る前に用事があると聞いていたが、何の用なのかは言っていなかった。先生が苦笑いしながら、モモイに向けて確認する。
「お姉ちゃん……先生に何も説明してないの……?」
ミドリが、信じられないというような怒った表情でモモイを睨みつける。
「ご、ごめんって! 今から言うから! 今日は、次回作のアイデア出しをしようと思って!」
"次回作……?"
「はい。うちもそろそろ次回作の準備をしようという話が出たんです」
ミドリがため息をつきながら説明する。次回作というのが何のことかわからないけど、ゲーム開発部というぐらいだから、彼女たちは何か新しいゲームを作っているのだろう。
「そう! しかも、今日はたまたま先生がミレニアムに来るって聞いたから、これはと思って呼んでみたの! こうして先生に来てもらえたのだから、次回作の意見をたくさん聞けるんじゃないかな~って!」
「あら、でしたら、私たちはお邪魔でしたでしょうか?」
ヒマリが気遣うように言うと、ミドリは慌てて首を振った。
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「まぁ、今日はヒマリ先輩たちも来てくれたんだしさ! みんなで一緒に遊ぼうよ!」
モモイが明るく提案する。
「はい! 今日こそは、前に遊べなかった『栗鉄』をやりたいです!」
"……やっぱり、そのチョイスはやめておかない?"
アリスが元気よく手を挙げるが、先生は思うところがあるようでその提案を止めている。
「はぁ……。お姉ちゃんに任せて先生を呼んだのが間違いでした」
「さすがにひどくない!?」
本来の目的とは全く違ったことになりそうで、ミドリがあきれたように、深くため息を吐く。
「まあ、まだアイディアもまとまり切ってないですし。せっかくだから、みんなで遊びましょうか」
「そうそう! みんなと一緒に遊んでいるうちに、何かいいアイディアも出るって!」
そう言って、ゲーム開発部のみんなは楽しそうにゲームの準備を始めた。
それを横目に、私はアリスの方をじっと観察した。でも、さっきのような耳鳴りは聞こえない。
視線を動かして探すと、少し焦げ付いたモモイのゲーム機が棚に置いてあるのが見えた。近づいてみても、特に反応を示す様子はなく、耳鳴りもしない。
(……あれは、何だったんだろう)
そんな疑問を胸の奥にしまい込みながら、私はゲームの準備をするみんなに視線を向けた。