猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

38 / 60
三十七話:決別の朝

結局、あれから一度も眠れなかった。

 

目を閉じると、夢で見た燃えているミレニアムが見える。灰の中に立っている、赤い目のエアが見える。

だから、目を開けてずっと暗い天井を見ていた。

 

部屋の外はしんとしている。ヒマリもエイミも、まだ部室には来ない。

窓の外はまだ暗いけど、少しずつ、黒が青っぽく変わりはじめていた。

 

私はベッドから起き上がって、ぬいぐるみを枕のそばに戻した。

ライフルも、携帯端末も、そのまま置いていく。どうしてかは、自分でもよくわからなかった。

ただ、何も持たずに外に出たかった。

 

   ◆

 

外の空気はひんやりしていた。

 

私は、昨日の夜に先生と歩いた道を、もう一度歩いた。

 

コンビニの前に来る。

エンジェル24の看板は、ちゃんと明かりがついていた。窓ガラスも割れていない。中では、店員が眠そうな顔で棚に商品を並べていた。

 

道が少し高くなって、下に街が広がって見える場所に出る。

手すりはまっすぐなままだった。

 

そこから見える街も、昨日と同じだった。

まだ明かりのついている窓が、ぽつぽつと残っている。遠くの大きな塔は折れていないし、煙も上がっていない。

 

頭ではわかっていたはずの光景を見て、私は息を吐いた。

自分でも気づかないうちに、ずっと息を止めていたみたいだった。

ここは、燃えていない。

 

でも、私は手すりを強く握っていた。

 

ルビコンはきっと、夢で見た景色と同じように何もかもが燃えて、灰が降っている世界になってしまった。

 

夢から覚めても、朝になっても、きれいな街が出てきたりしない。

私が燃やしたものは、もう二度と戻らない。

 

私は街に背を向けて、また歩き出した。

 

しばらく歩くと小さな公園についた。

木が植えられていて、ベンチだけ置いてあるような公園。

 

私は、歩き疲れたわけでもないのに、そのベンチに座った。

 

夢の中の、エアの声を思い出す。

 

――それでも私は、人とコーラルの可能性を、あなたと一緒につかみたかった。

 

……私は、どうするべきだったんだろう。

 

エアの手を取っていたら、ウォルターを裏切ることになった。

そうしたら、ルビコンは燃えなかっただろう。

だけど、その後に私が勝てない相手が来たら……

だから、ウォルターの遺志を継いだのは、間違ってなかった?

でも、それはエアを裏切ることで――

 

同じところを、ぐるぐる回る。

どこから考えても、同じところに戻ってくる。

出口の無い迷路を、ずっと歩いているみたいだった。

 

誰かがベンチの前を走っていったり、親子が一緒に歩いたり。子供が楽しそうに遊んでいたりする。

だけど全部、どこか遠くで起きていることみたいだった。

 

"シホ!"

 

その声で、顔を上げた。

 

公園の入り口から、先生が走ってくるのが見えた。

息が切れていて、髪が少しぼさぼさになっている。

 

どうして先生が、と考えるより先に、まわりがすっかり明るくなっていることに気が付いた。

朝日はもう高いところまで上がっていて、朝というより、もうすぐお昼になりそうだった。

 

"よかった……見つかった……"

 

先生はベンチの前まで来ると、膝に手をついて、大きく息を吐いた。

 

"朝、部室に行ったらシホがいなくて。ライフルも端末も置いたままだったから、何かあったんじゃないかって、みんなで探してたんだ。さっきヒマリが街のカメラでここを見つけてくれて、一番近くにいたのが私だったから"

 

「……エイミも?」

 

"うん。エイミも、自分で探しに出てくれてる。ヒマリがもう連絡してくれてると思うよ"

 

私は街を見て回ったら戻るつもりだったから、何も持たずに出てきた。

だけど、気が付いたらこんな時間になっていて、みんなに探させることになってしまった。

 

「……ごめん」

 

"ううん。無事なら、それでいいよ"

 

先生はそう言って、私の隣に座った。

それから、上着のポケットから何かを取り出して、私の手に乗せた。

 

何だろうと思って見てみると、それはゼリー飲料だった。

私が一番最初に飲んだものと、同じ味のやつ。

 

"朝ごはん、まだでしょ?"

 

そう言って、先生は優しく笑いかけてくれた。

だけど、なんだか飲む気になれず、ふたを開けずに握ったままになってしまった。

 

そんな私を見ても、先生はそれ以上何も言わなかった。

ただ隣に座って、一緒に公園を見ていた。私が何か言うのを、待ってくれているんだと思った。

その姿が、全然似ていないはずの、夢の中のエアと重なる。

 

「……先生」

 

"うん"

 

「……すごく、嫌な夢を見た」

 

"……そっか"

 

「ミレニアムが、全部燃えてた。部室も、ゲーム開発部も、昨日の道も、全部」

 

変なことを言っている私に、先生は黙ってうなずいてくれた。

 

「先生。……聞きたいことが、ある」

 

"うん、何かな?"

 

……先生なら、もしかしたら答えを教えてくれるかもしれない。

 

「私が、どうするべきだったのか」

 

それを聞くには、話さないといけない。

ヒマリにも、エイミにも、まだ話していないこと。いつか話す、と言ったまま、ずっと話していなかったこと。

 

「……私の、前の仕事の話」

 

"わかった。全部聞くよ"

 

先生の声は、静かだった。

 

「ウォルターは、私を買った人」

 

一つずつ、思い出しながら話した。

 

「型落ちの強化人間だった私を買って、ルビコンに連れて行った。……ルビコンは、コーラルがある星。コーラルのことは、ヒマリたちには、前に少しだけ話した」

 

"ヒマリから少し聞いてるよ。コーラルって確か、新しいエネルギーだけど、すごく危険なものなんだっけ?"

 

先生の言葉に、私は黙ってうなずいた。

 

「ウォルターの目的は、コーラルを全部燃やすことだった。コーラルがルビコンの外に広がったら、宇宙全体が危険になるから。……それを止めるために、ウォルターは、私のような強化人間を使って、コーラルを探していた」

 

先生は、何も言わずに聞いていた。

 

「コーラルを探す途中、エアに会った。コーラルの中にいる……人間じゃないけど、ちゃんと、考えて、話せる。いろんなことを教えてくれた。……友達、だったと思う」

 

「ラスティっていうルビコンの人もいた。その人は、私を戦友って呼んでくれて、何回も一緒に戦った。……ラスティも、たぶん友達だった」

 

「ほかにも、仲良くはなかったけど、色んな人と出会って、戦ったりした」

 

「私とウォルターは仕事を続けて、最後にはコーラルを見つけた。だけど、企業に横取りされて、私とウォルターは捕まって、企業はコーラルをルビコンの外に持ち出そうとした」

 

「私は何とか企業から逃げられたけど……その時にはもう、コーラルを外に出さないために、燃やすしかなかった」

 

そこまで言って、私は最後の選択の時を思い出して、言葉に詰まる。

先生は続きをせかしたりせずに、私がしゃべりだすのを待っていた。

 

「……ウォルターは、最後にメッセージを残してた。コーラルを燃やしてほしいって。命令じゃなくて、ウォルターからの、最後の依頼だった」

「……エアは、自分と同じコーラルを、ルビコンを燃やさないでって。コーラルと人が、一緒に生きられる道があるから、その可能性を探そうって」

 

「私は……どっちかを裏切らないといけなくて……どっちも……間違ってないと思って」

 

やっぱり、何回考えても答えは出ない。

 

「……私は、燃やす方を選んだ」

 

そう言った私の声は、少し震えていた。

 

「ラスティを倒した。エアも、倒した。私の、この手で」

 

「それで、コーラルと一緒にルビコンを燃やした」

 

公園の中を、風が通りすぎていった。

 

「ルビコンを燃やしたのは、私」

 

ずっと言えなかったのに、口にしたら一言で終わってしまった。

 

「昨日、先生と帰ったとき。写真を撮ってた人たちがいた。明日も一緒にって、約束してた。……ルビコンにも、ああいう人たちが、いたかもしれない」

 

「だから、教えてほしい。先生」

 

私は、先生の顔を見た。

 

「私は、どうするべきだった?」

 

先生は、しばらく何も言わなかった。

 

じっと、私の顔を見ていた。

いつもの、のんびりした顔じゃなかった。すごく静かで、でも、どこか痛そうな顔だった。

 

"……話してくれて、ありがとう"

 

先生の手が、私の頭にそっと乗った。

 

"ずっと、一人でそれを抱えてたんだね"

 

私は、何も言えなかった。

 

"シホ。……それは、シホが背負うことじゃないよ"

 

先生の声は、優しかった。

 

"シホが選んだことの責任は、シホにその選択をさせた、周りの大人たちが負うものなんだよ"

 

頭の上の、先生の手の重さが、急にわからなくなった。

 

「……ウォルターの、責任?」

 

自分の声が、すごく低く聞こえた。

 

前にも、同じことがあった。

引っ越しのアルバイトの帰り道。先生が『周りの大人たちの責任』と言ったとき。

あのときは、ウォルターの最後の言葉を思い出して、胸の奥のざわざわが、すっと静かになった。

でも、今は静かにならなかった。

 

確かにウォルターは、最後に私に火をつけろって頼んだ。

でも、最後の仕事だと言って、私を自由にしてくれた。断ることだって、できた。

 

それでも、その依頼を受けると決めたのは、私だ。

コーラルを燃やすと決めて、友達を殺したのは、私だ。

ウォルターじゃない。

 

私は、自分の気持ちが抑えられなくて、先生の手を振り払って立ち上がった。

手の中のゼリー飲料が、ぐしゃりとつぶれた。

 

"シホ……?"

 

「ウォルターは、私に頼んだだけ」

 

そう言って、ベンチに座る先生を見下ろした。

 

「命令じゃなかった。断ってもよかった。ウォルターは、私を自由にしてくれた。……それでも、受けたのは私」

 

「選んだのは、私。ウォルターは、悪くない」

 

抑えきれない感情が、のどの奥から熱をもってこぼれる。

 

「私が選んだ。……ウォルターを、侮辱するな」

 

私の言葉を聞いた先生の目が、大きく開いた。

 

"違う、シホ! 私はウォルターさんを責めたいんじゃなくて、シホに――!"

 

「聞きたくない」

 

先生はまだ何か言おうとしていたけど、私は聞かずにさえぎった。

 

こんなふうに先生に言うのは、初めてだった。

先生の顔を、もう見ていられなかった。

 

「……部室に戻る」

 

"シホ、待って!"

 

「一人で戻れる。……ついてこないで」

 

私はつぶれたゼリー飲料を地面に投げ捨てて、先生に背中を向けた。

 

先生は追いかけてこなかった。

後ろで、先生が何か言いかけて、やめる気配がした。

 

私は、そのまま振り返らずに、部室に向かって歩きだした。

 

   ◆

 

部室までの道をどうやって歩いたのか、よく覚えていない。

 

部室の扉を開けると、ヒマリがいた。

車椅子を扉の方に向けて、待っていたみたいだった。

 

「……おかえりなさい、シホ」

 

ヒマリの声は、いつもよりずっと静かだった。

 

「先生から、連絡をもらいました。エイミも、もうすぐ戻ってきます」

 

「……」

 

二人には迷惑をかけてしまったけど、私は謝ることができず、何も答えられなかった。

 

ヒマリは、私の顔をじっと見た。

何か聞きたそうだったけど、何も聞いてこなかった。

 

「……少し、一人にしてほしい」

 

「わかりました」

 

私のわがままに、ヒマリはすぐにうなずいた。

 

「でも、何かあったら、いつでも呼んでくださいね。私はここにいますから」

 

私は小さくうなずいて、奥の部屋に入った。

 

扉に背中をつけて、そのまま床に座り込んだ。

ベッドのそばには、ライフルと携帯端末が、朝置いていったままになっていた。枕のそばには、白い鳥のぬいぐるみ。

 

扉の向こうで、ヒマリの車椅子が、ゆっくり離れていく音がした。

それから、何も聞こえなくなった。

 

昨日まで時々聞こえていた耳鳴りも、今は聞こえない。

 

私は、誰かに答えを教えてほしかった。

先生は、答えをくれようとしたのかもしれない。

でも、私は、そんな答えは受け入れられなくて……

 

私は膝を抱えて、顔をうずめた。

もうどうしたらいいのか、わからなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。