猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
彼女に連れられて歩き出すと、廃墟の中での接敵率が嘘のように、オートマタやドローンとは一度も遭遇しなかった。
周りを警戒する私の前を、彼女は散歩でもしているかのような足取りで進んでいく。
しばらく歩いていると、廃墟の数も徐々に減っていき、草木などの自然物が増え始め、やがて整備された街並みになっていった。
「……」
気が付くと辺りには、すごく綺麗な街並みが広がっていた。たくさんの高いビルが立ち並び、綺麗に舗装された道路が、ビルの間を縫うように入り組んで続いている。
道路には一般の車両に混じって、装甲車のようなものまで当たり前のように走っていた。
こんなに発展した大きな街のすぐ隣に、どうしてあんな巨大な廃墟が放っておかれているのか不思議に思えるくらい、この街はしっかり作られていた。
そのまま街の通りを進んでいくと、人影がちらほらと見え始めた。周囲の観察を続けると、見かけるのは頭に私と同じような輪を浮かべた少女たち。
そして、二足歩行の獣と――オートマタ。
「あれは……」
私は足を止め、ライフルを構えられるように近くのオートマタへと向き直った。しかし、銃身を向ける前に彼女から声が掛かった。
「ストップ。あれは廃墟にいたやつとは違うよ。ただのロボ市民」
「……市民?」
「そう。見ればわかるでしょ。服を着てるし、長物も持ってない」
改めて観察すると、確かにそのオートマタは布製の服を羽織り、手にしているのは銃ではなく買い物袋だった。
しかし、廃墟で私に襲い掛かってきた機体との違いが、見た目以外にないように思う。
もしかしたら、中身の性能が違うのかもしれない。でも、そもそもロボットが市民として普通に暮らしているというのが、よくわからない。
「……じゃあ、あっちの動物は?」
「あれも普通の市民。……もしかして、あなたのいたところにはケモミミの人しかいなかったの?」
彼女は私の頭の犬耳をじっと見つめながら、不思議そうに首を傾げる。
これ以上話し合っても、お互いの常識が違いすぎて話が噛み合わないだろう。私はこれ以上考えるのをやめた。
そのまま街を抜け、巨大なガラス張りのビルの中へと入る。空調の効いた清潔な廊下を進み、彼女はある一つの部屋の前で立ち止まった。
「部長、入るよ」
ノックもせずに扉が開かれる。部屋の中は薄暗く、無数のモニターが青白い光を放っていた。そして、その中央に置かれた車椅子に、一人の少女が座っていた。
「おかえりなさい、エイミ。調査中に珍しい子と遭遇したと言っていましたが、そちらがその子ですか?」
長い白髪に、尖った耳。白い清楚な服を着ている。彼女はこちらに向き直ると、ふわりと優雅な微笑みを浮かべた。
「はじめまして。私がミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカーにして、この特異現象捜査部の部長――明星ヒマリです」
「…………」
流れるような自己紹介を聞き終え、私は黙り込んだ。自分で自分のことを天才とか美少女とか名乗る人を見るのは初めてだった。
どう反応すればいいのかわからず、ただ戸惑ったまま彼女を見つめ返す。
「どうです? 完璧すぎるプロフィールとこの洗練された可憐な美貌を前に、圧倒されて言葉も出ない、といったお顔ですね」
「レイヴンが言葉を失ってるのは、単に部長のテンションに引いてるだけだと思うよ」
「そんなまさか。超天才清楚系病弱美少女ハッカーたる私が、計算し尽くされた完璧な第一印象を与えることに失敗するはずが無いでしょう」
自分で自分を持ち上げ、自信満々にそう言い放つ姿。それを見ていたら、ふと『
「……あ、ほら。レイヴンも眉ひそめてるよ」
「うっ。そ、そんないやそうな顔しないでください。何か気に障ることをしたわけでも無いでしょう?」
確かに、この人は何か悪いことをしたわけじゃない。 あの
「別に、なんでもない。……それで?」
「……露骨に嫌そうだし、なんなら警戒までされてるよ」
「そんな……隙一つない完璧な自己紹介だったはずです。いえ、やはり何か他に原因があるのでしょう」
「ごめんねレイヴン、この人いっつもこんな感じだから、適当に受け流してていいよ」
「え、エイミ!? なんてこと言うのですか!?」
最初は変な人だと思って警戒したけれど、この二人のやり取りを見ていると、そんなに悪い人たちじゃないんだろうなと思えた。
二人は何度か言い合いをした後、ヒマリは一呼吸ついて「コホン」と咳払いし、こちらに向き直る。
「……ま、まあ良いでしょう。気を取り直して。あなたの自己紹介をお願いできますか?」
そう言われ、私は自分のことと、ここに来るまでのことを話すことになった。
ルビコンで独立傭兵として活動していたこと。宙域に浮かぶ巨大な施設で戦闘を行い、コーラルの爆発に巻き込まれて意識を失ったこと。
次に目が覚めた時には、あの廃墟の棺の中にいたこと。そして、襲ってくるオートマタを破壊しながら脱出してきたこと。
私が話す間、ヒマリは手元のキーボードを素早く操作し、時折エイミと共に短い質問を挟んできた。一通り話し終えた後、ヒマリは考え込むそぶりを見せた。
「アーマード・コア、ルビコン、そしてコーラル。どれも聞き覚えがありませんし、調べても出てこないワードですね」
「外から来たにしては、情報が無さすぎるよね。こっちのことも全然知らないみたいだし」
ヒマリが調べた限り、『アーマード・コア』や『ルビコン』、『コーラル』という名前に当てはまるものは、キヴォトスには存在しないらしい。
逆に、私も彼女たちの言う『キヴォトス』や『連邦生徒会』、『学園』といった名前にはまったく聞き覚えがなかった。
つまり、私は本当に、全く未知の星に放り出されてしまったということになる。
「それに、目覚めてからもおかしな点はあるね。外から来たはずなのに棺に入れられてたし、服も着せ変えられていたんでしょ?」
「確かに、それも奇妙な点ではありますが……レイヴンについて、もう少し詳しい話を聞かせてもらえますか?」
ヒマリがこちらに対して質問しようとしてくる。私も、突然頭の上にできた輪や犬の耳についてなど、聞きたいことは山ほどある。
「……っ?」
ヒマリの問いかけに頷き、口を開こうとするが。不意に膝からガクンと力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「おや?どうしました?」
「……レイヴン?」
ヒマリとエイミが驚いたようにこちらを見る。私も突然力が入らなくなり驚いているが、特に怪我はしていないはずだ。
自分の身体の状況を見て、動かないわけではないが、力が入らないこの症状に心当たりがあった。
「……たぶん、エネルギー切れ」
「エネルギー?」
「目覚めてから、補給せずに戦闘していた。眠っているときも、
つまり、すごくお腹が空いて力が出ない状態だ。
かつては生命維持装置から直接栄養を入れられていたため、『お腹が減って動けなくなる』という感覚そのものがひどく久しぶりだった。
「あら、お腹が空いただけですか。突然座り込むので驚いてしまいました。まったく、エイミもエイミです。お腹を空かせた迷子を歩かせ続けるなんて」
「気づかなかった。ごめんね」
「すぐに食事の手配をしましょう。何か食べたいものは――」
「待って」
こちらに食事を提供しようとするヒマリを、手で制した。
「……私に、
「…………はい?」
私の言葉に、ヒマリはポカンとした顔をした。しかし、さすがに対価なしで補給ができないことぐらいは分かる。真顔でそう告げると、ヒマリは深いため息を吐いた。
「はぁ……。あなた、何を言っているんですか。行き倒れ寸前の子に、対価を要求する人間がどこにいるというんです。そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」
ヒマリは呆れたように首を振り、隣のエイミを見上げた。
「エイミ。今すぐコンビニで、ゼリー飲料か消化に良さそうな軽食を買ってきてください。経費で落としますから」
「分かった、急いで行ってくる」
エイミは頷くと、踵を返して部屋を出て行った。残された私は、どうするべきか分からず床にへたり込んだままになっていた。
見返りを求めない優しさ。そんなもの、私に向けられるはずのないものだった。
――不意に、あの人の不器用な気遣いが脳裏をよぎる。
私を猟犬として使いながらも、時折見せたあの態度。あれはただの労いだったのか。それとも、私に対する負い目のようなものだったのか。
「さあ、床に座り込んでいないで、そこのソファを使ってください。今は無理せず休んでください」
ヒマリの呆れたような、しかしどこか面倒見の良さを感じさせる声が、妙に耳に残って離れない。
「……分かった」
その言葉に、なぜか素直に従ってしまい、ソファに座り直す。こちらを気遣ってか、ヒマリはそれ以上話しかけてはこない。
あの人とは似ても似つかないのに、そんな些細なことで彼の面影を見た私は、何とも言えない気分のまま、ソファの上で食事が届けられるのを待つことになった。
アーマード・コア 6では、主人公の食事や排せつの描写がなかったため、点滴で補給していた扱いにしています。
また、ストーリートレーラーでは「機能以外は死んでいる」との描写があったため、機体の操縦以外の人間としての機能はほとんど不可能、あるいは限りなく低くなっているものと解釈しています。