猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

40 / 60
三十九話:招待

今日も部屋から出ずに、ずっとベッドの上で過ごしていた。

窓の外が少しずつ暗くなりはじめたころ、めったに鳴らない携帯端末から通知音が響いた。

 

ベッドに横になったまま、手だけ伸ばして画面を見る。

先生からの通知は、あの日から一件のままだ。新しい通知は、それとは違う名前だった。

 

『調月リオ:初めまして、私はミレニアムサイエンススクールの会長、調月リオよ。突然だけれど、あなたに伝えたいことがあるわ。今夜、この場所まで一人で来てちょうだい』

 

メッセージの下には、地図の写真が一つ付いていた。

 

調月リオ。

ヒマリが、たまに口にしていた名前だ。ヒマリがその名前を言うときは、いつも少しだけ嫌そうな顔をしていた。ミレニアムで一番えらい人だってことは、なんとなく知っている。

でも、今日まで会ったことは一度もない。

 

どうして、私の連絡先を知ってるのか。伝えたいことって、何なのか。

少し考えてみたけど、わからなかった。それに、今はどこかに行く気にはなれなかった。

 

『六津井シホ:行かない』

 

私はそれだけ打って、端末を枕のそばに置いた。

すると、間を置かずにまた端末が鳴った。

 

『調月リオ:明星ヒマリは、私のところにいるわ。今回の用件は、彼女も関わっていることよ』

 

思ってもいなかった名前が出てきて、私は画面を見たまま、しばらく動けなかった。

 

昨日の夜、扉の向こうで、ヒマリは「少し出かけてくる」と言っていた。帰ってきたら、一緒にファミレスに行こうって。

……私は、返事をしなかったけれど。

 

それから、ヒマリの声を聞いていない。

思い返してみると、今日は扉の外から話し声が聞こえてくることも無かった。

 

ヒマリには、ずっと迷惑をかけてる。

先生とケンカして部屋に閉じこもってるのに、ゼリー飲料も用意してもらって。それでも、ヒマリは何も聞かずに待っていてくれた。

 

そのヒマリが、リオのところにいる。ヒマリも関係しているって書いてあったから、もしかしたら、何か大事なことなのかもしれない。

 

そう思って、私は久しぶりにベッドから起き上がった。

 

アサルトライフルをスリングで脇に下げて、左手にパイルバンカーを付ける。

 

扉を開けると、部室の中がびっくりするくらい冷たかった。

何かあったのかと思って見まわすと、エイミが気持ちよさそうにソファに座っていた。

 

それを見て、エイミがヒマリとよくエアコンの温度でもめていたのを思い出す。

今はヒマリがいないから、エアコンの温度を一番下まで下げているんだと思う。

 

エイミはこちらに気が付いたようで、こっちを見て少しだけ目を大きくした。

 

「……シホ、どうしたの急に?」

 

私が部屋から出てくるとは思っていなかったんだと思う。

エイミはソファから立ち上がって私に近づくと、私の格好を見て、少しだけ眉を寄せた。

 

「やっと出てきたと思ったら、その格好。……どこか行くの?」

 

「うん、調月リオに呼ばれた」

 

その名前を出した瞬間、エイミの目が少しだけ細くなった。

 

「……会長に? なんで呼ばれたの?」

 

「わからない。だけど、ヒマリもそこにいるって」

 

「部長も……?」

 

ヒマリも一緒にいると聞いて、エイミは驚いたような顔を見せた。

そして少し考えこんでから、口を開いた。

 

「……実はね、部長も昨日の夜に、会長に呼ばれて会いに行ったんだ。……だけど、それからまだ戻ってきてない」

 

「……そう」

 

ヒマリは出かけると言ってたけど、どこに行くかまでは言わなかった。

エイミはヒマリから聞いていたみたいだし、メッセージにあった通り、ヒマリはリオのところにいるので間違いなさそうだ。

 

「シホが行くなら、私もついていこうか?」

 

エイミが、少し心配そうに聞いてくる。

 

「……一人で来いって言われた」

 

私が断ったのを聞いて、エイミは私の顔をじっと見てきた。

だけどそれは、私を見ていると言うより、何かを考えているみたいだった。

 

「……部長がいるなら、たぶん大丈夫、かな」

 

しばらくして、エイミはため息をつきながらそう言った。

 

「もし何かあったら、すぐ連絡してね。ついでに部長も一緒に迎えに行くから」

 

「わかった」

 

「それと……」

 

エイミは、少しだけ目をそらした。

 

「部屋から出てきてくれて、よかった」

 

「……うん」

 

……ヒマリだけじゃなくて、エイミにも、迷惑をかけてたんだ。

私は小さくうなずいて、部室の出口に向かった。

 

《―――――》

 

扉に手をかけたとき、耳の奥で、音が鳴った。

 

あの夢の日から、一度も鳴らなかった音。

何かを言いたそうな、引きとめるみたいな鳴り方だった。

 

私は耳鳴りを無視するように、扉を開けて外に出た。

 

   ◆

 

地図に描かれていた場所に来てみたら、そこはミレニアムのはずれにある倉庫の前だった。まわりには、ほとんど人の気配がしない。

久しぶりの外の空気は冷たくて、遠くに見える街の明かりが、すごく小さく見えた。

 

突然、倉庫の扉が開く音がして、目を向けると中に誰かが立っていた。

 

白と黒のメイド服。あれは確か、ネルと同じC&Cの服だ。でも、そこに立っていたのはネルじゃない、知らない人だった。

薄い金髪を後ろでまとめて、頭にはカチューシャを付けている。

 

「六津井シホ様ですね」

 

彼女はこちらに近づいて一礼すると、私の名前を口にした。

あまり感情の見えない、平らな声だった。

 

「お待ちしておりました。ご案内します」

 

「ヒマリと調月リオは?」

 

「この先でお待ちです」

 

そう言うとメイド服の人は、私の左手と、脇に下げたアサルトライフルを見て、少し目を細めた。

 

「……申し訳ありませんが、武器はこちらでお預かりします」

 

「断る」

 

私はすぐに答えて、意識を少しだけ戦闘用に切り替える。

知らない場所で武器を取り上げるなんて、これからあなたを攻撃します、と言ってるのと同じだ。

それに、私を呼び出したのは会ったこともない人だ。言うことを聞く理由はない。

 

私のその言葉を聞いて、彼女は身構えるような様子を見せた。

 

「……交戦の意思があると、そう受け取ってよろしいでしょうか?」

 

「そっちが攻撃しないなら、何もしない」

 

もしかしたら、この呼び出しは罠だったのかもしれない。

それなら、ヒマリは一緒にいるんじゃなくて、調月リオに捕まっているのかもしれない。

この人を倒して、エイミと一緒に助けに行く方がいいだろうか。

 

そう考えていると、彼女が耳に付けている通信機に手を当てて、話を始めた。

少しして手を放すと、また私に一礼してきた。

 

「失礼しました。リオ様から、武器はそのままで構わないとのことでした」

 

「……わかった」

 

取り上げられないなら、私からなにも言うことは無い。

 

「では、早速ご案内いたします。こちらへどうぞ」

 

そう言って倉庫の奥に案内されると、そこには小さいバスのような車が一台止まっていた。

彼女に言われて中に入ってみると、窓の外がほとんど見えないようになっていた。

 

「これから向かう場所は、きわめて機密性の高い場所になります。そのため、通信端末だけは預けていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 

「……それなら、大丈夫」

 

本当なら預けたくはなかったけど、武器を渡さないことは許してもらっているし、それぐらいは協力してもいいと思った。

それに、今のところだけど、私はここに戦いに来たわけじゃない。

 

「ご協力、感謝します」

 

端末を預けると、彼女はすぐに車を走らせた。

 

   ◆

 

「到着しました。ここで降りていただきます」

 

そう言われて、私は車から降りた。

 

どれくらい走ったのか、よくわからない。外が見えないから距離もわからないし、暗いから時間の感覚もはっきりしない。

ただ、車を運転する彼女の様子を見る限り、私を罠にはめて殺そうという気配はしなかった。

 

まわりを見てみると、そこには見たことのない街が広がっていた。

 

大きな建物が、いくつも並んでいる。道もまっすぐで、明かりもちゃんとついている。

なのに、人が一人もいなかった。

 

聞こえるのは、どこかで機械が動く音だけ。

道のあちこちに、見たことのない形の機械が並んでいた。

 

ミレニアムの近くにこんな場所があったなんて、全然知らなかった。

 

「こちらです」

 

メイド服の人に連れられて、一番大きな建物の中に入る。

大きなロビーを抜けて、奥のエレベーターで上に上がった。

 

しばらくすると、エレベーターが止まって扉が開く。

 

外に出てみると、そこは広い部屋だった。

壁一面にモニターが並んでいて、その青白い光の中に、一人の女性が立っていた。

 

長い黒髪に、黒いスーツ。全部が黒くて、最初に思ったのは、黒い人、だった。

背は高くて、私より頭一つ分くらい大きい。

 

「リオ様、お連れしました」

 

「……来てくれたのね、六津井シホ」

 

そう言って、彼女はこちらを振り向いた。冷たい感じのする顔と、赤い目。

その目を見て、違う人だとわかっているのに、思わず身構えてしまう。

 

「私は調月リオ。ミレニアムの会長よ。……ビッグシスター、と呼ぶ人もいるわね」

 

そういえば、ヒマリが彼女を『ビッグシスター』と呼んでいたことを思い出す。

てっきり、体が大きくて、すごく強い人だと思っていた。

 

大きいのは合ってたけど、ミシガンみたいな感じじゃなかった。

そう思っていると、ふと、この部屋にヒマリの姿が見えないことに気が付いた。

 

「ヒマリは?」

 

「……別の部屋で休んでいるわ。後で会わせてあげる」

 

「今じゃ、だめなの?」

 

「先に、あなたと話をしておきたいの」

 

そう言いながら、リオはモニターの前から私の方に歩いてきた。

 

「六津井シホ。今日はあなたに『真実』を伝えるために、ここに呼んだのよ」

 

そう言ったリオの赤い目は、真っすぐにこちらに向けられているが、その目はどこか私を見ていないようにも思えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。