猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
「……真実?」
私は、リオの言葉をそのまま繰り返した。
もしかして、私がアンドロイドだということだろうか。
「ええ。あなたが何者なのか、という話よ」
そう言いながらリオが近づいてきて、私の少し手前で足を止めた。
「あなたの正体は、『名もなき神』を信仰する無名の司祭が作り上げた『オーパーツ』」
「群ではなく個。このキヴォトスに、終焉をもたらすための兵器として生み出された存在―――『レイヴン』。それがあなたの正体よ」
「……レイヴン」
それは、私がルビコンで名乗っていた名前。
最初は、拾っただけの名前だった。それがいつの間にか私の名前になって、ここでも、私の名前になっていた。
リオが言った名もなき神や、無名の司祭のことは、よくわからなかった。
だけど、私が兵器だと言いたいことだけは、はっきりわかった。
「司祭たちは、その体にふさわしい力をキヴォトスの外から呼び寄せた。それが、あなたの中にある『暴力』の神秘よ」
キヴォトスの外から、ルビコンから呼び寄せた、暴力。
いやだけど、私にぴったりの呼び方だと思った。
「あなたがキヴォトスに来る前に何をしていたのかは知らないけれど、『暴力』という概念は、あなたがそこで起こした出来事が元となり、そして神秘という力になった」
私には、心当たりしかなかった。
ルビコンを焼いた。邪魔をする相手を全部倒して、頼まれたことのために進んで、最後に世界を滅ぼした、暴力。それが、私だった。
「けれど、原因不明の問題が起きて、あなたは目を覚まさなかった。無名の司祭たちは、そんなあなたを失敗作として廃棄した。あなたが廃墟にいたのは、それが理由よ」
リオは、そこで少しだけ言葉を止めた。
リオが言った私の正体を聞いて、私がやけに頑丈だったり、力が強かったりすることに納得がいった。
最初から、世界を相手に戦うために作られたんだ。そうじゃなかったら、廃墟のオートマタみたいな機体で十分なはずだし。
「そう、なんだ」
「……あまり驚かないのね」
「……うん。前も似たようなものだったし」
強化人間だって、戦うために改造された元人間だ。
それに比べれば、最初から戦うために作られた兵器の方が、まだましかもしれない。
「……話を続けるわ」
リオは、少しだけ黙ってから、また口を開いた。
「あなたの正体については以上よ。ここからは、あなた以外の『オーパーツ』について」
「私以外の……?」
「ええ。あなたの失敗から、司祭たちは次の兵器を作った。今度は個ではなく群。一人の戦力ではなく、『不可解な軍隊』を従えるための指揮官として生み出された兵器。それが、天童アリス。彼女の本当の名前は、『名もなき神々の王女 AL-1S』よ」
初めてアリスに会ったとき、どこかで会ったことがある気がする、ってアリスは言っていた。
私も、アリスがどこか人間じゃないみたいに見えた。
それは、そういうことだったんだ。
そこまで考えて、ふと、前にヒマリが言っていたことを思い出す。
預言者のことを調べていたとき、ヒマリは「アリスは、この件には無関係だ」と言っていた。あのときの私は、アリスが誰なのか知らなかった。
でも、ヒマリは、あのときからアリスのことを知っていたんだ。
「……ヒマリは、知ってた?」
気づいたら、そう聞いていた。
「ええ。あなたが廃墟で目覚めて、そう経たないうちに突き止めていたはずよ。なぜあなたに伝えなかったのかは、理解できないけれど」
胸の奥が、少しだけ冷たくなった。
ヒマリは、知ってたんだ。
知ってて、ずっと、私に言わなかった。
でも、言わなかった理由も、なんとなくわかる。
ヒマリたちは優しいから、私の過去を聞いて、それを忘れてほしいと思っていたのかもしれない。
平和な世界に、世界を滅ぼす兵器なんて、いらないから。
……それでも、そのことはヒマリの口から聞きたかった。
「そして、ここからが本題よ」
ぼーっとしていた私は、リオの声でハッとした。
「私は、あなたとアリスのヘイローを破壊するつもりよ」
リオの声は、少しも変わらなかった。
ヘイローは頭の上にある輪っかだけど、これを壊すと、何かあるんだろうか。
「ヘイローを壊すと、どうなるの?」
「……そういえば、あなたは外から来たのだったわね」
リオが目を伏せて、息を吐く。
「ヘイローを破壊するということは、キヴォトスでは、その人が死ぬことを意味するわ」
死ぬ。つまり、リオは私を殺すと言ったんだ。
不良たちの口だけとは違う、本当の意味の、殺すという宣言。
頭の中のスイッチを切り替えようとして、左腕の感触を確かめる。
リオとの距離は数歩。リオは武器を持っていない。パイルバンカーなら、一瞬で当てられる。
部屋の外にはあのメイド服の人がいるだろうけど、ここまで来る前に終わる。
……それで、どうするんだろう。
リオを倒して、ヒマリを連れて帰って。
それから、私はまた、何かを燃やすかもしれない兵器のまま、ミレニアムで暮らすのか。
私は、いつものように戦う気になれず、そのまま左腕から力を抜いた。
「あなたたちは今、たまたま生徒として暮らしているだけ。何かのきっかけで、本来の役目を思い出すかもしれない。そうなってからでは、取り返しがつかない」
「……私が、キヴォトスを滅ぼすの?」
「その可能性がある、ということよ」
リオは、はっきりと言った。
「あなたの中にある力が、いつ、どんなきっかけで動き出すのか、誰にもわからない。あなた自身にもよ。今は大丈夫でも、明日も大丈夫だとは限らない。一度動き出してしまえば、止められる者がいるかどうかもわからない」
リオは、そこで止まらなかった。
「私は、ミレニアムの会長よ。ミレニアムの生徒を守る義務がある。あなたが暮らしている部室の周りにも、ゲーム開発部にも、エンジニア部にも、何も知らずに暮らしている生徒がたくさんいる。その全員を危険にさらすかもしれないものを、見ないふりをするわけにはいかないの」
「あなたが今、世界を滅ぼしたいと思っていないことはわかっているわ。でも、それは問題じゃないの。兵器が危険なのは、使う者の気持ちとは関係がない。危険なものがそこにある限り、私は手を打たなければならない」
リオは、一つずつ並べていった。
どうして私を壊さないといけないのか。どうして、それが今なのか。どうして、リオがそれをしないといけないのか。
私は、黙って聞いていた。
そんなに説明しなくても、わかるのに。
キヴォトスを滅ぼすかもしれないものがあるなら、その前に壊す。ルビコンでも、そうだった。コーラルが外に広がる前に、全部燃やした。
それと、同じだ。
「そして―――」
リオは、まっすぐに私を見た。
「あなたを破壊する責任は、私にある」
リオの赤い目は、やっぱり少しも揺れていなかった。
燃えている街が、見えた気がした。
あの夢で見た、灰の降るミレニアム。崩れた部室。瓦礫の山になったゲーム開発部。
あれは、ただの夢じゃなかったのかもしれない。
私の中には、ああいうことができるものが入ってる。
ルビコンで最後に選んだときは、どっちが正しいのか、わからなかった。
エアの手を取るのか。ウォルターの頼みを受けるのか。どっちを選んでも、誰かを裏切ることになった。
今も、あのときの答えは、わからない。
でも、今回は違う。
私がいなくなれば、キヴォトスは滅びない。
ヒマリも、エイミも、先生も、ゲーム開発部のみんなも。明日の約束をしていた、あの二人も。
迷うことなんて、何もない。
今度こそ、正しい選択ができる。
「わかった」
私は、うなずいた。
「リオは、ミレニアムのみんなを守るために、私のヘイローを破壊する。それが、リオの仕事なら―――私のヘイローを壊していい」
《――――――――――》
いつもより、耳鳴りが強くなった。
部屋の中がしんとしたせいか、よけいにうるさく聞こえる。
「……抵抗は、しないのね」
「しない。それが正しいなら」
少しの間、リオは何も言わなかった。
「……あなた、本当に自分が何をされるか、理解しているのかしら?」
「……? うん。世界を滅ぼさないために、私が死ねばいい」
「……そう。理解が早くて、助かるわ」
そう言ったリオの声は、さっきより少し小さかった。
「私を殺すのは、いつ?」
「……準備が整い次第よ。安全に破壊するための手順を、確かめる必要があるの。それまでは、ここにいてもらうわ」
「わかった」
今すぐに死ぬわけじゃないみたいだ。
すぐに殺されると思っていたから、肩に入っていた力が、少しだけゆるんだ。
「……一つ、聞いてもいいかしら?」
リオが、私に聞いてきた。
「どうして、自分のヘイローが破壊されるというのに、あなたはそれを簡単に受け入れたのかしら。……武器を預けることも拒んだあなたが」
私は、左手のパイルバンカーを少しだけ持ち上げて、目を落とした。
「あのときは、罠かもしれないって思ってたから」
「けれどあなたは、こうして敵の陣地まで来て、ヘイローを破壊するとまで言われているわ。これは、罠と変わりがないんじゃないかしら?」
「違う」
私がすぐに否定すると、リオが少し不思議そうな顔をした。
「……私はキヴォトスに来る前、宇宙を守るために……ううん、大切な人の遺志を継ぐために、惑星を滅ぼした」
私のその言葉を聞いて、リオの目が大きく開いた。
「そのときの選択が正しかったのか、今でもわからない」
先生とケンカしたときの答えは、今も出ていないままだ。
これからいくら考えても、きっと答えは出ないのかもしれない。
「だけど、リオの選択は……私を殺すことは、きっと間違ってない」
あのとき、私は最後まで考えて選んだのに、今でもその選択について悩んでいる。
今のリオは、あのときの私と同じかもしれない。
なら、私がリオと同じ意見になればいい。そうすれば、リオは悩まなくてすむ。
「だから、私は協力する」
「…………そう」
そう言うと、リオは私から目をそらして、何かを考えるように視線を下げた。
「……話は以上よ」
そのままリオが手元の端末を操作すると、さっきのメイド服の人が部屋に入ってきた。
「部屋に案内してあげて」
「イエス、マム」
そう言って彼女は私を連れて行こうとしたけど、ふと、最初にヒマリに会う話をしたことを思い出した。
「ヒマリには、いつ会える?」
「……今日は、もう遅いわ。明日にしましょう」
「……わかった」
死ぬ前に、ヒマリに迷惑をかけたことを謝っておきたかったけど、それは明日になりそうだった。
◆
案内された部屋は、薄暗くて、何もない部屋だった。
ベッドが一つだけ置いてあって、窓も何もついていない。部屋というより、牢屋とか独房と言った方がいいのかもしれない。
私はパイルバンカーを外してライフルと一緒に床に置き、ベッドに横になった。
部室のベッドより、少し硬い。
天井を見上げて、リオに言われたことを思い返す。
私は、キヴォトスを終わらせるために作られた、兵器だった。ルビコンを燃やした私が、今度は、キヴォトスを燃やすかもしれない。
でも、もう大丈夫。そうなる前に、リオが止めてくれる。
後は、準備ができたら、全部終わる。
胸の中は、不思議なくらい静かだった。
あの夢を見てから、ずっと胸の中でぐるぐる回っていたものが、どこかに行ってしまったみたいだった。
《―――――》
耳の奥は、いつにもましてうるさかった。
私は目を閉じて、それを無視した。