猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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四十一話:籠の中の高嶺の花

外に出られない生活というのも、私にとっては慣れたものだった。

 

もともと、出歩くのは好きな方ではない。部屋でゆっくりしながら、画面の向こうの出来事を眺めている方が、よほど私の性に合っている。

 

それに、部屋そのものには文句がなかった。

やわらかいベッドに、書き物のできる机と、座り心地のよさそうなソファ。そして、小さなティーセットまで置いてある。浴室もきちんとしていて、ちょっとしたホテルの一室と言っても信じられるだろう。

空調も、私にとってちょうどいい温度に設定されていた。エイミがいたら、五分ともたずに「暑い」と言い出すに違いない。

 

ただ、窓がない。そして、当然ながら扉は内側から開けられない。

 

昨日は丸一日かけて、この部屋を調べ尽くした。

端末は取り上げられ、ホログラムキーボードを展開しようにも、部屋の回線はどこにもつながっていない。壁の大きなテレビはいくつかの放送を映してはくれるけれど、こちらから外に何かを送ることはできない。壁も、扉も、通気口も、抜け道になりそうなところは一つもなかった。

 

外が見えないということは、ここがどこなのか、外で何が起きているのか、私には何一つわからないということでもある。

リオのことだから、そこまで考えたうえで、この部屋を用意したのだろう。

 

……わかってはいるけれど、腹立たしいことに変わりはない。

 

食事は、決まった時間に運ばれてくる。

運んでくるのは、あの夜、廊下の角で私を待っていた、あのメイド服の生徒だった。

 

飛鳥馬トキ。

二度目に顔を合わせたとき、彼女はそう名乗った。私の自己紹介には、眉一つ動かさずに「存じております」とだけ返された。

食事を置き、空いた皿を下げ、部屋を整え、お茶の葉を補充して、一礼して出ていく。手際は申し分ない。

けれど、それ以上の言葉は、ほとんど交わしていなかった。

 

5番目のC&C。リオの懐刀。

彼女とは、後でゆっくりお話しさせてもらいたいものだ。……ここから出られれば、の話だけれど。

 

執務室に呼び出されたのが、一昨日の夜。ここで目を覚まして、丸一日。今は、その次の日の朝だ。

 

二十四時間は、とうに過ぎている。

 

エイミは、プリンを食べただろうか。

エイミのことだから、きっちり時間を計って、期限が過ぎた瞬間に冷蔵庫を開けたに違いない。そして、私の意図を汲み取って動いてくれているはずだ。

 

……そう、信じるしかない。

 

それよりも、気がかりなのはシホのことだった。

扉越しに声をかけて、返事はなかった。あれから、あの子はどうしているだろう。ご飯はちゃんと食べられているだろうか。

帰ったらファミレスに行こう、と約束した。あの子が返事をしてくれなかったとしても、約束は約束だ。

 

私はトキが淹れていった紅茶を一口飲んで、つけっぱなしにしていたテレビに目をやった。

どこかの学園の、どうでもいいニュースが流れている。

 

その画面が、ふっと切り替わった。

 

『おはよう、ヒマリ。よく眠れたかしら』

 

画面の向こうに、見慣れた顔があった。

相変わらず、愛想の欠片もない顔だ。

 

「ええ、おかげさまで。誘拐されて監禁された割には、ぐっすりと」

 

私はカップを置いて、車椅子をテレビの前まで進めた。

 

「それにしても、わざわざ通信でご挨拶とは。直接顔を見せる勇気もないのですか? それとも、浄化槽の底に沈んだ汚泥は、日の当たる場所には出てこられないのでしょうか」

 

『……貴女はいつも悪し様に私のことを罵るわね。陰気だとか、下水だとか』

 

「事実を申し上げているだけですよ」

 

私は、画面をまっすぐに見た。

 

「リオ。あなたがやろうとしていることは、本当に唾棄すべきことです。あの子たちのヘイローを壊す? キヴォトスのため、ミレニアムのため、と言えば聞こえはいいでしょうけれど」

 

「結局のところ、何も悪いことをしていない子供を、兵器だと決めつけて殺そうとしているだけじゃないですか」

 

『その言葉は、間違っていないわ』

 

リオは、表情一つ変えずに言った。

 

『でも、貴女がそう考える限り、私のことは理解できないし、許すこともできないのでしょうね』

 

「ええ。私はあなたに賛同しません。それに、私が戻らなければ、エイミも、シャーレの先生も、黙ってはいないでしょう」

 

『そうね。二人が動く確率は、限りなく百パーセントに近い』

 

リオは、こちらの苦し紛れの忠告すら計算に入れている、という顔をしていた。

 

『それでも構わないわ。この世が私を悪と決めても、私は、私が正しいと信じる道を進むだけよ』

 

「……相変わらずですね、リオ」

 

この子は、いつもこうだ。

一人で決めて、一人で背負って、一人で進んでいく。そうして、周りの誰も、この子の隣に立てなくなる。

 

『それより、貴女に伝えておくことがあるの』

 

リオは、話を切り替えるように言った。

嫌味を並べるのに夢中で、彼女がなぜ通信をつないできたのか、まだ聞いていなかった。

 

『六津井シホを、確保したわ』

 

一瞬何を言われたのか理解できず、息が止まった。

 

「……今、何と?」

 

『昨夜、六津井シホをこちらに迎えたわ。今は、この施設の別の区画にいる』

 

頭の中で、いくつもの可能性が浮かんでは消えていく。

 

シホを、確保した? あのシホを?

ネルと互角に渡り合い、ケテルを一人で引きつけ、ホド相手に縦横無尽に駆け回ったあの子を。

リオが用意したAMASが何台いたところで、あの子が本気で暴れれば、ただでは済まないはずだ。

 

「……何をしたのですか」

 

執務室で、シホに『対処する』と言われたときのように、思わず声が低くなった。

 

「あの子に、何をしたのですか。リオ」

 

『何も』

 

リオは、そんな私を気にも留めていないように、あっさりと答えた。

 

『彼女を呼び出したら、指定通りの場所に来たわ。そして、事情を説明したら、納得してくれた。それだけよ』

 

私は、リオが何を言っているのか理解することができず、しばらく何も言えなかった。

それから、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……リオ。嘘をつくにしても、もう少しましなものを用意した方がいいですよ」

 

『嘘ではないわ』

 

「まさか、この期に及んで、あなたがユーモアを身に着けるとは思いませんでした。成長しましたね。ええ、褒めてあげます。でも、笑えない冗談は、冗談とは呼べないのですよ」

 

『嘘でも、冗談でもないわ。すべて事実よ』

 

リオの声は、少しも揺れなかった。

 

「……そんなはずがありません」

 

私は、リオの言うことを信じられずに、その可能性を振り払うように首を振った。

 

「あの子が、自分のヘイローを壊されることに納得した? あなたが、あの子に正しく事実を伝えたのなら、そんなふうに納得するはずがない」

 

『ええ。私も、そう思っていたわ』

 

リオは、私の言葉に頷いた。

 

『暴れられることも、拒まれることも、想定していた。だから、あの場で戦闘になったときの備えもしていた。……結局、必要なかったけれど』

 

画面越しのリオの目は、私を見ていなかった。

どこか、私以外の何かを見つめているような、そんな表情だった。

 

『……誰も、私のことを理解してくれないと思っていたわ』

 

リオが、ぽつりと言った。

 

『ただの一人も。そう、思っていた。……でも』

 

そこで、リオは何かを言いかけて、それを抑え込むように口を閉じた。

続きを待ったけれど、リオはそれ以上、何も言わなかった。

 

―――何を、言おうとしたのか。

 

この子とは、不本意ながらも長い付き合いになる。

言わなかったことの方が、言ったことよりも多くを語ることがある。それくらいは、知っている。

 

胸の奥が、ひやりと冷えた。

 

「……納得できません」

 

その冷たさを振り払うように、私ははっきりと言った。

 

「本当にあの子が納得したというのなら、あの子と話をさせてください。あなたの口からではなく、あの子の口から聞きます」

 

リオは、どこか予想していたような態度で、少しだけ息を吐いた。

 

『……いいわ。もともと、今日は貴女とあの子を会わせるつもりだったもの』

 

「……それは、ずいぶんと気前がいいですね」

 

『会わせる理由が、私の方にもあるだけよ』

 

リオは、手元で何かを操作した。

 

『今、通信をつなぐわ』

 

画面が、二つに分かれた。

 

片方には、リオ。

もう片方には、薄暗い部屋が映っていた。窓も、机もない。ベッドが一つあるだけの、ほとんど独房のような部屋。

 

私のいるこの部屋とは、あまりにも違っていた。

 

その真ん中で、ベッドの端に座っていたシホが、こちらに気が付いたように顔を上げた。

 

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