猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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いつも感想や評価をありがとうございます。
とても励みになっています。

いただいた感想に、なかなかお返事できなくてすみません。
何を書いてもネタバレや匂わせになってしまいそうなので、今後は、答えた方がよい疑問やご質問以外は、返事を控えさせてもらおうと思います。
いただいた感想は、すべてありがたく読ませていただいています。

それでは、本編をどうぞ。


四十二話:時間稼ぎ

壁の一部が、急に明るくなった。

 

昨日の夜にこの部屋に入ったときは、ただの灰色の壁だと思っていたところだ。そこが四角く光って、画面になっていた。

 

画面は二つに分かれていて、片方にはリオが映っていた。

 

「リオ、どうし……」

 

そこまで言って、もう片方の画面に気がついた。

そこには、いつもの車椅子に座って、まっすぐこっちを見ているヒマリが映っていた。

 

まさかヒマリがいるとは思わなくて、続きの言葉が出なくなった。

ヒマリには、直接会うんだと思っていた。だから、会ったら何て言うのか、どうやって謝るのか、ちゃんと決めてから会うつもりだった。

まだ、何も決まっていなかった。

 

ベッドの端に座ったまま、私は少しだけ目をそらした。

 

『シホ、体の具合はどうですか? どこか、痛いところは?』

 

ヒマリが、私の名前を呼んだ。

扉の向こうから聞こえていたのと、同じ声だった。

 

「……ない。問題ない」

 

『ご飯は、ちゃんと食べていますか?』

 

「……うん。食べてる」

 

自分の声が、いつもより小さかった。

ヒマリの顔を、ちゃんと見られない。画面の端っこばかり見てしまう。

 

ヒマリは息を吐いて、それから、リオの方に顔を向けた。

 

『……リオ。この子に、ちゃんとした食事を出しているのでしょうね? まさか、あなたが普段食べているような半額のお弁当や、サプリメントで済ませているのではないでしょうね?』

 

『栄養面で問題のないものを、決まった時間に提供しているわ』

 

『その「栄養面で問題のない」というのが、まったく信用ならないのですよ!』

 

ヒマリの声が、だんだん怒ってきていた。

このままだと、リオがずっと怒られそうだったので、私は口をはさんだ。

 

「……ヒマリ。リオは、ちゃんとしてる」

 

怒っていたヒマリが、疑うような目でこっちを見た。

 

「ご飯も、ちゃんと出てきた。メイド服の人が、持ってきてくれた」

 

『……そう、ですか』

 

ヒマリがそう言って、少しの間、静かになった。

私は、こんなふうにヒマリと話すことになるとは思っていなかったけど、やっぱりきちんと言わないとだめだと思って、膝の上で手をにぎった。

 

「ヒマリ。……迷惑かけて、ごめん」

 

ヒマリは一瞬だけきょとんとして、それから、困ったように笑った。

 

『そんなこと、気にしなくていいんですよ。……シホが元気になってくれたなら、それで十分です』

 

怒られると思っていた。少なくとも、あきれられるくらいはすると思っていた。

でも、ヒマリはいつもみたいに笑っていた。

 

私はゆっくり息を吐いた。肩のあたりが、少しだけ軽くなった。

ヒマリも、ほっとしたように息を吐いて、目を閉じた。

 

『……やっぱり、その様子だと、リオの言っていたことは嘘だったのですね』

 

ヒマリはそう言って、あきれたような顔で横目でリオの方を見た。

 

「……何のこと?」

 

『この人ときたら、真面目な顔で言うのですよ。シホを呼び出したら素直に来て、ヘイローを破壊すると伝えたら納得してくれた、なんて』

 

ヒマリは、まったくもう、という顔で首を振った。

 

『あまりにも笑えない冗談だったので、危うく本気にするところでしたよ。この病弱な美少女の心臓が止まっていたら、どう責任を取るつもりだったのでしょうね』

 

ヒマリは怒っていたけど、なんだか、ほっとしているようにも見えた。

もしかしてヒマリは、リオに言われたことを冗談だと思っているのかもしれない。

 

「あ、それは本当のこと」

 

『……え?』

 

ヒマリの顔が、そのまま止まった。

 

「リオから聞いた。私は、キヴォトスを終わらせるために作られた兵器で、壊さないといけないって」

 

『シホ、あなた、何を……』

 

「全部聞いて、私も、それでいいと思った」

 

私は、ヒマリの顔をちゃんと見て言った。

これは、目をそらして言うことじゃないと思った。

 

「だから、私はここで死ぬ」

 

ヒマリは、何も言わなかった。

口が少しだけ開いたまま、動かなかった。

 

『……だから、そう言ったでしょう』

 

リオが、居心地が悪そうに言った。いつもより、小さい声だった。

 

誰も、何も言わなかった。部屋の中が、しんとしていた。

 

一番最初に口を開いたのは、ヒマリだった。

 

『な……なぜ、です。なぜ、そんな……』

 

ヒマリの声は、ふるえていた。

そして、何かに気がついたように、はっとした顔になった。

 

『……もしかして、先生とケンカしたことが、原因で……?』

 

そう言われて、何日か前に公園で、先生を置いてきたときのことを思い出した。

 

「……そっちは、あんまり関係ない」

 

『そんなはずがないでしょう!』

 

ヒマリが、私の言うことを信じられない様子で、大きな声を出した。

 

『なら、なぜ! どうして、そんなことを……!』

 

私は、考えた。

ヒマリには、いつか話すって言ったまま、ずっと話していなかった。

 

「……ヒマリには、まだ話してなかった。前の仕事のこと」

 

『まさか、こちらに来る前の……っ』

 

その言葉を聞いて、ヒマリもあの時のことを思い出したのか、難しい顔をした。

私は、膝の上の手を見た。

 

「長くなる。……リオも、聞いてて」

 

『……ええ』

 

先生に話したときと、同じことを話した。

 

ウォルターに買われて、猟犬としてルビコンに行ったこと。

ウォルターの本当の仕事は、コーラルを全部燃やすことだったこと。

ルビコンで、エアとラスティに会ったこと。二人とも、友達だったこと。

ウォルターがいなくなって、最後に頼みごとを残していったこと。

エアが、燃やさないで、コーラルと人が一緒に生きられる道があるって言ったこと。

 

「……私は、燃やす方を選んだ」

 

「ラスティを倒した。エアも、倒した。それで、ルビコンは全部燃えた」

 

「ルビコンを燃やしたのは、私」

 

二回目だからか、先生に話したときよりは、声がふるえなかった。

 

ヒマリは、口元に手を当てていた。

リオは目をふせたまま、何も言わなかった。

 

「あのときの選択が正しかったのか、今でもわからない。いくら考えても、わからない」

 

「でも、今回はわかる。私がいなくなれば、キヴォトスは燃えない。ヒマリも、エイミも、先生も、みんなも」

 

私は、今度はヒマリではなく、画面の中のリオを見た。

 

「それに、リオはきっと、私みたいに悩む日が来る」

 

そう言われたリオの肩が、少しだけ動いた。

 

「正しいことをしても、ずっと、これでよかったのかって考える日が来る。……私は、そうだったから。なら、リオがそうならないように、助けてあげたい」

 

「リオにとって、私は先輩みたいなものだから」

 

ヒマリも、リオも、何も言わなかった。

二人とも、何か言おうとして、やめたみたいな顔をしていた。

 

誰も何も言わない中で、私は、ヒマリにちゃんと言ってないことがあるのを思い出した。

 

「ヒマリ」

 

『……な、んでしょうか』

 

声をかけられたヒマリはびくりと肩をふるわせ、かすれた声で答えた。

 

「迷惑かけて、ごめんなさい」

 

さっきも謝ったけど、さっきのとは違う。

何日も部屋から出なかったこと。扉の前に置いてくれたゼリー飲料を、ちゃんと飲めなかったこと。ファミレスに行こうって言ってくれたのに、返事をしなかったこと。

 

「死ぬ前に、ちゃんと謝りたかった」

 

『シホ……!』

 

「エイミにも謝りたかったけど、たぶん、もう会えないから。ヒマリから、伝えておいてほしい」

 

ヒマリは何か言おうとして口を開いて、そのまま閉じた。

そして、悔しそうに歯を食いしばりながらうつむいて、何も言わなくなった。

 

『……話は、もう済んだかしら』

 

リオの声だった。

昨日、私と話したときみたいな、全部決まっているような声じゃなかった。少しだけゆっくりで、やわらかい声だった。

 

「うん。もう大丈夫」

 

『……っ』

 

ヒマリは、何か言いたそうにしてたけど、うつむいたままだった。

 

『……今すぐに破壊するわけじゃないわ』

 

リオは、ヒマリの方を見ながら、気まずそうに言った。なんだか、言い訳をしているみたいだった。

 

『安全に破壊するための手順を、確かめながら進める必要があるの。だから、それまでに言いたいことがあるなら、まだ時間はあるわ』

 

その言葉を聞いて、ヒマリがはっと顔を上げた。

 

さっきまでのうつむいた顔じゃなかった。

何かに気がついたみたいな、部室で調べものをしているときの顔だった。

 

『……リオ、一つ確認したいことがあります』

 

『何かしら』

 

『あなたは、どうやってシホのヘイローを破壊するつもりですか』

 

リオは、ヒマリがした質問に眉を寄せた。

 

『……そんなことを聞いて、どうするつもりかしら』

 

『いいから! 答えてください!』

 

ヒマリは必死な様子で、もう一度聞いた。

リオは、ヒマリの勢いにおどろいたように、少しだけ身を引いた。

それから、不思議そうな顔のまま答えた。

 

『この施設には、ヘイローを破壊する装置があるわ。六津井シホをそれに接続して、そのうえでヘイローを破壊する。……まさか、今更そんなことはやめろ、とでも言うつもり?』

 

『……いいえ、そうではありません』

 

ヒマリは、首を振った。

 

『リオ。あなたに報告していなかった情報があります。私が、つい先日まで調べていたことです』

 

『……報告していなかった?』

 

『シホがなぜあの廃墟にいたのか。そして、なぜあのとき目を覚ましたのか、についてです』

 

そう言って、ヒマリは一つずつ話し始めた。

 

『無名の司祭たちに廃棄されたあと、シホはずっとそのまま放っておかれていたわけではありません。デカグラマトンの預言者、ケセドが、シホを掘り起こしていたのです。新しい預言者の候補として』

 

ヒマリのその言葉に、思わず目を見開いた。

リオもおんなじだったみたいで、おどろいたような顔をしていた。

 

『ケセドから回収したデータと、シホが眠っていた部屋の様子から考えると、ケセドはシホを廃墟の一室に運び込んだ。そこへ、デカグラマトン本体が、シホを預言者として覚醒させようとした。おそらくは、ハッキングという形で』

 

デカグラマトン。

研究地区で会った、しゃべる自販機。預言者は、機械を乗っ取って作るって聞いていた。……私も、そうなるところだったんだ。

 

『ですが、デカグラマトンの思い通りにはなりませんでした。シホは預言者としてではなく、生徒として目を覚ましたのです』

 

『……その根拠は?』

 

『研究地区で、デカグラマトン本体……廃墟の自動販売機に宿っていたAIに会ったときのことです。あれは、こう言っていました。「私を見つけるに至った君」と、「私を圧倒した存在の一つであり、預言者にもなり得た彼女」に会いたかった、と』

 

それは、覚えている。

あのとき、自販機はそんなことを言っていた。誰のことなのかは、わからなかった。

 

『相手は自販機よ。誰に向けた言葉なのかなんて、分からないでしょう』

 

『ええ。あれには目も顔もありません』

 

ヒマリは、リオの言葉にあっさりうなずいた。それから、すぐに続けた。

 

『ですが、あの場にいたのは、私と先生、エイミ、そしてシホの四人です。「私を見つけるに至った君」は、私のことでしょう。なら「彼女」は、エイミかシホのどちらかです』

 

『そして、「預言者にもなり得た」。ケセドが預言者の候補として運び込んだのは、シホです。「圧倒した存在の一つ」と言う以上、ほかにもいるのでしょうけれど……あの場で当てはまるのは、シホしかいません』

 

『……つまり、六津井シホがデカグラマトンを退けた、というの?』

 

『ええ、おそらくは。ホドの元になった通信ユニット「ハブ」を、デカグラマトンが一瞬で乗っ取ったことは、あなたも知っているでしょう。そのデカグラマトンが、圧倒されたとまで言ったのです』

 

ホドは、縦穴で戦った大きな機械だ。ヴェリタスの人たちが、ハッキングでなかなか止められなかった相手。

それを一瞬で乗っ取ったなら、すごいことなんだと思った。

 

ヒマリは、画面越しに私を見た。

 

『シホには、私たちがまだ把握できていない力が眠っています。外から無理やり何かを書き込もうとしたものを、はね返すほどの力が』

 

『……そんな重要なことを、なぜ今まで黙っていたの』

 

リオの声が、イライラしたみたいに鋭くなった。

 

『あなたはいつもそうね。肝心なことを、私に報告しようとしない』

 

『どの口がそれを言うのですか』

 

ヒマリは、フンと息を吐いてすぐに言い返した。

 

『まだ調査の途中だったのですよ。その力が何なのかも、まるで分かっていません。今あるのは状況証拠だけ。報告できるような段階ではありませんでした』

 

ヒマリの声が、いつもの調子みたいに高くなった。

 

『それに、報告も何も、話をしに行った私をいきなり捕まえて閉じ込めたのは、どこのどなたでしたか?』

 

リオは何も言い返さずに、目をそらした。

 

《―――――》

 

また、耳鳴りだ。

うるさい。

 

『ともかく、その方法で破壊するのは、やめてください』

 

『……なら、物理的な手段で破壊しろと?』

 

『どちらでも同じです!』

 

ヒマリは、強く首を振った。

 

『デカグラマトンがしたことを思い出してください。外からシホにつないで、無理やり何かを書き込もうとした。そして、退けられたのです。あなたが装置でやろうとしていることも、同じです。外からつないで、外から壊す。装置でも、物理的な手段でも、外から壊そうとする限り、シホの中の力が何をするかは分かりません。何もしないでいてくれる保証は、どこにもないのです』

 

『デカグラマトンですら退けられた力に、何も分からないまま、無策で手を出せばどうなるか。……あなたなら、分かるでしょう』

 

ヒマリは、息を吸った。

 

『私も、シホの力の調査に協力します。それが何なのか分かるまで、破壊は先延ばしにしてください。……アリスも同じです。シホのことが分かるまで、あの子にも手を出さないでください』

 

『……そんな見え透いた時間稼ぎに、私が乗るとでも?』

 

『あら。では、この情報を知ったうえで強行しますか? 何が起きるか分からないと知りながら? ……ずいぶんと非合理的な判断ですね、リオ』

 

ヒマリは、少しだけ笑った。人をからかうときの、いつもの笑い方だった。

 

リオは、黙った。

 

画面の中で、二人がにらみ合っていた。

どっちも、目をそらさなかった。

 

私は、膝の上の手を、開いて、閉じた。

 

先に息を吐いたのは、リオだった。

 

『……いいわ』

 

ヒマリの肩から、少しだけ力が抜けた。

 

『ただし、条件があるわ。あなたには、完全に私の監視下で動いてもらう。渡す端末は、機能を最低限にしたものだけ。調査は、私のサポートとしてのみ許可するわ』

 

『ええ。それで構いません』

 

ヒマリは、すぐにうなずいた。

 

『……顔合わせのつもりだったのに。まさか、あなたと協力することになるなんてね』

 

『私も、まったくもって不本意ですよ。漆身呑炭の思いで、協力させていただきます』

 

ヒマリが難しい言葉を言って、リオが小さく息を吐いた。

 

『なら、早速始めましょう。二人とも、移動してもらうわ』

 

画面が消えて、壁は灰色に戻った。

 

しばらくして、扉が開いた。

そこには、メイド服の人が立っていた。

 

「ご案内します」

 

私は、ベッドから立ち上がった。

床に置いていたパイルバンカーとライフルは、そのままにして部屋を出た。

 

メイド服の人の後ろについて、廊下を歩いた。

白い廊下が、ずっと続いていた。

自分の足音が、やけに大きく聞こえた。

 

連れてこられたのは、昨日リオと話した、モニターだらけの部屋だった。

 

部屋の真ん中に、リオが立っていた。

その横に、車椅子に乗ったヒマリがいた。

 

ヒマリが、私を見た。

私は、ヒマリの車椅子の車輪のあたりを見た。

 

部屋の奥の、モニターの光が届かない暗いところに、ベッドみたいな台があった。

半分の卵みたいな形をしていて、太いケーブルが何本も床をはっていた。

 

「あれが、ヘイローを破壊する装置よ」

 

リオが言った。

 

「でも、今日はまだ接続しないわ。まずは身体検査から。装置への接続はその後よ。外のネットワークから完全に切り離した状態で、限られた範囲から試していく」

 

「ええ。賢明な判断です」

 

「あなたが、無策で手を出すなと言ったのでしょう」

 

リオは、私の方を見た。

 

「六津井シホ。こちらへ」

 

私は、リオの方へ歩いた。

 

《―――――》

 

耳鳴りは、まだ鳴っていた。

うるさい。止まって。

 

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