猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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四十三話:返事のない約束

「リオ。始める前に、少しだけシホと話をさせてください」

 

装置の横で機械をいじっていたリオに、ヒマリが声をかけた。

リオは手を止めて、ヒマリと私を順番に見た。

 

「……わかったわ。手短にね」

 

ヒマリは小さくうなずいて、車椅子をこっちに向けた。

モーターの音がして、ヒマリが私の前まで来て止まった。

 

さっきまで画面の向こうにいたヒマリが、手を伸ばせば届くところにいる。

何を言えばいいのかわからなくて、私は、ヒマリの車椅子の車輪のあたりを見ていた。

 

「シホ」

 

「……うん」

 

「あなたの正体のことです」

 

ヒマリは、膝の上で両手を重ねた。

 

「私は、ずっと前から知っていました。知っていて、あなたに話さなかった。……本当なら、私の口から伝えるべきことでした。リオから聞かせてしまったこと、本当に、申し訳ありません」

 

ヒマリが、頭を下げた。長い白い髪が、肩から前に落ちた。

 

「別に、いい」

 

本当に、別によかった。

リオから聞いても、ヒマリから聞いても、私が兵器なのは変わらない。それに、ヒマリが言わなかった理由も、なんとなくわかっていた。

 

ヒマリの頭が、ゆっくり上がった。

口が少しだけ開いて、何か言いかけて、閉じた。

 

「……そう、ですか」

 

ヒマリは、困ったように笑った。

いつもの笑い方とは、少し違った。

 

「それと、もう一つ」

 

ヒマリは、一度だけ息を吸った。

 

「前の世界のことを、話してくれてありがとうございます。……いつか話す、と言ってくれたこと、覚えていてくれたのですね」

 

「……うん」

 

ありがとう、と言われるとは思っていなかった。

あれは、リオの味方をする理由を話しただけだ。ヒマリのために話したわけじゃない。

だから、どんな顔をすればいいのか、わからなかった。

 

「あなたがしたことを、私は責めません。あのときも、そう言いましたね。それは、今も変わりません」

 

私は、何も言わなかった。

ヒマリの顔を見られなくて、車椅子の車輪ばかり見ていた。

 

「最後に、一つだけ」

 

ヒマリの声が、少しだけいつもの調子に戻った。

 

「ファミレスの約束は、まだ有効ですからね。ハンバーグ、食べたいだけ頼んでいいと言ったでしょう?」

 

「……」

 

行く、とは言えなかった。

だって、私はここで死ぬのだから。ヒマリも、それはもう知っているはずなのに。

 

だけど、行かない、とも言えなかった。

結局、私は返事をしなかった。あの日、扉の向こうから同じことを言われたときと、同じだった。

 

ヒマリは、それ以上何も言わなかった。車椅子が、ゆっくりと後ろに下がっていった。

 

「……もう、いいかしら」

 

「……ええ。お待たせしました」

 

リオが、小さく息を吐いた。

 

   ◆

 

身体検査は、前にヒマリにやってもらったものとは違った。

 

機械を引っぱったり、走ったりはしなかった。

私は小さい台の上に寝かされて、ほとんど動くことはなかった。動いていたのは、リオとヒマリの方だった。

 

光の出る機械を、頭の先から足の先まで、ゆっくり当てられる。

目をのぞきこまれて、口の中を見られて、身体の隅々まで調べられた。

 

「皮膚の手触りも、体温も……近くで見れば見るほど、人と見分けがつきませんね」

 

「だけど、機械であることは隠しきれてはいないようね。データを見る限り、明らかに人と違う部分も見受けられる」

 

リオは、画面に映った私の情報をしばらく眺めていた。

 

前に、ヒマリに言われたことを思い出した。私の体は、アンドロイドだって。

 

見た目も、さわった感じも、ほとんど人間と同じ。ご飯の味もわかるし、ぶつかれば痛い。

でも、ちゃんと調べたら、中はやっぱり機械なんだ。

 

「……『名もなき神』の技術は、やはり底が知れないわね」

 

「前に私が調べたときは、ここまで細かくは見られませんでしたから」

 

「確かに、普通の設備では無理でしょうね」

 

リオとヒマリは、検査を続けながらずっと私の身体の話をしていた。

二人とも、相手の顔はほとんど見ていないのに、話はちゃんと続いていた。

仲が悪いと聞いていたけど、こういうところは、なんだか息が合っているように見えた。

 

「外から見られるところは、このくらいでいいわ」

 

しばらくして、リオが顔を上げた。

 

「彼女を接続してデータを取るのは、明日からにしましょう。……あれを使うのは、外から分かることを全部まとめてからよ」

 

リオの視線の先には、あの装置があった。

部屋の奥の、モニターの光が届かない暗いところ。太いケーブルが何本も、床をはってそこにつながっている。

 

「リオ様」

 

入り口の方から、平らな声がした。

振り返ると、メイド服の人が、いつの間にかそこに立っていた。

 

「そろそろ、昼食を取られてはいかがでしょうか」

 

「あら。もうそんな時間でしたか。ちょうど区切りもいいですし、皆でご飯にしましょうか」

 

ヒマリが、ほっとしたように言った。でも、リオは首を横に振った。

 

「私はこれでいいわ。早いうちに、さっきのデータをまとめておきたいの」

 

そう言って、リオは机の端に置いてあった細長い包みを手に取った。

袋には、分かりやすくエナジーバー、と書いてあった。

 

「またそんなものを……。シホ、あなたからも何か言ってあげてください」

 

ヒマリが、こっちを見た。

 

「私も、それでいい。ゼリー飲料があるなら、それでも」

 

何かを食べたいとは、思わなかった。

おいしいものを食べても、もうすぐ全部終わる。それなら、補給できれば何でもいい。

 

「……」

 

ヒマリは、何か言いかけて、やめた。少しの間、寂しそうに私の顔を見ていた。

 

「……私は、休憩しますからね。トキさん、私の分をお願いできますか」

 

「かしこまりました」

 

メイド服の人が、一礼して部屋を出ていこうとした。

そのとき、リオの端末が鳴った。

 

リオは画面を見て、驚いたように目を大きく開いた。

それから、ゆっくりと、安心したみたいに長い息を吐いた。

 

「……リオ? どうしましたか?」

 

「セミナーからよ」

 

リオは、画面を見たまま言った。

 

「ヴェリタスの部室で爆発があって、建物の一部が崩れたそうよ。その場にC&Cが居合わせて、鎮圧した。……ただ、負傷者が一名」

 

「ヴェリタスの……!?」

 

ヒマリが身を乗り出して、車椅子がきしむ音を立てた。

 

「チーちゃんたちは……!」

 

「ヴェリタスの部員は、全員無事よ。負傷したのは、ゲーム開発部の才羽モモイ。……意識不明の状態だそうよ」

 

モモイ。

ゲーム開発部で、一番大きな声で笑っていた人。スマッシュシスターズで、一番たくさん画面の外に飛んでいって、それでもずっと楽しそうだった人。

 

「モモイは、生きてる?」

 

自分の声が、思ったより大きかった。

すると、リオが意外そうな顔をして、こっちを見た。

 

「……命に別状はない、と報告にはあるわ」

 

「……そっか」

 

私は、コクンとうなずいた。

いつの間にか、台の端を強く握っていた。

 

「……どうして、モモイがヴェリタスに?」

 

ヒマリが、わけがわからない、という顔でリオに聞いた。

 

「それに、爆発というのは何なのです。ヴェリタスで、いったい何が起きたのですか」

 

ヒマリが続けて聞いても、リオはすぐには答えなかった。

端末を少しだけ操作して、それから、ヒマリのほうに顔を上げた。

 

「鎮圧、と言ったわね」

 

「ええ」

 

「鎮圧された相手は、天童アリスよ」

 

音が消えたみたいに、部屋の中がしんとした。

 

「アリスが、ヴェリタスの部室を壊して暴れたの。C&Cが、彼女を気絶させて止めた。……今は落ち着いているけれど、この先どうなるかは分からないわ」

 

最初は、リオが嘘をついているのかと思った。それぐらい、信じられなかった。

いつも笑っていて、ユズをロッカーから引っぱり出すときも、モモイと言い合いをするときも、楽しそうだった。そのアリスが、モモイを。

だけど、アリスは……

 

「……何かの、間違いではありませんか」

 

ヒマリの声は、少しふるえていた。間違いであってほしい、と言っているみたいだった。

 

「アリスは、そんなことをする子ではありません。ゲームが好きで、友達が好きで……モモイを傷つけるなんて」

 

「事実よ。鎮圧した美甘ネル本人の報告よ」

 

リオは、ヒマリの言葉をさえぎるように、はっきりと言った。

それから、少し考えるようにして、端末を操作し始めた。

 

「……天童アリスを、すぐに確保するわ」

 

「待ってください!」

 

端末を操作するリオに、ヒマリが、大きな声で言った。

 

「今朝、約束したばかりのはずです。シホのことが分かるまで、アリスにも手は出さないと」

 

「事情が変わったわ。六津井シホ以上に、何をするか分からない存在を、放っておくわけにはいかない」

 

ヒマリは、口を閉じた。

奥歯をかみしめているのが、横から見ても分かった。

 

リオは、ヒマリから目をそらして、また端末に指をのせた。

私は、台の端を握ったまま、それを見ていることしかできなかった。

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