猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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四十六話:灰の上の足あと

目を開けると、そこには燃えているミレニアムが広がっていた。

 

とっさに身構えて、辺りを見回す。

前にエアと会ったときと同じ、夢の中の景色だとすぐにわかった。

空は相変わらず灰色で、ところどころが炎の色に染まっている。

でも、前とは少し違う。私が立っていたのは、特異現象捜査部の部室の前だった。

 

私はおそるおそる中を確認する。崩れた壁やぐちゃぐちゃになった家具、前に見た状態と同じ、すべてが破壊された光景が広がっていた。

エアの姿はどこにもないし、気配もしない。そのことに、少しだけ肩から力が抜けた。

 

私は部室を出て、前と同じ道を歩く。

エンジェル24のコンビニも、その先の道も、前と同じように灰に埋もれていた。

 

ゲーム開発部があったところに到着すると、そこはやっぱり瓦礫の山のままだった。

 

前に来たときは、この瓦礫のてっぺんに赤い目をした私が……エアが、立っていた。

だけど今は、誰もいない。辺りをぐるりと見渡しても、人影は見当たらなかった。

 

いなくていい。いない方がいいと思ったのに。

 

「……エア?」

 

気づいたら、私は小さく彼女の名前を呼んでいた。

 

しばらく待ってみても、返事はなかった。

炎がぱちぱちと鳴る音だけが、私の耳に届く。

 

念のため、エアがいた瓦礫の山に近づいてみると、積もった灰の上に何かの跡が残っていた。

目を凝らしてみると、それは足跡みたいに見える。。

 

足跡は瓦礫の上から降りて、燃える街の向こうへと続いていた。

あとを追いかけて進んでいくと、やがて足跡が途絶える場所に来た。

 

顔を上げてみると、その先にはいつの間にか真っ白な通路が伸びていた。

燃える景色の真ん中に、そこだけ四角い穴が開いたみたいに、白い通路の入口があった。ひどく不自然な光景だった。

 

反対側に回って覗いてみても、同じように白い通路がどこまでも伸びている。

どんな仕組みになっているのかはわからないけど、どの角度から見てもまっすぐに通路が伸びていた。

 

前はこんなものはなかったのに、どうして突然現れたのかはわからない。

 

中に入ってみようとしたとき、私はふと、リオに言われて調査を受けている途中だったことを思い出した。

装置につながれたまま、意識が落ちたところまでは覚えている。

ここにいるということは、もしかして眠ってしまったんだろうか。

 

二人を置いて寝ているのはよくないし、勝手な行動をして調査に影響があってはいけない。

私は目を覚まそうと思って、自分のほっぺたをつねってみる。

ぼんやりとした痛みはあるけど、目は覚めない。

 

今度は、思いっきり走り回ったり、その場で飛び跳ねてみた。

なんとなく疲れた感じはするけど、やっぱり目は覚めない。

 

いっそ、こっちの夢の中で寝てしまえば、向こうで起きられるんじゃないか。

そう思って灰が積もった地面に寝転がってみたけど、眠くないから眠れなかった。。

 

どうしようもないので、私はそのまま横になって空を見上げる。

 

空は相変わらず灰色の雲に覆われていて、視界の端には炎の赤がチラチラと動く。

あんまり見ていたくなくて、私は静かに目を閉じた。

 

どれくらいそうしていたのかは、わからない。

突然、体がすうっと下に向かって落ちていくような感じがして、また意識が遠くなった。

 

   ◆

 

目が覚めると、夢を見る前と同じ装置の中だった。

 

見上げた先に、心配そうにこっちをのぞきこむヒマリの顔がある。

その後ろでは、リオがモニターの前に立って、じっとこっちを見ていた。

何かあったらすぐに動けるように、身構えているみたいだった。

 

そして、リオのすぐそばにはトキが立っていた。

 

いつの間に戻ってきたんだろう。

しかも、いつものメイド服じゃない。体にぴったりとくっついた、黒い水着みたいな格好をしている。

 

「念のため、トキを呼び戻しておいたのよ」

 

私の視線に気づいたのか、リオが説明してくれた。

 

「……使わずに済んで、よかったわ」

 

リオは、緊張をほどくみたいに小さく息を吐いた。

トキは、何も言わずに一礼しただけだった。

もしかして、私は調査中に暴走するかもしれなかったんだろうか。

 

「シホ。大丈夫ですか? どこか、おかしなところは?」

 

ヒマリが、車椅子をさらに装置へ寄せてきた。

 

「大丈夫。特に問題ない」

 

「本当ですか?」

 

「うん。寝てたのかと思った」

 

正直に答えると、ヒマリは「そうですか」と言って、大きく肩の力を抜いた。

リオも、少しだけ表情をゆるめて、モニターの前からこっちに近づいてくる。

 

「体の調子は?」

 

「問題ない」

 

「……そう」

 

リオはそう言って、私の体をひと通り眺めてから、まっすぐに私を見た。

 

「さっきまで、貴女の意識はデータベースの側に移っていたの。貴女の心の中……精神世界を、のぞいていたようなものよ。何か、見えたかしら」

 

精神世界はよくわからないけど、私の心の中というのは、たぶん、さっきの景色のことなんだと思う。

 

「ミレニアムが、燃えてた」

 

ヒマリの手が、ぴくりと動いた。

 

「部室も、コンビニも。ゲーム開発部は、瓦礫の山になってた。空から灰がずっと降ってて、誰もいなかった」

 

それだけ言って、私は口を閉じた。

 

ヒマリは何も言わなかった。ただ、すごく痛そうな顔で私を見ていた。

どこもけがなんてしていないのに、自分がけがをしたみたいな顔だった。

 

リオの顔は、変わらなかった。……変わらないように、しているみたいだった。何かを、ぐっとこらえているような顔。

 

「だから、貴女は……」

 

リオは、そこで言葉を止めた。

私は、リオが何を言おうとしたんだろうかと続きを待った。

だけど、それから少しの間、誰も何も言わなかった。

 

「……とにかく、接続しても、異常は見られなかったわ。完全に安心できるわけではないけれど、一段落はついた」

 

リオは言いかけた言葉を続けず、いつもの声に戻って言った。

 

「では、ここからが本番ですね」

 

ヒマリが、気を取り直したように顔を上げた。

 

「これだけのリソースがあれば、調査もずっと進めやすくなります。シホの中に何があるのか、今度こそ―――」

 

「いいえ」

 

嬉しそうに今後の予定を語ろうとすると、リオがその言葉をさえぎった。

 

「天童アリスの確保を優先するわ。明日、迎えに行く」

 

それを聞いて、ヒマリの顔色が変わった。

何を言っているのか問い詰めるように、リオをにらみつける。

 

「……二人を一緒にするのは危険だと、言ったはずです。それに、シホの調査は、まだ何も終わっていません」

 

「六津井シホが、今すぐ危険な状態になる可能性は低いわ」

 

リオは、ヒマリの方を見たまま淡々と続けた。

 

「初めて会ったとき、様子が変わったのは天童アリスの方だった。六津井シホは、何も起こしていない。危険なのは、より不安定な天童アリスよ」

 

「それは……」

 

「それに、トキとAMASの見張りを二か所に分けるのにも、限界がある。危険なものは、一か所で管理するべきよ。安全を確かめながら進めろと言ったのは、貴女でしょう。確かめた結果よ」

 

ヒマリは何か言いたそうにしていたけど、口を閉じて黙っていた。

 

「私たちの目的は、『名もなき神』の技術を解き明かすことじゃない。その危険を取り除くことよ。それを忘れないでちょうだい」

 

「……ですが」

 

「わかっているわ。貴女の言い分も、聞いてあげる」

 

ヒマリの反論を聞く前に、リオは指を一本ずつ立てて説明していく。

 

「天童アリスは、貴女たちの部屋から離れた、別の区画に置く。検査も、六津井シホとは切り離したネットワークで行う。二人を同時に装置にはつながない。それから、二人を会わせるのは、最初は通信越しだけ。直接会わせるのは、貴女が立ち会って、安全を見極めてからよ」

 

ヒマリは、何も言い返さなかった。言い返せなかったんだと思う。

リオが言っていることは、間違ってはいないように聞こえたから。

アリスの方が危ないなら、先にアリスをここに連れてくる。それは、正しいと思う。

 

でも、そうする前に―――

 

「先に私を壊せばいい」

 

突然、私が話し出したことに驚いて、二人が同時にこっちを見た。

 

「つないでも、何も起きなかった。なら、先に私を壊して、それからアリスを呼べばいい。その方が、早い」

 

リオは私から目をそらして、すぐには答えなかった。

 

「……準備ができたら、と言ったはずよ」

 

その声は、さっきまでより少しだけ小さかった。

 

ヒマリは、そんなリオをじっと見ていた。

まるで、何かを確かめるみたいな目だった。

 

「……その準備、というのは?」

 

ヒマリが聞くと、リオはモニターの方を向いた。

 

「まだ、一度深くつないだだけよ。少なくとも今日は、様子を見るための調査に回すわ」

 

リオは、モニターを見たまま続けた。

 

「それに、ヘイローの破壊にはエリドゥの演算能力を使う。一人ずつしかできないし、その間は、もう一人に手が回らない。片方を壊している最中に、もう片方が目を覚ましたら、どうしようもないの。だから、二人とも対処できる備えをしてから、取りかかる。……それだけよ」

 

人を殺すだけならすぐに済みそうなものだけど、ヘイローを破壊するというのはそういうものなのか、と思った。

リオが言うなら、たぶんそうなんだろう。

 

ヒマリは、まだリオを見ていた。でも、それ以上は何も聞かなかった。

その代わりに、ヒマリは車椅子を動かして、装置とリオの間に入った。

 

「……初めに、言ったはずです」

 

ヒマリはさっきと同じ、にらみつけるような表情だった。

だけど、その声は少しだけふるえていた。

 

「私は、シホの力を調べるために協力すると。……ヘイローを壊す、などと言い換えるのはやめてください。それは、シホを殺すということです。そんなことに手を貸すつもりは、ありません」

 

リオは、ヒマリの方を振り向いた。

 

「貴女の協力は、あった方が助かるわ。でも、なくても問題ない段階まで来たの。エリドゥが使えるなら、サポートもいらない」

 

それから、リオは声を低くした。

 

「それに、勘違いしてもらっては困るけれど。今の私と貴女は、対等じゃないわ。異論があるなら、部屋に戻って、おとなしくしていてもらう」

 

ヒマリは、押し黙った。

いまこうして一緒に調査しているのは、ヒマリが協力したいと言ったからだ。

ジャマをするなら、いない方がいいということなのだろう。

 

部屋の中が、しんとする。

トキだけが、さっきから少しも動かずに、リオのそばに立っていた。

 

しばらくして、ヒマリが、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……なら、私は」

 

ヒマリは、まっすぐにリオを見た。

 

「シホの中に、まだ眠っている危険を探すために、調査します。……それなら、文句はないでしょう?」

 

「……危険を見つけてもらえるなら、それで構わないわ」

 

そう言って、リオはまたモニターの方に向き直った。

ヒマリも、車椅子をモニターの前に寄せていく。

 

二人は、また私の調査を始めた。

 

私は、装置の中に横になったまま、天井を見ていた。

目の端で、モニターの前で何かを話し続けている二人を見る。

 

さっきまでの言い合いが、嘘みたいだった。

二人とも、同じ画面を見て、同じことを考えているように見える。

 

そういえば。

 

いつの間にか、耳鳴りがしなくなっていた。

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