猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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四十九話:二つの残酷な真実 (後編)

ネルは、難しい顔をしたまま何も言わなかった。

私と目が合いかけて、すぐにそらされる。

 

「悪く思わないであげて。元々、C&Cはセミナー……正確には、私直属のエージェントなの。そこに私的な感情はないわ。私の命令に、粛々と従うだけ」

 

リオは、ネルの方を見ないまま言った。

 

「ネルが相手では、ゲーム開発部だけで抵抗できないことはわかっているでしょう。仮に抵抗したり、外に助けを求めたりしても――」

 

リオが軽く手を上げると、廊下から重い駆動音が響いた。

一メートルほどの機械の兵隊が、何台も部室になだれ込んでくる。その銃口が、私たちを囲むように並んだ。

 

「この周囲は、すでにAMASで掌握しているわ。救援が間に合うことはない」

 

ミドリとユズが、アリスに寄り添うように身を寄せた。

 

「さあ、仕事の時間よ。ネル、アリスを回収してちょうだい」

 

ネルは、何も言わずに目を閉じた。

 

「ネル先輩……」

 

アリスが、複雑な顔でネルを見上げた。

助けを求めているようにも、謝っているようにも見える顔だった。

 

その声に、ネルが長いため息をついた。

 

「……アリスを連れていきてぇから手を貸せって、それだけ聞いて来てみりゃあ、なんだそりゃ」

 

ネルの目が、ゆっくりと開く。

 

「なんもわかってねぇヤツを、誘拐しろってか?」

 

次の瞬間、ネルの二丁の銃が火を噴いた。

狙いは、並んでいたAMASと、その奥にいるリオだった。

 

一番近くにいたAMASが、リオの前に飛び出して盾になる。装甲に弾が当たる甲高い音が、部室に何度も響いた。

リオは目を見開いたまま、AMASの陰に身を隠した。

 

"ネル……!"

 

思わず声が出た。

ネルがこちらについてくれたことに、少しだけ胸をなでおろす。けれど、ここで撃ち合いになってはいけない。

 

「……ネル先輩?」

 

アリスが、不思議そうに目を瞬かせた。

 

「しかも、あのシホってチビまで、てめぇのところにいるだと? ……ふざけんな。そんな依頼、受けてられっかよ!」

 

ネルは銃口をリオに向けたまま、吐き捨てるように言った。

 

「もう、てめぇに付き合う義理はねぇよ、リオ!」

 

リオは、ゆっくりとAMASの陰から身を起こした。

その顔には、怒りよりも、落胆の色が浮かんでいた。

 

「……そう。少しだけ、期待していたのだけれど」

 

誰に向けた言葉なのか、私にはわからなかった。

けれど、それはネルを責める声には聞こえなかった。

 

リオの声が、また冷たく戻る。

 

「……でも、こうなることも想定していたわ。だから、C&Cの全員ではなく、貴女だけを呼んだの」

 

「あぁ? 何が言いてぇんだ?」

 

「――トキ」

 

その名前が聞こえた瞬間、ネルの背後に、誰かが音もなく現れた。

 

"ネル、危ない!"

 

ネルの背中に、鋭い一撃が叩き込まれる。

ネルは体勢を崩しながらも、続けて繰り出された攻撃をかわし、床を転がって距離を取った。

 

「誰だてめぇは!?」

 

そこに立っていたのは、メイド服を着た生徒だった。

彼女はネルから目をそらさないまま、スカートの端をつまんで、優雅にお辞儀をした。

 

「はじめまして、先輩。そして、先生。C&C所属、コールサイン04。飛鳥馬トキです」

 

「C&C……? 五人目……?」

 

ミドリが、呆然とつぶやいた。

 

「背後から奇襲たぁ、舐めた真似してくれるじゃねぇか。……覚悟はできてんだろうなぁ!?」

 

"ネル、待って……!"

 

奇襲されて頭に血が上ったネルに、私の声は届かなかった。

ネルは一気に踏み込み、トキに蹴りを叩き込む。トキは両腕で受け止めたけれど、勢いまでは殺せずに、後ろへ大きく押し下げられた。

 

ネルはそのままの勢いで、周りのAMASに銃口を向ける。

AMASが一斉に撃ち返してくるけれど、ネルは弾の間をすり抜けるように動き回りながら、一体、また一体と撃ち倒していった。

 

あっという間に、ネルは部室にいたAMASのほとんどを破壊してしまった。

動かなくなった残骸を足で踏みつけて、ネルはリオに向き直る。

 

「はっ! んなザコで、足止めになるわけねぇだろうがよ!」

 

「……やはり、AMAS程度では、貴女を止められないというわけね」

 

用意したAMASが無力化されたというのに、リオは少しも慌てていなかった。

仕方ないといった様子で、視線をトキへと移す。

 

「――トキ。武装の使用を許可するわ」

 

「イエス、マム」

 

そう言うと、トキは着ていたメイド服の上着を脱ぎ捨てた。

そして、その上に兵士が身につけるような装甲や装備が、次々と重なっていく。

 

「モード2、移行完了」

 

「はぁ? 何をゴチャゴチャと――」

 

「トキさんの服が……」

 

"……姿が、変わった?"

 

ただ着替えたのではないということは、なんとなくわかった。

けれど、それが何なのかを確かめる前に、トキの姿がぶれた。

 

その動きは、さっきまでとはまるで比べ物にならない。

トキはネルの周りを円を描くように駆けながら、四方から攻撃を仕掛けていく。

 

「そっちか!?」

 

ネルが照準を合わせて撃つ。けれど、トキはそれを紙一重でかわし続けた。

 

「チッ、クソ……ちょこまか動くんじゃねぇ!」

 

ネルの弾が、部室の壁や床に穴を開けていく。舞い上がった煙と、倒れたAMASの残骸。

その中に紛れるようにして、トキの姿がふっと消えた。

 

「てめぇ、一体どこに……」

 

ネルが銃を構えたまま、辺りを見回す。

その背後に、音もなく影が立った。

 

「ネル先輩、うしろ……!」

 

ユズが叫ぶのと、トキが飛びかかるのは、ほとんど同時だった。

 

「舐めんなっつってんだろ!」

 

ネルは振り返りざまに身をひねり、トキの攻撃をかわしながら、蹴りで迎え撃った。

トキの目が、わずかに見開かれる。それでも、トキはその蹴りを正面から受け止めてみせた。

 

リオが、小さく息をのむのが聞こえた。

 

さっきまでのトキなら、今の一撃で吹き飛んでいたはずだ。けれど、トキはその場から一歩も下がっていなかった。

 

「やるじゃねぇか!」

 

ネルが、楽しそうに笑って銃を構え直す。

 

その瞬間、横から銃声が響いた。

いつの間にか現れていたAMASが、ネルに向けて発砲したのだ。思わぬタイミングで攻撃を受けたネルの体が、ほんの一瞬だけ揺れる。

 

トキはその隙を見逃すことなく、ネルの腕を取り、流れるような動きで床に押さえつけていた。

 

"ネルが、あっという間に……"

 

「あんなに速い動き、見たことない……」

 

「あ、あうぅ……」

 

「てめぇ! 今のはタイマンの流れだっただろうが! 離しやがれ!」

 

ネルが、床に押さえつけられたまま暴れる。

 

「そんなことは、一言も言っていません」

 

トキは焦った様子を見せることなく、平らな声でそう言った。

 

「そうやって暴れると、曲がってはいけない方向に腕が曲がりますよ、先輩。……皆さんも、下手に動かないでくださいね。無駄な抵抗は、おすすめしません」

 

トキの視線が、私たちの方に向けられる。

残ったAMASたちも、威圧するようにじりじりと距離を詰めてきた。

 

「……うっ!」

 

「……!」

 

ミドリとユズが、その場で身をすくめた。

トキが身につけている見たこともない装備から、私は目を離せなかった。

 

"それは、一体……"

 

「私の作った特殊武装よ。念のため、準備しておいてよかったわ」

 

リオは、何事もなかったかのようにそう言うと、AMASの方に向き直った。

 

「改めて……AMAS。アリスを回収しなさい」

 

アリスの肩が、びくりと跳ねた。その目に、涙がにじんでいる。

 

「……!!」

 

「ちょ、ちょっと待っ……!」

 

ミドリとユズが、とっさにアリスの前に出ようとした。

 

「動かないで。……関係のない子を、傷つけたくないの」

 

リオの冷たい声が、二人の足を止めた。

その目を見て、本気だと感じとったのだろう。二人は震えながら、その場に立ち尽くした。

 

"やめて、リオ"

 

「……それは、私のセリフよ」

 

リオは、疲れたように目を伏せた。

 

「私も、対立などしたくないわ。貴方と敵対する気も、憎まれる気もない。……さっきも聞いたわね。大人である貴方が、真っ先に動くべきだったのではないか、と」

 

"さっきも言ったけど……私は、問題を解決するために、生徒を傷つけることはできないよ"

 

「――いつまで、そんな戯言を吐き続けるつもりなの!」

 

リオの声が、部室に響いた。

今日初めて聞く、感情をむき出しにした声だった。

 

「アリスとシホは、この世界を終焉へと至らせる、恐るべき兵器よ。二人とキヴォトスの全生徒を秤にかけるまでもないでしょう? ……それでもなお、貴方が動かないというのなら」

 

リオは目を閉じて、小さく息を吐いた。

次に目を開けたとき、その赤い目は、もう揺れていなかった。

 

「二人のヘイローは、私の手で破壊する」

 

その目を見て確信した。

リオは今、この瞬間に、覚悟を決めたのだ。

 

"リオ、待ってほしい。もしかして、君は……"

 

リオは、私の言葉には答えなかった。

私の横を通り過ぎて、まっすぐにアリスの方へ歩いていく。

 

「違う……!」

 

その前に、ミドリが割り込んだ。

 

「アリスちゃんは……勇者だよ! だって、光の剣を……勇者の証の『スーパーノヴァ』を持ってるもん!」

 

ミドリが指さした先には、部屋の隅の壁に立てかけられた、アリスの光の剣があった。

 

「光の剣……エンジニア部が作った、あのおもちゃ?」

 

リオは、レールガンを一瞥した。

 

「……そう」

 

それだけ言って、手元の端末に指を滑らせる。

レールガンに灯っていた光が、すっと消えた。

 

"スーパーノヴァの電源が……消えた?"

 

ミドリは、言葉を失ったまま、光の消えたレールガンを見つめていた。

 

「満足かしら? 光の剣は、もうないわ。……これで、証明は終わり」

 

「アリスの、剣が……ゆうしゃの、あかしが……」

 

アリスの声が、震えていた。

泣きそう、ではない。アリスは、もうほとんど泣いていた。

 

「ミドリ……ユズ……」

 

アリスが、二人を見る。二人とも、何もできずに唇をかんでいた。

アリスの視線が、床に押さえつけられているネルに移る。

 

「くそっ! 離せ! おい、チビ! じっとしてないで、反撃しろよ!」

 

「ネル先輩……」

 

そして、アリスは私を見た。

その目は、助けを求めるというよりも、道に迷った子どものように揺れている。

 

「先生……」

 

"……アリス"

 

「……全部、アリスがいるから、起きたことなんですか」

 

"違うよ、アリス。君一人のせいで起きたことなんて、ないんだ"

 

アリスは、リオの方に向き直った。

 

「アリスが、魔王だから……」

 

リオは、何も答えなかった。

ただじっと、アリスの言葉を待っている。

 

「アリスがここにいたら……また、同じことが起きるんですね」

 

"何が起きたのか、これからどうすればいいのか。それを、みんなで考えよう。アリスが一人で答えを出さなくていい"

 

アリスは、私をちらりと見た後、長い間黙っていた。

 

「……シホは、自分で決めたのですね」

 

"アリス……?"

 

「アリスには、どうすればいいのか、わかりません」

 

アリスは、胸の前で両手をぎゅっと握った。

 

「でも、シホは、自分で決めたって。……シホは、どうして、そう決められたんですか?」

 

それは、リオに向けた言葉ではなかった。

ここにはいない、シホに向けた言葉だった。

 

「アリスは、それを、シホに聞きたいです」

 

"シホに聞きたいなら、一緒に聞きに行こう。一人で行かなくていいんだ"

 

「……大丈夫です、先生」

 

アリスは、私の方を見て、少しだけ笑った。

だけど、うまく笑えていなかった。

 

「アリスは、先生に怪我をさせたくないです。ミドリも、ユズも、ネル先輩も。……モモイも。モモイが怪我をしたとき、胸が、すごく痛かったです。だから、もう、誰にも怪我をさせたくないんです。……アリスは、自分で行きます」

 

「ダメ、アリスちゃん!」

 

ミドリが叫んだ。ユズは、声も出せずに首を振っていた。

 

「てめぇ、チビ……!」

 

床に押さえつけられたまま、ネルがうめいた。

 

「……安心しなさい、今すぐに壊すわけではないわ。言ったでしょう、安全に破壊するための検査が先よ」

 

リオが、静かに口を開いた。

そして、アリスから目をそらすように、少しだけ顔を背けた。

 

「だから……そうなる前に、別れの挨拶ぐらいはさせてあげる」

 

さっきの叫び声とは別人のような、静かな声だった。

 

アリスは小さくうなずいて、私たちの方に向き直った。

 

「先生。今まで、ありがとうございました。みんなも、アリスと一緒に冒険してくれて、ありがとうございました」

 

アリスは、一度だけ、深く頭を下げた。

 

「モモイが起きたら……アリスが、ごめんなさいって言っていたと、伝えてください」

 

アリスは、リオの方へ歩いていった。

機械の兵隊に囲まれて、私は、一歩も動けなかった。

 

リオは、アリスがそばに来たのを確かめると、最後に私の方を振り向いた。

 

「……もし、私の言葉で貴方たちを傷つけたのなら、すべてが終わった後に、改めて謝罪させてちょうだい。では、失礼するわ」

 

リオとアリスの姿が、部室の外へ消えていく。

二人の足音が聞こえなくなるまで、機械の兵隊たちは、一つも銃口を下ろさなかった。

 

やがて、兵隊たちも、トキと一緒に去っていった。

床に倒れたままのネルが、悔しそうに拳を床に叩きつけた。ミドリは、その場に座り込んで泣いていた。ユズは、さっきまでアリスが座っていた部屋の隅を、ずっと見つめていた。

 

その壁には、光の消えたレールガンが、立てかけられたまま残されていた。

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