猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
アバンギャルド君の話が終わると、私たちは、なんとなく戦いが映っている画面を見た。
部屋にたくさんあるモニターの一つには、トキとネル、そしてC&Cのメンバーが戦闘しているところが映っていた。
ネルだけじゃなく、ほかのメンバーもいるから、トキはずっと押されていた。
リオは慌てた様子を見せることなく、モニターを眺めていた。
すると突然、足元がぐらぐらと揺れた。
地震かと思って身構えたけど、モニターの中でネルとほかのメンバーの間の建物が動き出して、分断されていくのが見えた。
「心配しなくても、今のは地震ではないわ。都市自体を動かして、敵を分断する仕組みが動作したのよ」
リオが今の揺れについて説明してくれる。
揺れが収まるころには、モニターに映っているのはトキとネルの二人だけになっていた。
そのまま二人は戦闘を再開した。
別のモニターに目を移すと、そこには広い道を何人かが走ってくるのが見えた。
一番前にいるのは、モモイだった。
その後ろに、ミドリとユズ。エンジニア部の三人。
それから、銃も持たずに、タブレットを抱えて走っている人。……先生だ。
「移動に迷いが見えないわね。となれば、おそらく外部からのサポートが理由……」
そう言うと、リオは手元の端末を操作し始めた。
「ヴェリタス……やはり貴女たちだったのね」
リオがそうつぶやくと、通信をつないだのか、モニターからは向こうの慌てた声が聞こえてきた。
『え? だ、誰!?』
『ヴェリタスの通信が……』
『"途絶えてしまった……"』
「予想はしていたけれど……本当にここまで来たのね、先生」
リオの声に反応して、みんなの視線が一斉にこっちを向いた。
『"リオ……。君を止めに来たよ"』
モニターの中の先生は、少し息が上がっている。それでも、いつもの、落ち着いた声だった。
公園で、先生を置いて帰ったときから、ずっと聞いていなかった声だ。
「……そう。やはり、私の言葉と行動だけでは貴方たちを説得できなかったのね」
『"アリスと、シホは? 二人とも、そこにいるの?"』
「ええ。二人とも、私のそばにいるわ。……無駄な戦闘は、するべきではないと思っているの。だから、話をさせてあげる」
リオはそう言って、私とアリスを見た。
『アリス! アリス、聞こえる!? 私だよ、モモイだよ! 迎えに来たよ!』
こっちが何かしゃべる前に、モニターから大きな声が割り込んできた。
「……モモイ」
装置の中で、アリスが小さくつぶやいた。
ほっとしたみたいな、今にも泣きだしそうな声だった。
私は、モモイがもう目を覚まして、エリドゥまで来ていることに驚いた。
起きてすぐに、みんなと一緒に来たんだと思う。
目的のために迷わず行動できる、そういうのは、ちょっとだけいいと思う。
『よかった、無事なんだね! さぁ、早く帰って一緒にゲームしよう! 私、二日も寝ちゃってたからウィークリーが全然進んでないんだよ!』
『お姉ちゃん、それ今気にすること……?』
能天気ともいえるモモイの言葉に、私はなんだか力が抜けてしまった。
だけど、アリスは目をぎゅっとつぶって、うつむいたままだった。
「アリスは……アリス、は……」
アリスはそれっきり唇をかんで、何もしゃべらなくなった。
リオがそれを見て、私に視線を向ける。
話しなさい、ということだと思う。
「……先生」
『あっ……し、シホ、さん……』
私の声に、ユズが反応した。
その声を最後に、モニターの向こうがしんと静かになった。
『"……シホ"』
先生が、私の名前を呼んだ。
何て言えばいいのか少しだけ迷ったけど、私が伝えたいことは単純だ。
「帰って」
最初に口から出たのは、それだけだった。
「これは、私が自分で決めたこと。誰にも、無理やり連れてこられてない。納得して、ここにいる。だから、助けてもらう必要はない」
『そんなの、ダメだよ!』
モモイの声だった。
『シホまで壊されちゃうなんて、そんなの絶対ダメ!』
『"帰らないよ"』
モモイの声が終わるより先に、先生が言った。
大きな声じゃなかったけど、決意を持った、はっきりとした声だった。
『"シホが自分で決めたことなのは、わかってる。シホがそれを望んでいるのも。……それでも、帰らない。自分の可能性を、自分で閉じるようなことは、しなくていいんだ"』
先生が言った可能性という言葉が、やけに耳の奥に引っかかった。
「……じゃあ、聞くけど、私かアリスが、キヴォトスを燃やすことになったら……。そのとき、先生は責任を取れるの?」
先生は、すぐには答えなかった。
モニターの向こうで、みんなが先生の方を見ている。
『"……もし、そうなったとしても。そのときは、私が必ず責任を取る。もちろん、そうならないように全力を尽くす。それも含めて、私の責任だよ"』
先生が、ゆっくりと言い聞かせるように話す。
そして、一度言葉を切って周りに目を向ける。
『"でも、私一人じゃない。ゲーム開発部も、エンジニア部も、ヴェリタスも、C&Cも……みんながいる。君たちだけで抱えこまなくていいんだ。みんなで一緒に解決する道だって、ちゃんとある。君たちの可能性は、まだいくらでも広がってるんだから"』
前にも、同じようなことを言われた。
人とコーラルの可能性……そう言ったのは、エアだった。
あのときの私は、その手を取らなかった。
エアを倒して、ルビコンを燃やした。
奥歯に、ぎゅっと力が入った。
先生の言っていることは、たぶん、間違ってない。
エアの言っていたことも、たぶん、間違ってなかった。
でも、それなら。
燃やすほうを選んだ、あのときの私は、何だったんだろう。
……あのときは、誰も、私を止められなかったのに。
『そうだよ! みんなで考えれば、絶対なんとかなるって!』
モモイが、元気よく言った。
その言葉に続いて、モニターの向こうが騒がしくなる。
『シホちゃんも、アリスちゃんも、一緒に帰ろう!』
『先生の言うとおりだ。私たちにできることは、まだたくさん残っている』
『そうです! エンジニア部の技術力をもってすれば、不可能はありません!』
ミドリの声に、ウタハとコトリの声が重なる。
モニターの中のみんなの顔が、さっきまでより明るくなっていた。
その顔を見て、私の胸の奥が、なんだかざらざらした。
「うるさい」
思っていたより、大きな声が出た。
リオとアリスの肩が、びくっとはねたのが見えた。
モニターの向こうが、しんと静かになる。
「私たちは、兵器。使うやつがいたら、それで終わり。先生たちがどれだけがんばっても、誰にも使われないなんて、言いきれない」
ルビコンでは、そうだった。
企業も、解放戦線も、ほしいもののためなら、何でも使った。私のような傭兵は、兵器と同じだった。
「弱いやつが何を言っても、強いやつがほしいものを取りに来たら、それで終わり。強くないのに正しいことを言うのは、何も言わないのと同じ」
そこまで言って、少しだけ考えた。
「……ううん、もっと悪い。期待させるだけさせて、最後には、何も守れないから」
私は、モニターの中の先生をにらみつけた。
だけど、先生は目をそらさなかった。
「可能性があるって言うなら、止めてみせて。私たちにも勝てないなら、私たちを使おうとするやつらからなんて、守れるわけがない」
最後は、自分でもわかるくらい、声が低くなっていた。
先生は、少しの間黙ったあと、静かに言った。
『"……うん。必ず止めに行くよ、シホ"』
それきり、先生は何も言わなかった。
ただ、モニターの向こうから、まっすぐこっちを見ていた。
「……交渉は決裂ね」
そう言うと、リオは再び端末を操作し始めた。
「――アバンギャルド君、発進」
リオの言葉と同時に、建物の一部が沈んだ。
その隙間から、さっき見せてもらったアバンギャルド君が出てきた。
『うわぁっ!? ダサいロボが襲い掛かってきた!』
『たしかに、あんまり可愛いデザインじゃないけど……』
「……見た目は、悪くないはずよ」
『"自信はあったんだね……"』
みんながアバンギャルド君の見た目を悪く言うけど、そんなことを言っている暇はあるのだろうか?
格好良くないとはいえ、装備の性能や戦闘能力は間違いなく高い。
アバンギャルド君が攻撃を仕掛けると、先生たちの戦線はあっという間に崩壊した。
『う、うわああっ!?』
『外見からは想像つかない火力してるね……』
アバンギャルド君に追いつめられていくみんなを、私はモニター越しに眺めていた。
あれだけ言っておいて、結局、この程度なんだ。
せめて、預言者と渡り合えるエイミぐらい強い人がいないと……
そこまで考えて、ふと気づいた。
これだけの戦力が攻めてきているのに、エイミがいない。
部屋にあるモニターに映っていたのは、ゲーム開発部と、エンジニア部と、先生。ポイントAには、C&Cだけ。
アリスを助けに来るなら、ヒマリだって助けに来るはずだ。それなら、エイミが来ないのはおかしい。
「リオ」
「……何かしら」
「攻めてきてるのは、これで全員?」
リオは、ポイントBの映像から目を離さないまま答えた。
「ええ。事前に、脅威になり得る勢力はすべてマークしてあるわ。今攻め込んできている勢力は、先生たちだけよ」
「……そう」
リオはそう言うけど、エイミだけ来ていないのは、やっぱりおかしい。
そう思ったとき、部屋の明かりがまた赤く変わった。
みんなが攻めてきたときと同じ音が、部屋中に鳴り響く。
「警報!? 一体どこから……!?」
リオの指が、端末の上で止まった。
目の前のモニターの一つが、別の映像に切り替わる。
そこに映っていたのは、朝、私が通ってきた道……ヒマリの部屋に続く廊下だった。
画面には、車椅子に乗ったヒマリと、ピンク色の髪……エイミが走っている姿が映っていた。
エイミはヒマリを先導して、廊下の角をクリアリングしながら曲がっていく。
ヒマリはカメラに気がついたのか、こっちを向いて、にっこりと笑って小さく手を振ってから角を曲がった。
「……あり得ないわ」
リオの声が、かすれていた。
リオは別の画面を開いて、何かを確かめている。
「エイミの位置は……今も、ミレニアムの宿舎を示している。ここに来るまでの、どの監視カメラにも映っていなかった。……端末を置いて、カメラと人目を全部避けて、一人でここまで入ってきたというの?」
私は、モニターに残った誰もいない廊下を見ていた。
たった一人で、知らない基地に潜りこんで、見つかることなく目標までたどり着く。
ルビコンでも、そんな仕事ができる傭兵はそういないだろう。
「……すごいね、エイミ」
思わず、口から出ていた。
それから、朝のヒマリのことを思い出した。
悲しくて紅茶とクッキーしか喉を通らないから、部屋でゆっくりする。わざとらしく、そう言っていたヒマリ。
なんだか変だと思ったのは、たぶん、このせいだった。
「ヒマリとエイミを追跡するわ。AMASを……?」
リオの声が途中で止まって、今度は別のモニターを見つめる。
視線の先にあるポイントBの映像では、アバンギャルド君の動きがおかしくなっていた。
明らかに、さっきまでの動きより遅くなっている。
「……制御に、割りこまれている? いえ、これは……!」
リオが何かに気づくのと同時に、ポイントBを映していたモニターが黒くなり、先生たちとの通信が切断された。
リオの指が端末の上を走り、別のモニターに文字の列が流れていく。
「外部との回線は切断したはずよ。一体、どこから……」
リオの指が、ぴたりと止まった。
「妨害元は……セミナーの差押品保管所?」
どうやら妨害してきた相手の場所まで特定できたようだけど、そこから制御を取り返せないらしい。
リオがしばらく操作を続けていたけど、あきらめたようにため息をついた。
「……おそらく、ヒマリが残していった『鏡』を使ったのね」
そう言ってキーを一度叩くと、さっきとは違う角度でアバンギャルド君がいる場所が映し出された。
ちょうど、エンジニア部の人たちが何かを撃ち出して、それがアバンギャルド君に命中するところだった。
大きな爆発とともにアバンギャルド君は倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
リオは、しばらく何も言わずに、その映像を見ていた。
それから、トキが映っているポイントAのモニターに目を向けて、端末に向かって口を開いた。
「トキ。一旦退きなさい」
『……! リオ様、私は……』
モニターを見てみると、そこにはトキがネルたちに囲まれかけているのが映っていた。
さっき分断したはずなのに、いつの間に合流したのだろうか。
「貴女を責めているわけではないわ。ヴェリタスの干渉で、アバンギャルド君の制御権が奪われてしまった。……これは、私の予測不足による失敗。まずは撤退して、状況を立て直しましょう」
『……イエス、マム。現場から離脱します』
そう言うと、トキの姿がモニターから一瞬で消えた。
ネルは怒っているような顔をしていたけど、トキに追いつけないようで、その場で地団駄を踏んでいた。
……思っていたより、やるみたいだ。
「止めに行く」と言った先生のことを、私は少しだけ見直した。