猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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五十二話:切り札

ポイントAのモニターからトキの姿が消えてしばらくして。

部屋のスピーカーからトキの声が聞こえてきた。

 

『リオ様。現場を離脱しました。……申し訳ありません』

 

「謝らなくていいと言ったはずよ。相手がこちらの想定を上回ったのだから、仕方がないわ」

 

そう言いながら、リオはモニターにエリドゥの地図を出した。

真ん中に、ひときわ大きな建物がある。たぶん、あれが私たちのいるメインタワーだ。

そして、地図の上で点滅しているいくつかの点が、そこに向かって動いていた。

 

「ゲーム開発部とC&Cは、メインタワーで合流するつもりね。……エンジニア部は、ポイントBから動いていない。見たところ、アバンギャルド君を倒すので精いっぱいだったようね」

 

リオは、ポイントBの映像をモニターに出した。

そこには、アバンギャルド君を背にして座りこんでいる、エンジニア部の三人が映っていた。

作業している様子もないから、どうやら戦線離脱したらしい。

 

「……ここから先は、切り札を使うわ。トキ、準備はできているわね」

 

『イエス、マム』

 

「ただし、時間を稼ぐだけでは意味がないわ。追い返しても、あの子たちはまた来る。力の差を見せて、あきらめさせないといけない」

 

『全員を、戦えない状態にする必要がある、ということですね』

 

「ええ。……それでも、またすぐに来るかもしれない」

 

リオの声が、少しだけ小さくなった。

追い返すことはできるけど、また来られたら意味がないのは、私でもわかった。

 

「なら、私も行く」

 

私の言葉に、リオが振り返った。スピーカーの向こうのトキも、黙りこんだ。

 

「……それは、どういう意味かしら?」

 

『……』

 

「追い返してもまた来るなら、もう来ようと思えないぐらい、徹底的にやればいい」

 

私は、思ったことをそのまま言った。

壊してもらえればそれでいいだけで、みんなを殺したいわけじゃない。

だから、壊してもらうまでの時間が稼げれば、それで十分だ。

 

「殺すのは……一応、だめだから。死なない程度に痛めつければ、しばらくは攻めてこない」

 

リオは何か言おうとして、口を開けたまま、何も言わなかった。目が、少しだけ揺れていた。

リオは、そこまでするつもりはなかったのかもしれないけど、その考えは甘いと思う。

 

「シホ……!」

 

装置の中から、アリスの声がした。

ずっと何もしゃべらなかったアリスが、体を起こそうとして、ケーブルに引っ張られていた。

 

「やめてください……! みんなに、ひどいことしないでください……!」

 

「向こうは、私たちに攻撃されることをわかったうえで戦いを挑んできた。なら、何をされても文句は言えない」

 

「でも……!」

 

「それに、もし私たちが暴走したら。……こんなものじゃ、済まない」

 

私はアリスの目を見て言った。

アリスは、モモイを傷つけたことを気にしているのだろう。

私の顔を見たまま何も言い返せずに、目をそらした。それから、ゆっくりと装置の中に体を戻していった。

 

部屋の中が、しんとした。

モニターの中で、地図の上の点だけが動いていた。

 

「……追い返すだけなら、トキだけで十分よ」

 

やがて、リオが口を開いた。

トキだけで十分、と言うけど、トキはさっき、C&Cに押されて戻ってきたばかりだ。

私がそう思ってリオを見ると、リオは続けた。

 

「まだ見せていない兵器もある。今度は、それを使うわ。……それに、貴女はもともと、あちら側にいたのよ。手心を加えないとも限らない」

 

「敵と味方が入れ替わるのは、向こうではよくあることだったし、気にしてない」

 

同じ依頼を受けていた僚機と、次の依頼で撃ち合うことは、ルビコンで何回もあったし、気にしていないのは本当だ。

それに、たぶんリオは、私に気をつかってくれている。仲間を撃つのは、普通は嫌なことらしいから。

 

「それに、リオの計算だとさっきの時点で勝負はついてたはず。でも、逆転されたなら、次がないなんて言いきれない。だから、ここで確実に終わらせる」

 

リオは、黙って聞いていた。

 

「あと、ヒマリとエイミも、まだ捕まえてないでしょ?」

 

「……ええ」

 

「なら、そっちも気にしないといけない。また、アバンギャルド君みたいに何かされるかもしれない。でも、私はそういうのは効かないから、何か妨害されても問題ない」

 

リオは、しばらく考えるように目をふせていた。

それから、小さく息を吐いた。

 

「……わかったわ」

 

リオは、机の引き出しから小さな通信機を取り出して、私に差し出した。

 

「準備ができたら、メインタワーの前でトキと合流しなさい。指示はこれで出すわ」

 

「わかった」

 

リオから受け取った通信機をポケットにしまう。

 

「アリスは、このままここにいなさい。トキも貴女も出るなら、ここが一番守りが固いわ」

 

アリスは、何も答えなかった。

装置の中のアリスの肩が、少しだけ震えていた。

 

「武器を取ってくる」

 

私はそう言って、部屋を出た。

扉が閉まる前に、もう一度だけ振り返った。アリスは、装置の中で横になったまま動かなかった。

 

   ◆

 

メインタワーの前は、大きな広場になっていた。

見上げると、首が痛くなるくらい高い建物が並んでいる。

 

その入り口の前に、トキが立っていた。

さっきモニターで見たのと同じ、メイド服の上に装備を重ねた格好だった。

 

トキは、私に気づくと小さく一礼した。

私も、小さくうなずいた。

トキは何も言わなかったし、私も何も言わなかった。

 

私は、部屋から取ってきたパイルバンカーを、左腕に付ける。

金具がかちりと鳴って、腕に重さがかかった。

アサルトライフルのスリングを肩にかけて、弾倉を確かめる。

 

それだけで、頭の中のスイッチが切り替わる。

ミッションの前は、いつもこうだった。

 

少しして、広場の向こうから、足音と声が近づいてきた。

 

「ここにアリスが……!」

 

「……行こう!」

 

先頭はC&Cのメンバーと、その少し後ろにゲーム開発部のみんな。そして、先生だった。

 

「お待ちしておりました、先輩方、先生」

 

トキが、スカートの端をつまんで一礼する。

私たちの存在に気づいて、みんなの足が止まった。

 

先生の目が、トキから、その隣の私に移った。

先生は、少しだけ目を見開いた。

 

"門番は、トキと……シホなんだね"

 

モニター越しじゃない先生の声は、少しだけこわばっていた。

 

「あっ! また会えたね~! トキちゃん、やほ!」

 

メイド服の人の一人が、明るい声で手を振った。髪の長い、にこにこした人だった。

その人は、私の方を見て、首をかしげた。

 

「それに、そっちの子は……シホちゃん、だよね? 初めましてかな?」

 

「……六津井シホ。はじめまして」

 

「わ~! ちゃんと挨拶してくれるんだ! 私はアスナ、よろしくね!」

 

アスナと名乗った人は、うれしそうに笑った。

これから戦うのに、ずいぶんのんびりした人だと思う。

 

『なんで、これから戦う相手とそんなに親しげなの……』

 

通信機から、チヒロのあきれたような声が聞こえてきた。

最初のころはいなかったはずだから、『鏡』を使ってアバンギャルド君を妨害したのは、彼女なのだろう。

 

「あれ? シホの方から来てくれたんだったら、このまま連れて帰ればいいんじゃない? なんでわざわざ、私たちの前に出てきたんだろ」

 

「確かに……あんなに怒ってたのに。何か、作戦でもあるのかな?」

 

モモイが私を指さして不思議そうな顔をして、ミドリが不安そうに私とトキを見比べる。

 

「あ? お前ら、知らねぇのか?」

 

ネルが、面倒くさそうに頭をかいて二人を見た。

 

「あのチビ、あたしといい勝負するぞ?」

 

一瞬、広場が静かになった。

ネルの言葉の意味がわからなかったのか、三人はぽかんとした顔をした。

 

「「「ええぇぇえっ!?」」」

 

少しして、ゲーム開発部の三人の声が、きれいにそろった。

そういえば、ゲーム開発部の人たちは、私が戦っているところを見たことなかったっけ。

 

「じゃあ、めっちゃやばいじゃん! トキはネル先輩に勝ったんでしょ!? それプラス、もう一人ネル先輩とか、絶対無理じゃん! エンジニア部もいないのにー!」

 

「うるせぇ! あの時は油断してただけだ! さっきだって、アイツが逃げたんだよ!」

 

ネルがモモイに怒鳴っている横で、ユズが、ふらふらと前に出てきた。

 

「あ、あわ、あわわわ……し、シホ、さん! か、格ゲー! 格ゲーで、勝負しましぇんか!?」

 

ユズは、両手をぎゅっと握って、目を回しながら言ってきた。

 

「ユズちゃん、しっかりして! そんなの、絶対受けるわけないでしょ!」

 

そんなユズの肩をつかんで、ミドリがゆさゆさと揺らした。

 

ユズとは格ゲーで戦ったことはないけど、スマシスでは勝てなかった。ユズなら、きっと格ゲーも強い。

そういえば、ユズにスマシスでリベンジできないままになるのは、ちょっと悔しいな。

 

「チッ」

 

慌てる三人をよそに、ネルが大きく舌打ちをした。

それだけで、慌ただしかった広場の空気が変わった。ネルは一歩前に出て、トキをまっすぐにらみつけた。

 

「てっきり、尻尾巻いて逃げたと思ったんだけどな。今度はお供連れて、リベンジってか?」

 

『作戦を変更したのは、貴女たちだけだと思って?』

 

ネルに答えるように、広場のスピーカーからリオの声が響いた。ポケットの通信機からも、同じ声が聞こえる。

 

『……まさか、ここまでたどり着くなんて思っていなかったわ。私の計算を狂わせたのも、すべては……シャーレの先生。貴方が関わったからかしら?』

 

"…………リオ"

 

先生は、それだけしか言わなかった。

 

『それならそれで、構わないのよ。貴方が規格外の力を見せるのなら、こちらもそれ相応の切り札を出すまで。――トキ。現時刻をもって、「アビ・エシュフ」の使用を許可するわ』

 

「――イエス、マム」

 

トキが一歩前に出て、手元の端末を操作する。

 

「パワードスーツシステム『アビ・エシュフ』へ移行します」

 

トキは、着ていたメイド服の上着と装備を、一気に脱ぎ捨てた。

その下から出てきたのは、前に見たのと同じ、体にぴったりとくっついた、水着みたいな格好だった。

 

"アビ……エシュフ?"

 

先生がつぶやくのと同時に、何かが飛んでくるような音がした。

 

「この音は……」

 

『……ッ! 上!』

 

チヒロの声と同時に、トキのすぐそばに、大きな箱のようなものが落ちてきた。

地面が揺れて、砂ぼこりが舞い上がる。

 

箱の側面が、音を立てて開いた。

中に入っていたのは、トキの体よりも一回り大きな、機械の手足だった。

真ん中だけが、人が入れるようにぽっかりと空いている。

 

トキがその中に入ると、両手と両足が、がしゃんと音を立てて機械に固定された。

箱から出てきたトキは、まるで小型のACのようにも見えた。

 

私は、思わず通信機を手に取った。

 

「リオ。これ、私の分はないの?」

 

自分でも、声が少し大きくなっているのがわかった。

少しの間があってから、リオの声が返ってきた。

 

『……ないわ。これは一台しかない、「名もなき神々の王女」との決戦用の最終兵器よ』

 

「……そう」

 

一台しかないなら、しかたない。ACと同じように動かせるなら、もっと楽にみんなを止められると思ったのに。

トキは、装甲の具合を確かめるように、腕を一回だけ動かして、先生たちの方を向いた。

 

「パワードスーツシステム『アビ・エシュフ』、起動。……戦闘、開始します」

 

 

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