猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
ポイントAのモニターからトキの姿が消えてしばらくして。
部屋のスピーカーからトキの声が聞こえてきた。
『リオ様。現場を離脱しました。……申し訳ありません』
「謝らなくていいと言ったはずよ。相手がこちらの想定を上回ったのだから、仕方がないわ」
そう言いながら、リオはモニターにエリドゥの地図を出した。
真ん中に、ひときわ大きな建物がある。たぶん、あれが私たちのいるメインタワーだ。
そして、地図の上で点滅しているいくつかの点が、そこに向かって動いていた。
「ゲーム開発部とC&Cは、メインタワーで合流するつもりね。……エンジニア部は、ポイントBから動いていない。見たところ、アバンギャルド君を倒すので精いっぱいだったようね」
リオは、ポイントBの映像をモニターに出した。
そこには、アバンギャルド君を背にして座りこんでいる、エンジニア部の三人が映っていた。
作業している様子もないから、どうやら戦線離脱したらしい。
「……ここから先は、切り札を使うわ。トキ、準備はできているわね」
『イエス、マム』
「ただし、時間を稼ぐだけでは意味がないわ。追い返しても、あの子たちはまた来る。力の差を見せて、あきらめさせないといけない」
『全員を、戦えない状態にする必要がある、ということですね』
「ええ。……それでも、またすぐに来るかもしれない」
リオの声が、少しだけ小さくなった。
追い返すことはできるけど、また来られたら意味がないのは、私でもわかった。
「なら、私も行く」
私の言葉に、リオが振り返った。スピーカーの向こうのトキも、黙りこんだ。
「……それは、どういう意味かしら?」
『……』
「追い返してもまた来るなら、もう来ようと思えないぐらい、徹底的にやればいい」
私は、思ったことをそのまま言った。
壊してもらえればそれでいいだけで、みんなを殺したいわけじゃない。
だから、壊してもらうまでの時間が稼げれば、それで十分だ。
「殺すのは……一応、だめだから。死なない程度に痛めつければ、しばらくは攻めてこない」
リオは何か言おうとして、口を開けたまま、何も言わなかった。目が、少しだけ揺れていた。
リオは、そこまでするつもりはなかったのかもしれないけど、その考えは甘いと思う。
「シホ……!」
装置の中から、アリスの声がした。
ずっと何もしゃべらなかったアリスが、体を起こそうとして、ケーブルに引っ張られていた。
「やめてください……! みんなに、ひどいことしないでください……!」
「向こうは、私たちに攻撃されることをわかったうえで戦いを挑んできた。なら、何をされても文句は言えない」
「でも……!」
「それに、もし私たちが暴走したら。……こんなものじゃ、済まない」
私はアリスの目を見て言った。
アリスは、モモイを傷つけたことを気にしているのだろう。
私の顔を見たまま何も言い返せずに、目をそらした。それから、ゆっくりと装置の中に体を戻していった。
部屋の中が、しんとした。
モニターの中で、地図の上の点だけが動いていた。
「……追い返すだけなら、トキだけで十分よ」
やがて、リオが口を開いた。
トキだけで十分、と言うけど、トキはさっき、C&Cに押されて戻ってきたばかりだ。
私がそう思ってリオを見ると、リオは続けた。
「まだ見せていない兵器もある。今度は、それを使うわ。……それに、貴女はもともと、あちら側にいたのよ。手心を加えないとも限らない」
「敵と味方が入れ替わるのは、向こうではよくあることだったし、気にしてない」
同じ依頼を受けていた僚機と、次の依頼で撃ち合うことは、ルビコンで何回もあったし、気にしていないのは本当だ。
それに、たぶんリオは、私に気をつかってくれている。仲間を撃つのは、普通は嫌なことらしいから。
「それに、リオの計算だとさっきの時点で勝負はついてたはず。でも、逆転されたなら、次がないなんて言いきれない。だから、ここで確実に終わらせる」
リオは、黙って聞いていた。
「あと、ヒマリとエイミも、まだ捕まえてないでしょ?」
「……ええ」
「なら、そっちも気にしないといけない。また、アバンギャルド君みたいに何かされるかもしれない。でも、私はそういうのは効かないから、何か妨害されても問題ない」
リオは、しばらく考えるように目をふせていた。
それから、小さく息を吐いた。
「……わかったわ」
リオは、机の引き出しから小さな通信機を取り出して、私に差し出した。
「準備ができたら、メインタワーの前でトキと合流しなさい。指示はこれで出すわ」
「わかった」
リオから受け取った通信機をポケットにしまう。
「アリスは、このままここにいなさい。トキも貴女も出るなら、ここが一番守りが固いわ」
アリスは、何も答えなかった。
装置の中のアリスの肩が、少しだけ震えていた。
「武器を取ってくる」
私はそう言って、部屋を出た。
扉が閉まる前に、もう一度だけ振り返った。アリスは、装置の中で横になったまま動かなかった。
◆
メインタワーの前は、大きな広場になっていた。
見上げると、首が痛くなるくらい高い建物が並んでいる。
その入り口の前に、トキが立っていた。
さっきモニターで見たのと同じ、メイド服の上に装備を重ねた格好だった。
トキは、私に気づくと小さく一礼した。
私も、小さくうなずいた。
トキは何も言わなかったし、私も何も言わなかった。
私は、部屋から取ってきたパイルバンカーを、左腕に付ける。
金具がかちりと鳴って、腕に重さがかかった。
アサルトライフルのスリングを肩にかけて、弾倉を確かめる。
それだけで、頭の中のスイッチが切り替わる。
ミッションの前は、いつもこうだった。
少しして、広場の向こうから、足音と声が近づいてきた。
「ここにアリスが……!」
「……行こう!」
先頭はC&Cのメンバーと、その少し後ろにゲーム開発部のみんな。そして、先生だった。
「お待ちしておりました、先輩方、先生」
トキが、スカートの端をつまんで一礼する。
私たちの存在に気づいて、みんなの足が止まった。
先生の目が、トキから、その隣の私に移った。
先生は、少しだけ目を見開いた。
"門番は、トキと……シホなんだね"
モニター越しじゃない先生の声は、少しだけこわばっていた。
「あっ! また会えたね~! トキちゃん、やほ!」
メイド服の人の一人が、明るい声で手を振った。髪の長い、にこにこした人だった。
その人は、私の方を見て、首をかしげた。
「それに、そっちの子は……シホちゃん、だよね? 初めましてかな?」
「……六津井シホ。はじめまして」
「わ~! ちゃんと挨拶してくれるんだ! 私はアスナ、よろしくね!」
アスナと名乗った人は、うれしそうに笑った。
これから戦うのに、ずいぶんのんびりした人だと思う。
『なんで、これから戦う相手とそんなに親しげなの……』
通信機から、チヒロのあきれたような声が聞こえてきた。
最初のころはいなかったはずだから、『鏡』を使ってアバンギャルド君を妨害したのは、彼女なのだろう。
「あれ? シホの方から来てくれたんだったら、このまま連れて帰ればいいんじゃない? なんでわざわざ、私たちの前に出てきたんだろ」
「確かに……あんなに怒ってたのに。何か、作戦でもあるのかな?」
モモイが私を指さして不思議そうな顔をして、ミドリが不安そうに私とトキを見比べる。
「あ? お前ら、知らねぇのか?」
ネルが、面倒くさそうに頭をかいて二人を見た。
「あのチビ、あたしといい勝負するぞ?」
一瞬、広場が静かになった。
ネルの言葉の意味がわからなかったのか、三人はぽかんとした顔をした。
「「「ええぇぇえっ!?」」」
少しして、ゲーム開発部の三人の声が、きれいにそろった。
そういえば、ゲーム開発部の人たちは、私が戦っているところを見たことなかったっけ。
「じゃあ、めっちゃやばいじゃん! トキはネル先輩に勝ったんでしょ!? それプラス、もう一人ネル先輩とか、絶対無理じゃん! エンジニア部もいないのにー!」
「うるせぇ! あの時は油断してただけだ! さっきだって、アイツが逃げたんだよ!」
ネルがモモイに怒鳴っている横で、ユズが、ふらふらと前に出てきた。
「あ、あわ、あわわわ……し、シホ、さん! か、格ゲー! 格ゲーで、勝負しましぇんか!?」
ユズは、両手をぎゅっと握って、目を回しながら言ってきた。
「ユズちゃん、しっかりして! そんなの、絶対受けるわけないでしょ!」
そんなユズの肩をつかんで、ミドリがゆさゆさと揺らした。
ユズとは格ゲーで戦ったことはないけど、スマシスでは勝てなかった。ユズなら、きっと格ゲーも強い。
そういえば、ユズにスマシスでリベンジできないままになるのは、ちょっと悔しいな。
「チッ」
慌てる三人をよそに、ネルが大きく舌打ちをした。
それだけで、慌ただしかった広場の空気が変わった。ネルは一歩前に出て、トキをまっすぐにらみつけた。
「てっきり、尻尾巻いて逃げたと思ったんだけどな。今度はお供連れて、リベンジってか?」
『作戦を変更したのは、貴女たちだけだと思って?』
ネルに答えるように、広場のスピーカーからリオの声が響いた。ポケットの通信機からも、同じ声が聞こえる。
『……まさか、ここまでたどり着くなんて思っていなかったわ。私の計算を狂わせたのも、すべては……シャーレの先生。貴方が関わったからかしら?』
"…………リオ"
先生は、それだけしか言わなかった。
『それならそれで、構わないのよ。貴方が規格外の力を見せるのなら、こちらもそれ相応の切り札を出すまで。――トキ。現時刻をもって、「アビ・エシュフ」の使用を許可するわ』
「――イエス、マム」
トキが一歩前に出て、手元の端末を操作する。
「パワードスーツシステム『アビ・エシュフ』へ移行します」
トキは、着ていたメイド服の上着と装備を、一気に脱ぎ捨てた。
その下から出てきたのは、前に見たのと同じ、体にぴったりとくっついた、水着みたいな格好だった。
"アビ……エシュフ?"
先生がつぶやくのと同時に、何かが飛んでくるような音がした。
「この音は……」
『……ッ! 上!』
チヒロの声と同時に、トキのすぐそばに、大きな箱のようなものが落ちてきた。
地面が揺れて、砂ぼこりが舞い上がる。
箱の側面が、音を立てて開いた。
中に入っていたのは、トキの体よりも一回り大きな、機械の手足だった。
真ん中だけが、人が入れるようにぽっかりと空いている。
トキがその中に入ると、両手と両足が、がしゃんと音を立てて機械に固定された。
箱から出てきたトキは、まるで小型のACのようにも見えた。
私は、思わず通信機を手に取った。
「リオ。これ、私の分はないの?」
自分でも、声が少し大きくなっているのがわかった。
少しの間があってから、リオの声が返ってきた。
『……ないわ。これは一台しかない、「名もなき神々の王女」との決戦用の最終兵器よ』
「……そう」
一台しかないなら、しかたない。ACと同じように動かせるなら、もっと楽にみんなを止められると思ったのに。
トキは、装甲の具合を確かめるように、腕を一回だけ動かして、先生たちの方を向いた。
「パワードスーツシステム『アビ・エシュフ』、起動。……戦闘、開始します」