猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
トキがネルたちを見据えて、体を少し沈めた。次の瞬間、その姿がぶれた。
気づいたときには、トキはC&Cの人たちのど真ん中にいた。
大きな機械の腕が振り抜かれて、ネルが地面をすべるように飛ばされていく。
「てめぇ……!」
ネルが撃ち返すけど、トキはもうそこにいない。背中にある推進器が火を噴いて、トキの体を横へとすべらせる。
さっきまでのトキとは、まるで別物だった。
速さだけじゃない。まるで、ネルの弾が来る場所を、先に知っているみたいな動きだった。
どうやってるのかはわからないけど、あれならC&Cの四人をまとめて相手にしてもらっても、たぶん大丈夫だ。
私は、残った方に目を向けた。ゲーム開発部の三人と、先生。
左腕のパイルバンカーを、ちらりと見る。
……これは、使わないほうがいいだろう。この人たちに当てたら、死なない程度じゃ済まないかもしれない。
「うわ、うわわっ、ほんとに来るよ!?」
「先生、指揮をお願いします!」
「あわわ……か、勝てっこないよぉ~……!」
三人がばたばたと銃を構えて、不安そうな顔でこっちを見つめる。
"来るよ!"
先生の声と同時に、私は地面を蹴った。
一番前にいたモモイまで、一息で近づく。
モモイの目が、まんまるに見開かれた。何か言おうとして口を開けたところに、蹴りを入れる。
モモイの体が、ボールみたいに後ろへ飛んでいった。
「お姉ちゃん!」
ミドリが叫んで、こっちに銃口を向ける。
引き金が引かれるより先に、私のアサルトライフルが鳴った。
ミドリは、銃を落としてその場にひざをついた。
二人とも、気絶はしていない。でも、すぐには立てそうになかった。
……思ったより、弱い。
もう少し、加減した方がいいかもしれない。
残ったユズが、ふるえる手でグレネードランチャーを構えていた。
「こ、来ないで……!」
ぽん、と軽い音がして、弾がこっちに飛んでくる。
私はそれを、アサルトライフルで撃ち抜いた。グレネードは空中で弾けて、煙だけがぱっと広がった。
「え……」
その光景が信じられないといった様子で、ユズが口を開けたまま固まる。
その間に、私はユズのすぐ前まで近づいて、お腹を殴りつけた。
ユズは声も出せずに、その場にうずくまった。
「う、ううぅ……」
地面に転がったまま、モモイがうめいている。
ミドリが、ひざをついたまま顔を上げた。
「せ、せん、せい……にげて……」
先生は、逃げなかった。
倒れた三人の前に立ったまま、まっすぐ私を見ていた。
怖がっている顔じゃなかった。
怒っている顔でもなかった。
何かを、じっと確かめようとしているみたいな目だった。
もちろん、逃がすつもりはない。逃げないなら、好都合だ。
「ご主人様……!」
向こうで、さっき自己紹介した人――アスナが、こっちに走ろうとした。
その前に、トキの射撃が割りこむ。
「させません」
「クソッ、向こうを狙う暇がない……!」
遠くの建物の上から、別の誰かの声がした。
ちらりと横目で見ると、建物の上に人影があった。たぶん、狙撃手だ。
トキが、その人たちを全部引きつけてくれている。
私は、先生の方へ歩いて近づく。
ユズたちみたいに攻撃したら、先生は死んじゃうかもしれない。
なら、足の骨を折って、動けなくすればいい。それで、もう追いかけてこられなくなるし、指揮もできなくなるだろう。
先生の前まで来た私は、そのまま足を振り抜く――
「ごめんね」
"うわあぁ!!"
――がつん、と鈍い音がした。
とっさに足先を見ると、石畳の一枚が、少しだけ盛り上がっていた。踏み込んだ足が、その段差に引っかかったのだ。
蹴りの軌道がわずかにずれて、ほとんど同時に、先生がよろけて後ろにしりもちをついた。
私の足は、先生の頭の上の、何もないところを通りすぎた。
『外れた……? いや、わざと外したの?』
通信機から、チヒロの声が聞こえた。
わざとじゃない。
私は、ちゃんと先生の足をねらった。こんな何でもない蹴りを、私が外すわけがない。
転んだ先生を見下ろす。
先生は、しりもちをついたまま、それでも私から目をそらさなかった。
今度はアサルトライフルを持ち上げて、先生の足に銃口を向けた。
この距離なら、外しようがない。
――かちん。
乾いた音がしただけだった。弾は、出なかった。
さっき、弾倉は確かめた。ゆがんでもいないし、詰まってもいない。
ミドリを撃ったときは、ちゃんと出た。
なのに、先生に向けたときだけ、出ない。
おかしい。偶然にしては、できすぎている。
こんなこと、あるはずがない。
……先生には、私の知らない何かがある。
なら、直接つかんでへし折ればいい。
私は、アサルトライフルを下ろして、先生に手を伸ばした。
『先生、逃げて! 早く!』
チヒロの声が、ほとんど悲鳴みたいになっていた。
「クソッ! どけよ、後輩! 先生がヤバイのが見てわかんねぇのか!?」
「……っ! させません!」
ネルが無理やり突破しようとしているのを、トキが抑えてくれている。
ほかのC&Cの人たちも、こっちに狙いをつけているけど、先生との距離が近すぎて撃てないのだろう。
手早く終わらせよう。そう考えた私の指が、先生の服に届きかけた――
その瞬間、先生の後ろから銃声がした。
とっさに横に跳ぶと、さっきまで私の頭があったところを、散弾がまとめて通りすぎていった。
撃ってきた方に目を向けると、そこには誰かが立っていた。
ピンク色の髪。手には、見慣れたショットガン。
だけど、いつもの眠たそうな目じゃなかった。
「……エイミ」
「ごめん、遅くなった」
エイミは、先生と、倒れているゲーム開発部の三人に向かって言った。
"エイミ……!"
「エイミ、さん……?」
先生とミドリが、驚いたように声を上げた。
「あの方は……どなたかは存じませんが、味方のようですね。すみません、そのままご主人様の援護をお願いします……!」
トキと撃ち合いながら、メイド服の人の一人が叫んだ。
エイミは、先生をかばうように、一歩前に出た。
私は、エイミから目を離さないまま、アサルトライフルの弾倉を新しく差し替える。
エイミが来たということは、ヒマリも近くにいるはずだ。
早く終わらせて、ヒマリを探さないといけない。
「シホ」
エイミが、私を呼んだ。
「今、何しようとしたの?」
「足を、使えなくしようとした」
私が答えると、地面に倒れていた三人が、息をのむのが聞こえた。
通信機の向こうで、チヒロも黙りこんだ。
「先生は、外の人間なんだよ。……意味、わかってるの?」
「わかってる。死なない程度には、加減するつもりだった」
私は、エイミをまっすぐ見た。
「それに、人間を撃つっていう意味は、エイミよりもよく知ってる」
エイミの顔から、表情が消えた。
こめかみのあたりを、汗が一すじ流れていくのが見えた。
「……本気なんだね、シホ」
エイミは、ショットガンを握り直した。
「私、あんまりこういうこと言わないんだけどさ。……結構、怒ってるよ」
「私も」
私は、アサルトライフルを構えた。
「早く、帰ってほしいと思ってる」
そう言って、私たちは同時に駆け出した。
最初は、お互いに撃ち合うだけだった。
エイミは、ネルほど速くない。
でも、立ち回りがうまい。柱や、倒れたAMASの残骸を盾にしながら、少しずつ位置を変えてくる。ショットガンが一番よく当たる距離に、私を引きこもうとしている。
エイミの動き方は、知っている。
だから、エイミが次にどこへ動くのかも、だいたいわかる。
……エイミなら、パイルバンカーを使っても、たぶん死なない。
それに、手加減したまま戦ったら、こっちが痛い目を見る。
エイミになら、使ってもいいだろう。私は、左腕に力を入れた。
エイミが、柱の陰から顔を出す。そのタイミングに合わせて、地面を蹴った。
散弾が脇腹をかすめ、肩にも当たった。でも、怯んで立ち止まるほどじゃない。
攻撃をかいくぐりながらパイルバンカーを構え、エイミの目の前まで近づいた。
エイミの目が大きく見開かれ、ショットガンを向け直そうとしているけど、もう間に合わない。
左腕を振りかぶった、その瞬間――
横から銃声がして、衝撃が私を襲う。
思っていなかった方向からの攻撃で、体が少しだけぶれる。
エイミはその隙を見逃さず、パイルバンカーの横を思いきり蹴り飛ばした。パイルの先がそれて、空を突く。
エイミは、その反動を使って後ろに跳んで距離を取った。
私も、エイミの反対側へ跳んだ。
「あ、当たった! 当たったよ! 何とか間に合った!」
「エイミさん! 私たちも、援護します!」
撃たれた方向を見てみると、モモイと、ミドリがいた。
二人ともふらふらしながら、それでもちゃんと立って銃を構えていた。
手加減はした。でも、そんなにすぐ立てるような当て方はしていない。
少なくとも、しばらくは動けないはずだった。
私は、ちらりと先生を見た。
先生は、もう立ち上がっていた。
手には、いつものタブレット。その画面が、うっすらと光っている。
先生の指揮を受けたときの、あの感じを思い出した。
たぶん、先生の指揮の下にいるだけで、何か特別な支援を受けているんだ。
回復が早いのも、そのせいかもしれない。
……もしかして、さっきの蹴りが外れたのも、弾が出なかったのも、関係あるのだろうか。
私の知らない何かが、先生と、先生の周りのみんなを守っているとしたら……
私は、パイルバンカーを構え直した。
エイミと、モモイとミドリと、その後ろの先生。
なら、今度は手加減せずに――
そう考えていると、トキのほうから大きな音がした。
「オラオラ! さっきまでの動きはどうしたんだよぉ!」
「くっ……! なぜ、アビ・エシュフの支援システムが……!」
ネルがトキを押し込んで、建物の壁に叩きつけていた。
だけど、トキの様子は、追い込まれている焦りよりも、困惑のほうが大きいように見えた。
『トキ、シホ! 聞こえる!?』
ポケットの通信機から、リオの声がした。
だけど、その声は今まで聞いたことのない、叫んでいるのに近い声だった。
『エリドゥが……エリドゥのシステムが、乗っ取られようとしているわ……!』