猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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五十二話:予想外の一撃

 

トキがネルたちを見据えて、体を少し沈めた。次の瞬間、その姿がぶれた。

 

気づいたときには、トキはC&Cの人たちのど真ん中にいた。

大きな機械の腕が振り抜かれて、ネルが地面をすべるように飛ばされていく。

 

「てめぇ……!」

 

ネルが撃ち返すけど、トキはもうそこにいない。背中にある推進器が火を噴いて、トキの体を横へとすべらせる。

 

さっきまでのトキとは、まるで別物だった。

速さだけじゃない。まるで、ネルの弾が来る場所を、先に知っているみたいな動きだった。

 

どうやってるのかはわからないけど、あれならC&Cの四人をまとめて相手にしてもらっても、たぶん大丈夫だ。

 

私は、残った方に目を向けた。ゲーム開発部の三人と、先生。

 

左腕のパイルバンカーを、ちらりと見る。

……これは、使わないほうがいいだろう。この人たちに当てたら、死なない程度じゃ済まないかもしれない。

 

「うわ、うわわっ、ほんとに来るよ!?」

 

「先生、指揮をお願いします!」

 

「あわわ……か、勝てっこないよぉ~……!」

 

三人がばたばたと銃を構えて、不安そうな顔でこっちを見つめる。

 

"来るよ!"

 

先生の声と同時に、私は地面を蹴った。

 

一番前にいたモモイまで、一息で近づく。

モモイの目が、まんまるに見開かれた。何か言おうとして口を開けたところに、蹴りを入れる。

モモイの体が、ボールみたいに後ろへ飛んでいった。

 

「お姉ちゃん!」

 

ミドリが叫んで、こっちに銃口を向ける。

引き金が引かれるより先に、私のアサルトライフルが鳴った。

ミドリは、銃を落としてその場にひざをついた。

 

二人とも、気絶はしていない。でも、すぐには立てそうになかった。

 

……思ったより、弱い。

もう少し、加減した方がいいかもしれない。

 

残ったユズが、ふるえる手でグレネードランチャーを構えていた。

 

「こ、来ないで……!」

 

ぽん、と軽い音がして、弾がこっちに飛んでくる。

私はそれを、アサルトライフルで撃ち抜いた。グレネードは空中で弾けて、煙だけがぱっと広がった。

 

「え……」

 

その光景が信じられないといった様子で、ユズが口を開けたまま固まる。

その間に、私はユズのすぐ前まで近づいて、お腹を殴りつけた。

ユズは声も出せずに、その場にうずくまった。

 

「う、ううぅ……」

 

地面に転がったまま、モモイがうめいている。

ミドリが、ひざをついたまま顔を上げた。

 

「せ、せん、せい……にげて……」

 

先生は、逃げなかった。

倒れた三人の前に立ったまま、まっすぐ私を見ていた。

 

怖がっている顔じゃなかった。

怒っている顔でもなかった。

何かを、じっと確かめようとしているみたいな目だった。

 

もちろん、逃がすつもりはない。逃げないなら、好都合だ。

 

「ご主人様……!」

 

向こうで、さっき自己紹介した人――アスナが、こっちに走ろうとした。

その前に、トキの射撃が割りこむ。

 

「させません」

 

「クソッ、向こうを狙う暇がない……!」

 

遠くの建物の上から、別の誰かの声がした。

ちらりと横目で見ると、建物の上に人影があった。たぶん、狙撃手だ。

トキが、その人たちを全部引きつけてくれている。

 

私は、先生の方へ歩いて近づく。

 

ユズたちみたいに攻撃したら、先生は死んじゃうかもしれない。

なら、足の骨を折って、動けなくすればいい。それで、もう追いかけてこられなくなるし、指揮もできなくなるだろう。

 

先生の前まで来た私は、そのまま足を振り抜く――

 

「ごめんね」

 

"うわあぁ!!"

 

――がつん、と鈍い音がした。

 

とっさに足先を見ると、石畳の一枚が、少しだけ盛り上がっていた。踏み込んだ足が、その段差に引っかかったのだ。

 

蹴りの軌道がわずかにずれて、ほとんど同時に、先生がよろけて後ろにしりもちをついた。

私の足は、先生の頭の上の、何もないところを通りすぎた。

 

『外れた……? いや、わざと外したの?』

 

通信機から、チヒロの声が聞こえた。

 

わざとじゃない。

私は、ちゃんと先生の足をねらった。こんな何でもない蹴りを、私が外すわけがない。

 

転んだ先生を見下ろす。

先生は、しりもちをついたまま、それでも私から目をそらさなかった。

 

今度はアサルトライフルを持ち上げて、先生の足に銃口を向けた。

この距離なら、外しようがない。

 

――かちん。

 

乾いた音がしただけだった。弾は、出なかった。

 

さっき、弾倉は確かめた。ゆがんでもいないし、詰まってもいない。

ミドリを撃ったときは、ちゃんと出た。

 

なのに、先生に向けたときだけ、出ない。

 

おかしい。偶然にしては、できすぎている。

こんなこと、あるはずがない。

 

……先生には、私の知らない何かがある。

なら、直接つかんでへし折ればいい。

 

私は、アサルトライフルを下ろして、先生に手を伸ばした。

 

『先生、逃げて! 早く!』

 

チヒロの声が、ほとんど悲鳴みたいになっていた。

 

「クソッ! どけよ、後輩! 先生がヤバイのが見てわかんねぇのか!?」

 

「……っ! させません!」

 

ネルが無理やり突破しようとしているのを、トキが抑えてくれている。

ほかのC&Cの人たちも、こっちに狙いをつけているけど、先生との距離が近すぎて撃てないのだろう。

 

手早く終わらせよう。そう考えた私の指が、先生の服に届きかけた――

 

その瞬間、先生の後ろから銃声がした。

 

とっさに横に跳ぶと、さっきまで私の頭があったところを、散弾がまとめて通りすぎていった。

 

撃ってきた方に目を向けると、そこには誰かが立っていた。

 

ピンク色の髪。手には、見慣れたショットガン。

だけど、いつもの眠たそうな目じゃなかった。

 

「……エイミ」

 

「ごめん、遅くなった」

 

エイミは、先生と、倒れているゲーム開発部の三人に向かって言った。

 

"エイミ……!"

 

「エイミ、さん……?」

 

先生とミドリが、驚いたように声を上げた。

 

「あの方は……どなたかは存じませんが、味方のようですね。すみません、そのままご主人様の援護をお願いします……!」

 

トキと撃ち合いながら、メイド服の人の一人が叫んだ。

 

エイミは、先生をかばうように、一歩前に出た。

 

私は、エイミから目を離さないまま、アサルトライフルの弾倉を新しく差し替える。

 

エイミが来たということは、ヒマリも近くにいるはずだ。

早く終わらせて、ヒマリを探さないといけない。

 

「シホ」

 

エイミが、私を呼んだ。

 

「今、何しようとしたの?」

 

「足を、使えなくしようとした」

 

私が答えると、地面に倒れていた三人が、息をのむのが聞こえた。

通信機の向こうで、チヒロも黙りこんだ。

 

「先生は、外の人間なんだよ。……意味、わかってるの?」

 

「わかってる。死なない程度には、加減するつもりだった」

 

私は、エイミをまっすぐ見た。

 

「それに、人間を撃つっていう意味は、エイミよりもよく知ってる」

 

エイミの顔から、表情が消えた。

こめかみのあたりを、汗が一すじ流れていくのが見えた。

 

「……本気なんだね、シホ」

 

エイミは、ショットガンを握り直した。

 

「私、あんまりこういうこと言わないんだけどさ。……結構、怒ってるよ」

 

「私も」

 

私は、アサルトライフルを構えた。

 

「早く、帰ってほしいと思ってる」

 

そう言って、私たちは同時に駆け出した。

 

最初は、お互いに撃ち合うだけだった。

 

エイミは、ネルほど速くない。

でも、立ち回りがうまい。柱や、倒れたAMASの残骸を盾にしながら、少しずつ位置を変えてくる。ショットガンが一番よく当たる距離に、私を引きこもうとしている。

 

エイミの動き方は、知っている。

だから、エイミが次にどこへ動くのかも、だいたいわかる。

 

……エイミなら、パイルバンカーを使っても、たぶん死なない。

それに、手加減したまま戦ったら、こっちが痛い目を見る。

 

エイミになら、使ってもいいだろう。私は、左腕に力を入れた。

 

エイミが、柱の陰から顔を出す。そのタイミングに合わせて、地面を蹴った。

散弾が脇腹をかすめ、肩にも当たった。でも、怯んで立ち止まるほどじゃない。

 

攻撃をかいくぐりながらパイルバンカーを構え、エイミの目の前まで近づいた。

エイミの目が大きく見開かれ、ショットガンを向け直そうとしているけど、もう間に合わない。

 

左腕を振りかぶった、その瞬間――

 

横から銃声がして、衝撃が私を襲う。

思っていなかった方向からの攻撃で、体が少しだけぶれる。

 

エイミはその隙を見逃さず、パイルバンカーの横を思いきり蹴り飛ばした。パイルの先がそれて、空を突く。

エイミは、その反動を使って後ろに跳んで距離を取った。

私も、エイミの反対側へ跳んだ。

 

「あ、当たった! 当たったよ! 何とか間に合った!」

 

「エイミさん! 私たちも、援護します!」

 

撃たれた方向を見てみると、モモイと、ミドリがいた。

二人ともふらふらしながら、それでもちゃんと立って銃を構えていた。

 

手加減はした。でも、そんなにすぐ立てるような当て方はしていない。

少なくとも、しばらくは動けないはずだった。

 

私は、ちらりと先生を見た。

 

先生は、もう立ち上がっていた。

手には、いつものタブレット。その画面が、うっすらと光っている。

 

先生の指揮を受けたときの、あの感じを思い出した。

たぶん、先生の指揮の下にいるだけで、何か特別な支援を受けているんだ。

回復が早いのも、そのせいかもしれない。

 

……もしかして、さっきの蹴りが外れたのも、弾が出なかったのも、関係あるのだろうか。

私の知らない何かが、先生と、先生の周りのみんなを守っているとしたら……

 

私は、パイルバンカーを構え直した。

エイミと、モモイとミドリと、その後ろの先生。

 

なら、今度は手加減せずに――

 

そう考えていると、トキのほうから大きな音がした。

 

「オラオラ! さっきまでの動きはどうしたんだよぉ!」

 

「くっ……! なぜ、アビ・エシュフの支援システムが……!」

 

ネルがトキを押し込んで、建物の壁に叩きつけていた。

だけど、トキの様子は、追い込まれている焦りよりも、困惑のほうが大きいように見えた。

 

『トキ、シホ! 聞こえる!?』

 

ポケットの通信機から、リオの声がした。

だけど、その声は今まで聞いたことのない、叫んでいるのに近い声だった。

 

『エリドゥが……エリドゥのシステムが、乗っ取られようとしているわ……!』

 

 

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