猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
割れたガラスと一緒に、体が空に放り出された。
下には、何もない。
ずっと下の方に、広場の石畳が小さく見えた。
このまま落ちたら、まずい。
目の前にあるエアの腕を思いきり蹴って、その反動で後ろにあるビルの壁まで跳ぶ。
着地したと思った瞬間、ガトリングの弾が私の近くの壁を削りながら迫ってくる。
止まっていたら、撃たれる。
弾が私に当たる前にもう一度壁を蹴って、隣のビルへ跳ぶ。
窓枠をつかんで、また跳ぶ。今度は、わざと下に向かって、思いきり勢いをつけた。
だけど、上から推進器の音が追いかけてくる。
振り返ると、アビ・エシュフが、私と並ぶように落ちてきていた。背中の推進器を細かく吹かしながら、腕のガトリングをずっとこっちに向けて撃ち続けている。
撃ち返す余裕なんてなくて、当たらないように壁から壁に跳ぶのが精いっぱいだった。
『このまま地面まで、付き合ってもらいますよ』
数秒もしないうちに、広場の地面が目の前に広がってくる。
私は落下の勢いを殺すために左右に跳んで、ガトリングの弾を回避しながら、広場の真ん中に転がるように着地する。
少し離れたところに、アビ・エシュフが降りてきた。
ぶつかる寸前で推進器を大きく吹かして、ふわりと地面に足をつける。
少し遅れて、二人の間にガラスと瓦礫のかけらが、雨みたいに降ってきた。
"シホ!?"
先生の声がした。
"今、上から……! 大丈夫なの!?"
「なんだお前ら、仲間割れか?」
ネルが、アビ・エシュフに向かって大股で歩いていく。
中身を見て、途中で足が止まった。
「……は? おい、中、誰も乗ってねぇじゃねぇか」
「本当ですね……では、今のは一体、誰が動かして……?」
C&Cの人たちが、不思議そうな声を上げる。
私は、エアの気がC&Cのほうに向いたのを感じとって、その隙を逃がさないように、アサルトライフルを構えて引き金を引く。
それと同時に、エアの腕も持ち上がり、ガトリングが回りだす。
周りを無視して、私たちの間で撃ち合いが始まった。
「オイ! いきなりおっぱじめるんじゃねーよ!」
『皆さん、ここは危険ですから、離れてください』
撃ち合いながら、アビ・エシュフからエアの声がした。
「えっ、えっ!? 人がいないのに声がした!?」
モモイが、ひっくり返ったような声を上げた。
"君は、一体……"
『詳しい話はあとでします。少なくとも、あなた方の敵ではありません』
先生は、エアの方を見たまま、少しの間黙っていた。
それから、手に持っていたタブレットに目を落として、小さくうなずいた。
何にうなずいたのかは、わからなかった。
だけど、エアは今、みんなの方に気を取られている。
私は地面を蹴った。
まっすぐ、エアに向かって突っこむ。左腕のパイルバンカーを振りかぶって、そのまま打ちこんだ。
でも、パイルの先は空を切った。
エアは、ぎりぎりのところで横に滑るようにかわしていた。
そのまま距離を取りながら、ガトリングをこっちに向けてくる。
弾が発射される寸前、私も横に跳んだ。
さっきまでいた場所の石畳が、ばらばらに砕けていく。
『レイヴン。彼女たちを、巻きこむつもりですか?』
「…………」
敵の言うことに、いちいち付き合っている余裕はない。
私はエアとの間を開けたまま、アサルトライフルを撃ち続けた。
『……そうでしたね。あなたは戦闘中に、無駄口をたたく人ではありませんでした』
◆
エアのまわりを、円を描くように走りながら撃つ。
牽制して、敵の動きを観察して、隙を作り、近接攻撃を叩きこむ。ルビコンで、私が得意としていたやり方だ。
でも、何かがおかしかった。
エアは、ほとんどその場から動いていない。
なのに、私の弾は、一発も当たらなかった。
どういう仕組みかわからないけど、装甲に届く前に、弾が撃ち落とされていく。
前後左右、どこから撃っても同じ結果だった。
弾倉が空になって、物陰に飛びこんでリロードしようとした、その瞬間。私が飛びこもうとしていた場所に、先にガトリングの弾が降ってきた。
まるで、私がどこへ行くのか、最初から知っているみたいだった。
『無駄ですよ、レイヴン。今のあなたの動きは、すべて把握しています』
エアの声は、落ち着いていた。
ルビコンで最後に戦ったときは、こんなふうじゃなかった。
エアは強かったけど、少なくとも、こんな動きはできなかったはずだ。
トキが装備していた、
そう考えているうちに、また弾幕の端に引っかかった。肩に、熱い痛みが走る。
この距離での撃ち合いは、こっちが不利だ。
近づいて戦おうとしても、さっきみたいに、素直にはさせてもらえないだろう。
なら、正面からはやめる。
私は、すぐそばのビルの壁に、パイルバンカーを打ちこんだ。
壁に穴が開き、そこから、中に転がりこんだ。
外からガトリングの音がして、私が開けた穴に向かって、弾が撃ちこまれてくる。でも、エアは入ってこなかった。
数秒して、撃つ音が止まった。
ビルの中が、しんとした。
……やっぱり、乗ってこない。
なら、次は、見えないところから飛び出して――
背中が、ぞくりとした。
考えるより先に、体が横に跳んでいた。
次の瞬間、私が立っていたところを、太い光がまっすぐ貫いていった。
通った場所にあった壁と柱は、ボロボロに壊れていた。
ガトリングだけじゃなくて、レーザーまであるなんて……
壁の向こうから、見えていないはずの私をねらってきた。
『隠れていても、無駄ですよ』
体勢を立て直す前に、エアが穴から飛びこんできた。
ガトリングの弾が、まともに私の体に当たる。
「……っ!」
息がつまった。
このままだと、まずい。
私は上に向かって跳んで、パイルを打ちこんだ。天井が割れて、降ってくる瓦礫を足場にして、上の階へ逃げた。
急いで階段を見つけて、一気に駆け上がる。
屋上まで出て、ようやく足を止めた。
ずきり、と体のあちこちが痛んだ。
思っていたより、ダメージを受けてしまった。
隠れても、壁くらいじゃ意味がないらしい。
でも、それよりおかしいのは、さっきのレーザーだ。
私は完全に、壁の向こうにいた。なのに、壁の向こうにいる私の場所を、見えていないのに正確にねらってきた。
……たぶんエアには、私の動きを先に読める何かがある。
なら、次は――
そう考えたとき、屋上のふちからアビ・エシュフの腕が現れた。
ビルの外壁を伝って、エアが上がってきたのだろう。
『逃げてばかりでは、勝てませんよ。レイヴン』
顔を出したと同時に、ガトリングが回った。
私はとっさに、屋上から飛び降りた。
上から、推進器の音がついてくる。
エアも、同じように飛び降りてきた。
落ちながら、何かが引っかかった。
そういえば、一番最初に落ちたとき。
あのときは、よけるので精いっぱいだったけど、それでもよけられた。今みたいに、行き先に先回りされることは、なかった。
エアのガトリングが、こっちを向く。
私はビルの外壁にパイルを引っかけて、思いきりブレーキをかけた。
弾は、私のすぐ下を通りすぎていった。
さっきより、ずっと簡単によけられた。
……やっぱり。
確かめるために、今度はわざと、壁から手を離した。
勢いをつけて、エアより速く落ちていく。
エアが、追いかけてくる。
私は落ちながら、くるりと体を上に向けた。
アサルトライフルで、追いかけてくるエアを撃つ。
『くっ……!』
エアは、驚いたように体をひねった。
でも、よけきれなかった。何発かが、アビ・エシュフの装甲に当たって火花を散らした。
私は地面に落ちる前に壁を蹴って、別のビルの窓に突っこんで、ガラスを割りながら中に転がりこんだ。
理由はわからないけど、落ちているときなら、よけられるし、当てられる。
空中だから動きにくいのか。落ちながらだと、機体を動かすのが難しいのか。
それとも――撃つのとよけるのは、同時にはできないのか。
どれでもいい。
なら、エアが一つのことしかできないようにしてやればいい。
私は、割れた窓から外をのぞいた。
エアは、少し離れたところに浮かんで、まっすぐこっちを向いていた。
◆
そこからは、ずっと走り回った。
上へ、下へ。ビルからビルへ。
エアが落ちたり、大きく飛んだりしなければならないところへ、わざと逃げこむ。そうしてエアに隙ができたときだけ、撃つ。
ほとんどダメージは与えられていないけど、それでも、間違いなく弾は当たっていた。
『あなたは、本当に変わりませんね』
追いかけてきながら、エアが言った。
『相手の隙と弱点を徹底的に探して、最後には勝つ。こんなときに言うことではありませんが……あなたらしいです』
ずっと隣で聞こえてた声が、今、後ろから聞こえてくる。
だけど、答える必要はない。
弾が切れたら、物陰に入ってリロードする。
そのついでに、そばの柱に、パイルを一発打ちこんでおく。入り口のそばの一本だけは、打たずにおいた。
柱が大きく欠けて、砂ぼこりが舞い上がる。
『……? 目くらましのつもりですか』
だけど、エアはそんなことは気にも留めず突っこんでくる。
急いでリロードを中断して、すぐ別の建物へ逃げる。
『――これなら、どうですか』
ビルとビルの間を跳んでいるとき、アビ・エシュフの背中のあたりが、白く光りはじめた。
光は、少しずつ強くなっていく。
その間、エアのガトリングが止まった。
私は、光が一番強くなったところで、壁を壊して建物の中に入りこむ。
太い光が、私のいたところを壁ごと壊しながら、なぎ払っていく。
撃ったあと、アビ・エシュフは、ほんの少しだけ動きが止まった。
当たったら、ただじゃすまないのは目に見えている。でも、撃つまでに時間がかかるし、撃ったあとも隙ができる。ルビコンにも、こういう武器はあった。それに今は、ACに乗っていたときより体が小さいから、よけるのも簡単だ。
いま一番怖いのは、ガトリングの方だ。
私は、また別のビルに飛びこんだ。
リロードして、柱を打つ。外に出て、撃つ。また、飛びこむ。
何回、くり返しただろう。
アビ・エシュフの装甲には、少しずつ傷が増えていた。
私の体も、あちこちが痛かった。でも、まだ動ける。
そして、私は一つのビルの前で足を止めた。
さっきから、何度も通り抜けたビル。
何度も、リロードのために飛びこんだビル。
私は、もう一度その中に飛びこんだ。
『また、そこですか。……何度やっても、同じですよ』
すぐに、外からガトリングの音がして、エアも続けて入ってくる。
私は柱の裏に隠れて、次の柱に向かうために構える。
柱が壊されたころ合いを見計らって、次の柱に飛び出す。
そして、今度はその柱に隠れることなく、パイルで打ち壊す。
砂ぼこりが舞うけど、私はそれに身を隠さず、次の柱に向かう。
『いったい何を……』
エアは戸惑ったように見えたけど、ガトリングの弾幕で私の逃げ道を塞ぐ。
私は、それをよけることなく、三本目の柱にパイルを打ちこんだ。
すると、柱が壊れると同時に、ビル全体が低くうなるような音を立てた。
天井から、ばらばらと破片が落ちてくる。
壁にひびが走り、床が沈みはじめる。
『これは……!』
エアが、異変に気づいた。
『まさか、最初から、このために……!』
その言葉と同時に、アビ・エシュフの推進器が大きく火を噴いた。
だけど、エアが飛び出すよりも早く、私はその行き先に立ちふさがった。
『なっ……!』
それは、最初からねらっていたことだった。
エアがすぐに逃げられるような出口は、私がこのビルに入るときに、必ず通っていた穴しかないのだから。
降ってくる瓦礫をよけながら、出口を探して、私の攻撃をかわす。
全部を一度に、完璧にはできないはずだ。
何度も打ちこんだパイルバンカーが、赤く熱を持ってうなりを上げる。
そして、推進器の勢いのまま突っこんでくるアビ・エシュフの胸に、真正面から、打ちこんだ。
『ぐっ……あぁっ!!』
「……っ!!」
腕が肩ごと持っていかれそうな衝撃が襲ってきた。
エアの勢いと、パイルの勢いが、まっすぐぶつかって、エアはその場で止まった。
私は痛む腕を無視して、近くに残しておいた、一本だけパイルを打たなかった柱の根元に、体を丸めて飛びこむ。
次の瞬間、ビルの全部が、上から崩れ落ちてきた。
◆
音と振動が止まった。
目を開けると、まわりは真っ暗だった。
口の中が砂っぽくて、息をするたびに胸が痛んだ。左腕も、ずきずきする。
体を、少しずつ動かしてみる。
足は動く。腕も……左腕が痛いけど、ちゃんと動く。パイルバンカーも、アサルトライフルも手元にあった。
残しておいた柱が、上から落ちてきた瓦礫を、なんとか支えてくれていた。
瓦礫を押しのけると、すき間から細い光が差しこんでくる。
私はその光を広げながら、瓦礫の外へとはい出した。
外に出ると、さっきまでビルがあったところは、瓦礫の山になっていた。
砂ぼこりが、まだもうもうと舞っている。
アビ・エシュフの姿は、どこにもなかった。
最後にエアを見た辺りに目を向ける。
たぶんだけど、あの下にエアがいる。
すると、下から突き上げられるように、がらり、と瓦礫が崩れる音がした。
……まだ、終わってない。
山の真ん中が、内側から盛り上がった。
瓦礫を押しのけて、機械の腕が一本、突き出してくる。
それから、もう一本。
でも、そっちの腕のガトリングは、途中から大きくひしゃげていた。
アビ・エシュフが、ゆっくりと瓦礫の中から立ち上がった。
装甲はあちこちがへこんで、背中の推進器からは、黒い煙が上がっていた。
『……さすがですね、レイヴン』
エアの声は、少しだけかすれていた。
『正直に言うと、ここまでやられるとは、思っていませんでした』
私は、何も答えなかった。
左腕はずきずきするのに、指の先の感覚がほとんどない。でも、まだ動く。
向こうは、片方のガトリングが使えない。
こっちも、軽くはないけど、まだやれる。
『それでも、私は引きません。……あなたを、止めるまでは』
私は、黙ってアサルトライフルを構え直した。