猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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五十六話:摩天楼のふたり

割れたガラスと一緒に、体が空に放り出された。

 

下には、何もない。

ずっと下の方に、広場の石畳が小さく見えた。

 

このまま落ちたら、まずい。

 

目の前にあるエアの腕を思いきり蹴って、その反動で後ろにあるビルの壁まで跳ぶ。

 

着地したと思った瞬間、ガトリングの弾が私の近くの壁を削りながら迫ってくる。

止まっていたら、撃たれる。

 

弾が私に当たる前にもう一度壁を蹴って、隣のビルへ跳ぶ。

窓枠をつかんで、また跳ぶ。今度は、わざと下に向かって、思いきり勢いをつけた。

 

だけど、上から推進器の音が追いかけてくる。

振り返ると、アビ・エシュフが、私と並ぶように落ちてきていた。背中の推進器を細かく吹かしながら、腕のガトリングをずっとこっちに向けて撃ち続けている。

 

撃ち返す余裕なんてなくて、当たらないように壁から壁に跳ぶのが精いっぱいだった。

 

『このまま地面まで、付き合ってもらいますよ』

 

数秒もしないうちに、広場の地面が目の前に広がってくる。

 

私は落下の勢いを殺すために左右に跳んで、ガトリングの弾を回避しながら、広場の真ん中に転がるように着地する。

 

少し離れたところに、アビ・エシュフが降りてきた。

ぶつかる寸前で推進器を大きく吹かして、ふわりと地面に足をつける。

 

少し遅れて、二人の間にガラスと瓦礫のかけらが、雨みたいに降ってきた。

 

"シホ!?"

 

先生の声がした。

 

"今、上から……! 大丈夫なの!?"

 

「なんだお前ら、仲間割れか?」

 

ネルが、アビ・エシュフに向かって大股で歩いていく。

中身を見て、途中で足が止まった。

 

「……は? おい、中、誰も乗ってねぇじゃねぇか」

 

「本当ですね……では、今のは一体、誰が動かして……?」

 

C&Cの人たちが、不思議そうな声を上げる。

私は、エアの気がC&Cのほうに向いたのを感じとって、その隙を逃がさないように、アサルトライフルを構えて引き金を引く。

 

それと同時に、エアの腕も持ち上がり、ガトリングが回りだす。

周りを無視して、私たちの間で撃ち合いが始まった。

 

「オイ! いきなりおっぱじめるんじゃねーよ!」

 

『皆さん、ここは危険ですから、離れてください』

 

撃ち合いながら、アビ・エシュフからエアの声がした。

 

「えっ、えっ!? 人がいないのに声がした!?」

 

モモイが、ひっくり返ったような声を上げた。

 

"君は、一体……"

 

『詳しい話はあとでします。少なくとも、あなた方の敵ではありません』

 

先生は、エアの方を見たまま、少しの間黙っていた。

それから、手に持っていたタブレットに目を落として、小さくうなずいた。

 

何にうなずいたのかは、わからなかった。

だけど、エアは今、みんなの方に気を取られている。

 

私は地面を蹴った。

まっすぐ、エアに向かって突っこむ。左腕のパイルバンカーを振りかぶって、そのまま打ちこんだ。

 

でも、パイルの先は空を切った。

 

エアは、ぎりぎりのところで横に滑るようにかわしていた。

そのまま距離を取りながら、ガトリングをこっちに向けてくる。

 

弾が発射される寸前、私も横に跳んだ。

さっきまでいた場所の石畳が、ばらばらに砕けていく。

 

『レイヴン。彼女たちを、巻きこむつもりですか?』

 

「…………」

 

敵の言うことに、いちいち付き合っている余裕はない。

私はエアとの間を開けたまま、アサルトライフルを撃ち続けた。

 

『……そうでしたね。あなたは戦闘中に、無駄口をたたく人ではありませんでした』

 

   ◆

 

エアのまわりを、円を描くように走りながら撃つ。

牽制して、敵の動きを観察して、隙を作り、近接攻撃を叩きこむ。ルビコンで、私が得意としていたやり方だ。

 

でも、何かがおかしかった。

 

エアは、ほとんどその場から動いていない。

なのに、私の弾は、一発も当たらなかった。

 

どういう仕組みかわからないけど、装甲に届く前に、弾が撃ち落とされていく。

前後左右、どこから撃っても同じ結果だった。

 

弾倉が空になって、物陰に飛びこんでリロードしようとした、その瞬間。私が飛びこもうとしていた場所に、先にガトリングの弾が降ってきた。

 

まるで、私がどこへ行くのか、最初から知っているみたいだった。

 

『無駄ですよ、レイヴン。今のあなたの動きは、すべて把握しています』

 

エアの声は、落ち着いていた。

 

ルビコンで最後に戦ったときは、こんなふうじゃなかった。

エアは強かったけど、少なくとも、こんな動きはできなかったはずだ。

 

トキが装備していた、あの武装(アビ・エシュフ)の力だろうか。

 

そう考えているうちに、また弾幕の端に引っかかった。肩に、熱い痛みが走る。

 

この距離での撃ち合いは、こっちが不利だ。

近づいて戦おうとしても、さっきみたいに、素直にはさせてもらえないだろう。

 

なら、正面からはやめる。

 

私は、すぐそばのビルの壁に、パイルバンカーを打ちこんだ。

壁に穴が開き、そこから、中に転がりこんだ。

 

外からガトリングの音がして、私が開けた穴に向かって、弾が撃ちこまれてくる。でも、エアは入ってこなかった。

 

数秒して、撃つ音が止まった。

 

ビルの中が、しんとした。

 

……やっぱり、乗ってこない。

なら、次は、見えないところから飛び出して――

 

背中が、ぞくりとした。

 

考えるより先に、体が横に跳んでいた。

次の瞬間、私が立っていたところを、太い光がまっすぐ貫いていった。

通った場所にあった壁と柱は、ボロボロに壊れていた。

 

ガトリングだけじゃなくて、レーザーまであるなんて……

壁の向こうから、見えていないはずの私をねらってきた。

 

『隠れていても、無駄ですよ』

 

体勢を立て直す前に、エアが穴から飛びこんできた。

ガトリングの弾が、まともに私の体に当たる。

 

「……っ!」

 

息がつまった。

 

このままだと、まずい。

私は上に向かって跳んで、パイルを打ちこんだ。天井が割れて、降ってくる瓦礫を足場にして、上の階へ逃げた。

 

急いで階段を見つけて、一気に駆け上がる。

屋上まで出て、ようやく足を止めた。

 

ずきり、と体のあちこちが痛んだ。

思っていたより、ダメージを受けてしまった。

 

隠れても、壁くらいじゃ意味がないらしい。

 

でも、それよりおかしいのは、さっきのレーザーだ。

私は完全に、壁の向こうにいた。なのに、壁の向こうにいる私の場所を、見えていないのに正確にねらってきた。

 

……たぶんエアには、私の動きを先に読める何かがある。

 

なら、次は――

 

そう考えたとき、屋上のふちからアビ・エシュフの腕が現れた。

ビルの外壁を伝って、エアが上がってきたのだろう。

 

『逃げてばかりでは、勝てませんよ。レイヴン』

 

顔を出したと同時に、ガトリングが回った。

 

私はとっさに、屋上から飛び降りた。

 

上から、推進器の音がついてくる。

エアも、同じように飛び降りてきた。

 

落ちながら、何かが引っかかった。

 

そういえば、一番最初に落ちたとき。

あのときは、よけるので精いっぱいだったけど、それでもよけられた。今みたいに、行き先に先回りされることは、なかった。

 

エアのガトリングが、こっちを向く。

 

私はビルの外壁にパイルを引っかけて、思いきりブレーキをかけた。

弾は、私のすぐ下を通りすぎていった。

 

さっきより、ずっと簡単によけられた。

 

……やっぱり。

 

確かめるために、今度はわざと、壁から手を離した。

勢いをつけて、エアより速く落ちていく。

 

エアが、追いかけてくる。

 

私は落ちながら、くるりと体を上に向けた。

アサルトライフルで、追いかけてくるエアを撃つ。

 

『くっ……!』

 

エアは、驚いたように体をひねった。

でも、よけきれなかった。何発かが、アビ・エシュフの装甲に当たって火花を散らした。

 

私は地面に落ちる前に壁を蹴って、別のビルの窓に突っこんで、ガラスを割りながら中に転がりこんだ。

 

理由はわからないけど、落ちているときなら、よけられるし、当てられる。

 

空中だから動きにくいのか。落ちながらだと、機体を動かすのが難しいのか。

それとも――撃つのとよけるのは、同時にはできないのか。

 

どれでもいい。

なら、エアが一つのことしかできないようにしてやればいい。

 

私は、割れた窓から外をのぞいた。

エアは、少し離れたところに浮かんで、まっすぐこっちを向いていた。

 

   ◆

 

そこからは、ずっと走り回った。

 

上へ、下へ。ビルからビルへ。

エアが落ちたり、大きく飛んだりしなければならないところへ、わざと逃げこむ。そうしてエアに隙ができたときだけ、撃つ。

ほとんどダメージは与えられていないけど、それでも、間違いなく弾は当たっていた。

 

『あなたは、本当に変わりませんね』

 

追いかけてきながら、エアが言った。

 

『相手の隙と弱点を徹底的に探して、最後には勝つ。こんなときに言うことではありませんが……あなたらしいです』

 

ずっと隣で聞こえてた声が、今、後ろから聞こえてくる。

だけど、答える必要はない。

 

弾が切れたら、物陰に入ってリロードする。

そのついでに、そばの柱に、パイルを一発打ちこんでおく。入り口のそばの一本だけは、打たずにおいた。

柱が大きく欠けて、砂ぼこりが舞い上がる。

 

『……? 目くらましのつもりですか』

 

だけど、エアはそんなことは気にも留めず突っこんでくる。

急いでリロードを中断して、すぐ別の建物へ逃げる。

 

『――これなら、どうですか』

 

ビルとビルの間を跳んでいるとき、アビ・エシュフの背中のあたりが、白く光りはじめた。

 

光は、少しずつ強くなっていく。

その間、エアのガトリングが止まった。

 

私は、光が一番強くなったところで、壁を壊して建物の中に入りこむ。

太い光が、私のいたところを壁ごと壊しながら、なぎ払っていく。

 

撃ったあと、アビ・エシュフは、ほんの少しだけ動きが止まった。

 

当たったら、ただじゃすまないのは目に見えている。でも、撃つまでに時間がかかるし、撃ったあとも隙ができる。ルビコンにも、こういう武器はあった。それに今は、ACに乗っていたときより体が小さいから、よけるのも簡単だ。

 

いま一番怖いのは、ガトリングの方だ。

 

私は、また別のビルに飛びこんだ。

リロードして、柱を打つ。外に出て、撃つ。また、飛びこむ。

 

何回、くり返しただろう。

 

アビ・エシュフの装甲には、少しずつ傷が増えていた。

私の体も、あちこちが痛かった。でも、まだ動ける。

 

そして、私は一つのビルの前で足を止めた。

 

さっきから、何度も通り抜けたビル。

何度も、リロードのために飛びこんだビル。

 

私は、もう一度その中に飛びこんだ。

 

『また、そこですか。……何度やっても、同じですよ』

 

すぐに、外からガトリングの音がして、エアも続けて入ってくる。

 

私は柱の裏に隠れて、次の柱に向かうために構える。

柱が壊されたころ合いを見計らって、次の柱に飛び出す。

 

そして、今度はその柱に隠れることなく、パイルで打ち壊す。

砂ぼこりが舞うけど、私はそれに身を隠さず、次の柱に向かう。

 

『いったい何を……』

 

エアは戸惑ったように見えたけど、ガトリングの弾幕で私の逃げ道を塞ぐ。

私は、それをよけることなく、三本目の柱にパイルを打ちこんだ。

すると、柱が壊れると同時に、ビル全体が低くうなるような音を立てた。

 

天井から、ばらばらと破片が落ちてくる。

壁にひびが走り、床が沈みはじめる。

 

『これは……!』

 

エアが、異変に気づいた。

 

『まさか、最初から、このために……!』

 

その言葉と同時に、アビ・エシュフの推進器が大きく火を噴いた。

だけど、エアが飛び出すよりも早く、私はその行き先に立ちふさがった。

 

『なっ……!』

 

それは、最初からねらっていたことだった。

エアがすぐに逃げられるような出口は、私がこのビルに入るときに、必ず通っていた穴しかないのだから。

 

降ってくる瓦礫をよけながら、出口を探して、私の攻撃をかわす。

全部を一度に、完璧にはできないはずだ。

 

何度も打ちこんだパイルバンカーが、赤く熱を持ってうなりを上げる。

 

そして、推進器の勢いのまま突っこんでくるアビ・エシュフの胸に、真正面から、打ちこんだ。

 

『ぐっ……あぁっ!!』

 

「……っ!!」

 

腕が肩ごと持っていかれそうな衝撃が襲ってきた。

エアの勢いと、パイルの勢いが、まっすぐぶつかって、エアはその場で止まった。

 

私は痛む腕を無視して、近くに残しておいた、一本だけパイルを打たなかった柱の根元に、体を丸めて飛びこむ。

 

次の瞬間、ビルの全部が、上から崩れ落ちてきた。

 

   ◆

 

音と振動が止まった。

 

目を開けると、まわりは真っ暗だった。

口の中が砂っぽくて、息をするたびに胸が痛んだ。左腕も、ずきずきする。

 

体を、少しずつ動かしてみる。

足は動く。腕も……左腕が痛いけど、ちゃんと動く。パイルバンカーも、アサルトライフルも手元にあった。

 

残しておいた柱が、上から落ちてきた瓦礫を、なんとか支えてくれていた。

 

瓦礫を押しのけると、すき間から細い光が差しこんでくる。

私はその光を広げながら、瓦礫の外へとはい出した。

 

外に出ると、さっきまでビルがあったところは、瓦礫の山になっていた。

砂ぼこりが、まだもうもうと舞っている。

 

アビ・エシュフの姿は、どこにもなかった。

 

最後にエアを見た辺りに目を向ける。

たぶんだけど、あの下にエアがいる。

 

すると、下から突き上げられるように、がらり、と瓦礫が崩れる音がした。

……まだ、終わってない。

 

山の真ん中が、内側から盛り上がった。

瓦礫を押しのけて、機械の腕が一本、突き出してくる。

 

それから、もう一本。

でも、そっちの腕のガトリングは、途中から大きくひしゃげていた。

 

アビ・エシュフが、ゆっくりと瓦礫の中から立ち上がった。

装甲はあちこちがへこんで、背中の推進器からは、黒い煙が上がっていた。

 

『……さすがですね、レイヴン』

 

エアの声は、少しだけかすれていた。

 

『正直に言うと、ここまでやられるとは、思っていませんでした』

 

私は、何も答えなかった。

左腕はずきずきするのに、指の先の感覚がほとんどない。でも、まだ動く。

 

向こうは、片方のガトリングが使えない。

こっちも、軽くはないけど、まだやれる。

 

『それでも、私は引きません。……あなたを、止めるまでは』

 

私は、黙ってアサルトライフルを構え直した。

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