猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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五十七話:満身創痍

体中が痛い。でも、エアの装甲も傷だらけだった。

この戦いは、たぶんもう長くは続かない。

 

動かないエアに向けて、アサルトライフルを撃つ。

でも、弾のほとんどは装甲に届く前に叩き落とされた。何発かは装甲に当たって火花を散らしたけど、倒すのには全然足りない。

 

あれだけ瓦礫に埋もれても、守る仕組みはまだ生きているらしい。

 

弾倉が空になると、今度はエアが、残ったガトリングをこっちに向けた。

横に跳んでよけたけど、最初に撃ち合ったときと同じで、よけた先にはもう弾が来ていた。何発かまともにもらいながら、崩れた壁の陰に転がりこむ。

 

狙いの正確さも、変わっていない。

 

ただ、今度は追ってくる気配はなかった。

壁の陰から少しだけ顔を出すと、エアがこっちに向かってきていた。でも、さっきまでの速さはない。推進器から煙を吐きながら、重たそうに一歩ずつ地面を踏んで走ってくる。

 

顔を出したとたんに、弾が飛んできた。すぐに顔を引っこめて、射線から外れるために次の瓦礫の陰へ移る。

 

……さっきと同じ手は、もう使えない。

エアはもう、ビルには入ってこないだろう。離れたところからの撃ち合いになったら、こっちの弾は全部撃ち落とされて終わりだ。

 

でも、ダメージは確実に与えている。

エアはもう素早く動けないし、よけるのも追いかけるのも、さっきよりずっと遅い。なら、近づいてからの一撃は、さっきよりずっと当てやすいはずだ。

それに、エアがビルを警戒して入ってこないなら、こっちには隠れる場所がいくらでもある。

 

肩のレーザーも、瓦礫から出てきてからはずっと静かだった。推進器と一緒に壊れたのか、あるいは撃つ前に隙ができるから、今は警戒して撃たないのか。

 

なら、私がやることは一つだ。

隠れながら隙を作って、もう一度パイルバンカーを打ちこむ。

 

私は、ふるえている左腕を見た。

腕全体が痛んで、指の先はしびれている。動かせるけど、この腕でパイルバンカーを使えるのは、あと何回もないだろう。

 

私は壁に背中をつけたまま、パイルバンカーの金具に指をかけた。

しびれた指が、なかなか金具をつかめない。何度かすべって、三回目でようやく、かちりと外れた。

 

そのままパイルバンカーを右腕に付けかえて、アサルトライフルは左手に持ちかえる。しびれているけれど、引き金を引くくらいならできるだろう。

 

早く、終わらせないといけない。

エアは今、エリドゥの制御を握っている。時間をかけたら、何をされるかわからない。

 

私は、すぐ後ろのビルを見上げた。エアは、このビルの前の通りに立っている。

中に入って、階段を駆け上がる。窓から下をのぞくと、ちょうど真下に装甲の肩が見えた。

エアからは、見えない場所のはずだ。

 

右腕を構えて、外側の壁にパイルを打ちこむ。どん、と重い音がして、割れた壁の大きなかけらが、ばらばらとエアの頭の上に落ちていく。

それと同時に身を乗り出して、エアにアサルトライフルを撃ちこんだ。

 

エアも同時にこっちに振り向いたけど、ガトリングは撃ってこなかった。

その代わり、つぶれたほうのガトリングを盾にして私の弾を防ぎ、落ちてくる瓦礫は空中で次々に撃ち砕いていく。砕ききれなかったかけらも、装甲のまわりで、見えない何かにはじかれるように軌道をそらされていった。

 

その間、エアは一歩も動いていなかった。

 

砂ぼこりが、もうもうと舞い上がる。私は瓦礫が落ちきる前に窓から離れて、今度は別のビルに移る。もう一度エアの位置を確かめて、瓦礫を落とすのと同時に撃つ。

場所を変えて、何度もくり返した。エアのまわりは、すっかり砂ぼこりで白くなっていた。

 

『消耗戦のつもりですか?』

 

砂ぼこりの中から、エアの声がした。

 

『無駄です。こちらのリソースは、まだ十分にあります』

 

そんなことは、言われなくてもわかっている。最初から、これくらいでどうにかなるとは思っていない。

ただ、エアがどう守るのかを、見ておきたかった。

 

小さいかけらは撃ち落とす。撃ち落とせないものは、はじいてそらす。どちらも、その場から動かずにやっている。

攻撃と守りを、完全に切り替えて戦うつもりなんだろう。

 

さっきから動かないのは、このやり方が、まわりに壊せるビルがなくなったら続けられないからだろうか。エアは、それを待っているのかもしれない。

 

なら、本命の作戦に移る。

 

アサルトライフルをスリングで背中に回して、さっき崩したビルの中から、ひときわ大きな瓦礫を抱える。そして、そのまま次のビルを上る。

……失敗したら、今度こそ打つ手がなくなる。

 

私は壁にパイルを打ちこむ代わりに、瓦礫を抱えたまま壁に体当たりした。崩れた壁と一緒に、エアの真上へ飛び出す。

 

下で、エアが動いたのが見えた。撃ち落とすには大きすぎると見たのか、重たい足を引きずるようにして、横へ逃げようとしている。

 

落ちながら、抱えていた瓦礫にパイルバンカーを打ちこんだ。

杭が真ん中を突き抜けて、大きな瓦礫が空中でばらばらに砕け散る。たくさんのかけらと砂ぼこりになって、エアの上に降りそそいだ。

 

着地と同時に、落ちてくるかけらと砂ぼこりに紛れて、エアの背後に回りこむ。

エアは、こっちを見ていない。私は、その背中めがけてパイルバンカーを振りかぶって――

 

そのとき、何かが引っかかった。

 

砕けた瓦礫のかけらが、エアに当たっている。さっきまでは、全部撃ち落とすか、はじいてそらしていたのに。

それに、エアはもう逃げてもいない。瓦礫をよけてもいないし、撃ち落としてもいない。

――エアは、守ることに力を使っていない。

 

それに気づいた瞬間、エアの腕が、背中越しにこっちへ回った。

残ったガトリングの銃口が、まっすぐ、私が飛びこもうとしていた場所を向いていた。

 

知っている。

これは、私がエアにやったことだ。

 

体が、考えるより先に動いた。

パイルバンカーの向きを、ほんの少しだけずらす。本体じゃない。こっちを向いている、ガトリングに。

 

ガトリングの銃身が回りだすけど、弾が出るよりほんの少しだけ早く、パイルがガトリングに突き刺さった。

金属がひしゃげる音がして、ガトリングが根元から折れ曲がり、腕からだらりと垂れ下がった。

そして、もう片方の腕を振り回して私を追い払う。

 

『……さすがですね。やはり、引っかかってはくれませんか』

 

そういったエアの声は、あまり驚いていないように聞こえた。

私は一歩下がって、エアが何か仕掛けてこないか警戒した。

 

だけど、ガトリングの片方は瓦礫でつぶれて、もう片方は今、私が壊した。

レーザーは残っているけど、撃つまでに時間がかかるし、連射もできない。懐に潜りこむなら、それは脅威にならない。

 

「……仕返しのつもり?」

 

この戦いが始まってから、初めて声を出した。自分の声が、少しかすれていた。

左手で背中のアサルトライフルを引き寄せて、エアに向ける。

 

「でも、私のほうが上」

 

エアは、何も言わなかった。

つぶれたガトリングをぶら下げたまま、ただそこに立っている。逃げようとも、レーザーを撃とうともしない。

 

……何か、おかしい。

 

さっき、エアはガトリングをこっちに向けていた。だけど、撃とうと思えばもっと早く撃てたはずだ。なのに、私のパイルが届くまで弾は一発も出なかった。

それに、瓦礫から出てきてから、肩のレーザーも一度も使っていない。

もしかして、本当に使えないのだろうか。

 

それに、エアはどうして、ずっとこの場所で戦っていたんだろう。

広い場所に出れば、エアのほうが有利なのに。瓦礫を落とされても、砂ぼこりで真っ白になっても、一歩も動かなかった。

まるで、ここから離れたくなかったみたいに――

 

その答えにたどり着く前に、左右から衝撃が襲ってきた。

 

「……っ!!」

 

右からは細かい弾がまとめて、左からは重たい散弾が数発。どちらもまともに当たって、体が吹き飛んで、瓦礫の山に叩きつけられる。

その体が、そのまま瓦礫の上に崩れ落ちた。

 

『罠を張っていたのは、あなただけではないのですよ』

 

エアの声が、遠くに聞こえた。

体中が熱くて、どこが痛いのかも、もうわからない。

 

ぼやけた視界の中で、瓦礫の陰から誰かが歩いてくるのが見えた。

 

「チッ。不意打ちなんて、あたしの主義じゃねーんだけどなぁ……」

 

「でも、こっちのほうが効率的だよ」

 

鎖でつないだ二丁のサブマシンガンと、ショットガン。

ネルと、エイミだった。

 

その後ろからも、足音が近づいてくる。メイド服の人たちと、ゲーム開発部のみんな。それから――先生。

 

……一体、いつから。

 

瓦礫と壁ばかりのこの場所は、隠れるのにちょうどよかった。でも、それは私にとってだけじゃなかったんだ。

まわりには、私が巻き上げた砂ぼこりが、まだかすかに残っていた。

エアがずっとその場から動かなかったのも、きっと、このためだった。

 

私は、地面に手をついた。

腕がふるえる。足に力を入れると、体の奥で、何かがきしむような音がした。

 

それでも、立った。

 

『……レイヴン。そのけがでは、もう勝ち目はありません。……諦めてください』

 

エアの声が、少しだけ低くなった。

そして、私の方を向いたまま腕を下ろした。戦いを、終わらせようとしている。

 

ふざけるな。

 

まだ、動ける。

まだ、弾はある。

まだ、死んでない。

 

なら、まだ終わってない。

 

アサルトライフルを握り直して、すぐ横の瓦礫の陰へ踏み出そうとした。

 

その一歩目が、地面につく前に。

 

目の前に、ネルがいた。

 

いつ近づいてきたのか、見えなかった。ネルの足が私の足を払って、体がふわりと浮く。そのまま、背中から地面に落ちた。

軽い衝撃のはずなのに、私の肺から空気が全部押し出された。

 

「もうやめとけ、チビ。勝負はついてんだろ」

 

上から、ネルの声がした。見上げると、ネルが私を見下ろしていた。

だけどその声は、前みたいに怒鳴ってはいなかった。

 

それでも、私は起き上がろうとして腕に力を入れる。でも、体が少し持ち上がっただけで、すぐにまた地面に落ちた。

何とかもがいて立ち上がろうとする私のもとに、重たい足音が近づいてきた。

 

「……エア」

 

『すみません、レイヴン。あなたを、拘束させてもらいます』

 

アビ・エシュフの胸のあたりが、音を立てて開いた。

機械の腕が私の体をつかんで、真ん中の空いたところへ引きこむ。両腕と両脚が、がしゃん、がしゃんと金具で固定されていった。

 

ついさっき、これに乗ってみたいと思ったことをぼんやりと思い出した。

 

手足を動かして、操作しようとしてみるけど、機械の手足はびくともしなかった。

 

その様子を見て、ネルたちが銃を構え直した。

 

「おい、大丈夫なんだろうな。言っとくけど、あたしはお前を信用したわけじゃねーからな」

 

『もちろんです。それに、今の私には、あなたたちに抵抗する手段もありませんので。怪しいと思ったなら、どうぞご自由に』

 

それから、エアの声が、すぐ耳元で聞こえた。

 

『……さっき、いつからと思っていましたね。最初からですよ。広場に降り立ったあの瞬間から、私は先生に協力を申し出ていました』

 

声に出したつもりはなかったけど、顔に出ていたのかもしれない。

エアは、そのことがわかってたみたいだった。

 

"ごめんね、シホ。エアちゃんから言われて、こうする作戦にしてたんだ"

 

『ちゃ、ちゃん……? ……まあ、そういうことです。初めから、一対一で勝つつもりはなかったのですよ』

 

エアの声が、少しだけ静かになった。

 

『だますような形になって、悪いとは思っています。ですが、失敗するわけにはいきませんでしたので』

 

私を拘束して、どうするつもりなんだろう。

どちらにしても、私に選べることは何もない。私は、そのままアビ・エシュフに体をあずけた。

 

先生が、タブレットに目を落としてから、みんなの方を向いた。

 

"さっき、ヒマリからも通信があってね。一度、みんなでメインタワーに集まろうか"

 

先生のその言葉で、私を乗せたエアと一緒に、みんながメインタワーに向かって歩き出した。

 

アビ・エシュフの中で、私は指一本動かせなかった。

それでも頭の中では、メインタワーのどこにアリスがいるのかを、まだ考えていた。

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