猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
体中が痛い。でも、エアの装甲も傷だらけだった。
この戦いは、たぶんもう長くは続かない。
動かないエアに向けて、アサルトライフルを撃つ。
でも、弾のほとんどは装甲に届く前に叩き落とされた。何発かは装甲に当たって火花を散らしたけど、倒すのには全然足りない。
あれだけ瓦礫に埋もれても、守る仕組みはまだ生きているらしい。
弾倉が空になると、今度はエアが、残ったガトリングをこっちに向けた。
横に跳んでよけたけど、最初に撃ち合ったときと同じで、よけた先にはもう弾が来ていた。何発かまともにもらいながら、崩れた壁の陰に転がりこむ。
狙いの正確さも、変わっていない。
ただ、今度は追ってくる気配はなかった。
壁の陰から少しだけ顔を出すと、エアがこっちに向かってきていた。でも、さっきまでの速さはない。推進器から煙を吐きながら、重たそうに一歩ずつ地面を踏んで走ってくる。
顔を出したとたんに、弾が飛んできた。すぐに顔を引っこめて、射線から外れるために次の瓦礫の陰へ移る。
……さっきと同じ手は、もう使えない。
エアはもう、ビルには入ってこないだろう。離れたところからの撃ち合いになったら、こっちの弾は全部撃ち落とされて終わりだ。
でも、ダメージは確実に与えている。
エアはもう素早く動けないし、よけるのも追いかけるのも、さっきよりずっと遅い。なら、近づいてからの一撃は、さっきよりずっと当てやすいはずだ。
それに、エアがビルを警戒して入ってこないなら、こっちには隠れる場所がいくらでもある。
肩のレーザーも、瓦礫から出てきてからはずっと静かだった。推進器と一緒に壊れたのか、あるいは撃つ前に隙ができるから、今は警戒して撃たないのか。
なら、私がやることは一つだ。
隠れながら隙を作って、もう一度パイルバンカーを打ちこむ。
私は、ふるえている左腕を見た。
腕全体が痛んで、指の先はしびれている。動かせるけど、この腕でパイルバンカーを使えるのは、あと何回もないだろう。
私は壁に背中をつけたまま、パイルバンカーの金具に指をかけた。
しびれた指が、なかなか金具をつかめない。何度かすべって、三回目でようやく、かちりと外れた。
そのままパイルバンカーを右腕に付けかえて、アサルトライフルは左手に持ちかえる。しびれているけれど、引き金を引くくらいならできるだろう。
早く、終わらせないといけない。
エアは今、エリドゥの制御を握っている。時間をかけたら、何をされるかわからない。
私は、すぐ後ろのビルを見上げた。エアは、このビルの前の通りに立っている。
中に入って、階段を駆け上がる。窓から下をのぞくと、ちょうど真下に装甲の肩が見えた。
エアからは、見えない場所のはずだ。
右腕を構えて、外側の壁にパイルを打ちこむ。どん、と重い音がして、割れた壁の大きなかけらが、ばらばらとエアの頭の上に落ちていく。
それと同時に身を乗り出して、エアにアサルトライフルを撃ちこんだ。
エアも同時にこっちに振り向いたけど、ガトリングは撃ってこなかった。
その代わり、つぶれたほうのガトリングを盾にして私の弾を防ぎ、落ちてくる瓦礫は空中で次々に撃ち砕いていく。砕ききれなかったかけらも、装甲のまわりで、見えない何かにはじかれるように軌道をそらされていった。
その間、エアは一歩も動いていなかった。
砂ぼこりが、もうもうと舞い上がる。私は瓦礫が落ちきる前に窓から離れて、今度は別のビルに移る。もう一度エアの位置を確かめて、瓦礫を落とすのと同時に撃つ。
場所を変えて、何度もくり返した。エアのまわりは、すっかり砂ぼこりで白くなっていた。
『消耗戦のつもりですか?』
砂ぼこりの中から、エアの声がした。
『無駄です。こちらのリソースは、まだ十分にあります』
そんなことは、言われなくてもわかっている。最初から、これくらいでどうにかなるとは思っていない。
ただ、エアがどう守るのかを、見ておきたかった。
小さいかけらは撃ち落とす。撃ち落とせないものは、はじいてそらす。どちらも、その場から動かずにやっている。
攻撃と守りを、完全に切り替えて戦うつもりなんだろう。
さっきから動かないのは、このやり方が、まわりに壊せるビルがなくなったら続けられないからだろうか。エアは、それを待っているのかもしれない。
なら、本命の作戦に移る。
アサルトライフルをスリングで背中に回して、さっき崩したビルの中から、ひときわ大きな瓦礫を抱える。そして、そのまま次のビルを上る。
……失敗したら、今度こそ打つ手がなくなる。
私は壁にパイルを打ちこむ代わりに、瓦礫を抱えたまま壁に体当たりした。崩れた壁と一緒に、エアの真上へ飛び出す。
下で、エアが動いたのが見えた。撃ち落とすには大きすぎると見たのか、重たい足を引きずるようにして、横へ逃げようとしている。
落ちながら、抱えていた瓦礫にパイルバンカーを打ちこんだ。
杭が真ん中を突き抜けて、大きな瓦礫が空中でばらばらに砕け散る。たくさんのかけらと砂ぼこりになって、エアの上に降りそそいだ。
着地と同時に、落ちてくるかけらと砂ぼこりに紛れて、エアの背後に回りこむ。
エアは、こっちを見ていない。私は、その背中めがけてパイルバンカーを振りかぶって――
そのとき、何かが引っかかった。
砕けた瓦礫のかけらが、エアに当たっている。さっきまでは、全部撃ち落とすか、はじいてそらしていたのに。
それに、エアはもう逃げてもいない。瓦礫をよけてもいないし、撃ち落としてもいない。
――エアは、守ることに力を使っていない。
それに気づいた瞬間、エアの腕が、背中越しにこっちへ回った。
残ったガトリングの銃口が、まっすぐ、私が飛びこもうとしていた場所を向いていた。
知っている。
これは、私がエアにやったことだ。
体が、考えるより先に動いた。
パイルバンカーの向きを、ほんの少しだけずらす。本体じゃない。こっちを向いている、ガトリングに。
ガトリングの銃身が回りだすけど、弾が出るよりほんの少しだけ早く、パイルがガトリングに突き刺さった。
金属がひしゃげる音がして、ガトリングが根元から折れ曲がり、腕からだらりと垂れ下がった。
そして、もう片方の腕を振り回して私を追い払う。
『……さすがですね。やはり、引っかかってはくれませんか』
そういったエアの声は、あまり驚いていないように聞こえた。
私は一歩下がって、エアが何か仕掛けてこないか警戒した。
だけど、ガトリングの片方は瓦礫でつぶれて、もう片方は今、私が壊した。
レーザーは残っているけど、撃つまでに時間がかかるし、連射もできない。懐に潜りこむなら、それは脅威にならない。
「……仕返しのつもり?」
この戦いが始まってから、初めて声を出した。自分の声が、少しかすれていた。
左手で背中のアサルトライフルを引き寄せて、エアに向ける。
「でも、私のほうが上」
エアは、何も言わなかった。
つぶれたガトリングをぶら下げたまま、ただそこに立っている。逃げようとも、レーザーを撃とうともしない。
……何か、おかしい。
さっき、エアはガトリングをこっちに向けていた。だけど、撃とうと思えばもっと早く撃てたはずだ。なのに、私のパイルが届くまで弾は一発も出なかった。
それに、瓦礫から出てきてから、肩のレーザーも一度も使っていない。
もしかして、本当に使えないのだろうか。
それに、エアはどうして、ずっとこの場所で戦っていたんだろう。
広い場所に出れば、エアのほうが有利なのに。瓦礫を落とされても、砂ぼこりで真っ白になっても、一歩も動かなかった。
まるで、ここから離れたくなかったみたいに――
その答えにたどり着く前に、左右から衝撃が襲ってきた。
「……っ!!」
右からは細かい弾がまとめて、左からは重たい散弾が数発。どちらもまともに当たって、体が吹き飛んで、瓦礫の山に叩きつけられる。
その体が、そのまま瓦礫の上に崩れ落ちた。
『罠を張っていたのは、あなただけではないのですよ』
エアの声が、遠くに聞こえた。
体中が熱くて、どこが痛いのかも、もうわからない。
ぼやけた視界の中で、瓦礫の陰から誰かが歩いてくるのが見えた。
「チッ。不意打ちなんて、あたしの主義じゃねーんだけどなぁ……」
「でも、こっちのほうが効率的だよ」
鎖でつないだ二丁のサブマシンガンと、ショットガン。
ネルと、エイミだった。
その後ろからも、足音が近づいてくる。メイド服の人たちと、ゲーム開発部のみんな。それから――先生。
……一体、いつから。
瓦礫と壁ばかりのこの場所は、隠れるのにちょうどよかった。でも、それは私にとってだけじゃなかったんだ。
まわりには、私が巻き上げた砂ぼこりが、まだかすかに残っていた。
エアがずっとその場から動かなかったのも、きっと、このためだった。
私は、地面に手をついた。
腕がふるえる。足に力を入れると、体の奥で、何かがきしむような音がした。
それでも、立った。
『……レイヴン。そのけがでは、もう勝ち目はありません。……諦めてください』
エアの声が、少しだけ低くなった。
そして、私の方を向いたまま腕を下ろした。戦いを、終わらせようとしている。
ふざけるな。
まだ、動ける。
まだ、弾はある。
まだ、死んでない。
なら、まだ終わってない。
アサルトライフルを握り直して、すぐ横の瓦礫の陰へ踏み出そうとした。
その一歩目が、地面につく前に。
目の前に、ネルがいた。
いつ近づいてきたのか、見えなかった。ネルの足が私の足を払って、体がふわりと浮く。そのまま、背中から地面に落ちた。
軽い衝撃のはずなのに、私の肺から空気が全部押し出された。
「もうやめとけ、チビ。勝負はついてんだろ」
上から、ネルの声がした。見上げると、ネルが私を見下ろしていた。
だけどその声は、前みたいに怒鳴ってはいなかった。
それでも、私は起き上がろうとして腕に力を入れる。でも、体が少し持ち上がっただけで、すぐにまた地面に落ちた。
何とかもがいて立ち上がろうとする私のもとに、重たい足音が近づいてきた。
「……エア」
『すみません、レイヴン。あなたを、拘束させてもらいます』
アビ・エシュフの胸のあたりが、音を立てて開いた。
機械の腕が私の体をつかんで、真ん中の空いたところへ引きこむ。両腕と両脚が、がしゃん、がしゃんと金具で固定されていった。
ついさっき、これに乗ってみたいと思ったことをぼんやりと思い出した。
手足を動かして、操作しようとしてみるけど、機械の手足はびくともしなかった。
その様子を見て、ネルたちが銃を構え直した。
「おい、大丈夫なんだろうな。言っとくけど、あたしはお前を信用したわけじゃねーからな」
『もちろんです。それに、今の私には、あなたたちに抵抗する手段もありませんので。怪しいと思ったなら、どうぞご自由に』
それから、エアの声が、すぐ耳元で聞こえた。
『……さっき、いつからと思っていましたね。最初からですよ。広場に降り立ったあの瞬間から、私は先生に協力を申し出ていました』
声に出したつもりはなかったけど、顔に出ていたのかもしれない。
エアは、そのことがわかってたみたいだった。
"ごめんね、シホ。エアちゃんから言われて、こうする作戦にしてたんだ"
『ちゃ、ちゃん……? ……まあ、そういうことです。初めから、一対一で勝つつもりはなかったのですよ』
エアの声が、少しだけ静かになった。
『だますような形になって、悪いとは思っています。ですが、失敗するわけにはいきませんでしたので』
私を拘束して、どうするつもりなんだろう。
どちらにしても、私に選べることは何もない。私は、そのままアビ・エシュフに体をあずけた。
先生が、タブレットに目を落としてから、みんなの方を向いた。
"さっき、ヒマリからも通信があってね。一度、みんなでメインタワーに集まろうか"
先生のその言葉で、私を乗せたエアと一緒に、みんながメインタワーに向かって歩き出した。
アビ・エシュフの中で、私は指一本動かせなかった。
それでも頭の中では、メインタワーのどこにアリスがいるのかを、まだ考えていた。