猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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五話

『しっかりしてください、レイヴン』

 

そんな声が聞こえて、私は目を覚ました。

 

周りを見渡すと、そこはザイレムの上だった。どうしてこんなところにいるのか。訳が分からず混乱していると、頭の中にエアの声が響いてきた。

 

『先ほど、動力部を破壊しました。これからザイレムが落下軌道に入ります』と、彼女は言う。

 

おかしい。ザイレムはカーラが操縦して、バスキュラープラントに突撃していたはずだ。それに、この時点で私の中にエアはいないはずなのに。

 

『これでコーラルも……ルビコンも守られる……』

 

安心したように言うエアの言葉を聞いて、私はふと気が付いた。ああ、これは夢だ。

あの時、もし私がエアの手を取って、カーラたちを排除する道を選んでいた場合の……ありもしない『もしも』の話。

 

もう一度選択を迫られたら、私はこの道を選ぶのだろうか。そんなことを考えていると、突然、前方から赤い光のビームが、上空から地面を削りながら迫ってきた。

 

とっさに飛び退いてビームが撃たれた方を見ると、そこには全身が黒に染まり、赤色の雷を放つ巨大な銃を構えたACが浮いていた。

 

『……621。そこにいるのは……お前なのか……?』

 

その声を聞いた瞬間、心臓が大きく飛び跳ね、全身から嫌な汗が噴き出した。

 

そんなわけない。何かの間違いだ。私は目の前の光景を必死に否定しようとする。

 

『……俺は……621、お前を……』

 

やめて。聞きたくない。あれはウォルターじゃない。ウォルターが私に、そんなことを言うはずがない。

 

『――消さなければならない』

 

その言葉と一緒に、黒い機体がこちらに向かって襲いかかってきた。

 

きっと、これは罰なんだ。私の勝手なわがままで、敵を、友を殺し、星を焼いた罰。

 

呆然と、襲いかかってくる黒い機体を眺めていると。突然、私が操作していないはずの機体が、勝手に回避行動をとった。

驚く私を無視して、私の機体はウォルターの乗る機体を攻撃し始める。

 

――っッ!

 

急いで機体を操縦しようとするが、まったく反応がない。

 

『どうしました?そんなに慌てて』

 

どこか冷たくて、違和感のあるエアの声が聞こえる。

 

操作が利かない!私は何もしていない!

 

『心配いりません。この機体は、私が操縦しているので』

 

一瞬、エアが何を言っているのか分からなかった。

エアが私の機体を操縦できるわけ……そう思いかけて、私と戦った時のエアは、無人機のアイビスシリーズを自分で操縦していたことを思い出す。

 

でも、あれは……。

 

『私と敵対した後のことですよね?』

 

私の心を読んだかのように、エアが問いかけてくる。猛烈に嫌な予感がして、背筋が凍りついた。

 

『大丈夫です。私の実力は知っているでしょう?今の彼相手なら、後れを取ることはありません』

 

そう言われて、慌ててウォルターの方を確認すると、いつの間にか、ボロボロに傷ついた黒い機体がそこにあった。

 

待ってエア!ウォルターを殺さないで!

 

声にならない声で、必死にお願いする。すると、エアはひどくがっかりしたような声で言った。

 

『――私のことは殺せるのに、ウォルターは殺せないのですか?』

 

ヒュッと、喉の奥で息が詰まる。何か言おうとしても、エアを殺した罪悪感で胸が押しつぶされて、言葉にならない吐息が漏れるだけだった。

 

『ですが、彼ももう終わりです。せっかくなので、私と同じ殺され方にしてあげましょう』

 

そう言うと、私の機体は突然急停止した。ウォルターは、急に隙を見せた私の機体を目掛けて、まっすぐに突っ込んでくる。

 

やめて!こないで!

 

私の叫びなんか届くはずもなく、ウォルターは間合いに踏み込んでしまう。私の機体はウォルターの方へと飛び出し、左腕のパルスブレードを展開した。

 

すれ違いざまに切り裂かれるそれは、あの時、私がエアを斬ったのと全く同じ軌道で。当時の光景が、頭の中でフラッシュバックする。

 

いや!ごめんなさい!ころさないで!おねがい!

 

私の悲鳴に、エアは何も答えない。そのまま無言でウォルターに照準を合わせて、引き金を引いた。

 

「いやあああああ!」

 

レーザーが着弾するその瞬間、私は声を上げながら飛び起きた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

荒い呼吸をしたまま、急いで辺りを確認する。見覚えがない部屋……いや、ここは、昨日私が寝るために貸してもらった部屋だ。

 

手のひらを握り込む。自分の身体は、思うように動く。私は身体の感覚を確かめて、ここがルビコンではないことを思い出した。

 

そこまで認識した時点で、さっきまでのはただの夢だったんだと気が付き、深く安堵の息を吐き出す。

 

「レイヴン!どうしました!?」

 

私の悲鳴を聞いたのか、ヒマリが慌てた様子で部屋に入ってきた。

 

「……なんでもない」

 

「なんでもないわけないでしょう。あなた、泣いていますよ」

 

ヒマリに言われて目元を触ると、確かにぽろぽろと涙がこぼれていた。自分でも気が付かなかった。

 

「……嫌な、夢を見た」

 

私が短く答えると、ヒマリは少しだけ悲しそうな顔をして、優しく頷いた。

 

「……慣れない環境で、疲れていたのかもしれませんね」

 

ヒマリはそれ以上無理に聞き出そうとはせず、話題を変えるように明るい声を出した。

 

「もうすぐ起こそうと思っていたところなので、ちょうどよかったです。昨日はそのまま寝てしまいましたし、シャワーでも浴びてきてください」

 

「……分かった」

 

私は言われた通り、ベッドから降りてシャワールームへと向かった。

 

   ◆

 

シャワールームへと向かうレイヴンの小さな背中を見送って、ヒマリは先ほどの光景を思い出していた。

 

レイヴンがひどくうなされていることは、監視カメラの映像を通してずっと分かっていた。

時折、『エア』『ウォルター』という知らない名前を呼びながら、「やめて」「殺さないで」「ごめんなさい」と、泣きそうな声でうなされていたのだ。

 

――あの年齢の少女が背負うには、前の世界での心の傷は、想像以上に深く、重いものだったのだろう。

昨日少し話を聞いただけで、彼女の凄惨な過去を分かったつもりになっていた自分を恥じる。

 

「……私も、まだまだ勉強が足りませんね」

 

ヒマリは誰に聞こえるわけでもなく、一人静かに呟いた。彼女が抱える傷を、キヴォトスで少しでも癒してあげられたら。そんなことを考えていると――。

 

とてとてとて。

 

廊下の奥から、軽い足音が聞こえてきた。

 

「レイヴン?シャワールームはそっちじゃ……えっ?」

 

ヒマリが顔を上げると、そこには、生まれたままの姿――つまり『全裸』のレイヴンが立っていた。

 

「レイヴン!?な、なんで服を全部脱いで歩き回っているんですか!」

 

「シャワーの使い方が分からない」

 

レイヴンは一切恥ずかしがる様子もなく、真顔で首を傾げた。どうやら使い方が分からず、そのままの姿でヒマリのところまで聞きに来たらしい。

 

「はぁ……。しょうがない子ですね、本当に」

 

ヒマリは呆れ交じりのため息を吐くと、車椅子を動かしてレイヴンの元へと向かった。

まずはシャワーの使い方と、ついでにお風呂の入り方からレクチャーしてあげる必要がありそうだ。

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