猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
ゲーム開発部の四人は、しばらく泣きやまなかった。
くっついたまま、ずっと離れなかった。
……さっきまでの私も、あんなふうだったのかな。
そう思ったら、なんだか顔が熱くなって、私は四人から目をそらした。
そらした先に、リオがいた。
モニターのそばで、少しはなれたところから、四人を見ていた。
私と目が合うと、リオはすぐに、壁の方へ顔を向けた。
四人が落ち着いたのを見て、リオが口を開いた。
「……そろそろ、いいかしら。Keyの対策について、決めておきたいことがあるの」
モモイの肩が、またびくっとはねた。
アリスが、ミドリの服のすそをぎゅっとつかむ。
「さっきも言ったとおり、Keyを今すぐアリスから引きはがすことはできない。なら、その代わりになる手が必要よ」
リオは、指を二本立てた。
「アリスを、どこにも出さないように閉じこめておくか。それとも、アリスのそばに見張りを置くか」
それから、立てた指を一本だけ折った。
「……一番合理的なのは、シホとエアが、アリスの見張りにつくことよ」
みんなの目が、私に集まった。
「エアがシホの中に戻らない限り、二人がそばにいること自体は問題ないわ。それに、エアはエリドゥを握っていながら、何もしなかった。信用する根拠としては、十分よ」
リオは、そこで一度だけ私の方を見た。
「シホなら、Keyが表に出たアリスでも、力ずくで止められる。そしてエアなら、Keyが何かしようとすれば、すぐに気づけるはずよ」
リオの話を聞きながら、私は何度か小さくうなずいていた。
断る理由なんて、どこにもない。
「わかった。やる」
『私も、異論はありません。ただ……見張られる側の気持ちも、考えるべきでしょう。ゲーム開発部の皆さんは、どうですか?』
エアの声は、さっきまでリオに向けていたものより、ずっとやわらかかった。
エアにそう聞かれて、モモイが「えっ」と顔を上げた。
「わ、私たち? えっと……シホが部室に来るのは、全然いいんだけど……」
モモイは、ちらっとアリスを見た。
「でも、『見張り』っていうのは、ちょっと……。ずっと誰かに見張られてるなんて、私だったら絶対やだもん」
モモイは、自分の腕をさするようにして、ぶるっと肩をふるわせた。
「部室にいるときも、ゲームしてるときも、ずーっとだよ? そんなの、全然楽しくないじゃん……」
モモイの声が、だんだん小さくなっていく。
アリスも、少しだけうつむいた。
先生が、ゆっくりと手を挙げた。
"それなら、シホをゲーム開発部に預けるっていうのはどうかな"
「預ける……?」
"うん。見張りじゃなくて、友達として"
先生は、モモイとアリスの顔を、順番に見た。
"シホは今、自分のやりたいことを探している途中なんだ。だから、みんなで一緒に探してあげてほしい。もちろん、シホがよければ、ゲーム作りもやってみてほしいな"
先生は、私の方を見て、少しだけ笑った。
見張りの仕事のはずが、いつの間にか、遊ぶ話になっている気がする。
……でも、アリスのそばにいられるなら、どっちでも同じだ。
モモイの顔が、ぱっと明るくなった。
「それなら大歓迎だよ! だってさ、エアって超高性能AIなんでしょ!? それならデバッグとか一瞬で終わらせてくれたり、シナリオとかもズバババン!って仕上げてくれたり……!」
「お姉ちゃん、最初からこき使う算段を立てないでよ……。でも、いいんですか? シホちゃんって、ヒマリ先輩の部活にいたんですよね?」
ミドリはあきれた顔のまま、私の方を見た。
言われて、私も気になった。
私は特異現象捜査部の部員で、デカグラマトンの調査だって、まだ終わっていない。
私は、確認するようにヒマリの方を見た。
ヒマリは、迷わずうなずいた。
「もちろん、かまいませんよ。こちらの活動も、毎日あるわけではありませんからね」
ヒマリは、私の方を見てやわらかく笑った。
「シホの力が必要なときは頼らせてもらいますが、そうでなければ、ゲーム開発部で過ごしてもらってかまいません。……その方が、シホにとってもいいでしょう」
エイミが、ぼそりと言った。
「……私は結構忙しいんだけど。シホがいないと、現場に出るの私だけになるし。……でもまぁ、アリスとシホのためならいいよ」
エイミはそう言って、仕方ないといった顔で息を吐いた。
私は、モモイたちの方を向いた。
四人の顔が、少しだけこわばった。
ミドリが、半分だけアリスの前に出る。ユズは、モモイの背中に隠れた。
……無理もない。さっき、モモイたちを思いきりぶっ飛ばしたばかりだ。
「……モモイ」
「な、なに!?」
モモイの声が、裏返った。
私は、モモイに向き直って姿勢を正した。
「さっきは、ごめん。モモイを傷つけたし、ひどいことも言った」
それから、ミドリとユズとアリスの顔も、順番に見た。
「みんなも……ごめんなさい」
左腕は吊ったままだから、右手だけを床について、頭を下げた。
部屋の中が、静かになった。
「……別にいいよ! ゲームしてるときだって、ケンカした後に仲直りするなんて、よくやることだし!」
一番に答えたのは、モモイだった。
そう言って、にっと笑う。
その後ろから、アリスが顔を出した。
「パンパカパーン! シホとエアが、仲間になりたそうにこちらを見ています! ……もちろん、答えは『はい』です!」
アリスの声に、いつもの元気が戻っていた。
「……うん。これからよろしく」
私は右手を差し出して、モモイとアリスと、順番に握手をした。
ヒマリが、こほんと咳ばらいをした。
「……さて。残るは、エアの端末ですね。エリドゥから出るなら、エアにはどこかに移ってもらわなければいけませんが……」
ヒマリが、考えるように指をあごに当てた。
そのとき、入り口の方から声がした。
「――話は聞かせてもらった!」
みんなが、いっせいに振り返った。
ひしゃげた扉のところに、エンジニア部の三人が立っていた。ウタハが、なぜか胸を張っている。
「そういうことなら、私たちに任せてくれたまえ!」
"ウタハ!? いつの間に!?"
先生が、目を丸くした。
「実を言うと、結構前からいたのだが……いい感じの雰囲気で話が進んでいるのが聞こえてね。部屋に入りづらくて、機会をうかがっていたというわけさ」
ウタハは、気まずそうに頭をかいた。
……結構前、というのは、どのくらい前からだろう。
私が泣いていたところも、聞かれていたのかもしれない。耳の先が、また熱くなった。
コトリが、目をきらきらさせて前に出てきた。
「自分の意志を持ったAI……! なんとロマンあふれる存在でしょうか! これはもう、彼女が入る端末も、特別なものにするほかありません! 飛行機能は必須として、それから……!」
「自爆機能なら、任せてほしい」
ヒビキが、うずうずした様子で手を挙げた。いつもは眠そうな目が、めずらしく大きく開いていた。
「小型でも、威力はちゃんと出せるようにするから」
『やめてください。そんなものを付けて、どうするつもりなのですか』
エアの返事は、いつになく早かった。
「待ちなさい」
盛り上がる三人を、リオの声が止めた。
「彼女の端末については、機能に制限をかける必要があるわ」
「制限?」
「ええ。エアは、ミレニアムにあるどのAIよりも高性能よ。少なくとも、エリドゥを乗っ取ろうとしたKeyを、追い出したほどの力がある。そんな存在に、特別な端末を与えるわけにはいかないわ」
ウタハが何か言いかけたけど、リオはそれより先に続けた。
「ネットワークへの接続には、厳しい制限をかけさせてもらう。武装も一切なし。それが条件よ」
そう言いながら、リオはモニターの中のエアを一度も見なかった。ウタハの方を向いていても、目はウタハの手元のあたりにあった。
ウタハが、肩をすくめた。
「固いことを言わないでくれよ、会長。電子生命体と言っても言いすぎではない存在だ。ぜひとも、いろいろ試してみたいことがあるんだが」
「許可できないわ」
リオの返事は、短かった。
ウタハは、しばらくリオの顔を見ていたけど、やがて小さく息を吐いた。
「……わかった。どういう端末を用意するかは、あとで打ち合わせをしよう」
「いえ、それに関しては、ヒマリに引き継ぐわ。私には、後始末として、他にやるべきことがあるから」
リオは、さらっとそう言った。
ヒマリの眉が、ぴくりと動いた。
「嫌ですよ。なんで私が引き継がなければいけないのですか? あなたが自分でやればいいでしょう?」
ヒマリはそう言ってから、首をかしげた。
「……そもそも、あなたが私に何かを任せることはあっても、そのまま引き渡すことはありませんでした。一体、何を考えているのですか?」
リオは、ヒマリの方を見なかった。
「エアの端末で一番大事なのは、ネットワークの制限よ。外とのつながりをどこまで許して、どこから断つか。……その分野なら、私より貴女の方が上だわ」
ヒマリが、目を丸くした。
「……あなたの口から、そんな言葉が出るとは思いませんでした。では、その『他にやるべきこと』というのは?」
「エリドゥの後始末よ。……全部、終わらせるわ」
「終わらせたら、どうするのですか?」
リオは、すぐには答えなかった。
「……今回、私はミレニアムを危険にさらしたわ。けじめをつける必要がある。……あとのことは、貴女たちに任せるわ」
まるで、決まった予定を読み上げているみたいな声だった。
リオは、それだけ言うと、またモニターの方に向き直った。
みんなが泣いて、笑っている間も、リオだけは、ずっとはなれたところに立っていた。
その横顔を見ていたら、胸の奥がざわざわした。
少し前の私も、きっと、あんな顔をしていた。
「……リオ」
私が呼ぶと、リオの肩が、ほんの少しだけ動いた。
「どこに、行くの」
「……どこにも。後始末をするだけよ」
リオは、やっぱりこっちを見なかった。
『いいえ。……あなたは、肝心なことを誰にも言わずに、全部一人で抱えて、一人で片付けようとしている。まだ知り合ったばかりですが……あなたのそういうところは、あまり好きではありません』
モニターから聞こえたエアの声は、リオにだけ向けた、冷たい声だった。
リオが、言葉に詰まった。
口を開きかけて、閉じる。何か言い返そうとして、やめたみたいだった。
部屋の中が、しんとした。
私は、アビ・エシュフの手から背中を離して、体を起こした。
わき腹が、ずきりと痛んだ。でも、今はそれどころじゃなかった。
「リオ。……ここに、いてほしい」
言ってから、気づいた。
それは、誰かに頼まれたことじゃなかった。
やらなきゃいけないことでも、なかった。
私が、そうしてほしかった。
リオが、私の方を見た。
でも、その目はすぐに下を向いた。
「……貴女に、そう言ってもらう資格は、私にはないわ。私は、貴女のヘイローを壊そうとした。アリスも。モモイのけがも、私の判断の結果よ」
モモイが、小さく息をのむのが聞こえた。
「……それに、私がいなくなれば、エアも貴女も、もう私を警戒しなくて済む」
リオの声が、少し低くなった。
「……合理的でしょう」
それを聞いて、背中がひやりとした。
私がいなくなれば、キヴォトスは燃えない。
いるだけで争いを生むなら、いなくなった方がいい。
あのとき、私はそれが正しいと思っていた。
みんながどんな顔で私を見ていたのか、全然わかっていなかった。……今なら、なんとなくだけど、わかる。
「それ、私が言ったのと、同じ」
リオの目が、わずかに揺れた。
「私も、いなくなればいいって思ってた。でも……そうじゃない選択もあった。……前に、言った。リオにとって、私は先輩みたいなものだって」
リオの肩が、また少しだけ動いた。
「だから、先輩として言う」
何を言えばいいのか、うまくまとまらなかった。
でも、言わなきゃいけないことは、わかっていた。
「リオだけが、悪いわけじゃないと思う」
「……シホ?」
「私も、リオに、私を壊す責任を、一人で持たせようとした。それが当たり前だと思ってた。リオがどう思うかなんて、考えてなかった」
最初に会った日、リオは、私を壊す責任は自分にある、と言った。私は、それでいいと思っていた。
ウォルターが、一人で背負ったのと同じように。
私が、ルビコンで一人で背負ったのと同じように。
「……ごめん」
リオは、何も言わなかった。
「私も、これからどうすればいいか、まだわからない。リオも、たぶん同じ」
リオは、まだ下を向いたままだった。
「……だったら、一緒に考えればいい。私も、リオも、まだこれからだから」
リオは、長いあいだ黙っていた。
モニターの光が、リオの顔を青白く照らしている。
その手が、体の横で、ぎゅっと握られていた。
やがて、リオが小さく息を吐いた。
「……非合理的ね。けれど……合理的に考えて、エリドゥとエアの管理を、事情を知らない誰かに任せるのは、リスクが高すぎるわ」
ほんの少しだけ、かすれた声だった。
リオは、目を閉じた。
「……残るわ」
その一言で、部屋の空気が、ふっとゆるんだ。
壁にもたれていたネルが、大きなため息をついた。
「……ったく。引き止めてほしいんなら、最初からそう言えっての」
リオが、ネルの方を見た。何か言いたそうな顔をして、でも、何も言わなかった。
「最初から、素直にそう言えばいいんですよ」
ヒマリは、車椅子の背もたれに体をあずけて、大げさにため息をついた。
本当にしょうがない人ですね、と顔に書いてあった。
リオは、少しだけ目をふせた。
「……そうね。そうするべきだったわ」
言い返す気は、ないみたいだった。
ヒマリが、目を丸くした。
それから、ふいっと顔をそむけた。