猟犬は透き通る空の夢を見る   作:ピンカル

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六十二話:してほしいこと

ゲーム開発部の四人は、しばらく泣きやまなかった。

くっついたまま、ずっと離れなかった。

 

……さっきまでの私も、あんなふうだったのかな。

 

そう思ったら、なんだか顔が熱くなって、私は四人から目をそらした。

 

そらした先に、リオがいた。

モニターのそばで、少しはなれたところから、四人を見ていた。

私と目が合うと、リオはすぐに、壁の方へ顔を向けた。

 

四人が落ち着いたのを見て、リオが口を開いた。

 

「……そろそろ、いいかしら。Keyの対策について、決めておきたいことがあるの」

 

モモイの肩が、またびくっとはねた。

アリスが、ミドリの服のすそをぎゅっとつかむ。

 

「さっきも言ったとおり、Keyを今すぐアリスから引きはがすことはできない。なら、その代わりになる手が必要よ」

 

リオは、指を二本立てた。

 

「アリスを、どこにも出さないように閉じこめておくか。それとも、アリスのそばに見張りを置くか」

 

それから、立てた指を一本だけ折った。

 

「……一番合理的なのは、シホとエアが、アリスの見張りにつくことよ」

 

みんなの目が、私に集まった。

 

「エアがシホの中に戻らない限り、二人がそばにいること自体は問題ないわ。それに、エアはエリドゥを握っていながら、何もしなかった。信用する根拠としては、十分よ」

 

リオは、そこで一度だけ私の方を見た。

 

「シホなら、Keyが表に出たアリスでも、力ずくで止められる。そしてエアなら、Keyが何かしようとすれば、すぐに気づけるはずよ」

 

リオの話を聞きながら、私は何度か小さくうなずいていた。

断る理由なんて、どこにもない。

 

「わかった。やる」

 

『私も、異論はありません。ただ……見張られる側の気持ちも、考えるべきでしょう。ゲーム開発部の皆さんは、どうですか?』

 

エアの声は、さっきまでリオに向けていたものより、ずっとやわらかかった。

 

エアにそう聞かれて、モモイが「えっ」と顔を上げた。

 

「わ、私たち? えっと……シホが部室に来るのは、全然いいんだけど……」

 

モモイは、ちらっとアリスを見た。

 

「でも、『見張り』っていうのは、ちょっと……。ずっと誰かに見張られてるなんて、私だったら絶対やだもん」

 

モモイは、自分の腕をさするようにして、ぶるっと肩をふるわせた。

 

「部室にいるときも、ゲームしてるときも、ずーっとだよ? そんなの、全然楽しくないじゃん……」

 

モモイの声が、だんだん小さくなっていく。

アリスも、少しだけうつむいた。

 

先生が、ゆっくりと手を挙げた。

 

"それなら、シホをゲーム開発部に預けるっていうのはどうかな"

 

「預ける……?」

 

"うん。見張りじゃなくて、友達として"

 

先生は、モモイとアリスの顔を、順番に見た。

 

"シホは今、自分のやりたいことを探している途中なんだ。だから、みんなで一緒に探してあげてほしい。もちろん、シホがよければ、ゲーム作りもやってみてほしいな"

 

先生は、私の方を見て、少しだけ笑った。

 

見張りの仕事のはずが、いつの間にか、遊ぶ話になっている気がする。

……でも、アリスのそばにいられるなら、どっちでも同じだ。

 

モモイの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「それなら大歓迎だよ! だってさ、エアって超高性能AIなんでしょ!? それならデバッグとか一瞬で終わらせてくれたり、シナリオとかもズバババン!って仕上げてくれたり……!」

 

「お姉ちゃん、最初からこき使う算段を立てないでよ……。でも、いいんですか? シホちゃんって、ヒマリ先輩の部活にいたんですよね?」

 

ミドリはあきれた顔のまま、私の方を見た。

 

言われて、私も気になった。

私は特異現象捜査部の部員で、デカグラマトンの調査だって、まだ終わっていない。

 

私は、確認するようにヒマリの方を見た。

ヒマリは、迷わずうなずいた。

 

「もちろん、かまいませんよ。こちらの活動も、毎日あるわけではありませんからね」

 

ヒマリは、私の方を見てやわらかく笑った。

 

「シホの力が必要なときは頼らせてもらいますが、そうでなければ、ゲーム開発部で過ごしてもらってかまいません。……その方が、シホにとってもいいでしょう」

 

エイミが、ぼそりと言った。

 

「……私は結構忙しいんだけど。シホがいないと、現場に出るの私だけになるし。……でもまぁ、アリスとシホのためならいいよ」

 

エイミはそう言って、仕方ないといった顔で息を吐いた。

 

私は、モモイたちの方を向いた。

四人の顔が、少しだけこわばった。

ミドリが、半分だけアリスの前に出る。ユズは、モモイの背中に隠れた。

 

……無理もない。さっき、モモイたちを思いきりぶっ飛ばしたばかりだ。

 

「……モモイ」

 

「な、なに!?」

 

モモイの声が、裏返った。

私は、モモイに向き直って姿勢を正した。

 

「さっきは、ごめん。モモイを傷つけたし、ひどいことも言った」

 

それから、ミドリとユズとアリスの顔も、順番に見た。

 

「みんなも……ごめんなさい」

 

左腕は吊ったままだから、右手だけを床について、頭を下げた。

部屋の中が、静かになった。

 

「……別にいいよ! ゲームしてるときだって、ケンカした後に仲直りするなんて、よくやることだし!」

 

一番に答えたのは、モモイだった。

そう言って、にっと笑う。

その後ろから、アリスが顔を出した。

 

「パンパカパーン! シホとエアが、仲間になりたそうにこちらを見ています! ……もちろん、答えは『はい』です!」

 

アリスの声に、いつもの元気が戻っていた。

 

「……うん。これからよろしく」

 

私は右手を差し出して、モモイとアリスと、順番に握手をした。

 

ヒマリが、こほんと咳ばらいをした。

 

「……さて。残るは、エアの端末ですね。エリドゥから出るなら、エアにはどこかに移ってもらわなければいけませんが……」

 

ヒマリが、考えるように指をあごに当てた。

そのとき、入り口の方から声がした。

 

「――話は聞かせてもらった!」

 

みんなが、いっせいに振り返った。

 

ひしゃげた扉のところに、エンジニア部の三人が立っていた。ウタハが、なぜか胸を張っている。

 

「そういうことなら、私たちに任せてくれたまえ!」

 

"ウタハ!? いつの間に!?"

 

先生が、目を丸くした。

 

「実を言うと、結構前からいたのだが……いい感じの雰囲気で話が進んでいるのが聞こえてね。部屋に入りづらくて、機会をうかがっていたというわけさ」

 

ウタハは、気まずそうに頭をかいた。

……結構前、というのは、どのくらい前からだろう。

私が泣いていたところも、聞かれていたのかもしれない。耳の先が、また熱くなった。

 

コトリが、目をきらきらさせて前に出てきた。

 

「自分の意志を持ったAI……! なんとロマンあふれる存在でしょうか! これはもう、彼女が入る端末も、特別なものにするほかありません! 飛行機能は必須として、それから……!」

 

「自爆機能なら、任せてほしい」

 

ヒビキが、うずうずした様子で手を挙げた。いつもは眠そうな目が、めずらしく大きく開いていた。

 

「小型でも、威力はちゃんと出せるようにするから」

 

『やめてください。そんなものを付けて、どうするつもりなのですか』

 

エアの返事は、いつになく早かった。

 

「待ちなさい」

 

盛り上がる三人を、リオの声が止めた。

 

「彼女の端末については、機能に制限をかける必要があるわ」

 

「制限?」

 

「ええ。エアは、ミレニアムにあるどのAIよりも高性能よ。少なくとも、エリドゥを乗っ取ろうとしたKeyを、追い出したほどの力がある。そんな存在に、特別な端末を与えるわけにはいかないわ」

 

ウタハが何か言いかけたけど、リオはそれより先に続けた。

 

「ネットワークへの接続には、厳しい制限をかけさせてもらう。武装も一切なし。それが条件よ」

 

そう言いながら、リオはモニターの中のエアを一度も見なかった。ウタハの方を向いていても、目はウタハの手元のあたりにあった。

 

ウタハが、肩をすくめた。

 

「固いことを言わないでくれよ、会長。電子生命体と言っても言いすぎではない存在だ。ぜひとも、いろいろ試してみたいことがあるんだが」

 

「許可できないわ」

 

リオの返事は、短かった。

 

ウタハは、しばらくリオの顔を見ていたけど、やがて小さく息を吐いた。

 

「……わかった。どういう端末を用意するかは、あとで打ち合わせをしよう」

 

「いえ、それに関しては、ヒマリに引き継ぐわ。私には、後始末として、他にやるべきことがあるから」

 

リオは、さらっとそう言った。

ヒマリの眉が、ぴくりと動いた。

 

「嫌ですよ。なんで私が引き継がなければいけないのですか? あなたが自分でやればいいでしょう?」

 

ヒマリはそう言ってから、首をかしげた。

 

「……そもそも、あなたが私に何かを任せることはあっても、そのまま引き渡すことはありませんでした。一体、何を考えているのですか?」

 

リオは、ヒマリの方を見なかった。

 

「エアの端末で一番大事なのは、ネットワークの制限よ。外とのつながりをどこまで許して、どこから断つか。……その分野なら、私より貴女の方が上だわ」

 

ヒマリが、目を丸くした。

 

「……あなたの口から、そんな言葉が出るとは思いませんでした。では、その『他にやるべきこと』というのは?」

 

「エリドゥの後始末よ。……全部、終わらせるわ」

 

「終わらせたら、どうするのですか?」

 

リオは、すぐには答えなかった。

 

「……今回、私はミレニアムを危険にさらしたわ。けじめをつける必要がある。……あとのことは、貴女たちに任せるわ」

 

まるで、決まった予定を読み上げているみたいな声だった。

 

リオは、それだけ言うと、またモニターの方に向き直った。

みんなが泣いて、笑っている間も、リオだけは、ずっとはなれたところに立っていた。

 

その横顔を見ていたら、胸の奥がざわざわした。

少し前の私も、きっと、あんな顔をしていた。

 

「……リオ」

 

私が呼ぶと、リオの肩が、ほんの少しだけ動いた。

 

「どこに、行くの」

 

「……どこにも。後始末をするだけよ」

 

リオは、やっぱりこっちを見なかった。

 

『いいえ。……あなたは、肝心なことを誰にも言わずに、全部一人で抱えて、一人で片付けようとしている。まだ知り合ったばかりですが……あなたのそういうところは、あまり好きではありません』

 

モニターから聞こえたエアの声は、リオにだけ向けた、冷たい声だった。

 

リオが、言葉に詰まった。

口を開きかけて、閉じる。何か言い返そうとして、やめたみたいだった。

 

部屋の中が、しんとした。

 

私は、アビ・エシュフの手から背中を離して、体を起こした。

わき腹が、ずきりと痛んだ。でも、今はそれどころじゃなかった。

 

「リオ。……ここに、いてほしい」

 

言ってから、気づいた。

 

それは、誰かに頼まれたことじゃなかった。

やらなきゃいけないことでも、なかった。

 

私が、そうしてほしかった。

 

リオが、私の方を見た。

でも、その目はすぐに下を向いた。

 

「……貴女に、そう言ってもらう資格は、私にはないわ。私は、貴女のヘイローを壊そうとした。アリスも。モモイのけがも、私の判断の結果よ」

 

モモイが、小さく息をのむのが聞こえた。

 

「……それに、私がいなくなれば、エアも貴女も、もう私を警戒しなくて済む」

 

リオの声が、少し低くなった。

 

「……合理的でしょう」

 

それを聞いて、背中がひやりとした。

 

私がいなくなれば、キヴォトスは燃えない。

いるだけで争いを生むなら、いなくなった方がいい。

 

あのとき、私はそれが正しいと思っていた。

みんながどんな顔で私を見ていたのか、全然わかっていなかった。……今なら、なんとなくだけど、わかる。

 

「それ、私が言ったのと、同じ」

 

リオの目が、わずかに揺れた。

 

「私も、いなくなればいいって思ってた。でも……そうじゃない選択もあった。……前に、言った。リオにとって、私は先輩みたいなものだって」

 

リオの肩が、また少しだけ動いた。

 

「だから、先輩として言う」

 

何を言えばいいのか、うまくまとまらなかった。

でも、言わなきゃいけないことは、わかっていた。

 

「リオだけが、悪いわけじゃないと思う」

 

「……シホ?」

 

「私も、リオに、私を壊す責任を、一人で持たせようとした。それが当たり前だと思ってた。リオがどう思うかなんて、考えてなかった」

 

最初に会った日、リオは、私を壊す責任は自分にある、と言った。私は、それでいいと思っていた。

 

ウォルターが、一人で背負ったのと同じように。

私が、ルビコンで一人で背負ったのと同じように。

 

「……ごめん」

 

リオは、何も言わなかった。

 

「私も、これからどうすればいいか、まだわからない。リオも、たぶん同じ」

 

リオは、まだ下を向いたままだった。

 

「……だったら、一緒に考えればいい。私も、リオも、まだこれからだから」

 

リオは、長いあいだ黙っていた。

 

モニターの光が、リオの顔を青白く照らしている。

その手が、体の横で、ぎゅっと握られていた。

 

やがて、リオが小さく息を吐いた。

 

「……非合理的ね。けれど……合理的に考えて、エリドゥとエアの管理を、事情を知らない誰かに任せるのは、リスクが高すぎるわ」

 

ほんの少しだけ、かすれた声だった。

リオは、目を閉じた。

 

「……残るわ」

 

その一言で、部屋の空気が、ふっとゆるんだ。

 

壁にもたれていたネルが、大きなため息をついた。

 

「……ったく。引き止めてほしいんなら、最初からそう言えっての」

 

リオが、ネルの方を見た。何か言いたそうな顔をして、でも、何も言わなかった。

 

「最初から、素直にそう言えばいいんですよ」

 

ヒマリは、車椅子の背もたれに体をあずけて、大げさにため息をついた。

本当にしょうがない人ですね、と顔に書いてあった。

 

リオは、少しだけ目をふせた。

 

「……そうね。そうするべきだったわ」

 

言い返す気は、ないみたいだった。

 

ヒマリが、目を丸くした。

それから、ふいっと顔をそむけた。

 

 

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