猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
画面の中で、私のキャラクターの蹴りが、ユズのキャラクターのあごに入った。
相手の体力のゲージが、ゼロになる。
大きな文字で「K.O.」と出て、部屋の中がわっとわいた。
「やったー! シホが勝ったー!」
「すごいです! シホが、ついにUZQueenから一勝をもぎ取りました!」
モモイとアリスが、私のうしろで飛びはねている。
ミドリが、ホワイトボードに線を一本書き足した。
私の名前の下に、一本。ユズの名前の下には、五本。
二本先にラウンドを取った方が、一回の勝ち。それを、先に十回勝った方が、本当の勝ち。
やっと一回勝てたけど、まだユズの方が、四つも先にいる。
「……やっと、一回」
コントローラーをぎゅっと握りしめていた指をゆるめると、手のひらにじっとり汗をかいていた。
「シホ、さん……今の、読まれてました。前より、ずっと、こっちの動きを見てます」
となりで、ユズがコントローラーを握りなおした。
目つきが、いつものおどおどしたユズとは違う。背筋をぴんと伸ばして、画面をじっと見つめている。
「次、いく」
「はい。……手加減は、しません」
「いらない」
キャラクターを選ぶ画面で、ユズは長いこと迷っていた。
私はコントローラーを持ったまま、部室の中をゆっくりと見回した。
エリドゥでの一件から、何日かたった。
アリスは無事にゲーム開発部に戻ってきて、私も、特異現象捜査部の部室よりここで過ごす時間が増えた。ゲームで遊んで、たまに、新しいゲーム作りを手伝わせてもらったりしている。
手伝うといっても、私には難しいプログラムのことは何もわからない。だからやっているのは、動かなくなったキャラクターがいないか、変な壁のすき間に挟まったりしないかを調べる、エアと二人での「デバッグ」というお仕事だ。
……私でもわかるくらい、みんなの作るゲームは、ちょっとおかしいところが多い。特に、テイルズ・サガ・クロニクルというユズが作ったゲームをやったときは、思わずコントローラを握りつぶしてしまった。
エアがバグを見つけて報告しても、モモイに『それは仕様だよ!』と言い切られるたびに、エアは、疲れたような、あきれたような声を出していた。
そのエアは、今日はここにいない。
新しい端末ができたとかで、朝から、今の端末ごとヒマリとウタハに預けている。エリドゥをリオに返してから、ずっと、とりあえずの端末で私のそばにいたから、横が静かなのは、なんだか変な感じだった。
モモイのとなりで、アリスが画面をのぞきこんで笑っている。
アリスの中のKeyは、あれから一度も出てきていない。
Keyの目的は何だったのか。『Divi:Sion』とは、何だったのか。今でも、詳しいことは何もわからないままだ。
もしかしたら、Keyにも、やるべきことがあったのかもしれない。……いつか、ちゃんと話を聞いてみたいと思う。
ユズが、小さく息を吸って、ようやく使うキャラクターを決めた。
七回目の勝負が始まる、ちょうどそのときだった。
とんとん、と部室のドアが軽く叩かれた。
私は、コントローラーを構えたまま、みんなと一緒に扉の方を見た。
「失礼しますね。おや、ずいぶんと盛り上がっているようで」
扉が開いて、ヒマリの車椅子が入ってきた。
その後ろから、先生と、荷物を抱えたエンジニア部の三人がぞろぞろと続いて入ってくる。
「あっ、来た来た! ヒマリ先輩、もしかして、できたの!?」
「ええ。お待たせしました」
モモイが身を乗り出すと、ヒマリは、にっこりと笑った。
"お邪魔するね。……もしかして、大事な対戦の途中だったかな?"
先生が私たちの手元を見て、困ったように眉を下げた。
「十回勝負。今、一対五」
"えっ、シホ、すごいね! あのUZQueenから一勝を取ったの!?"
先生が、目を輝かせてほめてくれた。
ほめられるのは、悪くない。だけど、一回勝っただけでそんなにびっくりされると、最初から一回も勝てないと思われていたみたいで、少しだけ悔しかった。私はちょっとだけ口をとがらせて、先生から目をそらした。
ウタハが、一歩前に出た。そのうしろから、コトリとヒビキが、布のかかった何かを運んでくる。
「待たせたね、シホ。……さあ、エア。みんなに顔を見せてあげるといい」
コトリとヒビキが、両端を持って白い布を取り払った。
その下から、赤くて丸い機械が、ふわりと浮かび上がった。
大きさは、私の頭より一回り小さいくらい。ミレニアムのロゴが入った赤い球が、羽もないのに、音も立てずに宙に浮いている。
『……お待たせしました、レイヴン』
スピーカーから、聞き慣れたエアの声がした。
少しだけ得意そうで、少しだけ照れくさそうな声だった。
「……エア」
私は、手を伸ばした。
指の先が、赤い表面にふれる。つるつるしていて、少しだけあたたかかった。
『くすぐったいですよ、レイヴン』
「機械なのに?」
『気分の問題です』
エアは、私の顔の横まで来て、そこで止まった。
とりあえずの端末のときは、ポケットの中から聞こえていた声。今は、顔のすぐ横から聞こえる。
「わぁ、すっごい! 本当に浮いてる!」
モモイが、目をきらきらさせてエアのまわりをぐるぐる回って観察し始めた。
「パンパカパーン! エアがパーティーに正式合流しました! これの形はまさしく、旅の案内をしてくれる妖精型のお供キャラです!」
『妖精……ですか? 私としては、もう少し実用的な相棒のつもりなのですが……』
アリスにそう言われて、エアの声が少しだけとまどっていた。
「本当なら、人型のアンドロイドにしたかったんだがね」
ウタハが、残念そうに肩をすくめた。
「会長に、書類の段階で真っ向から反対されてしまってね。『人の形をした体を与えると、できることが増えすぎて危険だ』と、ばっさり切り捨てられてしまったよ」
「ですが、宙に浮いて移動する機能だけは、エンジニア部の意地でなんとか押し通しました!」
コトリが、メガネをくいっと押し上げて胸を張った。
「それから……」
ヒビキが、自分の耳をぺたんと倒しながら、もじもじと何か言いかけた。
『自爆機能は、付いていませんよね?』
エアの声は、さっきよりずっと早かった。
「……付いてない。会長に、止められたから」
ヒビキは、自分の作ったおもちゃを取り上げられたかのように、すごく残念そうにうつむいた。
『……それなら、いいのです』
エアの声から、ふう、と本当に息を吐いたような音がした。
「……本当はBluetoothとNFC機能も、付けたかった。でも、それも却下された。……会長のケチ」
ヒビキが、がっくりと肩を落として文句を言っている。
「まあ、どれも外と電波をつなぐ機能だからね。Wi-Fiはもちろん、赤外線でデータを送ることまで全部禁止されるとは思わなかったけれど……あの会長の用心深さは、相変わらず抜かりがないらしい」
ウタハも苦笑いしながら頭をかいた。ヒマリが、車椅子の上でこほんと小さく咳ばらいをして、みんなの視線を集めた。
「では、大事なことをお伝えしておきますね。エアの端末は、通信の機能をほとんど止めてあります。例外は、シホの携帯端末とのつながりだけ。電話のように、離れていても話すことができますよ」
「わかった」
「ただし、ミレニアムのネットワークには、つながらないようにしてあります。もし、どうしても必要なときは、私かリオに許可をもらってください」
ヒマリは、浮いているエアの方を見た。
「……もっとも、あなたがその気になれば、こんな制限は簡単にくぐり抜けられるのでしょうけれど」
『そんなことはしませんよ。約束を破って、またレイヴンを困らせる気はありません』
「ふふっ。その言葉を聞けて安心しました」
ヒマリは満足そうに、柔らかく目を細めてうなずいた。
「リオは、来てないの?」
私が聞くと、ヒマリは、少しだけ楽しそうな顔をした。
「リオなら、セミナーの執務室で缶詰になっていますよ」
「かんづめ?」
「部屋から出してもらえない、ということです。今は朝から晩まで、エリドゥの後始末に追われていますよ。あの街は、ほとんど閉鎖に近い形になりましたから」
ヒマリは、口元に手を当てた。
「……それに、どうやらあの巨大な街を造るためのお金は、ミレニアムの予算をこっそり誤魔化して集めたものだったらしくて。それがセミナーの会計であるユウカに見つかってしまって……それはもう、部屋の外まで怒鳴り声が響くくらい、こっぴどく叱られていましたよ」
ヒマリは、こらえきれずに、ふふっと笑った。
「今は、ユウカの見張りつきで、書類の山と戦わされています。あのリオが、小さくなって作業している姿は、なかなかの見ものですよ。外の空気を吸えるようになるのは、まだまだ先の話でしょうね」
ユウカは、ネルと戦ったときに、ネルを叱っていた人だと思う。あの人に叱られるのは、たぶん、すごく大変だ。
「アビ・エシュフも、リオの手元に戻されました。もともと、リオが作ったものですからね」
「トキは?」
「トキは、もともとC&Cに籍だけはあったのです。けれど、それは表向きのことで、実際はずっとリオの命令だけを聞く側近として動いていました」
ヒマリは、少しだけ困ったように眉を下げた。
「今のリオには、部下にあれこれ命令を出している余裕はありませんからね。あれが自由に動けないあいだは、私がトキのお目付け役を引き受けることにしたのですよ」
「ヒマリが、自分から名乗り出たんだ。めずらしいこともあるものだね」
「ウタハ。余計なことは、言わなくていいのです」
ウタハが、楽しそうに笑った。ヒマリは、聞こえなかったふりをして、話を続けた。
「トキは、特異現象捜査部で預かることになりました。シホがゲーム開発部に遊びに来ることが増えて、部室が少し寂しくなっていたので、ちょうどよかったです。部活動は毎日あるわけではないので、C&Cの方にも、ちゃんと顔を出してもらっていますよ」
ヒマリは、そこで少しだけ声を落とした。
「……あの子にも、これからは、誰かに言われたとおりに動くだけではなくて。自分の頭で考えて動くことを覚えてもらわなければいけませんから」
リオに言われたことを、言われたとおりにやる。トキも、ずっとそうしてきたのかもしれない。
……私と、同じように。
「あっ、そうだ! ヒマリ先輩、トキって今度うちにも遊びに来る!? メイドさんが部室にいるの、ちょっとあこがれてたんだよね!」
「お姉ちゃん、トキさんをお手伝いさんか何かと勘違いしてない? 絶対にお茶くみさせようとしてるでしょ」
「ち、違うし! ただ次の新作ゲームの参考にするために、本物のメイドさんがどんな風にお掃除したりお菓子出したりするのか、ちょっとだけ見学したいなーって思っただけで……!」
モモイが慌てて両手を振って、ミドリがやれやれとため息をつく。いつものにぎやかなやり取りが始まった。
私は、その声を聞きながら、ぼんやりと手元のコントローラーを見つめた。
「名もなき神の遺産」をめぐる争いは、これでひとまず終わった。
アリスは、ゲーム開発部のみんなと一緒にいる。エアは、私のすぐ横に浮かんでいる。リオも、叱られながらだけど、ちゃんとミレニアムにいる。
誰も、いなくならなかった。壊されなくて、すんだ。
「……シホ、さん」
小さな声に呼ばれて顔を上げると、ユズがコントローラーを持ったまま、こっちを見ていた。
「あの……続き、やりますか?」
「やる」
私は迷わずにうなずいて、コントローラーを握り直した。
『レイヴン。ユズの、しゃがんだあとの動きに、少しくせがあります』
ルビコンでも、エアはこうして、気づいたことを教えてくれた。
敵の弱いところ。動きのくせ。それを聞いて、どう戦うかを決めるのは、いつも私だった。
たぶん、今のも本当だ。
でも、それが本当の隙なのか、ユズがわざと見せているのかは、まだわからない。
「……ありがとう、エア」
『はい』
「でも、それも、自分で見つけたい」
『くせのことも、ですか?』
「うん。その方がたぶん、楽しいから。……わがまま、だけど」
エアは、すぐには何も言わなかった。
横でふわふわ浮いている赤い球が、少しだけ揺れた。
『……わかりました。では、私は静かに応援することにしますね。頑張ってください、レイヴン』
声が、少しだけ笑っているように聞こえた。
◆
結局、十回勝負は、四対十で、私の負けだった。
「……負けた」
「シホ、さん……強かったです。特に最後の三回は、どっちが勝ってもおかしくないくらい、互角でした」
ユズはホワイトボードの線を見てから、汗をぬぐって、ふう、と深く息を吐き出した。
「次は……本当に、負けちゃうかもしれません」
「次こそ、勝つ」
「……はい。また、やりましょう」
モモイが「次は私と勝負だー!」と叫んで、ミドリが「お姉ちゃんじゃ、一回も勝てないよ」と返す。アリスが「アリスも参戦します!」と手を挙げる。
先生は、部屋のすみでそれを楽しそうに見ていた。ヒマリとエンジニア部の三人は、いつの間にか、エアのまわりで何か難しい話をしている。
ユズも、口もとをおさえて笑っていた。
さっきまで、ゲームとはいえ本気で私と戦っていた相手だった。負けて悔しいのに、胸の奥が少しだけあたたかい。
ユズが、こっちを見て小さく笑った。私も、たぶん同じ顔をしていた。
私は、窓の外を見た。
空が、青かった。
キヴォトスに来て、最初に廃墟から出たときに見たのと、同じ色だった。
ルビコンで、私は、エアの手を取らなかった。ウォルターの頼みを選んで、全部を燃やした。
あの選択が正しかったのかは、今でもわからない。これからも、ずっとわからないのかもしれない。
でも、もう一人で考えなくていい。
たすけて、と言えた。ここにいてほしい、と言えた。してほしいことは、言えるようになった。
やりたいことは、まだ、よくわからないけど。
……ユズに、勝ちたい。
エアに教えてもらうより、自分で見つけたい。それは、誰かに頼まれたことじゃなかった。
――これからのお前の選択が……お前自身の可能性を広げることを祈る。
ウォルターが言っていたのは、きっと、こういうことだったんだ。
『レイヴン?』
横から、エアの声がした。
「……なんでもない」
私は青空から目を離して、もう一度、手の中のコントローラーをしっかりと握り直した。
「モモイ。次、私とやる」
「えっ、ちょ、ちょっと待って!? 今の流れで私!?」
部室の中に、また、にぎやかな声が広がった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
今回で「時計じかけの花のパヴァーヌ 友情と選択と火のアンサー編」は完結です。
実はこの作品が自分にとっての初投稿でした。
これまでは「完結してから公開しよう」と思って書いていたのですが、だいたい途中で止まってしまっていて……。
それなら自分を追い込もうと、思いきって未完成のまま投稿を始めたのがこの作品でした。
おかげで、こうして一つの章を最後まで書ききることができました。
読んでくださった皆さんのおかげです。
続きも考えてはいるのですが、まだプロットがまとまりきっていないので、次の投稿は少し先になりそうです。
気長にお待ちいただけると嬉しいです。
せっかくの章の区切りなので、少しだけこの作品について話させてください。
最初は「AC6の主人公をブルアカの世界に放りこんで無双させよう」くらいの軽い気持ちで書き始めました。
ただ、書いているうちに、ブルアカは結果よりも過程を大事にする物語で、生徒たちが成長していく物語でもあるよなあ、と思うようになりました。
そして自分の解釈では、本編を終えたレイヴンは精神的に完成していて、成長する余地がほとんど残っていないと考えています。
そこで、幼女にして心も幼くすることで、もう一度成長していける余地を残そうと思って、シホが出来上がりました。
個人的には、ACの世界には「レイヴンの火」ルートか「コーラルリリース」ルートが合っていると思っています。
一方で、ブルアカの世界に合うのは「ルビコンの解放者」ルートだと思っています。
だからこの章では、レイヴンの火を選んだシホが、今度はルビコンの解放者ルートを選べるようにしたかったんです。
自分にとって、この二つのルートの違いは、「一人で全部を抱えて、一人で解決する道」か、
「仲間を頼って、みんなと一緒に可能性を探していく道」か、だと思っています。
シホが「たすけて」と言えたこと、リオに「ここにいてほしい」と言えたことが、この章でのシホなりの答えでした。
今後は、いくつか日常の話を書いてから、イベントストーリー、最終章、鋼鉄大陸編……と進めていくつもりです。
エデン条約編の第四章をどう扱うかは、まだ考え中です。
ひとまず、鋼鉄大陸編までは書ききりたいと思っています。
これからも、シホとエアたちのことを見守っていただけたら嬉しいです。
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