とある麗華様ファンの憂鬱   作:panic! core Dump

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天体Xの託宣と、秘密のノア

第3者視点:日本の影の政府「御三家」某最高幹部の回想

 西暦2086年冬。我々、米英日の魔法界最上層部の一部だけが共有する暗号通信網は、言語を絶する絶望に包まれていた。

 予知能力者たちの託宣により予見された恒星級遊星「天体X」の襲来。そして、その事実を確認するために宇宙へと隠密裏に打ち上げられた最新鋭探査機の観測結果を解析し、明らかとなった地球滅亡へのシナリオは、他国には当然のこと、米英日の一般国民、さらには日本の表の最高権力である「十師族」にすら完璧に秘匿される事となった。

 なぜなら、米英の魔法界上層部の一部は、地球に住む全人類を救うことなど端から諦め、自分たちの一族と選別された特権階級だけを巨大宇宙船に乗せて外宇宙へ逃がす『太陽系脱出計画(ノア)』を、秘密裏に推し進める事を決定したからだ。この秘匿はエシュロン2すらハッキング不可能な完全遮断仕様で行われた。

 だが、日本側のメンバーであった私は、ノアの巨大宇宙船を建造する莫大なコストと残された短い時間に焦燥していた。そこで私は、四葉家がその存在を隠蔽し、当時わずか9歳にして、質量を純粋なエネルギーへと変換して解放する究極の破壊魔法『マテリアル・バースト』のコードをその身に宿していた少年――司波達也の存在に目をつけた。彼の持つ規格外の分解能力であれば、あの天体Xを破壊できるのではないか。

 私は、四葉家が彼の存在を秘匿している都合上、四葉家当主にすら一切悟らせることなく、秘密裏に9歳の司波達也に私自らが直接接触し、天体Xの諸元を提示して確認を求めた。

「――不可能だ」

 当時9歳の少年は、精神構造を改変された形跡を残す、驚くほど冷徹な瞳でデータを見つめ、淡々と答えた。

「天体Xの現時点の推定位置はオールトの雲の外辺、地球からの距離はほぼ2光年、先ずこの距離が致命的だ。今この地上から天体Xを観測してもその情報は約2年前の物、仮に数光時の距離に接近したとして、マテリアル・バーストの出力自体は質量をエネルギーに変換できるが、対象の速度は光速の10%(秒速約3万キロメートル)に達している。この世界の魔法の仕様において、情報層(イデア)への干渉速度および照準固定(ロックオン)の限界レートを遥かに超えた速度の暴力だ。光速の1割という超速度で移動し続ける情報体を正確に捕捉し、情報付着を完遂させるなど、現在の俺のシステム演算では逆立ちしても『照準不可能』。俺の干渉権限の枠を完全に超えている」

 少年から突きつけられた、技術的限界という名の絶対的なリジェクト。私は絶望した。だが、私はこの少年の口を封じる必要があった。

「……分かった。では達也君と妹の深雪君。二人の名前を、ノア計画の『生存確定メンバー』の最優先枠にアサインすることを約束しよう。その代わり、この遊星の件は、墓場まで絶対に秘密としてくれたまえ」

 少年は、暫く沈黙したが、妹の生存が保証されるのであればと、その契約を受け入れたのだった。

 

麗華(中身:気弱な元研究者)の視点

 それからしばらく経ったある日の午後、目白の仁科本邸の奥座敷。お父様に呼ばれてトボトボと歩いていった私は、そこで恐ろしく厳格な雰囲気を纏った「お父様の仕事関係の偉いお客様」と対面し、提示された書類を見て心臓が止まりそうになっていた。

「麗華、これが我が御三家と米英の最上層部が極秘裏に捉えた、太陽系に迫る恒星級遊星『天体X』の諸元データだ。米英の腰抜けどもは宇宙船を造って逃げ出す『ノア計画』とやらに血眼になっているが……我が仁科の至宝たるお前の頭脳なら、このインシデントへの対策コードを弾き出せるのではないか?」

 お父様の言葉に、私は生きた心地がしていなかった。

(ひえええええええ! 太陽の20%の質量で、0.1光速で太陽系へ!? なんで前世で暗殺爆発に遭って、今度は宇宙規模の無茶振りを有給なしのノー休日の会議で振られてるんですか!?)

 だが、前世の「超優秀な研究者」としての脳が、私の恐怖とは裏腹に、勝手に天体Xのデータを解析し始める。

(天体Xの全情報体を脳内キャッシュに展開、情報因果律を反転して反物質ベクトルを算出……. あ、消せるわ。私の出力仕様なら、光速因果律を超越して1ミリの残光の漏れもなく次元の隙間に廃棄可能ね……)

 消せる。消せるが、絶対に「はい」なんて言ってはダメだ! ここでそんな大見得を切ったら、それこそ次の日から世界中の利権組織から拉致対象にされて、定時退社どころか一生秘密の地下研究所で奴隷案件じゃないの!

でも消さないと、このままでは、遅くとも15年以内に太陽系に影響が・・・。そうだ、15年あるんだ。ここは無理だと言って、数年後に誰にも言わずに消せばいい。私が消したと知られなければ良いんだ・・・。さすが私、さすわた。

 私が全力で「さすがに無理です!」と言おうとしたまさにその時だった。お父様の隣に座っていた、見るからに神経質そうな、日本の影の政府「御三家」の最高幹部であるというそのお客様が、冷酷に目を細めて私をじっと見据え、鋭い口調で口を挟んできたのだ。

「栄一郎どの、いくら神童と謳われる麗華お嬢様でも、これは酷というものだ。この遊星の移動速度は光速の10%(秒速約3万キロメートル)に達している。情報付着による座標固定の限界レートを遥かに超えた速度の暴力。先ほど、世界最高峰の分解魔法を持つ『ある秘密兵器の魔法師』に直接確認してきたが、その者ですら『この速度では照準不可能、干渉権限(レンジ)の枠を超えている』と完全に否定してきたのだ。いかに仁科の至宝とはいえ、わずか10歳の少女に、光速の1割で疾走する恒星級の超質量を捕捉するなど、この世界のシステム仕様上、絶対に不可能――」

 その言葉を聞いた瞬間、私の元研究者としての「技術的なプライド」と「社畜根性」が、ビビりな本音を置き去りにして、条件反射でバグのごとく最悪の誤作動を起こしてしまった。

(はあ!? 何言ってるのこのおじさん!? 光速の10%ごときが何よ! 既存の現代魔法のトロい照準システム(CAD)基準で考えてるからそうなるのよ! 私の魂に直書きされた『光速因果律超越テレポート』の演算コードなら、対象の移動速度が光速の99%の限界値だろうが、相対性理論の座標エラーをハッキングして完全に静止オブジェクトとしてリアルタイムキャッシュにホールド(ロックオン)できるわよ! 私の完璧なデバッグ理論を、どこの誰だか知らないポんコツ魔法師の技術不足と一緒にしないでくれる!?)

 前世で、頑固なベテラン研究員や無茶な役員たちから「こんな仕様、実装できるわけがない」とバカにされるたび、悔し涙を流しながら徹夜の数式デバッグでそいつらの鼻を明かしてきた『白衣の社畜の哀しき職人魂』が、極度の対人恐怖症によるパニックと混ざり合い、信じられないほどの傲慢な言葉(吉祥院麗華様モード)となって口から飛び出してしまったのだ。

「……ふ、ふふん。お言葉を返すようですけれど、そちらの『秘密兵器』とやらの演算レートが、その程度の低スペックな仕様に過ぎないのではなくて? 光速の10%? ――ええ、ええ、お父様、そんな生緩い速度、私の『反物質』の処理速度(クロック)の前には、止まっているオブジェクトをデリートするのと何ら変わりありませんわ。塵も残さず、綺麗に仕様変更(消滅)して差し上げますわよ。おほほほほ!」

 言い切った瞬間、私は(あ、終わった。何口走ってんの私のバカバカバグの塊!!)と頭が真っ白になり、裏で冷や汗を滝のように流してガタガタと震えていた。だが、私のその「恐怖による顔面硬直」は、美化フィルターのせいで『絶対的な知性と不敵な風格を湛えた亜神の微笑み』へと完璧に変換されていた。

 私の言葉を聞いたその最高幹部のお客様は、幽霊でも見たかのように顔面を真っ青に染め、ガタガタと歯の根を鳴らしてその場にへたり込んだ。

「光速の10%を……止まっているのと変わらない、だと……!? 現代魔法の限界という仕様そのものを、ハッキングして嘲笑うというのか……! なんという化物……いや、本物の地上の亜神が、ここにいたというのか……っ!」

 お父様は我が意を得たりと満足そうに深く頷き、怯えきった米英の指導者たちへ通信を繋いだ。

『臆病者どもに告げよ。我が家の愛娘がその遊星を破壊する。信じられぬと言うのなら、今から土星の第1衛星ミマスに目を向けよ』

ちょっと待ってお父様!? 私の力を証明するために土星の衛星を一個お試しで消せって意味!? ひえええ、土星の衛星勝手に消しても良いの!? 宇宙の天体図を個人レベルで書き換えたら、天文学界からの利権クレーマーが怖いよおおう!!

 

NASAおよび全世界の天文関係者の記録

 西暦2088年春、その瞬間、東京の仁科邸から放たれた10歳の少女の意識が、数億キロ先の土星の第1衛星「ミマス」をリアルタイムでロックした。そして、東京と土星を結ぶ光のタイムラグ――正確に1時間41分が経過したその時。全世界の天文台、NASA、欧州宇宙機関(ESA)のアラートが一斉に狂ったような警告音(アラート)を鳴らし響かせた。

「……ミマスが、消失した……!? 軌道データ、光学的反応、重力波、すべてが完全にゼロだ!!」

「爆発ではない! 周囲の土星の環や他の衛星への重力影響が、完璧に計算・中和されている……! 天体そのものが、最初から宇宙に存在しなかったかのように消去されたというのか!?」

 極秘裏にデータを観測していた天体物理魔法の権威たちは、髪を掻きむしり、コーヒーカップを床に落として愕然とモニターを凝視した。宇宙の物理法則そのものを書き換え、完璧なエネルギー制御をもって直径約400キロの衛星を消し去った神の御業。米英の最上層部は、日本の御三家筆頭が抱える「仁科麗華」という地上の神の存在に、ただただ平伏し戦慄するしか無かった。だが、この太陽系規模の天変地異すらも、各国の一般国民や日本の十師族には自然現象として認知されるよう情報操作され、完璧な秘匿が継続されていた。

 

麗華(中身:気弱な元研究者)の視点

(あああもうお父様の視線が怖いからやるしかないんだ! 怒られたら始末書書くよ! 位置情報固定よし、対消滅発動!)

 なんとか隣の星にぶつけずにミマスを処理し終えた私は、(ひ、天体データに不具合起きてないよね!? 大丈夫だよね!? でも本番はこれから。私の胃が・・・)と冷や汗を流していた。

その頃、本邸の会議室では、顧問の櫟が「櫟、感動のあまり言葉もございません!」と涙を流し、氷室が「日本国内での無駄な方舟の建造計画を完全に差し止めます」と冷徹に事後処理を進めていた。目立たないようにという私のあがきは、日本を「米英の方舟デスマーチ」から唯一救い出すという、最大級 of 逆効果(神格化)を生み出していた。

 

第3者視点:USNA最高解析官ハミルトンの回顧録

 西暦2088年12月20日、地球から2光年という、まさに天文学的な距離にある天体Xに対して、本番の作戦が決行されようとしていた。作戦はその宇宙的規模に反し、機密保持のため東京にある仁科家地下研究施設の一室で最低限の関係者が見守る中実施された。作戦実施の3分前に土星の衛星を消し去った亜神、仁科麗華が現れた。真剣な眼差しで斜め上の一点に注目している。おそらくその方向に天体Xがあるのだろう。予定時間になると彼女は、ゆっくり目を閉じ小声でまるで呪文のような言葉を唱えた。後で聞いたら日本語で「光速因果律超越対消滅発動」と言ったらしい。その瞬間、彼女の体全体が強い光に包まれあまりの眩しさに目を覆い彼女から顔をそむけた。その状態が数十秒続いた後、ようやく光が収まり彼女の方を見ると、彼女は目を開き父親である仁科氏に日本語で何かを伝え、再び斜め上の一点を注視しながら仁科氏に支えられて部屋を後にした。これも後で聞いたが彼女は「終わりました」と言ったらしい。

彼女の放った強烈なサイオン波は、魔法師では無い私が見ても未曾有の因果律改変が行われただろうことを示してはいた。だが、こちらは三次元の物理世界だ。魔法が光速を超えようとも、その結果である『質量消滅の光』が地球に届くには、光速で丸2年の歳月が必要となる。ただ、終わった後も彼女が再び斜め上の一点を真剣な眼差しで注視していたのが気になり、私は思わず「本当に成功したのか……?」と口にしてしまった。

帰国した私は、お気に入りのマイ胃薬「パンシロン」をあおりながら毎日天体Xの観測画面を見つめ続ける事となった。

「万が一、あの子供の数式にバグがあり、エネルギーの指向性がこちらに向いていたら、我々に届くのは太陽系の蒸発だ……」

我々USNAの上層部にとって、それは狂気と隣り合わせの「2年間の暗闇」だった。我々は狂いそうな不安から逃れるように、生存確率を1%でも上げるため、極秘の『太陽系脱出計画(ノア)』の宇宙船建造のペースをさらに加速させた。10歳の少女の「終わりました」という言葉に怯えながら、絶望の箱舟を造り続けるという、歪な精神状態があがきとして2年間続いた。

 

麗華(中身:気弱な元研究者)の視点

(よし、現場の検収完了! 確かに遊星は跡形もなく消滅しました。私の仕事はこれでバッチリ終わりです! あとは残業代(おやつ)を請求するだけね!)

 私の「眼(エレメンタル・サイト・コスモス)」は光速因果律を超越しているため、対消滅の発動と同時に巨大遊星が塵一つ残さず完全に消滅した事実をはっきりと捉えていた。私は役目を終えて、安堵のあまり眠そうにお父様の胸に顔を埋めた。「終わりましたわ、お父様。あとは、光が届くのを待つだけです」

 私の頭の中は、この部屋に入る直前に「エレメンタル・サイト・コスモス」(近距離も可)で見つけた厨房の冷蔵庫にある大好物のフォンダンショコラを食べることでいっぱいだった。米英の真の指導者たちがそこから2年間、生殺しの恐怖デスマーチに突入していることなど知る由もなく、私は「完璧に仕様をこなしたから、これでしばらくは引きこもり仕様(モブ令嬢ライフ)に戻れるわね」と堅実な平穏を噛み締めていた。

 

第3者視点:ハワイ合同観測基地の管制官の証言

 西暦2090年の冬、正確に730日が経過した夜。我々は全員が血走った目でモニターを凝視していた。その時、深宇宙から届いた光が、観測システムのアラートを一斉に鳴らし響かせた。

「……!? オールトの雲外縁部、急激な高エネルギー反応! 光度、限界値を突破!」

モニターの端で、一瞬だけ、宇宙の誕生を思わせるほどに神聖な「純白の残光」が爆発的に弾けた。彼女が次元の隙間に逃がしきれなかった、対消滅の最後の瞬き。正式なデータ解析が行われ、それまで太陽系を滅ぼすために冷たく輝いていた質量反応が、ふっと完全に宇宙の闇から掻き消えた。

「質量、ゼロ……! 反応、完全に消失!!」

米英日の一部の最高指導者たちがその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。12歳の少女が2年前に言った言葉が、一分一秒の狂いもなく正しかったのだ。我々が2年間死に物狂いで建造してきた脱出宇宙船は、彼女の指先一つでただの「巨額の無駄遣い」へと変えられた。この日、米英日の真の指導者たちにとって、仁科麗華は「地上の亜神」となった。

 

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