とある麗華様ファンの憂鬱   作:panic! core Dump

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周囲の勘違い

エピソード1:朝食のパンと国家食糧安保

 麗華が16歳になったある朝のこと。前世の研究者時代、深夜残業の唯一の癒やしとして「お取り寄せ高級デニッシュパン」を貪っていた彼女は、仁科邸の食堂で供された超一流シェフの手による特製パンを一口食べ、あまりの美味しさに思わず遠い目をして呟いてしまった。

「……素晴らしい構造(焼き加減)ですわ。このデニッシュの層の多さ、あるいは口当たりの柔らかさは、まさに完璧な仕様書通り。これほどの配給インフラが常に保たれるのであれば、人類はどのような経済危機(バグ)に直面しようとも、決して不具合(餓死)を起こすことはありませんわね」

 ただの「このパン、めちゃくちゃ美味しい!」という感動 of 独白だった。しかし、背後に控えていた給仕長と、お給仕の様子を監視していた氷室は、その言葉を完全に聞き逃さなかった。

(お嬢様は、現在の小麦利権の乱れによる国際的な食糧危機の波形をすでに完璧に演算し、その上で、この『層状のデニッシュ構造』にこそ、次世代の超長期備蓄用高エネルギー食糧のヒントがあると我々に示唆されたのだ……!)

 その日の午後、氷室の私設情報工作部隊を介し、仁科グループの傘下にある全バイオ農業研究所に極極秘の最高プライオリティ指令(アサイン)が下された。

『最高難度の極秘案件。麗華お嬢様の託センに従い、空間干渉魔法を用いた「分子構造をデニッシュ状に多層ホールドした超長期保存型・高カロリー人工穀物」の開発に着手せよ。開発コードは【DENISH】。半年以内にプロトタイプを検収段階まで持ち込め。遅延は許されない』

 数ヶ月後、何も知らない麗華が「最近、朝食に私の大好きなデニッシュパンが、なぜかブロック状の高分子圧縮バーみたいなデザインになって毎日出てくるのは何でかしら……。ちょっと硬くて顎が痛いわ……」と涙目で胃薬を飲みながら圧縮パンをホールドしている裏で、日本の食糧自給率は理論上120%を突破。佐渡島の件で彼女の恐ろしさを知った十師族や国防軍の上層部は「仁科家は魔法工学だけでなく、食糧安保の概念すらも自らの仕様で上書きするつもりか……!」と戦慄し、平伏の度合いをさらに強めていた。

 

エピソード2:自作CADの仕様確認と櫟のオーバーフロー

 麗華が一高に入学する直前、魔法顧問の櫟(くぬぎ)が、お嬢様のために血と汗を流して独自開発した特製の高級汎用CADをお座敷に持参した。櫟としては、お嬢様の「神の領域の出力」に少しでも耐えられるよう、仁科家の全財力を注ぎ込んだ最高級のサイオン増幅クリスタルを組み込んだ自信作だった。

「お嬢様、この櫟が残りの寿命を全て注ぎ込み、お嬢様の神速の演算に追従できるよう構築した仁科家専用CAD【天叢雲(あめのむらくも)】にございます。どうか仕様チェックをお願いいたします」

 櫟が震える手で差し出したそれを見て、麗華(中身:ビビり研究者)は内心で激しく絶叫していた。

(暗殺兵器よこれえええ! 何これ、めちゃくちゃゴツくて、想子を流したら周囲一帯の空間ごと反物質で消し飛ばしそうな禍々しいオーラを放ってるんだけど!? 怖い! こんな危ない文房具(CAD)持って学校に行ったら、初日で警察に職質されて一発で逮捕案件じゃないの! コンプライアンス意識どうなってるのよこのおじいちゃん!!)

 麗華は恐怖のあまり頭が完全にフリーズし、そのCADを手に取ることすらできず、ただ能面のような引きつり笑いのまま、そっと人差し指でCADの起動ボタンをトントン、と二回だけ叩いて元の位置に押し戻した。

「……櫟。私には、これほどの過剰な増幅仕様(ハードウェア)は必要ありませんわ。デバイスに頼るようでは、基礎コードのデバッグ(自身の魔力制御)が疎かになりますもの。この仕様書は……一度、差し戻しにいたします」

 本音は「こんな核兵器のスイッチみたいな危ないメカ、私の机の引き出しに置いとくだけで夜も眠れなくなるから今すぐ持って帰って!」という全力の拒絶(リジェクト)だった。しかし、これを見た櫟は、その場に頭を大理石の床へ叩きつけ、血を流さんばかりの勢いで号泣し始めた。

「おお……おおおお! なんという不遜な……! 私は、お嬢様がCADというデバイスの枠組みすら必要としない『生ける魔法演算領域そのもの』であられるという絶対の仕様を忘れ、このような玩具を誇ろうとしてしまった! 『デバイスに頼るようではデバッグが疎かになる』……! すなわち、デバイスなどという不純な媒介を挟むこと自体が、お嬢様の純粋なる情報干渉を阻害するノイズに過ぎないというお叱り……! 櫟、この老骨、己の未熟さに涙が止まりませぬ!!」

 櫟はそのまま気逐するような勢いでCADを回収し、研究室へと引きこもった。

(お嬢様の高次演算を一切阻害しない、存在確率ゼロの『不可視の非物質型CAD』の理論を構築せねば、私はお嬢様の顧問を名乗る資格すらない……っ!)

 こうして櫟の脳内サーバーは完全にオーバーフロー。麗華が「よかった、あの危ないメカ、持って帰ってくれたわ。一高には普通に市販されてる可愛い文房具のCADを買って持っていこ」とコタツで胃薬を飲んでいる間に、仁科家の魔法工学研究所では「CADの物理的撤廃」という、現代魔法界の前提を根底からバグらせる禁忌の研究が狂信的なデスマーチで始まっていた。

 

エピソード3:お庭の草むしりとテラフォーミング計画

 ある休日、目白の仁科本邸の広大な日本庭園を眺めていた麗華は、ふっと、池のほとりに生い茂る雑草(スギナ)が気になった。前世の研究者時代、研究所の敷地内の草むしりを押し付けられ、どれだけ抜いても地下茎から無限に増殖するスギナの「不具合(生命力)」に激しいストレスを感じていたトラウマが蘇ったのだ。

 麗華は縁側に腰掛け、引きつった能面顔のまま、庭師の頭(かしら)に向かってボソリと呟いた。

「……スギナというオブジェクトの生命力コードは、実に見事な無限ループ(増殖仕様)を形成していますわね。どれだけ物理的にデリート(草むしり)しようとも、土壌の奥底にある情報体(地下茎)が残っている限り、何度でもシステムを埋め尽くす。この不具合(雑草)の固有情報を鏡像反転させ、根音から完全に『無』に書き換えてしまえれば、どれほど管理コスト(残業)が削減できるかしら……」

 ただの「草むしりめんどくさい、根っこから勝手に消滅してくれたら楽なのに」という、極めて堅実で怠惰な愚痴だった。しかし、お嬢様の後ろでメモを取っていた氷室と、庭師の頭は、その場で全身の毛穴が収縮するほどのサイオン圧を感じていた。

(お嬢様は、植物の細胞分裂を司るプシオン情報体(イデア)の増殖バグを指摘されている。環境干渉魔法の仕様を変更し、世界のあらゆる『植物の生育仕様』を仁科の意志一つで完全統制できるという、地球規模のテラフォーミング術式の基本方針を示されたのだ……!)

 その日の夜、氷室の工作部隊から国防軍の農術クローン部隊の最高幹部へ、一本の極秘回線が繋がれた。

『仁科家からの絶対命令。麗華お嬢様の植物情報統制仕様に基づき、特定の雑草、あるいは敵国の兵糧作物のみをピンポイントで情報次元から完全消滅させる、新型環境干渉魔法【スギナ・リジェクト】の術式構築を開始せよ。なお、お嬢様は「管理コストの削減」とおっしゃられた。仕様漏れは万死に値する』

 数日後、麗華がお庭を散歩した際、なぜか池の周囲のスギナだけが、1ミリの塵も残さず綺麗さっぱりと空間から消滅しているのを見て、(あれ? 庭師さんが頑張ってむしってくれたのかな? 綺麗になっててよかったわ!)と呑気に微笑んでいたが、その裏で国防軍の農術部隊は「仁科麗華様が、地球の植物相の生死の権限(仕様)すらもその細い指先一つにアサインされた……!」と、恐怖のあまり全員がパンシロンをあおるデスマーチに突入していたのだった。

 

第3者視点:国立魔法大学付属第一高校・新入生たち

 西暦2095年、4月。桜の絨毯が敷き詰められた校庭を、一高の新入生たちが騒然と見上げていた。校舎二階のテラスから新入生たちの喧騒を優雅に見下ろしているのは、今年度から生徒会副会長の役職(アサイン)に就かれた仁科麗華様であらせられた。

「おい、見たか……。あの御髪、あの気品。黙って座っているだけで誰もが平伏してしまう。本物の『学院の女王』だ」

「数ヶ月前に佐渡島で新ソ連の極東艦隊を『一瞬で完全消滅』させて、世界中にその名がインデックスされた戦略級魔法師だぞ。国防軍の連中、あのエリアの海図を書き換えたらしいぞ」

「USNAのエース魔法師にすら、本国から『麗華様には絶対に近づくな』って極秘命令が出てるらしい。ベースが違いすぎる……」

2078年4月24日生まれの彼女は、今月の誕生日を迎えれば17歳。高校2年生のこの時点で、すでに名実ともに世界最強の戦略級魔法師として君臨していた。

 

麗華(16歳・高2):生徒会室での脳内阿鼻叫喚

(うわあああああああん! 新入生の皆さんがめちゃくちゃ私を魔王を見るような目で睨みつけてくる恐怖のデスマーチが始っちゃったよおおう!! 怖い! 怖いからみんな私を見ないで、目を合わせないでぇぇ!!)

 お上品に手すりに添えられた私の白い指先は、実際には恐怖のあまり、血の気が引いてガタガタと小刻みな震えが止まらなかった。周囲から超魅力的だなんて言われるこの美貌も、実際は「利権陰謀による前世の暗殺トラウマと、無駄に記憶力が良いため漏れなく覚えている司馬達也関連の各種原作トラブルへの恐怖で顔面の筋肉が綺麗にロックされている引きつり顔」に過ぎない。

 胃が痛い。集中する視線の圧力に耐えられなくなった私は生徒会室の自席に戻り、そっとポケットのパンシロンを指で確認した。そんな私の前に、名簿のデータが嫌でも視界に入ってきた。

――新入生総代:司波深雪。

――魔法工学科新入生総代:司波達也。

(出たわあああ!! 本物の『お兄様』だ!! 四葉の最高傑作にして、世界をマテリアル・バーストで粉砕する最恐のバグオブジェクトじゃないの! おねがいだから私に関わらないで、目立たずに定時退校させてえええ!!)

 その時、ピロン、と端末がショタ君(一条将輝)からのメッセージを受信した。

『麗華さん、今日の髪型も大変お美しいですね。佐渡島であなたに救われた我が命、学校は離れてしまいましたが一条将輝は何時も貴女を見守っております。今夜もメールいたします』

(いや、ショタ君何言ってるのよおおお!! 「何時も見守るって」何? それになんで私の今日の髪型を知ってるのよ!? まさかショタ君もエレメンタルサイトを・・・。あ、そういえば氷室お姉様が『一条家との共同開発プロジェクト』の進捗確認とかいって、今朝の私の登校風景のライブ高精度ホログラム映像を、三高の将輝君の端末にリアルタイムでストリーミング配信してるって言ってたわ……!! なにその超ハイスペックなストーカー支援システム!? 公的な情報インフラを不届きなコンプラ違反アプローチに私物化しないでよ!! お局研究者の脳内サーバーが処理落ちしちゃうから勘弁して!!)

 

第3者視点:司波達也の観測(ファースト・コンタクト)

 新入生の挨拶として、生徒会室のドアをノックして入ってきた司波達也と深雪。達也が麗華の「底」を覗こうと『エレメンタル・サイト』を向けた、まさにその刹那だった。

 神様が「手が滑って」魂にデプロイした無意識の超強力物理・精神・情報防壁が、自動デバッグ・プログラムのように発動し、達也の視線を完璧に弾き飛ばした。達也は「これ以上深く視ようとすれば、俺の脳の演算領域のコードそのものが焼き切れかねない」と、今までにない冷や汗を流して驚愕していた。

 さらに、その弾かれたサイオンの残光の奥に、達也の眼はもう一つの「確信(仕様)」を捉えていた。

 それは、神様が彼女を転生させる際に「誰からも愛され、傅かれる絶対的な安全」を保証するために施した、魂の最上位美化フィルターの輝きだった。

 達也の『エレメンタル・サイト』を介した精神次元において、仁科麗華の存在情報は、この世界の光そのものをハッキングして編み上げられたかのような、言語を絶するほどに神聖で、冷徹でありながらも圧倒的な慈愛に満ちた「地上の亜神」の姿としてマッピングされたのだ。

(覗けない……。これほどの完璧な情報層の遮断。それどころか、この纏っている波動の美しさは何だ……。神、か……。やはり、あの時2光年先を光速の10%で移動していた超質量物体『天体X』を、物理法則を超越して消滅させたのは――この、仁科麗華で間違い無い……!)

 達也の脳内に、かつてない強烈な知的興奮と、絶対的な確信が沸き起こっていた。一度は「仕様上あり得ない」と切り捨てた推論だったが、目の前で圧倒的な光背(美化フィルター)を纏って座る彼女の「本物の神の領域」に直接触れた今、全てのパズルが組み上がった。彼女こそが、あのノア計画を過去の遺物に変えた「絶対的な仕様変更者」その人だったのだ。

 もちろん、達也は妹である深雪の安全を第一に考えている。目の前に君臨するこの生ける神が、自分たちに、特に深雪に対して牙を剥き、害をなす不穏分子(バグ)ではないかという警戒の針は限界まで尖らせていた。

 だが、それと同時に、達也の胸の奥には、ある種の「深い尊敬」が確かに刻まれていた。

 先日の佐渡島の一件だ。ノア計画の醜悪さをあの影のメンバーから直接知らされていた達也にとって、日本を守るために、己の神のごとき出力を惜しみなく行使して奇襲艦隊を一瞬で消し去り、さらには2光年先の脅威すらも人知れずデバッグしてみせた仁科麗華の行動は、文字通り「祖国、いや人類への絶対的な献身」として美しく映っていた。

(この人は、本物の守護神だ。これほどの圧倒的な知性と実力を持ち、なおかつ確確たる信念を持つ存在である。……可能であれば、敵対するのではなく、同じ戦略級魔法師として、互いの領域を侵さない最良の関係(パートナーシップ)を築きたいものだ)

 達也は、妹を護るための冷徹なハンターの目を維持しつつも、目の前の「気高き救世主」に対する最大級の敬意を胸に、静かにその出方を伺っていた。

 

麗華の視点

(うわあああ! お兄様がめちゃくちゃ怖い目で私を凝視してききききてるよおおう! 睨まないで! 深雪さんの視線も刺さる! お兄様怖いよおおう!)

 内心で涙目になりながらも、私は研究者時代に理不尽な上層部の無茶振りを無難にやり過ごすために浮かべていた、能面のような引きつり愛想笑いを必死にホールドし、深みのある凛とした声を作って彼らを迎えた。

「ようこそ、第一高校へ。司波深雪さん、そして司波達也くん。――あなたがたのこれからの新生活が、何事もなく平穏なものであることを願っていますわ」

 早く帰りたい一心で「お願いだから四葉のリーサルウェポンたるバグオブジェクトのお兄様、原作トラブルを起こさず大人しくしててね」という意味を込めた、私なりの最大限に謙虚な懇願(定型句)のつもりだった。

 だが、その神の美化フィルターによって百倍に補正された女王としての振る舞いと宣告は、お兄様の脳内で「俺たちの正体(四葉の血筋やコードネーム)を最初からすべて把握した上で、『大人しく牙を抜かれていろ。さもなくば処理する』と静かに微笑みながら、同時に『お前たちの実力は評価している』と最良の関係を提示している絶対者」という、致命的な勘違いをさらに深めさせていくのだった。

(第一部・完)

 




第二部:一高君臨編 に続く
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