とある麗華様ファンの憂鬱 作:panic! core Dump
第3者視点:第一高校生徒会長・神崎圭吾の憂鬱
入学式から数週間後。
第一高校生徒会室では、新年度の活動が本格的に始まっていた。
例年であれば、新入生勧誘を終えたこの時期は比較的平和である。
だが今年は違った。
生徒会長・神崎圭吾は机の上の資料を見ながら深いため息を吐いた。
資料の表紙には大きく記されている。
仁科麗華
「無理だ……」神崎は再び呟いた。
「またですの?」七草真由美が呆れたように言う。
「またじゃない。」神崎は真顔だった。「これは深刻な問題だ。」
真由美は肩を竦める。「何がですの?」
「仁科さんだ。」即答だった。
部活連副会頭の十文字克人も、腕を組んだまま静かに頷く。「……気持ちは分かる。」
「だろう?」神崎は勢いよく立ち上がった。「教師陣が震えている。」「実技試験を担当した先生はいまだに映像を解析している。」
「入学式の答辞の後なんて教授同士で議論が始まったんだぞ?」神崎は頭を抱えた。
「そんな一年生をどうやって勧誘しろと言うんだ……」
実際。神崎は麗華が怖かった。本能的に怖かった。別に圧力を掛けられた訳ではない。会話をしたことすらない。それなのに怖い。何というか。教室に核融合炉が置かれているような感覚だった。危険かどうか分からない。しかし間違いなく普通ではない。そんな恐怖だった。
「勧誘は七草。」「嫌ですわ。」「頼む。」「会長の仕事でしょう。」「無理。」即答だった。「絶対無理。」
真由美は額を押さえた。
その時。書類を整理していた市原鈴音がくすりと笑った。「ふふ。」
真由美が振り返る。「鈴音?」
「何かしら。」
「随分余裕がありますのね。」
鈴音は首を傾げた。「そうかしら?」
「少なくとも私達は驚いているわ。」「十文字君もよね?」
「否定はしない。」
「会長も。」
「めちゃくちゃ怖い。」即答。
鈴音が吹き出した。「怖いって……」
「怖いだろう!」神崎は思わず机を叩いた。
「高校入試で教師を添削して実技で試験官を固まらせて答辞で教授を黙らせる一年生がどこにいる!」誰も反論できない。
「そういえば。」真由美が思い出したように言う。「あなた、七草家のパーティで仁科さんと話していましたわよね。」
鈴音の動きが僅かに止まった。「……そうだったかしら。」
「二時間以上。」
「そんなに長かった?」
「使用人達が驚いていましたもの。」真由美は苦笑した。「仁科さんがあんなに話しているのを初めて見たって。」
十文字の眉が僅かに動く。「その頃から交流があったのか。」
「まあ。」鈴音は肩を竦めた。「それなりには。」
生徒会室が静まり返った。三人の視線が集まる。
「……先に言いなさい。」真由美が言う。
「聞かれなかったもの。」
「聞かれなくても言うでしょう! 普通!?」
「そう?」鈴音は楽しそうだった。「でも。」
「?」
「みんなの反応が面白かったから」
神崎が遠い目をした。「やっぱり性格悪いな……」
第3者視点:七草真由美の記憶
真由美は、初めて麗華と会った日の事を思い出していた。七草家主催のパーティ。財界や魔法界の名家が集まった社交の場。
そこにいた麗華は。とにかく大人しかった。
「ごきげんよう。」
「……ご、ごきげんよう。」声が小さい。目もあまり合わない。終始緊張している。
真由美は当時、本気で思った。『箱入り娘ですわね。』それが正直な印象だった。
ところが。パーティの途中。会場の隅で本を読んでいた鈴音が何気なく呟いた。「この論文、第二章の想子変換理論おかしいと思うのよね。」
真由美はそこで異変を見た。麗華の目が輝いたのである。「そう思われますか!?」
それまでまともに話していなかった少女が身を乗り出していた。
「実は私もそう思っていて……!」そこから。止まらなくなった。
三十分。
一時間。
二時間。
延々と魔法工学の話。帰る時間になっても続いていた。使用人達ですら驚いていた。「真由美お嬢様。」「何?」「あのお二人。」「ええ。」「仁科お嬢様があんなに楽しそうなのは初めて見ました。」
十文字克人の認識
「私も同じだ。」十文字が呟く。「仁科は社交の場では常に静かだった。」「だが今は違う。」
真由美が十文字を見る。
「正直に言おう。」「ええ。」
「私は同年代で自分より優れた魔法師を想定したことがほとんどない。」
神崎が少し驚く。十文字克人がそこまで言う相手は珍しい。
「だが仁科は別だ。」
「……」
「魔法力。」「知識。」「魔法工学。」十文字は静かに言った。「どこまで出来るのか予測できん。」
市原鈴音の記憶
鈴音も昔を思い出していた。
「ねぇ麗華。」
「はい。」
「一緒に第一高校へ行かない?」
それは本当に何気ない一言だった。当時の麗華には別の進路が用意されていた。
家庭教師。
飛び級。
大学進学。それが既定路線だった。
「第一高校……ですか?」
「ええ。」
「鈴音さんも行くんですか?」
「もちろん。」
少し黙った後。麗華は小さく笑った。「でしたら……」
「?」
「行こうかな。」
鈴音は今でも覚えている。あの日の少しだけ嬉しそうな顔を。
第3者視点:仁科栄一郎の歓喜
そして。娘に初めて友人ができたと知った仁科栄一郎は。本気で感動していた。
「麗華に友人ができた……」感涙。
側近達は困惑していた。「おめでとうございます。」
「市原家を支援しろ。」即断だった。
「どの程度でしょうか。」
「全力だ。」迷いはなかった。
鈴音との約束
その後。鈴音は栄一郎と面会した。
「お願いがあります。」
「何かな?」
「麗華には内緒にしてください。」
栄一郎が首を傾げる。「どうしてだろう。」
鈴音は微笑んだ。「打算で友達になったと思われたくないんです。」
数秒の沈黙。
そして栄一郎は深く頷いた。「分かった。」
「ありがとうございます。」
「こちらこそありがとう。」栄一郎は心の底からそう思った。
麗華(中身:気弱な元研究者)の視点
放課後。私は少し早足で生徒会室へ向かっていた。(楽しみだなぁ……)思わず頬が緩む。慌てて引き締める。
(駄目駄目!)(不審者になる!)けれど止まらなかった。だって今日は。鈴音との共同研究の日だからだ。
前世では友達なんていなかった。
研究仲間はいた。同僚もいた。でも友達はいなかった。
成果。納期。予算。責任。そんなものばかりだった。
だから。今は本当に幸せだった。
生徒会室の扉を開く。
「失礼いたします。」
部屋の中にいた全員がこちらを見る。
緊張する。
だが。私は鈴音を見つけた。
「鈴音さん。」それだけで少し安心した。
「こんにちは麗華。」
「お待たせしました。」
「私も今来たところよ。」
その自然な会話を。神崎達は呆然と見ていた。
共同研究開始
「それでですね。」私はノートを開く。
「この想子変換炉なんですけれど。」
鈴音の目が輝く。「ええ。」
「既存理論のここを修正すると。」
「うん。」
「理論上は三十倍程度になります。」
沈黙。
(あっ。)嫌な予感。
神崎・真由美・十文字
三人とも固まっていた。
「三十倍?」神崎が聞く。
「はい。」
「革命じゃないのか?」
麗華は首を傾げた。「そうでしょうか?」本気だった。「まだ改善できますので。」
十文字が天井を見上げる。
真由美が額を押さえる。
鈴音だけが楽しそうに笑った。
麗華の視点
(あああああ!!)(まただ!!)(研究の話ばかりで空気読めない子だと思われた!!)慌てて謝る。「も、申し訳ありません!」
神崎が飛び上がる。「何故だ!?」
「研究の話ばかりで……。」
三人は同時に思った。そこじゃない。
鈴音
「続きを聞かせて。」鈴音が微笑む。
「いいんですか?」
「もちろん。」
その言葉に。麗華は本当に嬉しそうに笑った。「はい!」即答だった。
その笑顔を見て。神崎はようやく理解した。
第一高校主席。入試伝説。規格外の天才。それらは全て事実なのだろう。
だが同時に。鈴音と話している時の麗華は。ただ友達との時間を楽しむ普通の少女でもあるのだと。
そして。その日から始まった二人の共同研究は。やがて第一高校。国立魔法大学。十師族。日本魔法工学界。
その全てを巻き込む大騒動へ発展していく。
もっとも。当の麗華だけは。(友達と研究できる高校生活って最高だなぁ……)などと、平穏な青春を満喫しているのであった。