The Amazing Spider-Man 4: Rage of the Taken 作:たきび/まもる
夜のニューヨークには雪が降っていた。
ビルの屋上、その縁に腰掛けたスパイダーマンは、いつものように街を見下ろしている。しかし今日は動かず、頭を垂れたまま両手を組んでいた。
脳裏には、オットーの言葉と怒鳴り声、暴れた四本のアーム、そして二人の間を遮るように閉じていった倉庫のシャッターが残っている。
スパイダーマンは小さく息を吐く。
雪が少しずつ肩へ積もっていくが、それでもしばらく動かなかった。遠くの街ではクリスマスのイルミネーションが光り、冬のニューヨークを照らしている。
その時、街の向こうから微かにサイレンが聞こえてくる。
スパイダーマンが顔を上げる。
一台ではない。複数のサイレンが次々と同じ方向へ集まっている。
その先には、オズコープ・タワーが見えた。
スパイダーマンの表情が変わる。
オズコープ・タワーの高層階では警報が鳴り響き、警備員たちが窓の外を見ていた。
「……何だ、あれ。」
雪の降る外壁を、何かが登っている。
金属製のアームが壁面へ食い込み、続いて別のアームがさらに上へ伸びる。クローが外壁を掴むたびに金属音が響き、その力で一人の男の身体が壁面を這うように持ち上がっていく。
オットー・オクタビアス。
腰から背中にかけて無骨な金属製のハーネスを装着し、そこから機械のアームが伸びている。研究室に置かれていた頃の「ぶきっちょアーム」とは違い、今はオットー自身がその中心にいた。
オットーはアームを次々と外壁へ掛けながら、オズコープ・タワーを登っていく。
窓の向こうでは警備員たちが騒いでいる。
しかし、オットーは止まらない。
ウェブが外壁へ張り付き、スパイダーマンがタワーへ着地する。
少し上では、オットーがなおも登っていた。
「オットー!」
呼びかけに反応してアームの動きが止まり、オットーがゆっくりと振り返る。
スパイダーマンは壁に張り付きながら、装着されたアームを見る。以前とは比較にならないほど滑らかに動いている。
「……何してるの?」
オットーはスパイダーマンを見る。
「帰れ、ピーター。」
「それは無理だよ。」
スパイダーマンは少しずつ距離を詰める。
「オットー、降りよう。話なら下で聞く。」
オットーの表情が険しくなる。
「邪魔をしないでくれ。」
「できない。」
短い沈黙の中、雪だけが二人の間を落ちていく。
やがてオットーの背後で一本のアームがゆっくりと持ち上がり、それを見たスパイダーマンも身構える。
次の瞬間、アームが猛烈な勢いで伸びる。
スパイダーマンが横へ跳ぶと、クローが外壁へ叩きつけられ、ガラスに亀裂が走った。
そのまま戦闘が始まる。
オットーは外壁を移動しながらアームを次々と繰り出し、クローがガラスを砕いていく。スパイダーマンは壁を蹴って別の窓枠へ張り付き、攻撃をかわしながら声をかける。
「オットー! やめよう!」
返事の代わりに別のアームが伸びる。
スパイダーマンはウェブを撃ち、その軌道を逸らす。しかしその瞬間、死角から別の一本が回り込み、身体を掴んで外壁へ叩きつけた。
「ぐっ!」
衝撃でガラスに大きな亀裂が走る。
スパイダーマンは自分を掴んでいるクローへ手をかけるが、力任せに壊そうとはしない。代わりに関節へウェブを絡ませて動きを止めようとする。
だが、オットーはすぐに別のアームを動かし、そのウェブを引き剥がす。
さらに攻撃が続き、スパイダーマンは身体を捻ってかわす。
オットーは三本のアームを巧みに使い分けていた。一本で自分の身体を支え、一本でスパイダーマンの逃げ道を塞ぎ、残る一本で攻撃する。その役割も固定されているわけではなく、状況に応じて瞬時に入れ替わっていく。
スパイダーマンは攻撃を受け流しながら、防戦に回る。
「聞いてよ! これ以上やったら――」
その言葉を遮るようにアームが伸び、スパイダーマンは窓を突き破ってオフィスの中へ転がり込む。
机が倒れ、書類が舞う。
オットーもアームを使ってそのまま中へ入り、警報音と赤い非常灯の中、割れた窓から雪が吹き込んでくる。
スパイダーマンは立ち上がる。
「オットー。僕は貴方と戦いたくない。」
オットーの表情が歪む。
「なら、邪魔をするな!」
アームが机を薙ぎ払い、スパイダーマンが上へ跳ぶ。その直後、吹き飛ばされた机が壁へ激突し、亀裂が入る。
「僕は――」
「君もそちら側か!」
その言葉に、スパイダーマンの動きが一瞬止まる。
オットーは怒りを抑えきれない。
「私から奪う側に立つのか!」
左右から二本のアームが迫る。
スパイダーマンは寸前で上へ跳び、かわされた二本のアームが床で激突する。衝撃で亀裂が走り、戦いによって建物そのものが少しずつ壊れ始めていた。
着地したスパイダーマンはすぐに距離を取る。
「違う! 僕はオズコープの味方なんかじゃない!」
「だったら何故止める!」
オットーは一本のアームで天井を掴むと、その力で身体を一気に持ち上げる。そのまま振り子のように加速し、スパイダーマンへ迫った。
スパイダーマンはウェブを撃って自分の身体を横へ引く。
直後、さっきまでいた場所をクローが貫いた。
「これ以上、誰にも奪わせない!」
「オットー!」
スパイダーマンは壁を走る。
追ってきた一本目のアームをかわし、二本目にはウェブを絡ませて引き寄せ、軌道を逸らす。しかし三本目が足を掴んだ。
「っ!」
身体が宙へ持ち上げられ、そのまま床へ叩きつけられる。
机が砕け、スパイダーマンは瓦礫の中へ転がる。
オットーが近づく。
「君にはわからない!」
その言葉に、起き上がろうとしていたスパイダーマンの動きが止まる。
オットーは怒りのまま続ける。
「奪われたことがない人間は、その辛さを知らない!」
スパイダーマンは何も言わない。
マスクの奥で、両親、ベン、そしてグウェンの姿が脳裏をよぎる。
やがてゆっくりと立ち上がる。
オットーは、その変化に気づかない。
「私はもう、何も奪わせない!」
再びアームが伸びる。
今度は、スパイダーマンは避けなかった。
真正面からクローを掴む。
オットーの表情が変わる。
「……?」
アームがそのまま押し込もうとする。
しかし、動かない。
スパイダーマンは床へ両足を踏み込み、両腕に力を込める。
金属が軋み始める。
オットーが目を見開く。
「ピーター?」
スパイダーマンは何も答えない。
そのままさらに力を込める。
鈍い音とともにアームの関節が大きく歪み、駆動部から火花が散る。
オットーが思わず後退する。
スパイダーマンは折れ曲がったアームを手放した。
そこでオットーは、目の前の男がこれまで自分に対してどれほど力を抑えていたのかを理解する。
スパイダーマンは静かにオットーを見る。
「それを理由にしていいわけじゃない。」
オットーの表情が強張る。
目の前にいるピーターの雰囲気が、それまでとは明らかに変わっていた。
オットーがわずかに身じろぎした、その瞬間だった。
研究フロアの一角で爆発が起こり、煙が上がる。
スパイダーマンは一瞬だけオットーへ目を向けたあと、すぐに研究フロアを見る。
窓際には逃げ遅れた職員たちが見え、その周囲では設備が崩れ、破損した配線から火花が散っている。
「……まずい。」
スパイダーマンはオットーから離れる。
「ピーター!」
オットーの声が飛ぶ。
しかし、スパイダーマンは振り返らず、割れた窓から下の研究フロアへ飛び降りる。
研究フロアでは天井の一部が崩れ、警報音と煙の中を研究員たちが避難しようとしていた。しかし、倒れた大型設備が通路を塞ぎ、先へ進めなくなっている。
そこへスパイダーマンが着地する。
「下がって!」
大型設備の下へ腕を差し込み、そのまま持ち上げる。
できた隙間を研究員たちが次々と抜けていく。
「急いで!」
最後の一人が通り抜けたことを確認すると、スパイダーマンは設備をゆっくりと下ろす。
その直後、別の場所から悲鳴が聞こえる。
振り返ると、割れた窓際で一人の職員が崩れた床へ足を取られていた。
スパイダーマンはすぐにウェブを撃ち、その身体を安全な場所まで引き寄せる。
「大丈夫?」
職員は怯えながらも頷く。
「階段へ!」
スパイダーマンは周囲を見回す。
まだ煙が上がり、壊れた配電設備から火花が散っている。
「みんな外へ!」
研究員たちが避難していくのを最後まで確認してから、スパイダーマンは上を見る。
そこには、さらに上へ向かっていくオットーの姿がある。
追わなければならない。
スパイダーマンはウェブを撃つ。
その頃、オズコープ・タワーの別の区画では、人気のない廊下を一本のロボットアームが進んでいた。
壁や天井をクローで掴みながら素早く移動し、その動きに迷いはない。
アームの内部には、すでにコピーされたオットー・オクタビアスの研究記録が格納されている。
アームは廊下を曲がり、そのまま主人のいる場所へ向かっていく。
オットーは割れた窓際に立っている。
遠くから近づいてきた金属音に気づいて振り返ると、一本のアームが壁面を這いながら戻ってくる。
そのまま背中のハーネスへ接続される。
金属音とともに、四本のアームが揃った。
オットーは戻ってきたアームを一瞥する。
目的のデータは手に入った。
その時、外壁へウェブが張り付く。
スパイダーマンが窓の外から姿を現す。
「オットー!」
オットーが振り返り、二人の視線が合う。
スパイダーマンは再び構えるが、オットーは戦う姿勢を取らない。
四本のアームを外壁へ伸ばす。
「もう用は済んだ。」
スパイダーマンが一歩近づく。
「待って!」
オットーは割れた窓の向こうへ身体を移す。
「さらばだ、
スパイダーマンの動きが止まる。
オットーは四本のアームで外壁を掴み、そのまま一気にタワーを降り始める。
「オットー!」
スパイダーマンが追おうとした、その時、研究フロアの方から再び助けを求める声が聞こえる。
スパイダーマンは振り返る。
一瞬迷ったあと、オットーではなく研究フロアへ向かう。
その間に、オットーの姿は雪の降る夜の中へ消えていった。
翌朝のオズコープ・タワーでは、警察による現場検証が行われていた。
割れた窓、亀裂の入った床、破損したオフィス、そして爆発の跡が残る研究フロア。鑑識が各所の写真を撮り、警官たちが社員から事情を聞いている。
ジョージ・ヒルは壊れた外壁を見上げていた。
その近くの街灯の上には、スパイダーマンがしゃがみ込んでいる。
ヒルは資料をめくる。
「目撃証言はだいたい一致してる。男が一人。四本の機械の腕を使って、タワーの外壁を登ってきた。」
周囲の警官たちへ目を向ける。
「今、周辺には検問を張ってる。四本の機械腕をつけた男を見つけたら、すぐ確保だ。」
スパイダーマンがヒルを見る。
「……それ、たぶん無駄だよ。」
ヒルが眉をひそめる。
「何?」
「アームは独立して動ける。本体から外しても、自分で移動できるんだ。」
ヒルの表情が変わる。
スパイダーマンは続ける。
「だから、“
ヒルは検問の方を見る。
「厄介だな。」
スパイダーマンも壊れたタワーへ目を向ける。
「彼は賢い……すごく。」
ヒルはその言い方を聞き逃さない。
「アイツを知ってるのか?」
スパイダーマンは黙る。
答えようとはするが、言葉が出ない。
ヒルが一歩近づく。
「いいか、スパイダーマン。これはもう普通の事件じゃないんだぞ。何人もの市民が危険な目に遭った。研究員も、警備員も。下手すりゃ死者が出てた。わかってるのか?」
スパイダーマンは視線を落とす。
「……わかってる。」
ヒルはしばらくその姿を見るが、それ以上は追及しなかった。
ニューヨーク市内では警察による検問が行われ、複数の車線が絞られていた。警官たちは車内や歩行者を確認しながら、「四本の機械腕を装着した男」という特徴が書かれた資料を手に周囲を警戒している。
その人の列の中を、一人の中年男性が歩いてくる。
オットーだった。
しかし、厚手のコートに帽子、眼鏡という姿で、アームはどこにもない。
見た目だけなら、どこにでもいる普通の男だった。
警官が一度オットーを見る。
一瞬の沈黙。
「どうぞ。」
オットーは何も言わず、そのまま検問を通り過ぎていく。
同じ頃、高架下では一本のアームが橋脚を伝って進んでいた。クローでコンクリートを掴みながら、影の中を素早く移動していく。
地下の使われていない通路では、別のアームが配管や壁を掴みながら進んでいる。
さらに別の場所では、雪の積もったビルの屋上を金属のアームが這っていた。遠くでは警察車両の赤色灯が点滅しているが、誰もその存在には気づかない。
オットーは先に倉庫へ戻っていた。
コートを脱いで机の前へ座っていると、しばらくして外から金属音が聞こえてくる。
一基、また一基と、それぞれ別の場所を通ってきたアームが倉庫の中へ戻ってくる。
オットーは振り返らない。
最後の一基が戻り、四本すべてが揃う。
そこでオットーは、オズコープから持ち帰ったデータへ目を向けた。
画面には大量の暗号化されたファイルが並んでいる。
眼鏡をかけ直してキーボードへ手を置き、コピーしてきたデータへアクセスする。
画面に警告が表示される。
『
暗号化されたファイルにはアクセス権限がない。
オットーは少し眉をひそめると、一度その画面を閉じ、別のウィンドウを開く。
指がキーボードの上を素早く動く。
解析と入力を行い、数秒の処理を終える。
再び同じファイルを開くと、一瞬だけ読み込みに時間がかかったあと、今度はそのまま内容が表示された。
大量のデータが画面いっぱいに並ぶ。
オットーは特に表情を変えず、眼鏡を押し上げると、その中身へ目を通し始める。
研究記録、実験ログ、論文、内部資料、写真、映像のサムネイル。
次々とファイルを開いていく。
そこには被験者番号、神経接続試験、機械制御、人体への適用記録、失敗例や後遺症まで残されていた。倫理審査を通した形跡のない実験や、軍事利用を前提とした評価資料も含まれている。
オットーはページを送り、次の資料を開き、さらにその次へ進む。
画面の光が眼鏡へ反射し、レンズが白く光るため、表情は見えない。
それでも、少しずつ変化が現れる。
動き続けていた指が止まり、肩がわずかに震え始める。
呼吸が深くなる。
さらに別のファイルを開く。
読む。
また別の記録を読む。
眼鏡の奥の表情は見えないままだが、握った拳は震え、顎には力が入っている。
怒りが少しずつ身体の外へ滲み出していく。
オットーは画面を見つめたまま、ワナワナと震えていた。
次の瞬間、声にならない咆哮を上げ、拳をキーボードへ叩きつける。
キーが跳ね、モニターが大きく揺れる。
同時に、四本のアームも一斉に暴れ出した。
一本が作業台を叩きつけ、別の一本が工具棚を薙ぎ払う。金属音と火花が飛び散り、工具や部品が床へ散乱する。
さらに別のアームが壁へクローを突き立てると、コンクリートに亀裂が走る。
オットーは荒い呼吸を繰り返す。
画面には、まだ無数の実験記録が表示されている。
白く光る眼鏡の奥で、怒りは収まらない。
周囲では、四本のアームが軋み続けていた。
ルーズベルト駅の地下ラボ。
ピーターは一人、椅子に座っていた。身体を前へ倒して肘を膝につき、少し項垂れるような姿勢で、目の前のホワイトボードを見つめている。
そこには走り書きのメモが大量に残されていた。
『
『
『
『
『
『
文字の間には矢印や疑問符が引かれ、簡単なアームのスケッチも描かれている。
ピーターは黙ったまま、視線だけをホワイトボードの上で動かしていく。
どうすれば止められるのか。
オットーを傷つけずに、アームだけを止めるにはどうすればいいのか。
額に手を当てながら考える。
神経接続、遠隔操作、独立動作、分離可能、分散制御。
どれを考えても、アームそのものを物理的に引き剥がすだけでは止められない。
ピーターは目を閉じる。
しばらくすると、以前倉庫でオットーと交わした会話が頭に浮かぶ。
『僕は思いつきを言っただけっていうか』
『良い閃きとは、そういうものだ』
ピーターが目を開く。
もう一度ホワイトボードを見ると、少しだけ表情が変わった。
「……そうか。」
椅子から立ち上がり、ホワイトボードの空いた場所へ大きく書く。
『
ピーターはその文字を見つめる。
アームの制御系、通信、電子機器。
それらをまとめて一度に止められる。
目に少しだけ光が戻ると、ピーターはすぐに机へ向かい、引き出しを開けて必要なものを次々と取り出していく。
今度は迷わなかった。