The Amazing Spider-Man 4: Rage of the Taken 作:たきび/まもる
深夜のニューヨーク郊外。雪の積もった広大な軍事施設の奥には、オズコープが軍へ提供した技術の実地試験施設も併設されている。
暗闇の中、フェンスの外にはオットーが一人立っていた。
やがて四本のアームがゆっくりと持ち上がり、そのうち一本のクローが大きく開く。三本の爪が放射状に展開すると、中央から小型の送受信機がせり出し、まるでパラボラアンテナのような形になる。
アームが施設の方向へ向けられる。
オットー自身は動かない。
数秒後、施設内部の監視カメラ映像が一瞬だけ乱れ、警備端末、通信設備、無線ネットワークの接続が次々と切り替わっていく。
警備室のモニターに警告が表示された。
「外部アクセス?」
警備員がすぐに端末を操作する。
「遮断しろ。」
しかし、別の警備員が首を振る。
「駄目です。もう内部ネットワークに――」
その言葉が終わる前に、監視カメラの一部が停止し、正面ゲートのロックが解除される。
施設の外では、オットーの目の前で巨大なゲートがゆっくりと開いていく。
オットーはそのまま施設内へ進んだ。
侵入を察知した施設では警報が鳴り、複数の無人戦闘ドローンが発進する。暗い空へ浮上した機体はセンサーでオットーを捕捉すると、一斉に向きを変えた。
オットーは足を止める。
別のアームが持ち上がり、クローを開くと通信アンテナが展開される。
ドローンの照準が一斉にオットーへ集まる。
その瞬間、全機の動きが止まった。
警備室では軍人たちが慌ただしく端末を操作する。
「ドローンとの通信が切れた!」
「手動に切り替えろ!」
「操作を受け付けません!」
外では静止していたドローン群がゆっくりと旋回し、今度は施設側へ機首を向ける。
オットーが再び歩き始めると、乗っ取られたドローンもその周囲を護衛するように飛行する。
道路を塞ぐように警備車両が展開すると、ドローン群は低空まで降り、威嚇するように兵士たちの前へ広がった。
兵士たちは動きを止める。
オットー自身は、彼らと戦おうとはしない。
アームを介して施設のネットワークへ侵入し、設備を動かし、通信を遮断し、迎撃用の無人機まで自分の側へ引き込んでいく。
四本のアームは、もはや単なる機械の腕ではなかった。
オットーを中心に、施設そのものが少しずつ彼の手足へと変わっていく。
施設内部では、オットーが中央研究棟へ向かって進んでいた。
その周囲では乗っ取られたドローンが施設設備へ攻撃を加え、監視塔の通信アンテナや警備用センサー、自動砲台を次々と破壊していく。
オットー自身もアームで扉をこじ開け、制御盤を引き剥がし、研究設備を叩き壊す。
火花が散り、警報が鳴り続け、各所から煙が立ち上る。
それでも、兵士や研究員そのものを狙うことはない。人がいる場所では、ドローンも攻撃せずに威嚇するだけだった。
オットーが壊しているのは、設備と研究。
自分の技術が使われているものだった。
その時、一機のドローンが突然横からウェブに引かれ、壁へ激突する。
オットーが振り返る。
別の一機にもウェブが絡みつき、そのまま地面へ叩き落とされた。
上空から声が響く。
「ずいぶん派手にやってるね!」
オットーの表情が険しくなる。
雪の降る夜空から、スパイダーマンがウェブを放ちながら施設内へ飛び込んでくる。
着地すると、オットーと向き合う。
周囲には壊された設備と煙、そして乗っ取られたドローン群が残っている。
「オットー。」
オットーは答えない。
スパイダーマンが一歩近づく。
「もう十分だ。ここで終わりにしよう。」
オットーの背後で四本のアームがゆっくりと持ち上がり、周囲を飛んでいたドローンも次々とスパイダーマンへ向きを変える。
オットーが低い声で言う。
「帰れ、スパイダーマン。」
スパイダーマンは首を振る。
「帰れない。」
雪が降り続ける中、短い沈黙が二人の間に流れる。
「今度は、本当に止める。」
オットーの周囲を乗っ取られたドローン群が飛び回る。
スパイダーマンはすぐにウェブを撃ち、一機のローターへ絡ませて地面へ墜落させる。続けて別の一機をウェブで引き寄せ、そのまま振り回す。
そこへオットーのアームが迫る。
スパイダーマンは身を沈めてかわし、引き寄せていたドローンをそのままアームへ叩きつける。
激しい金属音と火花が散り、アームが弾かれる。
しかし、その背後から別のドローンが接近していた。
スパイダーマンは振り返りざまにウェブを放ち、機体を壁へ貼り付ける。
その瞬間、横から伸びたアームが身体を捉える。
スパイダーマンは大きく吹き飛ばされ、雪の上を転がった。
前方にはドローン、横からはアームが迫り、さらにその上を別のドローンが飛び回っている。
数が多い。
スパイダーマンは次々とウェブを撃ち、ドローン同士を絡ませながら、そのうち一機をオットーへ投げ返す。
だが、四本のアームがそれを叩き落とす。
アームの攻撃をかわしながらドローンを止め、次の攻撃を避けた先でまた別のドローンに狙われる。
少しずつ、スパイダーマンが押されていく。
アームが地面を叩いた瞬間に跳び上がるが、その先にはドローンが待ち構えていた。ウェブを撃って機体の軌道を変えたところへ、今度は別のアームが伸びてくる。
「っ!」
スパイダーマンは地面へ叩きつけられる。
オットーが近づいてくる。
周囲には、まだ何機ものドローンが残っていた。
スパイダーマンは伏せた状態から一瞬だけ周囲を確認すると、腰のガジェットへ手を伸ばす。
取り出したのは、ウェブボムによく似た小さな球状の装置だった。
しかし、その内部に詰められているのはウェブではない。
スパイダーマンは装置を握り、親指でスイッチを入れる。
短い起動音が鳴る。
地下鉄ラボで製作したEMPボムだった。
スパイダーマンは装置をオットーとドローン群の中央へ投げ込む。
一瞬の静寂。
次の瞬間、爆発とともに強烈な電磁パルスが放射される。
周囲のドローンは一斉に停止し、次々と地面へ落下する。
オットーのアームも大きく痙攣し、駆動音が乱れ始めた。
一本が地面へ落ち、続いてもう一本も動きを止める。
アームに支えられていたオットーの身体が大きく揺れる。
スパイダーマンはゆっくりと立ち上がる。
「……効いた。」
地面に落ちたドローン群は動かず、オットーの四本のアームも停止していた。
「……オットー?」
その時、小さな駆動音が聞こえる。
スパイダーマンが顔を上げる。
一本のアームのクローが動く。
続いてもう一本も、関節を震わせながら持ち上がる。
三本目、四本目と、次々に駆動音が戻っていく。
完全に元通りではない。
動きは先ほどより鈍く、駆動音にも乱れがある。
それでも、止まってはいない。
「……嘘だろ。」
オットーがゆっくり顔を上げる。
「私がその程度の対策をしないとでも?」
アームが地面を突き、オットーの身体を持ち上げる。
「アームの開発者は私自身だ。」
一本のアームが大きく開く。
「弱点も当然知っている。」
スパイダーマンが身構える。
オットーの眼鏡が光を反射する。
「経験で勝てると思うな!」
四本のアームが一斉に襲いかかる。
EMPの影響で、アームに先ほどまでの滑らかさはない。軌道は荒く、関節の動きにも引っかかりがある。
それでも四本同時となれば、スパイダーマンは避け続けるだけで精一杯だった。
一本を身を翻してかわし、別の一本をウェブで横へ引く。
その瞬間、オットー本人へ踏み込める隙ができる。
しかし、スパイダーマンは攻撃しない。
そのまま距離を取る。
「オットー! もうやめるんだ。」
アームが地面を叩きつけ、コンクリートが砕けて破片が跳ねる。
スパイダーマンは腕で顔を庇いながら横へ転がる。
「これ以上やったって、何も戻ってこない!」
オットーは答えない。
四本のアームが再び動き、一本がスパイダーマンの逃げ道を塞ぐと、別の一本が横から薙ぎ払う。
スパイダーマンは壁を蹴ってその上を跳び越える。
かわされたアームは勢いを止められず、そのまま設備へ激突した。
激しい金属音が響き、アームの装甲板が歪む。
オットーが無理に引き抜こうとすると、外装の一部が剥がれ落ち、内部の配線がわずかに露出した。
火花が散る。
スパイダーマンの目がそこへ向く。
アームの動きは明らかに悪くなっている。
EMPで制御が乱れた状態のまま、オットーが無理に動かし続けているからだった。
別のアームがスパイダーマンを追う。
かわされたクローはそのまま壁へ突き刺さり、関節部分が大きく捻れる。
装甲の継ぎ目が割れ、また内部が露出する。
スパイダーマンは息を切らしながら、その状態を見ている。
攻撃を避けるたびに、アーム自身が傷んでいく。
その時、背後で激しく火花が弾ける。
スパイダーマンが振り返ると、そこには戦闘で破壊された配電盤があった。外装は吹き飛び、太いケーブルが剥き出しになっており、断続的に青白い火花を散らしている。
スパイダーマンの視線が止まる。
壊れた配電盤を見る。
次に、装甲が剥がれて内部の電子系が露出したアームを見る。
そしてもう一度、配電盤へ目を向ける。
表情が変わる。
スパイダーマンは右手からウェブを放ち、アームの内部が露出している部分へ撃ち込む。
ウェブが配線と金属部へ絡みついた。
オットーが眉をひそめる。
「今更なにを……!」
スパイダーマンは答えない。
今度は左手を上げる。
もう一方のウェブシューターが向けられた先には、壊れた配電盤と剥き出しになったケーブルがある。
激しく火花が散っている。
オットーの表情が変わった。
スパイダーマンの右手から伸びるウェブ。
アーム。
左手。
配電盤。
その位置関係を一瞬で理解する。
「……まさか……!」
スパイダーマンがウェブを撃つ。
左手から伸びたウェブが配電盤の内部へ突き刺さった。
激しい火花が弾ける。
電流がウェブを伝い、スパイダーマンの身体が大きく跳ねた。
「ッ――!」
青白い電光が左腕から身体を走り抜け、右腕へ伝わる。
さらに右手のウェブを通り、露出したアームの内部へ流れ込んでいく。
アームが激しく痙攣し、駆動部から火花が噴き出す。
電流は接続された制御系を伝い、一本からさらに別の一本へと広がり、やがて四本すべてのアームへ流れ込む。
オットーが目を見開く。
「ピーター!」
スパイダーマンはウェブを離さない。
電流が身体を走るたびに腕が震え、膝が落ちそうになる。
それでも両手を離さない。
アームの関節は狂ったように動き、クローが何度も開閉を繰り返す。内部から煙が上がり、金属の焼ける臭いが漂う。
オットーの顔から怒りが消える。
「やめろ、ピーター!」
スパイダーマンは歯を食いしばる。
「離せ!」
再び電流が流れ、身体が大きく跳ねる。
オットーが叫ぶ。
「離すんだ!」
アームから火花が噴き上がる。
「君も死ぬぞ!」
それでもスパイダーマンは離さない。
両腕は震え、スーツの表面を電光が走り、ところどころから煙まで上がり始めている。
オットーのアームはもうまともに動かない。
一本が地面へ落ちる。
続いて、もう一本。
関節を痙攣させ、火花を散らしながら次々と崩れていく。
それでもスパイダーマンは通電を続ける。
「ピーター!」
今度のオットーの声に怒りはない。
完全に焦っている。
「もういい! 離せ!」
スパイダーマンの膝が落ちる。
それでも手は離れない。
最後の一本が大きく跳ね、内部から火花が噴き出す。
そして、動かなくなる。
四本すべてが完全に沈黙した。
スパイダーマンの指からようやく力が抜け、両方のウェブが切れる。
そのまま前へ崩れ落ちた。
「ピーター!」
オットーは反射的にアームを動かそうとする。
しかし、動かない。
一瞬だけ停止したアームを見ると、すぐにハーネスのロックを外した。
重い金属音とともにハーネスが地面へ落ちる。
オットーは四本のアームをその場に捨て、自分の足でスパイダーマンのもとへ走った。
「ピーター!」
倒れた身体の横へ膝をつき、肩を掴む。
「おい!」
スパイダーマンは動かない。
オットーの顔が青ざめる。
「ピーター!」
数秒後、小さく指が動いた。
荒い呼吸が聞こえる。
「……っ……」
オットーが息を呑む。
スパイダーマンはゆっくりと顔を上げる。
マスクの一部は焦げている。
「……大丈夫……。」
息を整えようとしながら続ける。
「電気には……慣れてるんだ……。」
オットーは何も言えない。
スパイダーマンは苦しそうに身体を起こす。
「貴方を……止めたかった。」
オットーの視線が落ちる。
そこには、壊れたアームと焼けた配線から立ち上る煙がある。
スパイダーマンは息を整えながら続ける。
「貴方が見つけたものも……怒った理由も……間違ってない。」
オットーが顔を上げる。
「でも……。」
スパイダーマンはオットーを見る。
「やり方が間違ってた。」
短い沈黙。
「僕は……。」
スパイダーマンはゆっくりと立ち上がろうとするが、足元がふらつく。
オットーが思わず身体を支える。
スパイダーマンはその腕を振り払わない。
「貴方に、誰も傷つけてほしくなかった。」
遠くからサイレンが聞こえる。
次第にその音が近づいてくる。
オットーはサイレンを聞き、もう一度壊れたアームを見てから、スパイダーマンへ目を向けた。
施設の外には軍用車両と警察車両が次々と到着し、武装した兵士たちが研究棟へ駆け込んでくる。
スパイダーマンはまだ満足に立つことができない。
オットーも逃げようとはしなかった。
やがて扉が開き、兵士たちが一斉に銃口を向ける。
「動くな!」
「手を上げろ!」
オットーはゆっくりと両手を上げる。
その姿を見たスパイダーマンは、ふらつきながら一歩前へ出る。
オットーと銃口の間へ、よろめきながら割って入った。
「待って。」
兵士の一人が叫ぶ。
「下がれ、スパイダーマン!」
しかし、スパイダーマンは動かない。
「もう抵抗しない。」
「下がれ!」
「武器も壊れてる。」
スパイダーマンは後ろを振り返らない。
その背後から、オットーが低い声で呼ぶ。
「スパイダーマン。」
スパイダーマンの肩がわずかに動く。
「もういい。」
振り返る。
オットーは両手を上げたまま、静かに彼を見ていた。
「私は投降する。」
スパイダーマンは何も言わない。
「君の仕事は終わった。」
その表情は、一瞬だけいつものオットーに戻ったように見えた。
スパイダーマンはゆっくりと横へ退く。
兵士たちが近づき、オットーに手錠をかける。
オットーは抵抗しない。
連行される直前、スパイダーマンへ振り返る。
「……世話をかけたな。」
オットーの口元が、ほんのわずかに緩む。
そのまま兵士たちに連れられていく。
スパイダーマンは何も言わず、その背中を見送る。
床には、完全に沈黙した四本のアームだけが残されていた。