可愛い女の子に転生したぞヤッター。
そんな浮ついた感想は、直後に訪れた化け物との交戦の際に、盛大に涙や涎や尿やらを撒き散らした不快感で綺麗さっぱり消え去った。女性は男性よりも尿道が短いため堪えが効かない。知識としてはどこかで耳にしたことはあったが、こんなにも感覚が違うものなのか。
というより、男性はみな大なり小なり常に股間のポジションを意識している生き物なので、豊満な胸部よりもイチモツが無いことへの違和感が凄まじい。女性とはこれほどに心細い感覚で過ごしているのか。いや彼女らにしてみれば元から存在しないものなので違和感もクソもないのだけど。男性が何故かどこの国でも共通して陰茎のことを“息子”と呼び表す理由を、改めて魂で理解した私である。
(………ここ、どこだろう?)
開幕謎の怪物が襲いかかってきた事実から、不快感をひとまず棚に上げ周囲を見渡し、廃墟にしても色々と奇妙な空間を目にして思考を巡らせる。
手ぶらだったはずの私が、咄嗟に取り出したこの武器は一体どこから飛び出したのか──という疑問の方は、真っ先にこの身体の容姿を確認した時点で何となく察している。修学旅行で木刀を買わなかった逆張りマンが何故か剣を扱える理由もおそらくは同様に。ならばここは何処か。あるいは何時なのか。それ以前に私の荒唐無稽な仮説が合っているのだろうか?
次々と浮かぶ疑問にそれらしい解答を探そうにも、そも判断する材料に欠けている。加えて空間が歪んだような謎の場所にいることと、またさっきの化け物が再び現れるかもしれないという恐怖の方に思考の大半が寄せられてしまう。
「あれ?」
しばらくして、案の定再び現れた一際大きな怪物を屠ると、死体(?)がまるでノイズに包まれるように消え失せて(そういえばさっき倒したはずの化け物も死体がない)、その場には大気に醤油でもぶち撒けたような空間のノイズだけが残される。
後に“ホロウ空間の裂け目”だと聞かされるこの現象に対し、私はタイミングの関係から、これが先程の怪物が倒されたことに起因するものだと判断した。まあエーテリアスが倒されると周囲のエーテルに影響が出るらしいのであながちその考えも間違ってはいないのだが、まあ浅慮ではあっても他に手掛かりのようなものもなく、いずれにせよ目を付けていただろう。
とにかく。
「………これが原因、かな?」
歪んだ空間。そこにある歪みの集合体のようなノイズ。
率直に、安直に。あるいは直感的に“ああ、これがこの空間の核なのかな”と思った私は、特に何も考えずそれに触れて──未だ現実感が薄かったのもあるだろう。あまりに軽率に、私は怪しい空間へと手を突き入れる。
そして。
(………なんか行けそう)
妙な確信。しかし自分でもなんだかよく分からないままに。それは手に付いた泥を振り払うように。自然と、
「戻った……?」
あるいは、直った。のだろうか? 見たところ先程のノイズや空間の違和感は感じられない。まあ表現なんてどうでもいい。何が起きたのか。自分が何をしたのかもよく分からない。けれどとりあえずあの変な空間からは脱出できたっぽい。ってかやっぱり夢じゃないなぁこれ。なんでこんなことになってるんだろう。だってこの身体ってどう考えても──
「──ねぇ!! そこのキミ! 今の、どうやったのか聞いてもいい?????」
☆☆☆
リュシア、とその女性は名乗った。
「ホロウにはね地形や生物の細胞情報などあらゆる
整った顔に空色の髪。如何にもなフード付きの衣装。アシンメトリーでゴテゴテした装飾類。そして何より俗に言うエルフ耳と頭部に生えている角。
総じて「oh……ファンタジィ……」と言いたくなる風貌をしたスタイル抜群の女性。開幕からものっすごいアクの強そうな発言を頻発しているが、研究者とか多分そんな人種のヒトなのだろう。まあ右も左も分からない今の私にとってみれば断片的にでもあの空間の解説をしてくれるのは有り難くはある。けど専門用語多スギィ何言ってだこいつ。
(ホロウ、ね……)
某漂白剤と同様に、字なら“虚”と記載する感じだろうか。空洞、中空、うつろな──まあぱっと見でも空間が盛大に歪んでいたし、ファンタジー世界にはありがちな謎空間と見て良さそうだ。
とはいえ、聞く限りだとなんかそのホロウってのは世界中に点在していて世界がピンチっぽいし、この専門家っぽいお姉さんの反応からしてもそう簡単に消えるものではないから──……これ多分さっきのを見られちゃいけなかったパターンかな?
あれ私何かやっちゃいました??? やらかしてはいるね、うん……いや周囲を見る余裕とか無かったしというか今も下半身えげつないことになってるし。そっちはバレてないよね??
「そう、それだよ! 共生ホロウなら多数のエーテリアスを討伐すればエーテルエネルギーが減衰して崩壊する事例は結構あるけど、原生──ラマニアンホロウでしかも亀裂を介して能動的に空間を正常化するなんて聞いたこともない!!
というか今ここどうなってるの???? 流石に今のでラマニアンホロウ全域が消滅したとか無いよね???? この周辺だけが安定化した…? うーん分かんない!」
共生ホロウ。エーテルエネルギー。原生。ラマニアンホロウ。聞きなれない言葉ばかりが増えていく。
ハイテンションに語るリュシア氏。メモ魔なのか、付箋が大量に貼られた手帳にガリガリと文字を書き込む姿は、こんな変な空間を専門に研究しているだけのことはある。うーんこれは私の下半身なんて気にも止めてませんね。
「待って!!」
友好的な原住民(?)との交流は惜しかったものの、ヒトとしての尊厳を保つため、具体的には下半身の事情(物理)に気付かれる前にそそくさと退散しようとした私を、しかし彼女はあれこれと矢継ぎ早に提案しながらガジャッと金属音が鳴る手?で強く私の肩を掴む。よく見たらなんだこの手。義手?籠手? ビビって思わず脚が止まった私に、それを了承と見たのか、彼女はそのまま結構な力でズルズルと私を引き摺り続けて──あのちょっとさっきの聞いてなかったのでもう一回言ってもらっていいですか?
「──ここが衛非地区の澄輝坪。今はここを拠点にしてるんだ」
おぉー……。
視界に広がる“ザ・中華”という街並み。というかまんま横浜中華街。蒸し料理特有の芳しい香りが周辺を漂い、看板にはちょっと見慣れない“薬”とか“将”とかが見覚えのある漢字と並んで記載されている。ここは中国だった…?? つーか街で歩いてるやつみんな普通の服装じゃねーかめっちゃ浮いてるよこの女。いや私の格好も大概だけど。
この辺りで「実はこの女やべーやつでは」と薄々思い始めてきたが、そんな視線を気にするような人物があんなスケベファンタジィ衣装を身に纏うはずもなく、
「それじゃ改めて! 君は一体何者なの???」
連れ込まれた民宿の中。好奇心120%、といったキラキラの眼差し。片手にはさっきのゴテゴテしたメモ帳と、もう片方の手には先程道端で購入したチャーシューまんとやらがふたつ器用に握られている。これは答えないと食べさせてくれないやつですね分かります。おのれなんたる卑劣な。
「私は──」
しかし、何者か、と聞かれると──どう答えたらいいのか。ガワか中身か。なにしろ私の自認では、今の私の外観はまるきり別人のモノに変化しているのだから。
横目でリュシア氏の表情を伺う。騙している、という感じには見えない。心底から好奇心で、あるいは親切心で動いてるのは明白。しかしそれでも、彼女を全面的に信じるのも怖い。だけど、如何なる理由があろうとも、困っていた私をあのホロウから救い出してくれたのは彼女であるのもまた事実。
「…………」
考えて。考えて考えて考えて──ごく自然に、当たり前のように。私は虚空から一振りの剣を引き抜く。
その剣の名は「蒼古なる自由への誓い」。最近、使用頻度の落ちてきた万葉の装備をまるまる主人公に置き換えて、星拡散で遊びながら世界任務をやっていたからよく覚えている。
どこからともなく青白く光るどう見てもヤバそうな武器を取り出した私に、リュシア氏は目をぱちくりとさせる。そんな彼女が再び好奇心から口を開く前に、
「私は蛍。星海の旅人──宇宙人、って言ったら分かるかな」
未だ違和感が拭えない、透明感のあるソプラノボイス。
その声帯の持ち主──つまり「私」は。どういうわけか、大好きなソシャゲの主人公になってしまったらしい。
☆☆☆
「宇宙人……?」
なんか思ってたより爆弾発言してきたな、と素直に思う。
ラマニアンホロウで出会った金髪の少女。歳のほどは私の少し下くらいだろうか。捨て子にしては大きすぎて、ホロウレイダーにしては幼い寄り。まあ珍しくはあっても私のように好奇心や事故からホロウに足を踏み入れる人はいる。けれど彼女が異様だったのは、見るからに対エーテル侵蝕に備えた装備を身につけていなかったこと。
(……なーんか事件の予感?)
8割の好奇心と2割の心配から、あたしの足は自然と彼女の方へと寄っていく。
キョロキョロと周囲を見渡す彼女の姿は、一見すると偶然迷い込んだ幼子のようにも見える。ここが単なるホロウであれば真っ先に救助に向かっただろう。でも、それにしては現在地がおかしい。ここはラマニアンホロウの奥深く──原生ホロウが如何に危険な場所なのかは、むしろ幼子であればこそ身に染みているはず。
それなのに、こんな場所で一人うろうろとしている──あたしが言えたことではないけれど、警戒を抱くには十分な理由だと思う。
しばらくして、少女が建物の影に入ると、そこから一体のエーテリアスが飛び出してくる。“ミミック蟹”。普段は物陰に潜み、獲物を待ち続けるという厄介なエーテリアスの一体。流石に助太刀するべきか、と悩む一瞬の逡巡に、しかし直後に訪れたのは衝撃的な映像だった。
「え──」
一閃。
ずばんと横薙ぎ。気付けば少女の腕には青い刀身の剣が握られていて、状況からして少女がその剣を振るったのは明らかだった。けれど結果は明らかに尋常のモノではない。ミミックというだけあって硬い外殻を持つエーテリアスが上下に分断され、下半身に置いて行かれてズレた上半身の切れ目からノイズが走る。
まさしく瞬殺──噂に聞く“虚狩り”でさえ、こんな芸当はできるかどうか。この時点で少女が只者ではないのは間違いなく──しかし、どういうわけか挙動不審な様子は変わらない。
(………すっごい人見知りなのかな)
ばったばったと大型のエーテリアスを切り伏せて、その残骸を剣先で恐る恐る触る。崩壊してホロウに溶ける死体にびくっと震える。………。………うーん間違いなく普通の子じゃないみたい。
極め付けはあの亀裂に干渉したナニカだ。原生ホロウで──いや、どれほど小さなホロウだとしても、それを人為的に、明らかに意図して安定、あるいは消滅させるなどと聞いたこともない。
気付けば、あたしは彼女に向かって駆け出していた。その瞬間だけは、間違いなく警戒が完全に抜け落ちていた。今を思えば、それが最善の選択であったとあたしは断言しようと思う。
「ねぇ!! そこのキミ! 今の、どうやったのか聞いてもいい?」
……………………………
………………………
………………
「………へぇ〜」
欲しかった答え。それはまさかの“宇宙人”である。流石に一瞬だけ返答に迷ったことは見逃して欲しい。
宇宙人。宇宙人。宇宙人と。つまりアレだよね。円盤に乗って空から──とりあえず容姿は人間にしか見えない。言語も普通に通じてるっぽい。当たり前のように剣を虚空から出し入れしているプロセスに関しては確かに見当も付かないけれど、それくらいなら未知のテクノロジーで通る気がする。
なるべく隠していたつもりだったけど、疑いの目が通じてしまったのか、少女は無言で手のひらを上にするよう見せて、その中で小さな竜巻を発生させる。……ん? え、いや何それ。でも地味! 多分すごいことやってるんだろうけど地味! それくらい出来る人たくさん居そう! というかあたしもその気になればできそう!
いまいちピンと来ない不甲斐ないあたしに、少女はどこからかカレーなんかに使いそうなポットを取り出すと、それをコンコンと叩いて──
「え。えぇぇえええ?!???!」
唐突に。突然に。まるでぶつんと時間が切り取られたかのように。瞬きの間にあたしは広大な草原に投げ出されて──
「塵歌壺、って言うの。私は実用性重視で、あんまり内装には拘ってないんだけど……」
「何これ何これ何これ何これ!?!??! ねぇねぇ教えてくれるんだよね????? もしかしなくてもこれってさっきのアレに関係あったりする????? こんな空間持ち歩けちゃうなんてすっごい!!!」
「え、えっと……」
言葉が止まらない。興奮しすぎて逆に頭の中は色々な思考が澄み渡っていく。
目の前に広がる光景。荒唐無稽でも無秩序ではない。秘境──いや、別荘か。出来の良いジオラマを現実にしたような、どこまでも計算された景観。視界の端に映るのは、雲海に浮かぶ陸の孤島。おそらくあたしが今立っているこの場所も、中央の建物を除けば似たような形状をしているのだろう。
ホロウ内部は正常な空間とは言えない。ならばホロウが完全に解明されたら似たような空間を意図して作れるのだろうか。未だ走破すら満足に行えない今の人類にはあまりに遠い話だ。
──即ち、である。
「…………」
「マルはいないか……まあ、そうだよね」
慣れた様子で草原の中央にポツンと立つ豪邸の扉を開く少女。どうやら鍵は掛かっていないらしい。この空間の使用用途からしてそれはそうだろう。
彼女はあたしに扉を潜るよう促すが、あたしの足は動かない。分かってしまったからだ。彼女の持つ技術が、あるいは彼女が過ごしていたであろう宇宙が、ホロウの出現で一喜一憂しているあたし達では到底追いつけないレベルに達していることを意味する。
「リュシア?」
「………ねぇ」
つい、聞いてみたくなった。気付けば、いつの間にか少女の衣装が変わっている。一体いつ着替えたのか、そんな日常的な動作ですら規格外の存在──宇宙人。
もし。
もしも。
もしもそれが出来るなら。
もしも彼女に
それは悪魔の誘い。提案した時点で、あたしはきっと地獄に堕ちることが確定する。幾人もの人間が路頭に迷うだろう。万単位の人間が困り果てるだろう。億単位での影響が出る可能性も否定できない。
でも、それでも。
「……“旅人”」
「ん……?」
「貴女なら……あのホロウも、どうにかできる……?」
文字通り、あたしの人生を賭した問い掛け。口に出した時点でもう引く選択肢は消える。もし。もしも。もしも彼女にそれが成せると言うのなら。
「えっと……つまり、それが“依頼”ってことでいいのかな?」
どこからか、分厚い冊子──後に彼女の軌跡を記したモノだと知る、「冒険者手帳」なるものを取り出して、少女は事も無げにそう聞き返す。
もしも彼女がホロウをどうにか出来るのなら。そんな彼女を利用し尽くしたとすれば。
よもや
これは突如としてラマニアンホロウが消滅する大事件の2日前に起きた、他愛ない戯言の一部である。
Q.なんで旅人本人にしなかったの?
A.ガチ旅人だと片割れやパイモン最優先でホロウ攻略なんて悠長にやらなそうだから…
TSは趣味です(真顔)