先に結論だけを述べてしまうと、そこまで甘い話は無かった。
「で、出来るけど、これすっごく時間かかりそう……!」
たっぷり二時間くらいの試行錯誤の末に、これが旅人の出した結論。
まず前提として、ホロウの内部からエーテルエネルギーの持ち出しは可能だ。これは有線とはいえ「式興の塔」が都市にエーテルを供給してる事実からも分かる。しかし、塔から運ばれるエーテルはエーテル結晶や輝磁などの加工品──いわば空間から飽和して溢れた分。それは加工や採取こそ容易なものの、それ故にいくら採取しようと、ホロウそのものに影響が出ることはなかった。
一方で旅人の場合、彼女は塔とは真逆に、空間からその身を介して直接エーテルエネルギーを吸い上げている。これは“エーテルエネルギーの確保”という観点で見ると論外の一言で、そこらに氷の結晶が散らばっているのに、わざわざ大気から無理やりコップ一杯の水を精製するようなものと考えると、それが如何に非効率な方法なのか分かるだろう。
しかし、内部に潜むエーテリアスにはその非効率さが良い方向に働く。エーテル帯のエーテルを吸収する。それは大気中の水分を糧に生きている生き物からその水分を奪うようなものだ。むしろ水分なんて次元じゃなく人間なら酸素にも相当し、それを強引に剥奪すれば瞬く間にエーテリアスは渇死してしまう。
極端な話、これから先に人類が大気中のエーテルを無理矢理結晶へと置換する技術でも見つければ同様の結果は起こせるのだが、それは物体を侵蝕するエーテルの特性上とても難しい。しかし旅人は他ならぬその体質によって最大の問題点をクリアしてしまい、いわば彼女は個人技のゴリ押しによって、ホロウを地道に攻略していたわけなのだが──
「この規模の共生ホロウで半日……ハワーラで同じことをすれば、単純計算でざっと二週間は掛かりますね」
月城さんの言葉は、端的に事態の問題点を指摘していた。
旅人が提案したホロウ外からの浄化。それは可能か否かで言えば可能であり、しかし当然、どうしてもそれは従来のモノより効率が悪くなってしまう。
ポンプと同じだ。ポンプはそれが如何に高性能だろうと、直接水源に接続しなければ吸い上げるのには余計な負担がかかる。むしろその状態でも回収できる旅人がおかしいまであって、全身をホロウに──エーテル帯に浸した場合とはその効率は比べるべくもない。
ある種とても妥当と言えるその結果に、月城さんはしばらく考え込んで、
「………ですが、リスクを考えれば十分に許容範囲内です。それ以前に二日三日でホロウを攻略してる現状が異常とも言えます。対ホロウに関しては十年単位で辛酸を舐め足踏みしていた我々が、まさかその程度の厳戒態勢で音を上げるはずがありません」
「……ああ」
彼女は(一応は)現場責任者である雅さんに確認を取ると、近くに積まれた書類を手に取り、無線機でどこかへ連絡を取る。
二週間。単純に期間として見ると長いが、軍の作戦行動として見たら平均的かそれ以下か。とはいえ、矢面に立つのは“旅人”で、一応は民間人である彼女にあまり無茶をさせるわけにもいかないはず。となるとざっくり三週間……までは行かなくても、かなり長期の作戦行動にはなるだろう。
で。
「リュシア、どうする?」
「……えっと」
もう既に確定みたいな空気を出されてはいるが、それでも最終的な決定権は我々にある。いくらホロウ内部で怪しい動きがあるにしても、本来なら三日で終わる作業を二週間に引き延ばせと言われたら、当然反感を抱く可能性はあるだろう。
ただ、旅人がその決定を、他でもないあたしに委ねてくるのはどうしたものか。依頼主とはそれほどに凄いのか。でもこれも契約の範疇と言えば確かにそう。それでも嫌だったり面倒だったりするならはっきり言って欲しい。どんな無茶振りも平然と熟すから許容範囲がわかんないよぉ……。
「…………。…………じゃあ、それでお願いしてもいいかな……?」
たっぷりと悩んで、それでも結局は流されるままのあたし。
でも言い訳はさせて欲しい。この案はまあ確かに時間こそ取られるが、そもそも方法を言い出したのは旅人であるし、時間で安全が買えるならそれに越したことはない。月城さんの言うように今までのペースが異常だっただけで、原生ホロウが半減した今なら、仮に年単位の時を費やしたところで誰からも文句は出ないだろう。
私のその言葉に月城さんは安堵の表情を浮かべると、ともあれ明日は休暇ということで他のメンバーと共に澄輝坪まで送られる。道中はガッチガチの装甲車が数珠繋ぎで三台。しかもあたしたちはその中央の車に座っていて、もはや市長でもこれほどの待遇は受けないかもしれない。もうあたしはどうあっても引き返せないんだとこれまでで何度実感したことやら。
「お、お疲れ様であります!!」
時折、すれ違う隊員の方にやたら力強く敬礼され、それに愛想笑いを浮かべるのも慣れてしまった。今回の護衛は4人かぁとか、照さんは継続して監視かぁとか、むしろ冷静に自己分析まで出来るように。おかしいな。あたしはちょっと前までは自らも顧みずホロウ散策をしていたくらいなのに。
「この前はありがとね!」
「うん……」
すっかり元気になった様子のリンさんにお礼としてご飯を奢られても、やはり心ここに在らずなあたし。ちなみに今日の旅人は例の如く壺に引きこもって何やらしてる。街であたしの報酬から買った素材を元に、錬金術を用いて何かをしてる旨の話は耳にしたが、具体的にどんなことをしてるのかはまだ聞けていない。
ばくばくもしゃもしゃ。うぉォンあたしは人間火力発電所だ。発電……鉱区……閉鎖……うっ頭が。考えるなあたし。感じるなあたし。振り返ったら終わりだぞあたし。お前が始めた物語だろ。泣くのは最後に回すんだ。いっそ取り返しが付かなくなるまで突き進むんだ。
「ず、随分疲れてるみたいだね……」
「……まあ」
空元気だけで身体を動かしていたような人にまで心配された。そんなにあたしは側から疲れてるように見えるのだろうか。普段からあまり鏡は見てはいないけど、最近は貯金も膨れ気味だし一度腰を据えて買い物をしてもいいかもしれない。
「いよいよ折り返しも超えて、本格的に零号まで迫って……ぶっちゃけラマニアン攻略時点ではここまで来れると思わなかったから、本当に驚いたなぁ……」
それはそう。なんならあたしが一番驚いてる。というかこの人が倒れる寸前まで頑張ってプロキシ業に勤しんでいたのに、何もしていないあたしがあっさりとホロウを攻略しちゃってむしろ申し訳ないまである。
「そっちこそ、身体は……」
「もぉばっちり元気だよ! 今だから言うけど実は結構ギリギリでね。それでも目的のために騙し騙し活動してきたんだけど──自分の限界なんて分からないものだね」
それはそうだろう。仮にある毒の致死量が100gだったとして、20gなら死なないからと好んで命懸けのチキンレースをしたがる者がいるだろうか。そして自分はその毒を300gまで耐えられる体質と検査で知らされたとして、それでも他者の致死量を超えて服毒したがる奇特な人種は存在するのだろうか。
「…………」
「リュシア?」
思ったほどではなかった。旅人は彼女の容態を指してそう告げた。心配性な月城さんが、友人が倒れたという情報だけを聞いて多少オーバーに伝えただけかもしれない。
でも、それでも彼女が常日頃から不調を抱えていたことは真実で、あの日は単なる貧血だったとしても、日常的に意識を失うようなことが常態化していた旨を他ならぬ本人が漏らしている。
何故、そこまで頑張れるのだろう。何が彼女の動機なんだろう。悪い癖だ。それが今のあたしの現状を招いた。新エリー都ではありふれた悲劇。しかしそれは第三者が気軽に踏み込んでいい問題じゃない。だけど、
「ねぇ、リンさん。貴女はこの先も、ホロウで何かを探すつもりなの?」
「………!!」
愚かなパエトーン。哀れなパエトーン。踊り続けるパエトーン。
付き合いが長いあたしにしか分からなかったかもしれないが、初めて彼女の姿を見た瞬間に、“旅人”は今までで見たことがないくらい動揺していた。
硬い言葉はその動揺を隠すため。迅速な対応は違和感を持たれる隙を与えないため。そして行き過ぎなケアに関しては、おそらくは彼女へ抱く罪悪感に因るもの。
旅人は知っている。彼女のことを知っている。太陽の子“パエトーン”。彼女がどんな存在なのかを知っている。
彼女を露骨にホロウから引き離そうとする要求も、果たしてそれに由来するものなのか。彼女からすると傍迷惑かもしれないが、それでも彼女は無理をしそうなのは雰囲気だけで十分に伝わる。
「……うん、そうだよ」
ならば、それ以上の忠告は野暮だろう。長生きするコツは深く踏み込まないことだと学んだ。とはいえあたしも旅人も、口ではあれこれ言っても本当に危急の場合は見捨てたりなど出来ないんだろうけど。
「……でも、きっと。その手綱の先にあるものは、あんまり良くないものだと思うよ」
「………。………あんたは何を知ってるの?」
「知らないよ。あたしは本当に何も知らない。それはきっと、今のキミと同じようにね」
輝く瞳に射抜かれて、それでもあたしは無気力に笑う。
無知は罪、とは言うけれど。あたしに求められるのはそういう役割だろうから。
☆☆☆
「それじゃあ改めて。私はリン、プロキシだよ!」
ぼくこの服知ってる!!!!!
彼女を見た瞬間、容態とか容姿とか、どこか見覚えある隣のにーちゃんよりも、まず第一にその服装に目が行った自分は、ある意味で一般的なソシャゲプレイヤーだなぁと思う。
黒い布地に、「元オ子(元オ子ではない)」という単語が書かれた特徴的なTシャツ。他はなぁんも知らないけれどそれだけは知っている。これはそう、なんかホヨバゲーの誰かのえっちな服だ!!!
(ぶっちゃけそんなことだろうとは思っていたけど……)
まあね? 分かってはいたんですよ。抗エーテル侵蝕装備がやたらと派手だったり、妙に重い過去を持つ美少女がいたり、“虚狩り”なんて物騒な異名の持ち主がエッッッなお姉さんだったり。というか敵の幹部まで美人なお姉さんは些か盛り過ぎてる気はする。多分めっちゃガチャ引かれたんやろうなぁ。
そんなわけで崩壊学園とかスタレとかゼンゼロとか、タイトルは知ってるけど(スマホの容量の問題で)内容は知らなかった作品の心当たりをリュシアに聞いてみると、しばらく悩んだ末になんと「それってもしかしてゼンレス限界に関係ある言葉?」という非常にありがたいお言葉をいただきました。あっそっかぁ…(絶望)
ゼンレス限界。なんでもホロウの区分が原生か共生かを分ける閾値で、これまで攻略していた6大ホロウは全てその数値を上回る対処困難なホロウなんだとか。そしてそんな凄いホロウが無くなるとみんなハッピーに。ゼンレスが無くなる。ゼンレスするホロウがゼロになる。つまりゼンレスゾーンゼロってことですねなるほどいやマジっスか。
でもね私ゼンゼロミリしらなんだよね酷くない??? しかも旅人って絶対別ゲーに出張コラボなんかしてないよ私知ってるんだ。アーロイがどれだけ愚弄されたと思ってるんだ。◆彼女を実装したホヨバの意図は…!?
まあ現実逃避はそれくらいにしておいて、そんな少なくともユーザーからはエッッッッッな目で見られていたと思しき人物が目の前にいる。でも本編では絶対に旅人みたいな体質の人が都合よく現れて侵蝕を除去したとかそんなお変クな展開は無いと断言できる。つまりはだいぶやらかしてる。
そもそも明らかに事件の舞台っぽい6大ホロウが半分以下になってる時点でやり過ぎを超えたやり過ぎ。旅人以外に攻略する術が現状マジで不明なのでこれはメアリースーですね分かります。もしも私におちんちんが付いていたら最低系の展開待ったなしだった。良かったおちんちんが付いてなくてよくない。誰か1000万ディニー払うから私におちんちんを恵んでプリーズ。モラなら倍で支払おう! あっそういう問題じゃない? そう…。
閑話休題。
そんなわけで予想外の方向から思わぬ発見こそあったものの、どうせ原作の展開なんて微塵も知らないので目の前のことに集中することにする私。
ハワーラホロウ、と呼ばれるらしい。それは規模こそ大きいものの、他の原生ホロウと比較して特徴らしい特徴がないのが特徴で、それ故に原生ホロウであるにも関わらず未だ無数のホロウレイダーや、今回の場合は讃頌会のメンバーなどが蔓延る蠱毒になってるんだそうな。
とはいえ、今回の作戦に限れば内部の情報など些細なものだ。確かにホロウを外部から吸収するのは地味に面倒だが、警戒を他者に一任できるという点では楽な作業でもある。でも絶対原作ではこんな方法でホロウ攻略なんてやってないんだろうなぁ。
「それでは旅人さん。よろしくお願いします」
「了解」
副課長なはずなのにすっかり司令役が板についてる月城さんに促されて作戦を開始。のりこめー^^ まあ私はホロウに手を翳してエネルギー吸収するだけなんだけどね。それが一番大変? それは確かにそう。でも私しか出来ないし…。
一日目。何もなし。そもそも開始の時間どころか作戦の概要すら秘匿されてるのに、ただでさえブレのある外縁部の誤差を一日で把握しろという方が難しいと思う。
二日目。何もなし。一応、私の姿は外部から確認できない場所でやっている。最低限の機能を確保するため前面だけはホロウから障害物を隔てない開けた場所で行っているが、横からはしっかりと囲まれて視認は困難だし、ホロウ内部からその場所にピンポイントで直接顔を覗かせるでもしない限り、外側からの確認は不可能だろう。
三日目。ホロウ外縁の縮小率が5%を突破する。即ちホロウ全体が元の95%の大きさになったということだ。ここまで来ると“誤差”という範囲から完全に外れてしまうので、日頃からホロウのデータを取っている人間経由で異常を悟られる可能性はある。
現状、ホロウ縮小は最近の事例を除き前例がなく、また消滅させられる人材が旅人しか存在しないため、目敏い人間ならば関与を疑う頃だろう。
四日目。仮説基地内に不審人物を複数回確認したとの情報が入る。捕縛したのは二人。しかしどちらも捕縛と同時に自害をしている。
たかだか軍の仮設基地内に、しかも周辺が装甲車に囲まれているとはいえ、仮組したテントに侵入しようとした程度で自害する民間人などいるわけがないので、H.A.N.Dは彼らを讃頌会の人物だと断定。現在身元の確認を急いでいるとのこと。
五日目。深夜帯、付近の倉庫で保管されていたはずの建設機械が暴走し仮説基地を襲撃。幸い怪我人は出ず、対応も見張りの人員及び装甲車で事足りたものの、思った以上にあちらの反応が早い。盗難事案の名目で、付近のセキュリティ強度を更に引き上げるとのこと。
六日目。テントの移設作業中、ホロウ越しに人影らしきものを目撃する。
ホロウ側から私の居場所を特定しようという目論見だろうか。手を繋いで侵入をしなければ、1メートルの距離でキロ単位の誤差が発生する空間でよくもまあ頑張るものだと逆に感心する。
とはいえこちらがその執念に付き合う義理はないため、念の為基地を延長線上ではなく横へ大幅に移動させ、更に警戒の人員を増やして対応することに。
そして七日目。
「“凍結せよ”」
ホロウから伸びてきた腕を武器ごと凍らせて、取り出した蒼古で肘から切り落とす。
ノイズは走らない。すなわちこれは人間の腕。武器は侵蝕対策が成された無骨な狙撃銃。私とホロウとの距離感すら掴めていないのに襲撃をかける大胆さだけは認めてもいいだろう。
「なっ……!? “旅人”様、我々の背後へ!!」
控えていた軍人の指示に従い彼らの背後へ。念の為私も武器を構えたまま増援を要請し、更にはその日は作業を中断して厳戒態勢となっていたが、結論から言うとそれ以上の異常は確認されなかった。おそらくは偶然讃頌会のひとりが当たりクジをピンポイントで引き当てたらしい。
「いよいよなりふり構わず来ましたか……」
月城さんが眉間の皺を揉み解す。現在のハワーラホロウは元のおよそ63%。下手な鉄砲も数を撃てば当たるもので、加えて外縁の面積が狭まるたびにその確率も上がっていく。
その日の捕縛者は10人の大台を突破。ホロウ全体で確認された数で言うなら100人にも上る。視認された人数の割に捕縛者が少ないのは、武装した讃頌会が待ち構えている可能性が高いホロウへの追討がリスクヘッジにより避けられているからだ。
とはいえあちらもホロウ内部にいなければエーテリアスという唯一正規軍を凌駕し得る兵器を使えない関係上、苦しいのは間違いなくあちらだ。
しかし……ふむ。そちらがそんな手段で来るのなら……。
「“恒星”」
武器を蒼古から天空の刃に切り替えて、ゆっくり時間を掛けて特大の“星落としの剣”を組み上げ、そのまま目の前のホロウへ向けて構える。
斜め45度に放り投げた荒星を氷と水で凍結させ、中央に向け剣を突き刺し更に風元素を纏わせて一言。
「“風と共に去れ”」
身体から吹き荒れる突風が、バラバラに砕かれた岩元素創造物を巻き込んでホロウ内部へと侵入する。どうせアレが誰かに直撃するなんてミラクルはあり得ないだろうが、ここ最近身体をロクに動かしていなかったので多少の気分転換にはなった。
「うわぁ……旅人、そういうことしちゃうんだ……」
「どうせ当たらないよ。それよりも、さっきの人が来たルートの逆算よろしく」
はぁーい、とだいぶ口調が砕けてきた“パエトーン”と軽口を交わしながら、私は基地の移動に備えて剣をしまう。進捗は遅れている。ハワーラがラマニアンと同等の規模なら、本来ならとっくに次なるホロウへと取り掛かっていてもおかしくない。
ただ、確かに時間こそ掛かるものの、ホロウ内部を一直線に移動するのとは違い、成果が数字として実感できる分、これはこれで悪くないと思える自分がいる。けれどこの見方もゲーマーっぽさを否定できず、だから私はこんな世界に迷い込んだのだろうかと、ついつい自分を顧みてしまう私なのだった。
作者はゼンゼロを初めて遊んだ時点で、何故かあの服だけは存在を知ってました。なんでやろなぁ(すっとぼけ)
あ、他の人はガチで誰も知りませんでした。かろうじてエレンだけ微妙に見覚えがあるくらい…?