どれほどオブラートに包もうとしても、その結末は「呆気ない」と評するほかはない。
あれだけ世間を騒がせた讃頌会。しかし結局は彼らは旅人の脅威にはなり得ず、ハワーラホロウと運命を共にする結果となった。まだ暫定ではあるがハワーラ跡地における被害者はクリティのおよそ数十倍にも及び(案の定あたしたちに伝えられてなかっただけで、クリティにも
ほんの少しの掛け違いで、彼らが人類共通の脅威となる可能性はあった。けれど彼らはその根底から、どこまでもホロウに依存することでしか生きられない存在だった。そう考えると哀れではあるが、彼らに同情するほどの義理もそれに相応しい価値もない。どこまで行っても、彼らはホロウと共にこの世界を飲み込もうとした悪人でしかないのだから。
…………………
……………
………
「ソロブホロウの攻略にはしばらくの猶予が欲しいって何だろうね?」
市長の厚意によりH.A.N.D本部の一角に設けられた広い客室。そこで例によって例の如く、鋭い一言が旅人から発せられる。
発言そのものに何かあるわけではない。むしろそれは彼女からしたら当然の疑問であり、何か問題があるとするならば、そんな疑問を彼女に抱かせるようなこの世界にこそだろう。
しかし、あたしにしてみればそれは疑問と同義ではない。遂に、というか、ようやくと評するべきか。何にせよその要求はいずれ訪れるだろうことをあたしは予見していて、同時にそれはあたし自身が目を逸らし続けていた罪の精算となる。
(エーテルエネルギーの枯渇が理由……なんだろうなぁ)
讃頌会の後始末。ハワーラホロウ崩壊を見届けた市長さんはそれっぽい理由を述べていたが、まあそれは十中八九嘘っぱちだろう。ラマニアンを始めとして、各地の鉱脈を潰して回るような行脚をしていればいずれ突き当たる現実。その罪を市政が庇ってくれるのはあたしが一人で苦悩していた頃よりもずっとマシな状況とも言えるが、それ故に重くのしかかる罪悪感で潰れそうである。
──新エリー都はホロウが齎すエーテルエネルギーにより電力の大半を賄っている。変換効率の高い高濃度エーテル結晶の価値は当時の30倍ほどまで跳ね上がり、都市全体が慢性的な電力不足に陥ってるのが現実だ。
6大ホロウが消えた今ならその土地を再利用すれば、なんて思うかもしれない。でもあれだけ広範囲に瓦礫で埋め尽くされた廃墟の整備をしてる間に、資源なんてすっからかんになってしまうだろう。ホロウから湧き出る無限のエーテルからエネルギーを賄う前提のオーモンド調査基地なんかは、あたし達が去ってその一週間後には設備の停止を余儀なくされたそうだ。これらと同様のことが都市全体で起こっているのだろう。
真っ暗になった夜のルミナスクエアを見るたびに、まるで夢から覚めたような気分になる。のしかかる重圧。そこにある現実。視線から逃れるように路地裏へ潜んでも、過去の軌跡が歩みを止めさせてくれない。喘ぐ市民の上を跨ぎ、無数の首吊り死体を踏み躙って、それでもあたしはこの道を突き進まねばならないのだ。
「さぁて、一体何だろうね? 私には分からないなぁ」
「……反応的に、レミエールは何か知ってるよね?」
「どうかな? まあぶっちゃけそっちも予想は付いているけど、私が愉快に感じてるのは別件の方だよ。
絶対的に上の立場からの交渉って心躍るよねぇ……あいつがどんな対応をするのか、今からホント楽しみだよ」
本当に楽しそうだなぁレミエールさん。
長命種故の余裕か。あらかた事情は察してるであろうレミエールさんは、しかしあたしとは異なる気楽な立場だからか、すっかり道楽気分でニヤニヤしている。正直な話割と羨ましい。あたしもあれくらい割り切れば良いんだろうけども。
「旅人さんにはまるで縁のない話でしたが、本来であればホロウの探索はキャロットと呼ばれる端末から齎される位置情報が必要不可欠であり、ソロブホロウ──正確にはその共生ホロウであるスカモールホロウは、常に変異し続けるそれらホロウ内部の観測誤差を埋めるマスターデータである、『ロゼッタデータ』の収集元となっています。
今や6大ホロウもソロブを残すのみとなった現在では、おそらく誤差はおろか観測もままならない状態にはなっているのでしょうが、旅人さんを除けばこの世界で唯一と言っていいホロウへの対抗手段を、そう簡単に放棄するわけにはいかないのでしょうね」
「へぇ……」
もうすっかりお馴染みとなったTOPS側の勢力代表である“グランプスの黒枝”のダイアリンさんが、分厚い資料を片手にそう告げる。
ロゼッタデータ。どこかで聞き覚えがあると思い記憶を掘り返せば、以前アリスちゃんが軽くそんなことを言っていたような気がする。そうだ、それで“迷宮のキャロット”とやらが必要になって……そういえば全然見つからなかったなぁそんな機械。いや一応しっかり探してはいたし、言い訳をさせて貰えば、あの時は旅人の記憶のインパクトが強くてそれどころじゃなかったから……。
「或いは、良くも悪くも
旅人さんがホロウ攻略に費やした時間は、明確に原生ホロウが拡大するスピードを遥か上回っています。ホロウという未知の存在は一貫して人類の脅威ではありますが、しかしその未知が齎す恩恵もまた人類には測り知れないほど。
故にこそ、現状の恩恵を維持し、再び制御が不可能になったら旅人さんを
ダイアリンさんらしい明け透けで皮肉たっぷりの言葉。口調は丁寧でその“小賢しい人達”筆頭は他でもない彼女の雇い主であるのに、敬う姿勢がまるで感じられないのは一種の才能だと思う。
しかし、語る内容はその粗雑な物言いに相応しく実に腹立たしいもので、彼女の自由も権利も負担も全て度外視して、まさしく彼女を道具と見做している。
『人が誰かと争うのは、
『よもや、見ず知らずの女のケツをみっともなく追い回すような
ルーシーさんの言葉を思い出す。状況は違う。目的も違う。しかしその言葉の本質は同じもの。
人間は、利益のためならどこまでも残酷になれる。土地を均し、動物を駆逐し、同族の血で固めた建物の上で酒を呷る。立場や財産を奪うなんて優しいもので、幾ばくかの金銭と引き換えに肉親さえも手に掛ける。──今後、あたし達が相手をしなければならない、エーテリアスよりもよほど厄介な怪物たち。
これほどに世界が極限まで追い込まれてなお、最後に立ち塞がるのはそれまで人類を苦しめてきた“ホロウ”ではなく“人間”なのはなんと言えばいいのだろうか。やはり人間の敵は人間だとでも言いたいのか。もしくはそれでこそ人間とでも評するべきなのか。
「いずれにしろ、この先はそのような理想と妄想を履き違えたお馬鹿さんが、貴女たちの行先を阻むことが予想されます。あたしたち根絶派は可能な限りそうならないよう動きますが、規模が規模だけにその全てに対応できると豪語することはできません」
そこでダイアリンさんは一度言葉を区切り、意味深に旅人へ視線を移す。目に宿る色は期待と不安。より具体的にはこれまでに旅人が打ち立てた輝かしい実績による期待と、それ以上に悍ましい
旅人なら大丈夫だろう。しかし汚い手で嵌められたらどうか。彼女はクレバーではあるが非情ではない。少なくとも依頼人であるあたしを尊重する意思はある。なら仮に旅人を除く全員を脅迫すれば。金銭や美術品は? あたしから得たディニーを使って定期的に買い物をしてる事実は素人でも探れる。そこから需品を事前に取り押さえられたとしたら?
僅かにでも交渉の余地があるなら、そこから言葉巧みに行動を誘導するのはTOPSの得意分野だ。あたしなんかの口車に乗せられてホロウ攻略を始めた彼女のことだ。気付けば詐欺の片棒を担がされピンチになっているなんて想像するに容易い。
「なので、あたしからはこう提案します──逃げてください。
ソロブホロウが健在な今なら、貴女たちの体質を利用すれば行方を晦ますことは容易のはず。ホロウの奥深く、危険区域の一角に安置を作り身を潜め、やがてソロブを暴走させ旧都の二の舞を辿る我々を『そら見たことか』と嘲笑えばいい」
「……………」
まあ。
分かってる。一番危険なのは、おそらくあたしなんだって。
旅人であれば仮に先に述べたような状況になっても、何だかんだと全てを破壊して脱出できる能力は間違いなくある。
だけどあたしは違う。あたし本人に対してならいい。柚葉ちゃん、真斗くん、アリスちゃん、リンさん──一族のみんな。明確に外部の勢力であるダイアリンさん達にだって、虐げられたら無視できないほどに情が湧いてしまってる。
「僅かな間ではありましたが、あの時あたしが貴女たちと旅をした記憶は、あたしのクソったれな人生の中で、唯一と言っていい誇らしいものです。
そんなキラキラな貴女たちが、我々のような愚者を救うために、その身を削る必要なんてどこにもありません。
ですので。どうか、どうか──お願いします」
「………いいや」
故にこそ、何を言われようとも。あたしが言えるのはひとつだけ。
最初から決めていた。どうなるかも分かっていた。あの日、彼女がラマニアンホロウを消し去ったその時から、あたしは彼女と心中すると決意したのだから。
「逃げないよ。あたしは逃げない。誰に何を言われても。どんな代償を支払おうとも。
ホロウは──あれは、あんなものは。残しておくと、必ず未来の禍根になる」
あたしはエーテリアスが大好きで、常日頃からホロウに入り浸るような変人だけど、それでもあんな異常な存在は、消し去れるならその方が絶対に良い。……まああたし単独だと本当に何もできないので、あくまで旅人が出来る範囲で、という情けない話にはなるんだけど。
「私も同意見かな。乗りかかった船だし、こう見えて私は受けた依頼は最後までやり遂げる主義だから、ホロウは私が責任持って引き受けるよ」
必死に目で訴えていたのが通じたのか、そもそも元から乗り気だった旅人は、あまり気負った様子もなくそう告げる。あるいは、彼女にしてみれば
ぞっとしない可能性に思いを馳せていると、旅人は「それに」と続けて、
「仮に電力の供給が絶望的になって、インフラが軒並み使えない状態になったとして──ヒトが、人間が。そう簡単に全てを諦めたりすると思う?」
「………まあ。無い、ですかね」
答えたのはダイアリンさん。おそらくこの場に集った人達の中で、ルーシーさん達と同様に、最も
「無いなら無いでどうにかする。もっと極端に世界全てがホロウに飲まれたとしても、何だかんだとシェルターを造るなり肉体改造をするなりでもして、たとえ他の生き物が全滅しようと最後までしぶとく生き延びる。それが私の知る“人間”って種族だよ」
「…………」
やや露悪的ながら本質をついた補足。世界が全てホロウに飲まれて、世界中が生体に有害なエーテルに満たされても。膨大な屍を礎に、それでも種としての人類は残り続ける。それが人間としての強さであり、同時に恐ろしさでもあるという。
一通りの話を黙って聞いていたダイアリンさんは、一度だけ大きくため息をすると、そのままばん、と両頬を叩き、一転して元気な口調で話し始める。
「承知しました。それならあたし、有能オペレーターダイアリンが、お客様の……いえ、貴女たちを敬愛するひとりの友人として、一肌脱ぐと致しましょう!
それで早速、そういう話であれば、その助力となる耳寄りな情報が──」
ぺらぺらと資料のページを捲り、ある見開きの1ページをダイアリンさんはこちらへ向けると、
「空域機密特区“ロスカリファ”代表、初代“虚狩り”がひとり、ドラキナ・サンブリンガー様より旅人さんへ面会の依頼が来ております」
「………え???」
ロスカリファ。初代“虚狩り”。サンブリンガー。面会──つまり、存命。
思わずレミエールさんへ視線を向けると、彼女は訳知り顔で「へぇ」と呟いている。さては知ってたなこの人。じゃなくて、あまりに衝撃的な情報の数々に理解が追いつかない。
空域機密特区、の名に恥じぬように、ページに映るのは巨大な天空都市。見たところホロウの上空に位置しているようで、仮にそのホロウを消滅させた場合にどうなるのか、あたしには見当も付かない。
「要件もざっくりと聞いています。『このままソロブホロウを消滅させると、都市に甚大な被害が出る恐れがあるため、攻略を後回しにして欲しい』──まあ有り体に申しますと、
命乞い。
あたしに。旅人に。あの伝説の“虚狩り”ひとりが。御伽話に出てくる都市を統べるような人物が。恥も外聞もなくそう懇願していると。
改めて。踏み躙ったものの重さ。踏み越えた道のりの険しさ。そしてあたしの行動が各所に与えた影響の大きさに眩暈がする。それでも、立ち止まるわけにはいかないと、あたしは崩れそうな精神に喝を入れ、どうにか気丈に振る舞うのだった。