「ボンプってそもそも何なの……?」
「え???」
文字通りの意味での“規格外”。あたしが彼女を評するのなら、まず真っ先にそんな評価が挙げられる。
名前を蛍。姓は無いらしく、“星海の旅人”を自称し、周囲からはその肩書の通りの良さから基本的に“旅人”とだけ呼ばれている。星海の名に違わず惑星単位での旅を繰り返しているようで、故郷である“テイワット”という惑星の他にも、これまでにいくつかの星を渡り歩いて来たんだとか。その辺りはもうあまりにスケールが違いすぎてあたしは深く考えるのをやめている。
この星に来た理由については『事故』の一点張り。というより本人にもよく分かっていないみたいで、しかし過去にも似たような事例は割とあったらしい。その時は何やかんやで無事テイワットに戻れたそうなのだが、そんなたまたま私有地に迷い込んだみたいなノリで気軽に星を隔てるのは正直どうかと思う。本人曰く「世界から追放されてないだけマシ」とのことらしいけれど、むしろ過去にそんな出来事があったのに平然としてるあたりガチで根本から違う生き物なんだとしか表現のしようがない。まあだからこそホロウ根絶なんて無理難題を引き受けたんだろうけど。
ともあれ彼女がこの惑星にやって来たことは、まさしくこの星にとっての奇跡としか言いようがない。ホロウと呼ばれる惑星単位で世界を蝕む病原菌。対処法というにはあまりに再現性が無くゴリ押し極まる方法ではあれど、彼女はそれに対抗する手段を持ち合わせていた。あっという間にこの星最大の問題である6大ホロウの殆どを片付けた彼女は、今やこの世界で最も注目されている人物となっている。此度のロスカリファを廻る案件も、そんな彼女の功績があればこそ起こり得る事態であろう。
尤も、そういった余計な情報を差し置いたとしても、彼女は非常に好感の持てる人物であり、また本人が意図してこの惑星の……否、おそらくは“依頼主”の事情にあまり深掘りしないスタンスのようで、彼女が一貫して“依頼請負人”としての立場に徹しているのが傍目からも伺える。そういう意味ではロスカリファ側の懸念は杞憂となる可能性が高いのだが、しかしだからこそ“依頼主”である女性を評価したい層がいるのも、無理のない話ではあるのだろう。
リュシア・エロウェン。ラマニアン近郊の集落、“夜守り人”の一族である少女。故郷からの評判では「いつもホロウに入り浸りエーテリアスを日夜観察している好奇心旺盛な少女」とのことらしいが、あたしが監視を始めたころにはすっかりそのなりを潜めている。
その理由については直接聞いていないので盗聴した会話からの推測になるが、“規格外”の旅人さんにそうとは知らずホロウ根絶なんて無茶な要求をして、そして実際に旅人さんがそれを成し遂げてしまったものだからそれ以降すっかり気が引けてしまったんだとか。何とも彼女らしい微笑ましい経緯ではあるが、そこで怯まず他のホロウにまで踏み込んだ勇気は賞賛に値すると思う。あたしがついつい彼女に肩入れしてしまう理由も、そういった彼女の“迂闊さ”から来ているのは否定できない。
(なーんか危なっかしくて庇護欲湧くんですよねぇあの子……)
冷酷な裁決官がなんてザマだ、とたまに自嘲したくはなるが、幸運にも彼女をサポートすることは“ボス”からの指令にも合致している。これに関しては嬉しい誤算ではあったが、思えばボスもあの旧都陥落を乗り越えて黒枝の頂点に立つ女傑。そんな間柄ではないのを抜きにしても友人親兄弟についての話題を一度も耳にした覚えがないので、ホロウに関しては並々ならぬ感情を抱いていてもおかしくはないか。
閑話休題。
さて、すっかりそんな彼女らのTOPS側勢力の窓口兼監視兼お目付け役として定着し、その重要度やコンタクトの容易さから日夜とんでもない数の要望が舞い降りる我ら“クランプスの黒枝”であるが、本業が裁決官、つまりは監査役とのことで情報屋とも広く関わりがあるあたしが、よりにもよって機密特区なんて銘打たれた場所に招待されて大丈夫なのかなぁという疑問はある。
まあ都市にしてみれば最早そんなことを言ってる状況ではないし、もっと言えば旅人なんてこの世界では戸籍すら存在しない怪しい人物の筆頭であるが、自分が情報を深く扱うからこそ素直に心配になってくる。即ち、そんな無茶苦茶をやらかして、それまでは防諜も徹底していただろう機密特区の住民に、無用な混乱は起こらないかと──
「あ、またバスが使えない。これで全滅か……空域は危ないからあんまり使いたくないんだけど」
「……私が運んでもいいんだけど、根本の問題を解決しないことにはいたちごっこになりそうだね」
結論。起きないわけがなかった。むしろ混乱なんて次元の話ではなかった。“ボンプの楽園”の名に違わず各所に蔓延る多種多様なボンプたち。しかし楽園という字面の印象とは正反対に現実的な理由でサボタージュを行う彼らの姿に、あたしは思わず苦笑いを浮かべてしまうのだった。
☆☆☆
「ごめんなさいね。普段はこんな子たちじゃないんだけど……」
機密特区の入り口で門前払いを受けた我々に、案内役であるヴェリナさんが深々と頭を下げる。
ボンプを中心とした都市移住計画への抗議活動。もしくはストライキ。既にエリー都ではマスコット的立場を確立している彼らではあるが、思えばボンプの本来の用途とはホロウ内部における情報収集役……平たく言えば侵蝕耐性が施された通信機器だ。在野で店番をしているような完全にマスコット目的で作られた子ですら基本構造としてキャロットから記憶素子に情報をダウンロードできる機能を備えているわけで、いわばホロウ探索は彼らの存在意義と言っても差し支えない。
しかし、この世界に“旅人”というジョーカーが突如として舞い降り、次々とホロウを駆逐して次はいざこの都市の番、と現実を突きつけられた結果、彼らは自身のアイデンティティを守るため立ち上がった。実際、ボンプにも人権が担保されているこの都市では厳しくても、新エリー都の一部では未だボンプを道具と見做して気軽にスクラップにするような人もいるわけで、そんな状況でいきなり“都市を地上に移します!”なんて計画が出て来たら、それは勘違いをする層が出ても無理はないだろう。
「ボンプとは何か、ですか。それは……いえ、“旅人”様であれば、その疑問も当然でしょう」
そんな経緯があって、冒頭の旅人さんの言葉に繋がるわけだ。ボンプとは何か。あまりにも当たり前の存在過ぎてつい失念しそうになるが、確かにあんな特殊な存在が他の世界で生まれるとは考えづらい。
「失礼ながら、“ロボット”という概念は──」
「大丈夫。テイワットには人造人間とかも居たし」
「承知しました。ボンプとは、広義的には“災害救助を目的としたウサギ型の自律ロボット“の総称となりますわ。このロスカリファではボンプの開発者であり都市の代表でもあるサンブリンガー様の計らいにより、ややその枠組みを逸脱し人間と同等の権利を得て共に暮らしているわけですが──大元の製造目的が所以なのか、彼らは非常に純粋で時に思い込みが激しく……」
「ああ、あれウサギなんだ……」
かなり言葉を選んで発言するヴェリナ総務官。市民権も得ている彼らをあまり行政側が悪く言うのは避けたいのだろうが、確かにボンプはそういうところがある。善意を元に産まれてるから悪意への理解が浅いのだろう。
(てか人造人間とか居るんですね……パパゴで見た範囲ではよくあるファンタジー世界にしか見えませんでしたが、だからこそ一部技術はこちらを凌駕している……?)
『ンナナ、ンナンナ!!』
遠方から響く複数の声。移住なんて認めない、ここは我々の故郷だ──まあそんな意見も出るだろう。具体的にサンブリンガー様がどんな手段で移住計画を成し遂げるつもりかは分からないが、少なくとも無限のエーテルエネルギーを得られなくなるからにはこれまで通り空中に都市を構えるなんてのは不可能になる。
どうにかして地上に移すか、あるいは都市そのものを放棄するか──まあ、この美しい景観が失われるのは惜しい気持ちはあるが、あたし自身は別にその恩恵を受けたわけでもないので然もありなん、って感じだろうか。別に妬ましいって程ではないけど。
『ンナナ、ワタンナ!!』
「……ごめん、あの子たちなんて言ってるの? 何語?」
「あー……そういえば旅人ってまだンナ語は分かんないんだっけ」
「エリー都でも習得者は限られますからね。ざっくり翻訳しますと『この地は我々が製造された瞬間から守るべき故郷として定められた場所だ。如何にサンブリンガー様が打ち立てた政策とはいえ、納得できる理由が無ければ我々としても立ち退くわけにはいかない』、って感じですかね」
「ねえ出鱈目言ってない??? 今の単語のどこからサンブリンガーさんや立ち退きの話が出て来たの???? 圧縮言語にしても無理がない?????」
「ほ、ほら旅人って公用語はともかく衛非地区の広東訛りはさっぱりだし……」
「多分そういう問題じゃないよ?????」
誰でも最初はそうなるので気持ちは分かるが、これが慣れると意外と分かってくるのだ。あたしはまだンナ語の発声こそ怪しいが、その内容を聞き取ることくらいは出来る。とはいえ現状ほぼ完璧にエリー都の公用語を習得している旅人さんならば、そう時間も掛からず習得できることだろう。
「大元が暗号文から派生して出来た言語だから、そう思うのも無理のない話だわ」
「!? サンブリンガー……!」
そこで不意に上方から掛けられる落ち着いた声。バッ、と身構えるレミエール中佐に釣られてその方向を見れば、そこからはプライベート用と思わしき小さめの路線バスに乗ったこの都市の代表者が舞い降りて、騒ぐ民衆もそっちのけでこちらに歩み寄ってくる。
「──ようこそ、ロスカリファへ」
堂々たる歓迎の言葉。しかし、ともすれば民衆を煽るようなタイミング。それでも直々に迎えに来たのは彼女の誠意の表れか。可能なら暴動も事前に抑えておきたかったのだろうが、数が数なのでそれも厳しかったか。
──あるいは、この騒動を見せることすら彼女の計算の内だったりするのか。
流石のボンプも創造主の行き先を面と向かって妨げることは出来ないようで、そこからは暴動などそもそも存在しなかったかのように事はスムーズに運ばれて行った。景観を活かした各地の名所や名物料理の数々。何よりかの“虚狩り”のひとりにしてこの天空都市の代表から直々にガイドを受けるとは、ある意味で新エリー都の誰にも成せない最高の贅沢とも言えるが、背景が背景なので胃痛の方が勝る。
とはいえガイドがいて助かることには変わりなく、また個人的にもこの都市の成り立ちなんかには興味があったので、一歩下がった位置からサンブリンガー氏との会話を聞きふんふんと頷いていると、やがて会話はこの都市を統べる“サンブリンガー”とは何者なのか、という方向に流れ、
「知能構造体?」
「ええ。サンブリンガーの正体は人間ではなく『知能構造体』であり、統治に当たってその身を三つに分けた──これがあたしがあなたに隠していた真相よ、レミエール」
「……なるほど。それで
どこか納得したように、神妙な顔で頷くレミエールさん。しかし、その言葉を受けた旅人さんはと言えば、彼女が醸し出すシリアスな空気などそっちのけで、
「ごめん。そうじゃなくて、そもそも知能構造体って何……?」
「へっっっ??! あっ、ああ。そういえば知らないんだっけ……?? ざっくり言えば人権が認められた機械……かな」
「──人間の魂に相当するAI、『倫理コア』を搭載した機械が、数々の経験を経て自我を確立し、その上で『禁断の果実テスト』という思考実験を突破すると、その存在は“個”として認められ、『知能構造体』と呼称されるようになる。定義としてはこんなものね。尤も、ボンプという例外を除いて倫理コアを搭載したからと“個”に至るような個体は稀で、そうポンポンと生み出せるようなモノではないのだけれど」
まるで辞書からそのまま抜き出したかのような説明。彼女が知能構造体であるのなら索引など不要か。そもそもそんな事情でもないと、100年前の英雄がこんな若々しい姿のまま健在だなんて無理がある。その隣にいる“鬼族”に関してはあまり詳しい生態を知らないのでノーコメントで。
しかし、ボンプはまだしも知能構造体のことさえ知らないとは。言われてみれば確かにこちらも倫理コアが開発されていない他の世界では存在しない概念なのかもしれないが、改めて彼女が宇宙人である証拠を見せ付けられたようで、せっかく聞き出したかの“虚狩り”サンブリンガー氏に関するトンデモ情報の衝撃が何処かに消えてしまった。いえ、多分やばいことやってるんでしょうけどやはり宇宙人と比較してしまうと……。
「さて、しばらくは自由行動だね。私はしばらく壺の中で本腰を入れて作業しようと思うから、何かあったらよろしく」
そんな胃の痛い都市観光も終わり、居住空間として与えられたやたらと広いアパートの中、ぐったりしてるあたしやリュシアさんの前で、まるで疲れた様子の見えない旅人さんが、渡されたお土産の中から手頃な菓子類をいくつか手に取りつつ告げる。
「え? 旅人は一緒に行かないの?」
「いや、誘いを断るつもりはないよ。ただ空いた時間、今後のためにやっておきたい作業があるってだけ」
「……そういえばロスカリファでも何か買ってたね。ただの雑貨に見えたけど……何をしてるの?」
「見たいの? 退屈だと思うけど……」
あっけらかんと。
おそらくはかなりの覚悟を決めて踏み込んだと思われるリュシアさんの言葉は、しかし旅人さんのそんな発言で進展を迎える。
彼女が密かに“塵歌壺”と呼ばれる壺の中で執り行っていた作業。時に雑貨を、時に貴重な資源を大量に持ち込み何をしているのかと思えば、彼女はその現場を見せてくれるらしい。
これもリュシアさんが彼女の“依頼主”であるが故に成せることか、と内心で感謝して、彼女に便乗する形で壺に侵入するあたしたち。内部は相変わらずこのロスカリファにも劣らないほど広大で美しく、これが量産できれば世界の土地問題は解決したも同然で、やはり旅人がいた世界には一部エリー都でさえ到底及ばない技術が普及されているらしい。
「こっちこっち」
そんな声に従い、すたすた浮島の端まで歩いていく旅人さんに着いていくと、遠くにもう一つの浮島が見える延長線上のあたりで、旅人さんが空間に浮かぶ半透明な橋をゆっくりと登っていく。
「えっ、あっ……ここ登れたんだ……!?」
リュシアさんの驚きはあたしのそれと同じ。
確かに良く見れば橋がかかっているように見えなくもないが、雲の意匠がふんだんに取り入れられた半透明な橋は、渡ろうとするのに相当の勇気が必要だろう。
向かった先は視界にも映っていたもう一つの浮島。正直、あたしはこの島を背景か何かだと思っていたのでここに足を踏み入れたことはない。それはリュシアさんやレミエールさんも同様だったらしく、均された土地の中央に鎮座していた物質に、目を見開いて驚いている。
「これが
「………!?!!?」
それはまるで、小洒落たデザインのアクセサリーを巨大化させたような。
“そうなんだ”で流すにはあまりにも異質過ぎる超技術にして、