「あそこのお店が徳豊質店。小物やアクセサリーを買うなら真っ先に名前が上がるところだね。向かいの飲茶仙はあたしたちが先日オフ会をやったお店ですっごく良いところなんだ。更にあそこは一般のお客からは雲嶽山への窓口業務みたいのも請け負っていて、後で紹介する適当観からの商品も──」
あっ、これ仙人ゼミでやったところだ!(白目)
現在地は澄輝坪の街中。ラマニアンホロウの案件がひと段落し、今の私は案内役を引き受けてくれたリュシアのガイドに従ってのんびりこの中華街(中華街ではない)の観光なんかをしていたわけなのだが、流石は中国風の都市というべきか、もうびっくりするくらい名前が全然頭に入ってこない。
なんたら真君を連発され、訳も分からないままタルタリヤをボコした過去の記憶が蘇ってくる。なんだかんだゲームでは最終的に璃月の地名もなんとなく分かるようになっていたし、いずれはここの地名も覚えられるのだろうか。未だに私ってば閑雲の本名覚えていないけど。
ぼんやりと街中を見渡して、改めて街の賑わいに感心する。リュシアから話を聞いた限りでは、割とこの世界は例のホロウとやらでピンチのはずなのに、街の人たちからはそこまでの悲壮感は感じられない。
単にこの世界の住民が逞しいだけなのだろうか。なんにせよ、私の行いがその一助になるようならそれはとても嬉しい。ああ、それと──
「ねぇリュシア。ちょっと聞いていい?」
「へ? な、何かな??!?!」
「何その反応……いや、さっきから街中でクマみたいなのをよく見るんだけど、あれって何なのか聞いていい?」
「クマ?……ああ、白祇重工から来てるシリオンのこと? 彼らは適当観の造修を引き受けてくれた新エリー都の企業で──」
「シリオン??」
「あ、そこから? シリオンはあたしみたいな動物的特徴を有する人類の総称だね。あたしは山羊。彼らはクマ。そういう人達はテイワットには居なかった?」
「居た──けど」
カチーナとかシロネンとか、ナタのキャラクターがまさにそんな感じだったが、まさか実際には会っていないなんて言える訳もなく。ただ私がお借りしているこの身体そのものは
──って、そうじゃなくて。
「いや。クマの人じゃなくて、あの小さいクマのぬいぐるみみたいな……」
「………!? まさかキミ、ボンプのことを言ってるの……!?」
「ボンプ……?」
「!?!!!?」
信じられない、みたいな表情をするリュシア。いや実際にそう思っているのだろう。でも考えてみればあんな異質な存在なのにごく自然に街中で点在しているし、彼女からすれば当たり前の存在過ぎて疑問にすら思わなかったのかもしれない。
「……あたし、いま一番キミが宇宙人だってことを実感したかもしれない」
「ええ……?」
そこまでか。そこまでなんだろうなぁ。
しんみりと語るリュシアに、何故か申し訳無さが加速する。ちなみにボンプのモデルはクマじゃなくてウサギらしいよ。確かに言われてみれば耳とかがウサギっぽいけれど、あんなモノ◯マみたいな見た目しておいてクマじゃないってのは初見じゃ割と厳しいと思いました。まる。
☆☆☆
「お前さんが
ある意味ではここ澄輝坪の目玉とも言える施設。この地へ観光を目的とするなら避けては通れない場所。ホロウが世に蔓延する以前から、世の神秘を術法という名で引き継いできた歴史ある武門、雲嶽山の拠点たる建物。
適当観、と響きだけなら気の抜けてしまう、けれど荘厳たる佇まいの道場の中心で、その十三代目宗主を務める
(この人が例の──)
かの“虚狩り”にも匹敵すると噂の女傑。確かに底が知れないというか、普通に旅人より強そうに見える。少なくとも、多分あたしでは碌な抵抗も出来ずに負けてしまうだろう。
でも。
「えっと……?」
横目で旅人の様子を窺う。彼女は宗主からの地味な圧を感じる視線に少しだけ居心地が悪そうにしている。
糾弾の意思は感じない。かと言って褒められるわけでもない。正しく複雑な感情がその視線には渦巻いている。──どうしてそれが分かるのか。それはあたしも同じだからだ。
彼女も彼女で、ラマニアンホロウには一言で言い表せない因縁があったのだろう。しかし今回の事件でその矛先が消滅して、それ以上に成し遂げたことの大きさに戸惑い、なまじ聡明だからこそ冷静になるしかなく、秘めていた感情の行き場を失っている。
雲嶽山が寂れた理由の一つは10年間のホロウ災害だ。見るからに若年の彼女が宗主という大層な役職に就いているのも、おそらくはそういうことだろう。
「……礼を言う」
「え?」
「なに。こちとら長いことあのホロウには苦しめられてきたからな。悪いとは思ったが、そこなお前さんの友人からの人伝てでざっと事情は聞かせて貰った。
詫びと言ったら何だが、いずれお前さんが零号ホロウを攻略する際には全面的な協力を約束しよう。あそこは軍の前哨基地に囲まれてるが、我が弟子のように民間の協力者も募っている。そもホロウ同士の繋がりは知っての通り奇々怪界だ。たまたま軍の調査が入らない日に命知らずのホロウレイダーが迷い込むなんてのは良くあることだ」
「あ、ありがとうございます……?」
我が弟子、というのは、一昨日の件が真実であるならばあのリンさんのことだろうか。無意識に辺りの様子を探れば、遠くでリンさんがにこやかに手を振っているのが見えた。でも、今は彼女の人当たりの良さそうな態度が逆に怖い。これだけラマニアンホロウに根深い因縁を抱えてそうな宗主さんをたった一日で説得している事実も含めて。
とはいえ内心は複雑なのだろう。口では友好的ではあるものの、目がまったく笑っていない。というか多分見定められている。敵か味方か、脅威か希望か。あたしのような一族の逸れ者とは違う、肩書に相応しいだけの責任が彼女にはあるのだろう。
(もしも彼女が、旅人を“脅威”と認識して襲いかかって来たら、その時は──)
これでも最低限の自衛能力はある。死力を尽くせば旅人が逃げる時間くらいは稼げるだろう。何より旅人の特異性の最たるものは、耐性という言葉では表せない異常なエーテル適応体質だ。周辺のエーテルエネルギーを根刮ぎ吸収してホロウを崩壊させる意味不明な天然濾過機能を有する彼女であれば、只人には立ち寄れない高濃度侵蝕区域ですら散歩道にも等しいだろう。
「………」
「旅人、どうしたの?」
「いや……なんか、さっきから見られてる気がして……」
「え?」
やがて何事もなく適当観の見学も終わり、その入り口にある謎のオブジェ越しに夕陽を何となく眺めていると、不意に旅人がそんなことを言う。
そのドレスみたいな服のせいでは、と一瞬思ったが、ブーメランになりかねないので止める。そもそも対エーテル侵蝕装備は素材が希少で軍用を除けば大半が一点モノで、布地の節約や職人の趣味で結構奇抜なデザインが多い。ラマニアンホロウ近辺の衛非地区でたまに度肝を抜くような服装の人物がいても今更の話だ。
でも、それでも見られているとなると。
(良くも悪くも、周囲を見る余裕が出て来たのかな……)
あたしもまだ澄輝坪を拠点にしてそれほど経っていないが、街を散策している時でもふとしたきっかけでラマニアンホロウに視線が引き寄せられてしまっていた。将来の不安、過去の悲劇──理由は人によって様々でも、それはホロウの性質と同様に、人の視線まで否応無しに惹きつけてしまう。
でも、今はどれだけ覗き込もうとそれが視界には映らない。原生ホロウ消滅に伴い周辺のエーテルが枯渇したのか、望遠鏡でも使わなければ見えないような共生ホロウが遠くに点在しているだけで、一夜にしてこの地区は世界一安全な場所へと生まれ変わってしまったのだ。
いつあのホロウ災害が起こるのか。旧都陥落を経験した人にとっては毎日が地獄だったはずだ。そんな人たちがようやく安堵と共に辺りを見渡して、そしたら見慣れない不思議な衣装を着た少女が、まるで一切の緊張感もなく、本来であればラマニアンホロウに隣接する衛非地区を呑気に観光している──あの絶望を経験したことがある人物ほど、その様は異様に映るのかもしれない。
思えば、お昼の食べ歩きの際にも、緊張であたし自身は食欲も湧かず、一人分の料金で旅人に軽食を奢ったりした時、屋台のおじさんが2人組だからってもう一つおまけにサービスしてくれたりもした。
──この世界は地獄だ。ある程度以上の洞察力がない人間は、その大半が既にホロウに飲み込まれている。旅人が暮らしていたテイワットとは比べるまでもなく、死の概念が身近に迫っている。
多分、一部のヒトはもう分かっている。彼女がそれを成し遂げたと。彼女こそが全ての特異点なのだと。懸念していた鉱区の件も、あれだけの事態があったのにも関わらず今日は一切耳にしていない。彼女に出会う直前までは、街中でさえその手の醜い言い争いが起きて、真斗くんがその対応に奔走していたはずなのに。
「──いらっしゃい。何をお求めですか?」
おそらくはその元凶。最後に立ち寄った工芸品店『奇々解々』の前で、その看板娘である浮波柚葉がいつものように、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて告げる。
彼女が頻繁に他人を試すような仕草をするのも、彼女の過去のトラウマに起因するのだろうか。生憎とあたしは詳しく事情を知らないし掘り返す趣味もないけれど、残念なことにこの世界ではむしろ何かしらの絶望を経験していない人の方が珍しかったりする。
「ここでは何を売っているの?」
「ま、色々だね〜。アクセサリーだったりペナントだったり、うちの店主の趣味が影響されてる感は否めないけど、無難なモノは一通り揃ってるよ」
へぇ、と慣れた様子で商品を漁る旅人。彼女から語られる断片的な情報だとテイワットはまんまハイファンタジーっぽい世界なので、怪しい露店なんかには慣れ親しんでいるのだろう。
視線を向けると、柚ちゃんが「どうだった?」とアイコンタクトをしてくる。あたしもそれにグーサインで返せば、彼女もまた満足そうな笑みを浮かべる。実際、たった1日で彼女がどこまで根回ししてくれたのかは分からないが、あたしはこの手の工作が苦手なので本当にありがたい。
そして何を買うんだろうと好奇心から旅人を見ていると、彼女は澄輝坪のイラストが描かれたペナントを一枚手に取る。うーんすっごい無難。まあ物語ならここに曰く付きのアクセサリーがあって──みたいな展開があったりするのかもだけど、この世界ってあんまりそういうのないからね……。
「リュシア!」
「?」
去り際に呼び止められて振り向くと、凭れ掛かるように何かを握らされる。「さっきのお釣り」と彼女は悪戯っぽく笑うが、その金額が払った金額の倍近い。そもそもお釣りであるなら支払った旅人に渡すのが筋だろう。
「これから色々と入り用でしょ? 私はしばらくここを離れられそうにないからね。次はどのホロウを攻略するのかは知らないけど、もう少ししたらここも騒がしくなるだろうし、早めに向かった方がいいよ」
「……うん、ありがとう」
──本当、あたしなんかには勿体無いくらいの友達だ。旅人と出会ったそれ以上に、ネットという広大な世界で彼女たちと知り合えたことが奇跡と言っていいかもしれない。
無言で受け取ったディニー札を握り締める。一族からは半ば見放されているあたしだけど、それでもあたしにはこんなに素晴らしい友達がいる。それが嬉しくて誇らしくて、この先に訪れるであろう困難に対し、煌めくような展望が見えた気がする。
「あ。そうそう。いざという時のバックアップでリンちゃんも後を追うってさ。ああ大丈夫。あの人凄腕のプロキシだし、そっちの邪魔はしないでこっそり見てるだけみたいだから」
「え」
リンさんが後を追う。リンさんが見てる。
「…………」
やだ! 小生やだ! あの人なんか怖い! 親切そうに見えるけど、絶対何か企んでるもん!
というかあの人ってプロキシだったんだ……それなら監視カメラのハッキングくらいは余裕か。それにしたってあのタイミングで容疑者として旅人を挙げた情報収集能力は怖すぎるけど。あたしが一族の逸れモノだってバレてないよね?(バレたところで何か不利益があるわけでもないけど)
なんか最後の最後で特大の爆弾を投下されたが、彼女らの尽力もあってか、あたしたちは押し寄せるマスコミに邪魔されることもなく、その翌日には衛非地区を後にする。
向かう先はクリティホロウ。程よく都市部で侵入が容易であり、調査協会の邪魔も入りづらい場所。また、それ故に無数のホロウレイダーが蔓延っており、バレても容疑者を絞りづらい場所でもある。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
クリティホロウには立ち寄ったことがない。だからだろうか。新たなホロウ攻略の旅路に、不謹慎にもワクワクしている自分がいる。ホロウ根絶だなんて、夢物語としか思えない旅路。だけど彼女となら、彼女ならば。きっと成し遂げられるはずだと。あたしは最後にラマニアンホロウ跡地を眺めながら、強く決心をするのだった。
「………」
「旅人? どうしたの、そんな山の方を見つめて……」
「いや、なんでもないよ。行こう」
「うん!」
スネージナヤでも巨人の封印解いて放置する安定の旅人。
善良な存在(?)だったから良かったけど、アレが女皇に封印された凶悪な兵器とかならどうするつもりだったんだろう…。