── ホロウとは、突如として世界に現れた、万物を呑み込む異常な球状空間。世界を壊滅へと導いた災難です。その内部は時空さえも無秩序で混沌としており、また「エーテリアス」と呼ばれる危険な異形生物を生み出します。しかし、その原理は未だに解明されていません。
引用元:新エリー都入居ガイド(ttps://zenless.hoyoverse.com/m/ja-jp/world/102173)
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ホロウ散策とは基本的に命懸けだ。
ホロウにはお宝が眠る。それは純然たる真実で、ホロウの内部には今でも過去に巻き込まれた構造物や誰かの資産、あるいは資源が無秩序に散財している。許可なくホロウに侵入し、それら財産を持ち出す人物をホロウレイダーと呼び、財産が目的でないあたしたちも無断でホロウに侵入した時点で同類と看做される。
ただし当然、それには危険と隣り合わせとなる。ホロウ内部散策の難易度を引き上げるのが、まず内部に満ちたエーテルエネルギー。ホロウ空間を構成するエネルギーであり、人体に限らず機械にまで有害で、そもそもこれに対応できる体質の人間でなくては舞台の土俵にすら上がれない。
そうでなくても、ホロウにその身を置くというのは毒の泉に常に全身を浸しているのと大差なく、皮膚が弱ければ爛れるし、そうでなくても動きがどんどん鈍くなる。
そのような状態で、エーテルに侵食された生物や機械の成れの果て──エーテリアスと交戦するのはそれ即ち棺桶に足を踏み入れるようなものであり、ホロウ内部では基本的にエーテリアスとは戦わないのが常識だ。
「これで最後、かな?」
「わぁお……」
だが、ここに例外が存在する。例えばあたし。「夜守り人」の血を引くあたしは、過度に刺激をしない限りはエーテリアスに襲われることがない。あたしの一族はその特異性からホロウに関連した仕事に就くことが多く、あたしのエーテリアスへの学術的興味もまたその体質によって培われたものでもある。
そしてもう一つの例外。それが今まさに目の前で行われていること。
長時間の戦闘が危険なら、一瞬でカタを付ければ良い。エーテル侵蝕が心配なら、驚異的なエーテル適応体質でゴリ押せば良い。ここであたしは、旅人が他人のエーテル侵蝕すら直接吸い上げて無効化出来ることを初めて知った。おかげで既にここは高濃度危険区域だというのに、あたしの体調は絶好調も絶好調だ。おかしいな、この上なく気分が良いのにさっきから冷や汗が止まらない。
(……。……とりあえず、ホロウの問題がどうにかなるまでこの子は絶対に表に出せないなぁ……)
もう徹頭徹尾この世界の人間に都合が良すぎる体質で笑ってしまう。本気で神が遣わしたメシアとかそんな存在なんじゃないだろうか。そしておそらく彼女をこのまま市井に放り出して放置した場合、最終的にとっ捕まってクローンを作られる未来が見える見える。
万一そうして造られた存在に、彼女の体質の百分の一でも遺伝すれば、それを百人用意するだけで同様の成果が成せるのだ。その手の噂は幾度と無く耳にしたし、色々と倫理観が壊れてるこの世界の住民ならやりかねない。そうでなくても拘束して人体実験ないし苗床にするくらいは平然とやるだろう。
ここで想像でも全世界の人間が協力してホロウ攻略に臨む展望が見えない辺りに、この世界の住人のアレさ加減を物語っている。テイワットのとある国では王が主導して国民全体で侵略種に立ち向かったそうな。あまりに民度の差が違い過ぎて泣きたくなってきた。この世界が詰んでるのって実は民度のせいなのかも。
「今日はこの辺りにしよう」
そうこうしてると、付近の空間を正常化した旅人が、どこからか浮遊するティーセットを取り出して告げる。
さらっと超技術の産物と思われるこれも、色々と麻痺してしまったのかこの程度なら驚かなくなってしまった。今日のメニューは鳥肉のスイートフラワー漬け焼き。スイートフラワー、という植物は初耳だが、あちらの世界の砂糖に相当する食材で要するに甘く煮た鳥の姿焼きらしい。
正直、最初に旅人があたしに料理をご馳走するなんて言い出した時は、ドラゴンステーキでも出してくるのかと思っていた。しかし出てきたものはピタと呼ばれるパン料理やタフチーンというボリューミーな米料理。そして今回出て来た鳥肉の姿焼きと、どうやら魔物が蔓延る世界でも食文化はあまり差異がないらしい。
ただし、反面クオリティは相当に高い。聞けば全て旅人が作ったものであるらしく、相変わらずとことんハイスペックな少女である。逆に彼女には何が出来ないのだろうか。出来ないことを聞き出すとか罷り間違って機嫌を損ねる方向に話題が転んだらと思うと怖くて聞けない。
「“光を灯せ”」
「……それ、便利だね」
指パッチンで燭台に火を灯す旅人の姿に、思わずそんな声が漏れる。まるで魔法のような光景──しかし、曰く厳密には魔法とは異なる技術らしい。何が違うんだろう、と疑問には感じたが、その手の拘りを否定するのは碌なことにならないとそれ以上の追及は断念。なんかあたし、旅人相手だと遠慮しちゃってこんなんばっかりな気がする。
らしくない、とは我ながら思う。だけどどうしたら良いんだろう。このままでいいのか。このままが良いのか。少なくとも、あたしはこの選択に後悔はしていない。いや、後悔自体はしてはいるけれどあの時の判断が間違いだったとは思わない。
だから進むんだ。最後まで。彼女が正しく英雄として、誰からも認められる世界を目指すために。
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「………凄まじい成果だね」
クリティホロウの外縁部に近いビルのとある一室。過去には“赤牙組”と呼ばれたギャングが根城としていた建物だったが、それ故にか近隣の住民からは煙たがられていて、未だ買い手が出ていない状態になっている。
そんな誰もいないはずのビルの一室で、そのような謂くを掻き消すような甘い声が鳴り響く。声変わり前の子どもの声。しかし語る内容は理路整然としていて、それが彼女自身の特徴──獣の要素を色濃く残した、ウサギのシリオンとしての性質であるのが伺える。
「──空間の繋がりを順次正常化さえすれば、内部は外観に相応する距離しかない、と。前提があまりにもあんまりなので参考になる気はしませんけど」
「たった一晩でクリティホロウが半分に……確かに外縁の直径で測ればせいぜい数十キロしかないから、まっすぐ進めば一日でその半分はむしろ遅いくらい──理屈としては理解できるけどね?」
理解は出来ても納得は出来ない。そんな態度でシリオンの女性──
新エリー都を実質的に支配する組織、“The Outstanding Paragon”──通称TOPSと呼ばれる団体に所属する彼女たちは、ほんの数日前までは、衛非地区にて不正の疑惑があるTOPSの一部門にて、その内部監査を行う任務に就いていた。
しかしながら、鉱区が利権がと醜い言い争いを続けていた企業と労働者の前に訪れたのは、まさかのラマニアンホロウ完全消滅という異常極まりない結果。
愚かな人類を懲らしめるために神が気紛れを起こした。などと、それくらい突拍子も無い説じゃないと逆に納得が出来ない奇跡の産物に、常日頃は冷静沈着な彼女たちも慌てた。いつも余裕たっぷりのボスも流石にあたふたしていた。直後に原因について調べるように命じられて──ようやく辿り着いた微かな手掛かりこそがあの2人組。
「ホロウって順当に攻略するとこんな感じになるんだねぇ……」
「照ちゃん先輩、思考放棄はやめて下さい。これから中で二人の監視をしなきゃいけないんですから」
無論、彼女たちも半信半疑ではあった。TOPSという途方もない組織ですらホロウ攻略に関しては二の足を踏んでいるのに、たかだか在野のホロウレイダーが、6大ホロウを前に何か出来るわけないだろう、と。
しかし現実はどうだ。彼女らが歩みを進めるたび、みるみるうちに縮小するホロウは見ていて実に爽快なものだった。普段は鉄面皮な同僚が驚く姿は、それを肴に酒でも飲み交わしたいほど愉快だった。あろうことか、未だ彼女らに対する捕縛任務が下っていないことに、心底から安堵するくらいには。
「……多分、明日には捕まえてこいって命令が来るよねぇ」
「まあ確実ですよねハイ。流石のあたしでもそうするでしょうし。人体実験からのクローン作成闇深コースですかね? 都合が良いことにおふたりとも年頃の女性ですし、あまり愉快なことにならないのは確実かと」
「……………」
「……………」
2人は無言で顔を見合わせる。既に互いの思考は一致している。けれど、彼女らはそれを口に出すことはない。彼女たちは非情なエージェント。如何なる状況下であっても命令には絶対。それがたとえ彼女らのトラウマに起因するホロウをとんでもない勢いで攻略する謎の存在であったとしても、
「おおっとぉぉぉおおお!!? ああ照ちゃん先輩すみませんあたしの可憐な足がついうっかり貴重な通信機を!!!」
「あーあやっちゃったねぇ。ホロウ内部でもラグが少ない通信機は貴重なのに。これはもう中で監視してても報告が届くまではちょーっと時間がかかりそうだねぇ」
過酷な任務の直前、不幸なトラブルな見舞われたエージェントは、それでも与えられた命令を熟すべく、命を賭して危険区域へと足を踏み入れる。
そう、彼女たちこそ「死神」と呼ばれる組織、“クランプスの黒枝”。不幸にもその枝に捕えられたら最後、誰であろうと抜け出すことは叶わないだろう。
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【情報】衛非地区で何が起きたか分かるやついる?
【ニュース】ラマニアンホロウ崩壊 鉱区完全閉鎖へ
【雑談】ラマニアンホロウ消滅wwwww
【朗報】なんかクリティホロウ縮んでないか?
【極秘情報】澄輝坪に讃頌会の影アリ
「うわぁやっぱりすっごいことになってる……」
これでもかと乱立されたスレッドの数々に辟易する。予想はしていたとはいえ、まだワード検索すら掛けていないトピックの段階でこれとは、今からこれら全てを見聞しなきゃいけないと思うと頭が痛くなってくる。
今やインターノットの何処を見てもラマニアンホロウの話題ばかり。リュシアから話を聞いた時点でいずれこうなることは予想していたが、6大ホロウの知名度を侮っていたかもしれない。
『マスター。クリティホロウの総面積が現在、昨夜のおよそ51%にまで減少しています。こちらに関連するだろうニュースに、現在のところ通称“旅人”の特徴に類似する人物の情報は記載されていません』
「ウッソぉ!?!!」
泣きっ面に蜂とばかりに、 Fairyからまたとんでもない情報が告げられる。
もはや朗報なのかそうでないのか分からないニュース。攻略ペースがあまりに早過ぎて出来の悪い映画を見ているようだ。クリティホロウと言えば少し前に赤牙組から逃亡したニコたちを助けるべく手を尽くしたホロウ。いくらプロキシ業が本来は違法だとは言っても、私だってホロウの導き手としてのプライドを持っている。それなのにどこから来たのかも分からないファンタジー世界の住人にこうもあっさりと攻略されては、仮にも専門家として立つ背がない。
「そんなわけない……人類が必死に積み上げて来たインターノットの叡智が、黴の生えた剣と魔法のファンタジーに負けるなんて……」
「リン。惨めになるだけだからそれ以上は止すんだ」
「こんなに簡単にホロウ問題が解決するなら、私たちは何のためにへーリオスに……」
「リン!」
はっ。私は一体何を……どうやら連日の怒涛の事件に、流石の私も疲れが溜まっているらしい。
お兄ちゃんに強く肩を揺すられて、私はようやく我に帰る。すぐさま作業に戻ろうとした私を、お兄ちゃんが更に強く押し留める。
「リン。君は最近、あまり休んでいないんじゃないか? 幸いというか、彼女らの行いは規模があまりに大き過ぎて、今はどこも陰謀論に近い状態だ。まさかそれが個人単位での行いだなんて夢にも思わないだろうし、現時点で無理をする必要性はどこにもない」
「そう、だね……」
お兄ちゃんに嗜められて、私は久しぶりにビデオ屋のベッドに潜り、携帯端末を弄ることも億劫でそのまま泥のように眠る。
夢を見た。過去のこと。あまり思い出したくない記憶。けれど忘れてはならない出来事。私たちの起源。パエトーンとしての軌跡。
痛む瞳は、一体何に起因するものなのか。それすら理解できないまま、私の意識は闇に落ちていった。