金が尽きた。
クリティホロウ攻略からちょうど一週間。立ち寄ったルミナスクエアのカフェの屋上でひとり頭を抱える。
ここ最近はクリティホロウ攻略時にくすねた副産物──案の定高騰に高騰を重ねている高濃度エーテル結晶を逐次売却することで糊口を凌いでいたのだが、それをおおっぴらに持ち帰れなかったことがここに来て響いて来た。
既に在庫は尽き、次の予定はまだ未定だがおそらくは一週間以内。意外にも旅人は割とインドア気質なのか、数日に一回はこうして壺の中に引き篭もるので時間こそ取れなくはないのだが、それでホロウ攻略に相応しい報酬を稼げるかと言えばそれも否だ。
(そりゃあ恥も外聞もなく唐草模様の風呂敷に結晶を目一杯詰め込めば今更困ることも無かったんだろうけど、そんなのあたしには無理だよ!!)
渋いコーヒーを飲み干して悶絶する。一応は依頼主ということもあって戦闘をほぼ旅人ひとりに任せているのに、その上で自分は私腹を肥やすことに夢中なんて、そんなのはあたしの心が耐えられそうにない。それで困窮しているようなら愚かとしか言えないが、それでも譲れないものはある。
「ディニーにお困り──そうお見受けしたのだわ」
「ハッ、何者──!?」
不意に。
なけなしのディニーを数えていたあたしに、特徴的な口調の人物が語りかけてくる。忘れはしないあの日、あたしの衣装を面と向かってアシンメトリーだと批判し、けれど一晩の議論の果てに分かり合えた最高の友人がひとり。
「我こそはタイムフィールド家を継ぐ者──アリス。ここに参上!なのだわ!!」
ババーン、と効果音が付きそうな派手な登場。昔のあたしのノリを思い出すテンションに心が躍るが、こんな在野のコーヒー店でそのようなパフォーマンスをして後で悶えたりしないだろうか。
「問題ないのだわ。現在このお店にいるのは店主を除いて全てが貴女の護衛。ある意味ではとても安心できるのだわ」
「えっ」
えっ何それ怖い。いやちょっと待ってそれどういうことなの??? ここって適当に入った店なんだけど。あんまり覚えてないけど隣の席の人とかあたしが気まぐれでここに立ち寄る前には既に座っていたよ??? それが護衛ってどういうこと?????
「そんなことは貴女がたの偉業に比べれば些事なのだわ。
しかし貴女はその偉業の対価として、300万ディニーという端金で事を済まそうとしている──それは到底看過できることではないのだわ!」
うんまあ端金なのは分かっているけど。それでもあたしが必死に溜め込んでいたなけなしの貯金を端金呼ばわりは流石に勘弁してくれないかな??
「そこで本題なのだけれど、貴女は6大ホロウがひとつ、パパゴホロウについては知っていて?」
「うん、まあ……一般的な内容くらいは」
パパゴホロウ。かつて初代虚狩りの一人であるジョイアスが、そのホロウからの帰還をきっかけに、キャロットを代表する様々な観測機器を使用して、ホロウの出口を算出するプロキシ業が誕生したとかなんとか。
「そう、それなのだわ。導き手とも呼ばれるジョイアス。しかし彼の帰還には、常に傍に特別なデバイスの存在があった。独自のエーテル特性のせいで観測が不可能とされ、『神の迷い路』とまで呼ばれたパパゴホロウのルート構築を可能としたアーティファクト──“迷宮のキャロット”が」
「迷宮のキャロット……?」
「それはきっと、貴女たちには不要のもの。けれど、6大ホロウ消滅に伴いロゼッタデータが変動しつつある現在では、信頼できる観測機器はいくつあっても足りないのだわ」
「つまり──その“迷宮のキャロット”ってのを、パパゴホロウの中で見つけて欲しいってコト?」
その通りなのだわ、と特徴的な口癖でアリスちゃんは告げる。かなり重要そうな話なのに堂々と会話してる辺り護衛云々はガチの話っぽい。もしかしなくてもこれまで立ち寄った場所全てに護衛が潜んでいたのだろうか。そして護衛が日常に必要なくらいあたしたちは常日頃から狙われてたりしたのだろうか。怖い。
「迷宮のキャロットは導き手ジョイアスと共にパパゴホロウで行方不明となった──パパゴの混沌とした空間を掻き分けて、エーテリアスを避けつつ形状すら定かでないアーティファクトを探すなんて夢物語なのだわ。
でも、かの“旅人”であれば。パパゴの歪みを無視して直進できる貴女たちなら。あるいはそれが叶うかもしれない──」
「…………」
さっきから当たり前のようにこちらの事情を把握してるのは何なんだろう。確かに彼女にはある程度事情なんかは話しているけど、具体的にどうやってホロウを消滅させているのかとか、あの話し合いの時点では分かってなかったから伝えていないはずなのに。お金持ち怖い。
「依頼の内容は分かったけど……ぶっちゃけ見つかるかどうかは分かんないよ?」
「その場合はラマニアン跡地やクリティ跡地同様に後からこちらでじっくり探すのだわ。パパゴはその特異性から在野のホロウレイダーが潜んでる可能性は限りなく低い。そのタイミングで彼らが我々のエージェントに先んじてそれを発見するようなら、ジョイアスが行方不明となって百年の空白のうちに、誰かが持ち帰っている可能性の方が遥かに上だもの」
「なるほど……」
最初は無茶苦茶な依頼のように思えたが、あたしが思いつく程度の疑問は既に埋めてあるか。おそらく本命はそのエージェントたちによる大規模探索で、あたしへの依頼は旅人への献金も兼ねたただのおまけ。それで偶然見つけられるようなら手間が省けて万々歳と。なるほどなるほど──って、
(ラマニアン跡地やクリティ跡地……?)
しれっと言われた台詞に疑問を抱く。ホロウ攻略直後は特定されるのが怖くて毎回全力で逃げてるから、実はあたしたちはホロウが崩壊した後のその場所を殆ど確認してなかったりする。アリスちゃんの口ぶりからしてそこまで変なことにはなってないみたいではあるが、やっぱりやってることの規模が大き過ぎて、それで迷惑を被った人のことを思うと色々怖くて聞き出せない。
まるで何かから逃げるように、彼女の依頼を了承してあたしは急いでその店を後にする。ご丁寧なことに、会計の頃には既にあたしの分の料金まで支払われていた。彼女は店主は仕込みではない旨の発言をしていたが、この分だとそれも信用していいのか分からない。
(『神の迷い路』、パパゴホロウ──)
ぞくぞくとした高揚感。いよいよ本格的に指先が“伝説”にまで差し掛かって来た。新エリー都を築き上げた初代虚狩りの逸話。彼らにすら成し遂げられなかったことを、あたしは傲慢にも借り物の力で押し進めようとしている。
辛い。苦しい。逃げたい。泣き喚いて全てを放り投げることが出来たら、それはどれほど幸せなことか。初めから分かっていた。旅人を利用すると決めた時点で、あたしに選択の余地はないと。
あたしを見つめるたくさんの視線。見張られてる。見守られている。無数の悪意が無限の価値が、今やあたしを中心に渦巻いている。
事態は進む。加速度的に。ここは旅人が住まうハイファンタジーではなく、光速で情報が飛び交うポストアポカリプスであるが故に。どう転ぶのか、どんな困難が待ち受けるのか。それはあたしにも分からない。
ただいずれ、近い将来。全てが終わって、この世界が僅かにでも救われたその時には──願わくば訪れるその未来が、誰かにとって、旅人にとって。少しでも良い世界になることを、あたしは心から願うのだった。
☆☆☆
『〜〜♪♫♬』
その端末から軽快な音が鳴り響いた時、思わず顔を顰めた私を、果たして誰が責められるだろうか。
過去に学園で流行していた曲。甘いマスクの男性アイドルが歌うラブソング。意外に思われるかもしれないが、私はこの手の楽曲が嫌いではない。とはいえこの曲は否応なしに父親や家のことを連想してしまうので、幾度となく変えようかと悩むうちに端末自体の使用頻度の低さからまた次の着信までそのことを忘却する。
寝ぼけ眼を擦って画面を除けば、そこに映るのはかつての学友の名前。確かに彼女とはしばらく連絡を取っていなかったが、口うるさい彼女がこんなに朝早くから連絡を取るなどそれほどの急用なのだろうか。家からの連絡なら即座に電源を落としていたが、流石に気になったので電話に出ることにする。
『良かった、繋がったのだわ。モンテフィーノさん、今お時間宜しいかしら』
「……モンテフィーノじゃなくて、ルーシーと呼んでくださる?」
家名を呼ばれるとついつい攻撃的になる悪癖。良くないことは自覚しているが、こればかりはどうしようもない。むしろ私はその旨を常日頃から公言しているのだから、その上で私をそう呼ぶなら多少の悪態を受ける覚悟はしてもらう。
「失敬。随分と久しぶりですわね。お嬢様は私のような落伍者に興味はないと思っていましたわ」
『そんなこと、あるはずがないのだわ。モンテ──ルーシーさんは私の憧れだもの』
逆にどうしてこんなに好感度が高いのか理解出来ないが、優等生サマほどロックな生き様に憧れるなんて話は聞く。私はロックとか関係なくただ自分らしく生きようと努力しているだけなのだが、家のことで雁字搦めな彼女にはそれが眩しく見えるのだろう。
くそったれな過去のしがらみの中でも、まだマシだった学生生活に想いを馳せていると、通話の相手──アリス・タイムフィールドは告げる。
『それで、その──最近、6大ホロウが順次攻略されているのはご存知で?』
「ああ……あの件、貴女も関係者でしたのね。少し安心しました。この世界に住む住人の一人として、素直に感謝致しますわ。ということは、察するに次はパパゴホロウの予定でして?」
『関係者──確かに……そう、なのだけれど』
煮え切らない態度。郊外がその程度の情報すら届かないと思っていたことに、今更謝意でも抱いているのだろうか。初めは悪質なデマだと思ってたのは事実なので、そんなの情報が遅れてると笑い飛ばせばいいのに。
ラマニアンホロウとクリティホロウの消滅。過去のホロウ災害を断片的に知る者として、この上なく喜ばしいことなのは間違いない。しかし彼女がその関係者となると、いよいよTOPSも重い腰を上げたのか。たった数日で何とかなる問題ならもっと早くどうにかして欲しかったが、彼らにその手の良心を期待するだけ無駄だろう。
『そう遠くないうちに、ふたりの女性がブレイズウッドを訪ねるのだわ。彼女たちを気に掛ける──なんて私には烏滸がましいのだけど、貴女にも協力を依頼したいの。報酬は──』
「相変わらず真面目ちゃんですわね。んなもん任せたーでよろしいですのに。貴女は私がその程度を引き受けないほど狭量に見えまして?」
破格と言える金額の提示。たとえどれだけ渋られても馴染みからの依頼なので引き受けただろうが、どうやらホロウ攻略に駆り出されるだけあって、その二人組は相当な重要人物であるらしい。
それからは契約の確認だの書面の郵送だのと色々言われたが、彼女であれば細部は任せて問題はないだろうと、例の二人組の写真だけ添付してもらい通話を打ち切る。
そう私と歳も離れていないだろう、メルヘンな服を纏った奇抜な二人組。この格好で郊外にいたら夜には見ぐるみ剥がされてそうだが、まさか彼女はそれを懸念しているのだろうか。
カーテンを開けて、眩さに目を細める。視線を太陽から背けると、遠くには6大ホロウがひとつ、パパゴホロウが我が物顔で鎮座している。口には決して出さないが、アリスのことは信頼できる。彼女がホロウ攻略の関係者であるならば、あの忌々しいホロウについても、そう遠くないうちに見なくなるのだろう。
──しかし。
「…………」
更に視線を逸らしたその先。薄明の空にうっすらと映る。もはや手の施しようがないほどに侵略された月の姿を見て、私は思わずため息をつく。
ホロウ攻略は紛れもなく素晴らしい功績だ。このまま6大ホロウが全て攻略されるようであれば、人類は滅びの瞬間を限りなく引き延ばすことが叶うだろう。
けれど、口には出さなくとも、この世界の住人は理解している。遠く遠く、夜空に眩く浮かぶ神秘的な星──月をどうにかしない限り、この世界に真の平穏は訪れないことを。
「いずれ、我々があの星に辿り着いたその時には──」
今はまだまだ夢物語。地表のホロウに一喜一憂しているようでは、遠い遠い夢の話。まあ、
ニコなら困らなかった(断言)