もう私この世界の設定が良く分からないよ。
テイワットの街並みや中華風の街、現代風の都市。しかしまんま西部劇な郊外と、それらがごちゃ混ぜとなった謎空間としか表現できないパパゴホロウを散策しつつ、ここ最近の出来事にも想いを馳せる。
まあ、この際いつも通りのごちゃごちゃした間取りはさておいて、“侵入者の記憶を読む”などと、ルーシーさんは軽く言っていたが、何がどうしてそうなるのかまるで理解ができない。
「…………」
よりにもよって“旅人”の記憶を読むなんて、一体全体本当にどうなっているのやら。さっきは思わず訳知り顔で語ってしまったが、ぶっちゃけた話ホロウについて私はアビスの類似品くらいにしか思ってない。アビスよりは数段マシなんだろうけれど。
割と詰んでる世界だなぁ、とは認識している。ホロウ空間が脈絡もなくあちこちに出没し、インフラを整備することすら困難。人類の生存圏は新エリー都という独特な名称のごく僅かな地域しか無く、よりにもよってそのホロウの副産物であるエーテルエネルギーに頼るしかない現状。
旅人ならどうにか出来るのでは──リュシアにそう言われて成り行きで始めたホロウ攻略。私はともかく、“旅人”になら出来ると言われて私が断ることなど出来はしない。ルーシーさん達の話や取り巻く環境からしてこのまま継続して良いのかと悩むこともあるが、まあどうせホロウなんて残しておいたらロクなことにならないのは間違いないのでそこは意図して無視している。
幸いなことに、今回見られた郊外の環境で、良くも悪くもホロウ無しだろうとヒトは逞しく生きられることは確認できた。それに最悪、錬金術の方なら多少教えても問題はないと思っている。この世界の材料だけでサラダ油から原油を作れたりもしたし、それこそやがて辿り着く未来の前借り、ということでひとつ(流石にマジの最終手段ではあるが)。
ただ、元素力に関しては断固としてこの世界に伝えるつもりはない。元素力は最終的には月にまで文明を根付かせたり神を殺す武器を作れたりと凄まじいポテンシャルを秘めているが、アビスという特級の厄ネタを引き寄せる可能性を捨てきれない。
なら、私が元素力を大っぴらに使って大丈夫なのかは……正直これも分からない。でも、原神内で語られたアビスの設定(※うろ覚え)が正しいのなら、降臨者である私がいくら運命を捻じ曲げても本来の歴史とは分岐しないはずだから、多分大丈夫だと信じたい。
ほら、原神世界ってあちこちであれだけ元素力を使ってあの程度の規模しかアビスが来てなかったからきっと……ぶっちゃけ今更使用を控えるとか無理です。全元素使える旅人があまりに楽し過ぎてやめられない。一人星拡散とか一人烈開花とか永遠に試していたい。どうしてゲームでこれが出来なかったのか──
閑話休題。
まあ、もしも私が原因でアビスが発生したらその時は──どうせホロウを駆逐したらしばらく元素力を使う機会も減るだろうし、責任持って私が地道に対処するしかないだろう。
無責任にも思えるかもだが、しかしおそらくその心配は杞憂となる。何故かというと、これもまた不思議なことに、ホロウをアビスと同様に吸収しているうちに、“旅人”からのメッセージというか、妙な確信が湧いてくるのだ。
それは朗報であると同時に、一方でホロウはどこまでもこの世界の産物であり、即ち仮に私がホロウの駆逐を成し遂げたとして、おそらくホロウは宿命のように、やがて再びこの世界を蝕んでいく、ということにもなるのだが──まあ、そこまでの面倒は見るつもりもないし、それは未来の可能性に委ねるしかないだろう。
それに、何だかんだとこの世界の人類もしっかり生存圏は確保していたわけで、案外簡単に解決策が見つかるかもだし。流石にクローンなりは嫌だが、どこぞの蛇毒を自分に注射し続けて抗体を作った勇気ある男性よろしく、献血から血清を作り出すくらいなら協力してあげなくも……。
「あれ……?」
リュシアの記憶が影響しているのか、何かやたらと出てきたハティ(エーテリアスの一種)をサクッと殲滅させていると、突如として懐かしき(?)テイワットの光景が消え失せ、何やら怪しい施設の内部へと足を踏み入れる。
「抗エーテルの合金──輝磁を加工したものみたいですが……これは、過去の実験施設? パパゴホロウにこんな施設が……?」
明らかに雰囲気の異なる施設の前に、おそらくはその手の情報に詳しいだろうダイアリン嬢が周囲を見渡す。
輝磁、というのが何かは分からないが、単語から概要は察せられる。となるとここは研究施設か何かだろうか。どん底にある印象のこの世界だが、何だかんだとこの手の施設を用意してるあたり逞しいというか何というか。
で。
「『オーモンド調査基地』へようこそ。
ここは“ベーグル計画”のコア区画であり、私は当調査基地のマスター構造体であるD・エータです」
手分けをしてこの基地内を探索し、片っ端から機械のスイッチを稼働していると、やがて受付っぽい場所にいた何処かフェチを感じる機械の女性人形が、未だ警戒体制ながらも、状況から少なくとも敵ではないと判断したのか、軽くこの基地について説明をしてくれる。
「ベーグル計画?」
「ベーグル計画は、調査ギルド及びヘーリオス機関における共同計画の総称です。
データベースの閉鎖により、命名理由の取得に失敗。
可能性その一、計画発案者の個人的嗜好。
可能性その二、本調査基地の『合金中枢』はエーテルを抑制、隔絶し、空洞状のエリアを作り出すことができます。
これを上空から俯瞰することで、ホロウと合わさってベーグルのような構造となります。
以降の情報にあっては機密事項のため、一般の方々には公開できません」
「うーん……」
如何にも機械らしい理路整然とした回答。真っ先に個人的嗜好を挙げるあたり製作者はかなりユーモアに理解がありそうだが、それはそれとして非常にとっつきにくい。
「どうしよう……?」
「あたしの記憶が正しければ、彼女の言う『調査ギルド』というのは、現在のHIAの前身だったハズです。
つまりはH.A.N.Dの下部組織──軍の施設に該当するわけでして、外部と連絡が取れましたらあるいはウチのボスが概要を知っている可能性はありますが、しかし最近、ちょっとしたアクシデントでパパゴでも通用しそうな通信機が使用できない状態になっていまして──」
「とりあえず一度脱出してアリスちゃん経由でH.A.N.Dに確認を取る……? 休眠状態で半ば放棄されていたとはいえ、へーリオス機関ってことは旧都の遺産だろうし……」
「あまりおすすめは出来ませんが、ここまでしっかりした設備を見て見ぬふりは流石に憚られますわね」
ホロウ内部では基本的に通信が使えない。衛非地区に残しておいたワープポイントで行き来する手も無くはないのだが、主にリュシアの安全や私たちの現状を鑑みるに、補充できるか分からない上に数に限りがあるワープポイントは可能な限り存在を隠しておきたい。最悪ホントにこの施設を無視してもいいわけだし。
『ふっふっふ。そういうことなら、ようやく私の出番だね!』
各々で顔を見合わせて悩んでいると、不意に足元の方から、あまり音質のよろしくない声が鳴り響いてくる。
咄嗟に私が武器を構えて声の方向を見れば、そこには以前からたまに視界の端で見かけていた例の“ボンプ”というらしい謎のマスコットが、妙に人間らしい仕草で腰に手を当てて誇らしげに立っていた。てか普通に喋る個体もいるのねこの子。ンナンナしか言えないと思ってました。
「ちょっと待って旅人??? キミあのボンプが監視してたの気づいてたの???? いつから?????」
不思議と身体が覚えてる例のポーズのままそのボンプを見つめる。私はてっきりリュシアの知り合いかと思っていたのであえてこの子を放置していたのだが、この様子だと違うのだろうか。短い手足で器用に後ろを付いてきてスゴイなぁと感心していたくらいなのに、実は意図せぬ刺客だったのなら今からでも壊した方が良いのかな? でも友好的だしなんか助けてくれるっぽいし……。
「プロキシさん?」
『ルーシー。久しぶりだね!』
そんな感じで警戒しながら思考を巡らせていると、そのボンプは愛らしい仕草でルーシーさんに手を振る。意外な繋がり──というよりこの子は何なのだろう。プロキシ? クリティホロウ突入時には既にいたのに郊外に住んでるルーシーさんの知り合い……?
「専門の言語モジュールというわけでは無さそうですね。となると──まさか信じられませんが、これはボンプを外部から遠隔で操作している……?」
ダイアリンさんが呟く。ああなるほど、ラジコンみたいにこのマスコットを人が遠隔で操作しているのか。妙に自慢げな態度なのも、通信が困難だというホロウ内部でそれが出来る技術力を誇っているためだろう。それでもどうして監視していたのかとか、ルーシーさんとの繋がりについては謎のままだけれど。
『ルーシーとは別件でね。監視をしていたことについては悪いと思ってるよ。こちらとしては一応、いざという時のバックアップのつもりではあったけど、アンタにはそんなのさっぱり必要なさそうだったし』
あんまり悪いと思って無さそうな態度でボンプは告げる。確かに悪意は感じられないし、嘘を言ってる感じでもない。まあ“旅人”のスペックが色々とおかしいだけで、ホロウって明らかに激ヤバな危険区域だから、そういった案内人(?)的な役割の人がいるのは理解できなくもない。恩の押し売りみたいであまり良い気はしないけど。
リュシアの方へと視線を向ければ、彼女はそのタイミングで小さく「まさかリンさん?」と独り言ちる。どうやら本当に知り合いではあったようだ。それならギリギリそのリンさんとやらが心配性ということで誤魔化せるか? いや本人が認識してないガイドとか監視と何も変わらないけれど。ストーカー禁止条例はないのかなこの世界。
てかリュシア除いたらこのパーティ彼女の監視と護衛(私含む)しかいないんだけどマジでどうなってるんですかね。あまりにリュシアが重要人物過ぎる。国賓リュシア爆誕!──なんて冗談はともかく、
「えっと……プロキシさん、で良いのかな? それともリンさん?」
『あ、そもそもプロキシを知らない感じ? 私の名前はリン。プロキシってのはざっくり言えばホロウ内部の案内役だよ。私はその中でもかーなーり腕に自信があってね。本来なら10分のラグでも上々と言われるホロウ内外の通信を、私なら即時で可能なんだから!』
10分のラグを即時は確かに凄い。モールス信号と一般電話の差と考えると、どれだけ扱える情報量に違いがあるのかが分かる。
プロキシ……パソコンの用語から来てるのだろうか。意味はちょっと忘れてしまったが、プロキシサーバーとかそんなのがあった気がする。いわゆる中継機? 後で調べたら代理人って意味なんだそうな。要はホロウ探索における旅行代理人と。確かに全部ゴリ押しでどうにかしていた私には縁の遠い存在ではある。
「ホロウ内外で即時通信が可能……只者じゃないとは思ってたけど、まさか彼女があの伝説のプロキシ、『パエトーン』……?」
「……パエトーン?」
Q:伝説って? A:ああ! それってパエトーン??
冗談はさておき、流石に聞き捨てならない単語が聞こえたので再びリュシアの方向を向く。
だってパエトーン、よりにもよってパエトーンである。原神の世界任務をそれなりに消化している人物なら、その名前が如何にやばいのかは身に染みているはず。というか今思えばへーリオスもパエトーンに関係していた気がするし、絶対何か厄介な事情持ちでしょこの人(?)。
「た、旅人、何か……?」
「いや、何でも……」
ギリシャ神話はこの手のサブカルチャーでは一般教養かってくらい時に引用されたりするが、残念ながらwikiを流し読みしたくらいの私では詳しい伝承は分からない。ただ、あの世界任務の内容からして、おそらくパエトーンは神話でも踏んだり蹴ったりで碌な目に遭っていないような人物なのだろう。
そんな名前を肩書として有する人物──単にそのパエトーンの……例えば実は足が凄く速いとか、そういう特徴を揶揄して付けられた渾名ならまだいいが、もしも自分から、あるいは誰かに言われてそう名乗っているようであれば──彼女は相当な厄ネタを抱えているかもしれない。
「……パエトーン、ね」
『???』
きょとん、と首を傾げるボンプから中の人物の表情は読めない。そもそも挙動が反映されてるかすら知らない。ただ、彼女が私たちを嵌めるつもりなら、ここで姿を見せる意味はない。ひとまずその事実だけを判断材料として、私は依頼人に確認を取る。
「どうかな、リュシア?」
「へぇっ?! あ、あたしは別に? 協力してくれるなら、素直に甘えてもいいと思うけど」
何故か声が上擦ってるリュシアの許しを得て、私たちはパエトーンに協力を仰ぐことにする。いやすっごい字面だ。とても不安になる。やっぱこの名前やめた方がいいよリンさん。
しかし、彼女も伊達に伝説のプロキシとは呼ばれてないようで、彼女は個人の伝手で軍の信頼できるところにこの基地の情報を渡すらしい。なんかパエトーンが優秀だとそれはそれで妙な不安に駆られてしまうが、流石に私の知る『パエトーン』ほど、悪辣な存在ではないと願いたい。
☆☆☆
投資で儲けた人ってこんな気分なんだろうか。
「リュシアさん、宜しければこちらを」
「あ、ありがとう……ございます」
好奇心から夜通し基地内を見回り、流石に一度休憩しようかと考えて、受付近くの椅子に腰をかけたその時、狙ったようなタイミングでダイアリンさんが飲み物を渡してくれる。
否。狙ったような、ではなく、実際にタイミングを狙っていたのだろう。少しでもあたしの好感を得て、それにより旅人の行動を誘導するために。ここまで行動が透けると微妙な気持ちになるが、気遣い自体を悪く思う人はあまりいない。あたしもその例に漏れず、程よく温められたココアがまるで内側からあたしの警戒をほぐすように体内を巡る。
多少不審に思われても、トータルでプラスになればいい──そんな考えだったりするのだろうか。それでもあたしにはそういう考えはよく分からないし、どんな理由であれ彼女の好意を計算だとかそういう無粋な感情に当てはめるのは、過程の話でも嫌ではあるけど。
「……見張り役なら、本当に心配はいらないよ。あたしは山羊のシリオンだから、昼間にちょくちょく隙を見て寝ているの。そもそもこんな施設内で見張りなんて必要ないかもだけど、普段から旅人に任せきりな分、このくらいは」
「いえ──あたしは普段、ホロウでは眠れないんです。ですがご安心を。直前にたっぷり休息を取っていますので」
そっか、と深くは聞かず頷く。ホロウ内部は無音ではあるが、だからこそ落ち着けないと称する者も数多くいる。小鳥の囀り、小枝の軋み、小川のせせらぎ──環境音による安眠法があるように、ほど良い雑音は、脳に柔らかな刺激を与える。
そうでなくても、あたしのような例外を除いて、ホロウに何日も籠るような状況の方が稀だ。いつ何時空間が歪んでエーテリアスが飛び出してくるか分からない状態で、落ち着いて眠れという方が酷だろう。
「ですが、そうですね。あの輝磁による合金のおかげでしょうか。この基地内は本当に静かで──今日は、少しだけお言葉に甘えようかと……」
言葉通りに。そう時間も経たないうちに、蹲った姿勢のダイアリンさんから、すーすーと静かな寝息が聞こえてくる。よほど疲れていたのだろうか。隙間から覗く表情はとても穏やかで、彼女の風貌と合わせて泣き疲れた子どものようにも見える。
(彼女、いつからあたしたちを監視していたのかな……)
監視対象に見つかったから警戒も何もなくなって緊張が解けてしまった。間抜けな話ではあるが、彼女の置かれた立場を思うと無理もない。
ある意味でTOPSの象徴でもあるホロウを潰して回る謎の人物。ただでさえ半信半疑だっただろうに、それが事実ならそんな規格外の存在を相手に監視をするなんて、遠回しな死刑宣告と取られてもおかしくない。
先の休息を取った旨の発言も、果たしてどこまで信じていいものか。未だ歳若く見える旗袍姿の女性。衛非地区に住むオペレーターがその貧乏籤を引き受けたのだとしたら、下手をしたら彼女はもう一月近く碌な睡眠を取っていない可能性だってある。
何だかんだと、直接的にあたしの行いの煽りを受けた人物を見たのは初めてかもしれない。衛非地区からは逃げ出した。十二分街では見て見ぬフリをした。パパゴホロウではどうなのか。少なくともこの場所には、誰かが必死にこのホロウに臨んだ証がある。
初代虚狩りの伝説。それを耳にするたびに、あたしは頭が下がる思いになる。同世代と比較しても肉感的に成長した身体。けれどあたしの心はあの頃のままで。旅人という名の剣を振り翳し、実感もないまま彼らの真似事をしている。
もしも彼らが今のあたしを見たら、果たしてどんな反応をするだろうか。笑われるか、罵られるのか。覚悟なんてない。意思すらもない。あたしには何もない。ただ、たまたま全財産を擲った宝籤がとんでもない大当たりをしただけの一般人だ。
まだまだ子どもにも見える彼女と、どちらが立派なのかは明白だ。でも、あたしはそれでも。彼女のような人たちを踏み躙って、目的を叶えなければならない。
強迫観念に突き動かされているのは理解している。振り返ったら立ち直れない自覚もある。まるであたしの心のように、どこまでも幼い感情のままに。真っ直ぐに、向こうみずに──その後のことは、ひとしきり遊んで、後片付けが済んだら、ゆっくりと考えよう。
……………………
………………
…………
「お前が柳の言っていた“旅人”だな」
とんでもない人が目の前にいる。
あれから一晩が明け、あの色々と計り知れないリンさんの言う“人脈”。てっきり軍のお偉いさんにちょっとした伝手がある程度かなと思っていたのに、やってきたのはまさかの現代の“虚狩り”その人である。というかいくらなんでも早すぎない? 例の如くパパゴの規模が多少落ちてたにせよ早過ぎるよ。
「……どうした?」
「あ、いえ……」
視線が気になったのか、起伏のない声でそう問われる。どうやら噂通りの人らしく、それがより一層事態の深刻さを加速させる。こんな人まで平然と顔を出しちゃうとか、あたしはもう、本当に戻れないとこまで来ちゃったんだなぁと。
星見雅。かの初代虚狩りがひとり、星見家三代目当主の系譜を継ぐ者にして当代最年少の“虚狩り”。血筋も、環境も、才能も。身勝手で重過ぎる重圧を一身に受け、その全ての期待を上回ってきた正真正銘の怪物。
そんな彼女と対峙する我らが“旅人”はと言うと、いつものように人当たりの良い笑顔で彼女へと手を差し伸べる。正直、風格で判断するなら完全に負けている。なんなら旅人の剣は対人に特化している訳でもないらしいので直接戦闘でも下手したら負けるかもしれない。
ただ──
「お前は──」
「???」
“旅人”の真に恐ろしいところは、その底知れなさにある。
存在の格──とでも表現すれば良いのだろうか。長く接してるあたしや、そうじゃなくても感覚が鋭い人なら否応なく理解する。単純に彼女は、何かが“違う”のだと。
血筋も。環境も。才能でさえも。彼女の生きた証はこの世界に存在し得ない。文字通りの意味で
しばらくそんな旅人を見ていた星見家の剣豪は、やがて小さく「何でもない」と零し、
「対ホロウ6課課長・星見雅だ。よろしく頼む」
「冒険者協会所属、風と自由の国モンドの栄誉騎士、蛍。こちらこそよろしく」
こうして互いに肩書の意味も、その価値をも理解しないまま行われた会合は、意外にも波風が立つようなこともなく穏やかなままに終わる。というか案の定だけど凄い立派な肩書持ってるし、やっぱり旅人って向こうではかなり名の知れた人物なのでは……。
事態は加速する。行き先が減るにつれ、急流のように、周囲の岩盤を削りながら。
この日から2日後。ちょっとしたアクシデントこそあれど、最初にあたしが予想した通りの時間を経て、遂に人類は『神の迷い路』を攻略する。
それは人々が伝説を乗り越えた証。半ば神格化された虚狩りの称号を、衆愚の手で地に堕とす行い。それに彼らは何を思うのか。どんな影響が起こり得るのか。今だけは考えたくもなかった。