本能的に相手の攻め方が分かるタイプ。
かの“虚狩り”との模擬戦を経て、旅人が彼女に下した評価がそれだ。側から見ていたあたしにしてみれば、とにかく手数で翻弄するタイプにしか見えなかったので疑問符が湧き出たが、それに対する旅人の反応はシンプルで、
「だってエーテリアスにあんな攻撃はしないでしょ」
「……。まあ……」
一手一手にフェイントを織り交ぜ、徹底して旅人の膂力と張り合わないよう浅く削る。トラキアンが相手ならそんな攻撃は薄皮を裂くだけに終わるし、ミミック蟹なら攻撃すら通らない。まさか現代の虚狩りがそんな素人が一目で分かるような弱点を抱えているはずもなく、ならば実際に手合わせをした旅人の感想こそが正しいのだろう。
が。
「そうなのか。勉強になった」
「…………」
問題なのはその評価を、何故か当の本人が他人事でロクに把握していない点だ。理由を聞くと「切れば分かる」と、これまた回答になっているのか怪しいものばかり。当代の虚狩りは思慮深いと聞いていたのだが、これ実際はかなり天然が入ってない???
少なくとも、冷酷な殺戮マシーンという、彼女の人柄を知らない人物が第一印象で付けたのだろう失礼極まりない蔑称にはほど遠く、そこには不器用ながらも確かな人間味が感じられ、良くも悪くも、旅人とはまた違った意味で浮世離れした人物──それがあたしの、実際に接した“星見雅”に対する感想だった。
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………………………
……………
──パパゴホロウ跡地。現在、あたしたちがここ数日滞在しているオーモンド調査基地は、今はそのような地名で呼ばれているらしい。
零号ホロウのアルペジオ断層のようにH.A.N.Dにも登録されている正式な地名ではない。あくまでラマニアンを初め攻略された原生ホロウを呼び表す単語が無かったが故に、主に衛非地区で語られていた通称がじわじわと拡散、派生して普及した結果なんだそうな。
「ラマニアンホロウの鉱区が閉鎖された、という話はご存知でしょうか」
「えっと……」
月城柳、と名乗った桃髪に眼鏡が特徴のシゴデキお姉さんはそう切り出す。
耳に掛かる前髪を掻き上げ、そのまま眼鏡をクイっと動かす。対ホロウ事務特別行動部第六課の副課長である彼女は、普段から事務仕事に不向きな同僚の業務を一手に担っているだけあって非常に聡明な人物らしい。
穏やかな物腰の彼女に対し、しかし当然ながらラマニアンの現状にも意図して目を逸らしていたあたしにはピンと来ていない。けれど彼女はそんなあたしを見て叱るでもなく、赤子を諭すよう丁寧に現状の解説する。
「原生ホロウは構造が複雑怪奇で且つ、外観に比べ内部が明らかに肥大化しているのはご存知とは思いますが──ならばそれを解除してしまえばどうなるのか、という疑問は以前より議題に挙げられていました。
とはいえ、これまで“消滅”にまで至ったホロウはその全てが共生であり、内部の空間も構造の置換こそあれ外部のソレと大差はありません。
ですので、空間の拡張が顕著となる一定の閾値──ゼンレス限界を迎えた後のホロウがその後に解体された場合、それが現実にどのような影響を齎すのか。此度の貴女たちの試みにより、それが明らかとなったわけです」
「…………」
逃走防止のためなのか、彼女は話題を切り出す直前に、やや過剰なくらい“貴女たちを責める気は微塵もない”と前置きした。それだけ旅人を重要視しているのか。やたらと到着が早かったのも事前にパパゴ周辺で仮拠点組んで待機していたかららしい。うんまあ知ってた。
「結論から申しますと──ラマニアン鉱区は
「うわぁ……」
そうなっちゃうのか……いやまぁ重力とかもおかしい場所があったし、ある意味では妥当なのかな? 利権争いの真っ只中で人影が少なかったことだろうことが救いか。それでも結構な人数が巻き添えを喰らっていそうだけど。
「…………」
「ああ、ご安心を。ラマニアンホロウは時間が深夜帯だったこともあり、
でもそれってつまり公式じゃない
めちゃくちゃ白々しい声で言う彼女に若干の恐怖を覚える。彼女たちにしてみれば特にホロウレイダーなんかは自業自得なのでむしろ爆笑案件なのかもだが、やらかしたあたしからすると冷や汗が止まらない。そりゃああたしだって襲ってくるホロウレイダーの武器剥いで放置とか間接的なアレコレはあったけどさ。
「折り重なっていた空間が解け中心部に雪崩れ込む。結果そのものは予想していた仮定のひとつではあります。しかし、“昔日の丘”や恒星ビルはいずれも其処がホロウの中心部だと認識できない位置にあったため、事前の特定は不可能に近いと言わざるを得ません。
こちらの基地で行われていた計画も
「まあ……」
それはそうだろうな、としか言えない。むしろあんなホロウ空間で正確に中央で基地を構えるとか、もしそれが出来るならその技術をもっと現代に普及させてよと。いやこの調査基地の超技術だけでも大概だけど。やっぱり初代虚狩り関係だけなんかおかしいよ。
「貴女たちは“旅人”さんの特異体質を利用し、ホロウを端から一直線に横断する形で攻略していたと聞き及んでおります。
この基地に到達したのが侵入からおよそ半日。パパゴホロウ攻略が計4日と5時間。そして此度の中心部はこの基地から南に十数キロ向かった先──即ち、旅人さんがこれまで通りの方法で攻略する場合、内部の位置関係につきましてはかなり信頼できる結果になるのではないかと」
攻略中にホロウの外観とあたしたちの位置関係が具体的にどうなっているのか気になってはいる。徐々に縮小するのなら逆に攻略直後はホロウ中心部でなければおかしいし、しかし実際はパパゴホロウ南端に相当する座標であたしたちはあのホロウから解放されていた。これまであたしや旅人が崩壊に巻き込まれなかったのも同様の理由だろう。
そこで月城さんは一度言葉を区切ると、どういう意図があるのか、腰に下げたままの武装を一瞥して、
「貴女たちが次に攻略するプルセナスホロウは、その特異性から横槍が入る可能性は極めて低いでしょう。
しかし同時に、その特異性により苦戦を強いられる可能性も──あるいは“旅人”さんであれば、と期待してしまうのは、本来なら良くないことではありますが……」
彼女が視線を移したその先。そこには刀剣コレクターの血が騒いだのか、旅人に剣を見せるように
結局、あたしにはどちらが模擬戦の勝者なのかすら分からなかったが、少なくとも互角以上に競っているように見えた。それだけの力を持った人が同行するというのは有難いやら恐ろしいのやら。またあたしの監視が増えてしまうのか……。
それからはしばらく旅人との出会いとか、多分探りを入れられてるんだろうなぁ、って話題を曖昧な笑顔で濁していると、やがて満足したのだろう、どこか機嫌の良さそうな星見さんと旅人がこちらに気づいて近寄ってくる。
「お疲れ様です、課長。旅人さん。ですが課長、どうして突然模擬戦などと……?」
「なに。模擬戦は口実だ。マニア、と言うのだったか。『無尾』にも決して劣らないだろう旅人の剣を、一度間近で見てみたいと思ってな」
「また変な言葉を……それで、どちらが勝ったのですか?」
「難しいな。事前の取り決めの通りなら、私の勝ちということになるが──このような地形では、一度空に逃れられては、以降は嬲り殺しを受けるだろう」
「但し、本気ならそれを防ぐために初手か不意打ちで首を刎ねて来るはず。当然それはこちらも警戒してるから──まあ難しいところだね」
物騒な会話。細かい駆け引きはさておいて、とにかく虚狩りが想像よりもやばいことは理解した。いや、この場合は旅人が凄いのか。だって“旅人”なんて肩書、どう考えても戦闘に特化していると言い難い。まあ野盗から自衛できる程度の能力は欲しいだろうけど──手慰みの剣でこの世界最高峰の戦力と互角なら、むしろ出来過ぎてるとも言える。
「プルセナス及びその共生ホロウは、生き物に対し強い反応を示す通常のエーテルとは異なり、無生物を強く拒絶します。
詳細は伏せますが、そのため
「虚狩る戎具……?」
きょとんとする旅人。何故か自慢げな星見雅さん。さっきからいちいち本当に人間味に溢れてるなこの人。じゃなくて、
聞いたことはある。虚狩りと密接に関係する特殊な力を内包した武装の存在。いずれも人知を超えた性能とそれに相応しい代償を要求し、彼女が虚狩りになったのも、不自然に手放そうとしないその武器のおかげだとか──噂話、だと思っていたけど。
「数打ちの刀で宜しければ、必要とあらばいくらでも用意致します。ですが戦闘中に折れるリスクを考えると──そもそも旅人さんには無用の長物かもしれませんが」
「いや……」
少し考え込む仕草をする旅人。水球などで遠距離攻撃もできる彼女だが、何だかんだと戦闘では剣を主体として扱っていたし、そもそも自慢げに見せびらかしてた辺り剣自体に思い入れもあるのだろう。
「残念ながら、似たような剣は私には思いつかないけど──戎具って言うくらいだし、他の武器に心当たりがあるの?」
「それは──」
「
端的に。
月城さんの迷いを掻き消すように。星見家筆頭の力強い肯定が、まるで彼女が放つ剣尖の如く鋭く会話に切り込まれる。
「其れは、お前たちの始まりの土地。雲嶽山の創始者が作り上げた物にして、歴代宗主に継承され続けた一振り──青溟剣。
かつてラマニアンに起きた未曾有の大災害を抑えたあの剣ならば、あるいはプルセナスホロウにも対抗できるかもしれない」
そうしてあたしは今一度その場所へ向かう。あたしたちの始まり、今でも忘れないちょっとした軽口で、この無謀な挑戦を強いることとなった土地──澄輝坪に。
待ち受けるのは希望か絶望か。はたまた住民に門前払いを喰らってしまうのか。何れにせよ、永遠に目を逸らすなど出来はしない。それが必要であるのなら、何としてでも進むだけだ。