今回は原作の少年院の話ですが、あっさり終わります。
建振熊が全部吹き飛ばしてしまうので。
自分にピッタリな得物を手に入れた建振熊は、五条の案内で一年生の教室へ向かった。
旧校舎という言葉が似合う程に古びた校舎の二階廊下の突き当りにある教室の前で、五条は「おっまたー!!」といつものテンションでガラッと引き戸を開けと、中には既に男子二人・女子一人の三人の生徒がいた。
男子の内、一人は薄茶色でツーブロックの短髪頭で両目尻の下には一対の小さな溝がある。もう一人は無愛想なツンツン頭で、素っ気なさそうに見える。紅一点である女子は茶髪が特徴で、いかにも勝気な性格に思える。
その中で未だ14歳の自分が輪に入るのだが、どうにも気になるのがいた。
(あのパーカーの奴、何か覚えのある気配がするな…)
「先生、どうしたん? まさか新入生?」
「そ! 今日からみんなと一緒に過ごす古熊建君だよ」
「どーもよろしく」
とりあえずピースサインをすると、三人はそれぞれ自己紹介をした。
「俺、虎杖悠仁!! よろしくな建!!」
「……伏黒恵」
「釘崎野薔薇。紅一点よ」
「おう、お願いしますぜ
建振熊の言い回しに、三人がピクリと反応した。
まるで自分が年下であるようだ。
「五条先生、どういう事ですか」
「建はね、中学2年生なんだよ。でも超飛び級で高専に入学する事になったんだ。学長も了承済みさ」
「マジで!? じゃあ滅茶苦茶強いって事!?」
「――当たり前だ、小僧。この俺と戦える程の強さだぞ。呪力出力に至っては俺以上だ」
突如、教室内に威圧感のある邪悪な声が響いた。
全員が虎杖の方に目を向けると、彼の左頬に口と目が出現していた。彼に受肉した宿儺だ。
呪いの王の小さな眼は、建振熊を捉えた。
「す、くな…?」
「ケヒッ……まさか受肉ではなく転生してたとはなぁ」
かつて同じ時代を生き、奇妙な友情で繋がれていた王たる者の声掛けに、建振熊は薙刀を落とす。
その直後、背を向けて教室から出ていこうとする。
「待て、朋よ」
「っ……」
「おい、宿儺!! 怖がらせてんじゃねぇよ!!」
「黙れ小僧。俺は奴に用がある」
虎杖と宿儺が一つの体で言い争うが、それどころではない。
呪いの王と14歳の少年には、何らかの関係があるのだ。それも宿儺は「朋」と呼ぶ程に親し気だ。
宿儺がどういう存在かを知る者にとって寝耳に水であり、伏黒と釘崎だけでなく、五条も戸惑いを隠せなかった。
「……おい、小僧。3分でいい、肉体を貸せ」
「ハァ!? そんなの信じられるか!!」
「その間はこの場から離れんし、誰も傷つけんという縛りを結ぶ」
「縛り?」
「早い話が呪術版の「制約と誓約」さ。縛りを破ると相応のペナルティが科される。宿儺が結んでもいいという言い回しじゃないならいいよ」
五条は宿儺が本気で少年と話したがっていると判断して了承。
虎杖が目を閉じると、爪が黒くなって尖り出し、顔に紋様が浮かび上がり、両眼の下にもう一対の眼が開眼する。宿儺の意識が表面に出たのだ。
「……久しいな、建振熊」
「……いいのか」
不意に、立ち止まっていた建振熊が俯いたまま口を開いた。
全ての感情を押し殺し、絞り出すように宿儺へと言葉を返す。
「……お前に、あんな事させたんだぞ…?」
「……確かに不愉快極まりなかったな。そしてお前のいない世はつまらん人間ばかりだった」
静まり返る教室内で、宿儺と建振熊は会話を続ける。
「背けるな。こっちを向け、建振熊」
「っ……」
建振熊はようやく振り返る。
その表情は悲しみと後悔が入り混じり、大粒の涙を溢していた。
「俺とてあの日の事を思い出すのは不愉快だ。だが一々悔やむな。もはや過ぎた事だ」
「す、くな…」
「…二度とあのような不快な事を俺にさせるな。つつけばたちまち崩れてしまう生き物の為に心血を注いだ結果がアレだという事を忘れるな」
それは、自分と対等に戦える人間であった者への戒告。
全ての存在を見下す〝呪いの王〟なりの気遣いに他ならなかった。
涙が止まった訳ではないが心が軽くなった建振熊は、重い過去から解放されたように晴れやかに笑ってみせた。
「………俺を止めてくれて、ありがとな」
「ケヒッ…世話の焼ける男だ。おまけに惨めなまでに小さくなってなぁ」
「――てめぇ俺の感動を返せ!!!」
最後の一言でカチンと来たのか、泣き腫らした顔で薙刀を構える建振熊。
対する宿儺はどこ吹く風で、大層悪い笑みを浮かべている。
すると時間が来たのか、顔の模様が薄れていき、虎杖は肉体の主導権を取り戻した。
「……え? どうしたん!? めっちゃ泣いてるじゃん!!」
「うん…ちょっと整理しようか」
五条は状況整理の為、あらためて建振熊を問い質した。
「…で、本当にあの建振熊でいいの?」
「全部聞いてたろ」
「……マジか~!」
「五条先生、そんなにスゴいん?」
頭を抱えながら、五条は建振熊について三人に説明する。
「建振熊はね、ごく一部の地域で口伝で語られ続けている伝承でね。記紀に伝わる
「それ程の猛者が記録に載らないって事は、何か都合が悪かったんでしょ?」
「ほう、中々勘が鋭いな小娘」
そこへ、再び虎杖の頬から宿儺の口が現れる。
「……当事者でしょ? 理由知ってる?」
「愚問だな、呪術師。貴様らがやった事だぞ」
「……建振熊を記録から抹消したのは、五条先生の先祖なのか?」
伏黒は嫌な汗を流す。
思えば、宿儺についての記録は「呪術全盛の平安の世で、あらゆる術師が総力を挙げて挑んだが敵わず敗れた」が公式だが、
建振熊が宿儺と対等に戦えた事実は、呪術師にとって非常に都合が悪かったのではないか――そう考えるのも無理はなかった。
「……もしかして、建って当時の呪術師に騙されたの?」
「そうだ。当時は衛士であった建振熊を、俺以外の術師や呪霊はひどく恐れていてなぁ。それを良しとしない蛆共が罠に嵌めて俺との同士討ちを画策したのだ」
『ハァ!!?』
「俺と建振熊を都を滅ぼそうとした大罪人に仕立て上げ、それを呪術師共が討ち取る事で更なる名声と権力を得ようとしたのだろう。……洗脳したまでは良いが、結局は暴走した奴を御せず滅ぼされてたがな」
宿儺の口から、衝撃的な真実が告げられる。
要するに当時の呪術師達は、宿儺と真っ向から戦える建振熊を操り人形にし、手を汚さずに倒そうと漁夫の利を狙っていたのだ。仮に同士討ちにならずどちらかが勝ったとしても疲弊するのは避けられない為、弱ったところを討ち取る算段も織り込み済みときた。しかし彼を騙して心身を支配したまではいいが、コントロール不能になってしまった為、呪術師達がことごとく討ち取られるという自業自得な結末を迎えたようだ。
呪術界上層部は、かつては人々を呪いから守る為に呪術師達が結成した組織だったが、崇高な理念は時が経つにつれ腐敗していった――五条はそう認識していたが、実際は平安時代から腐っている部分があったのだ。
「そして正気を失った建振熊は都を破壊し始め、
「何やってんだよ、上層部~~~!! そのご先祖だけど!!」
「当時の呪術師クズすぎない!?」
「サイテー!」
「…こればかりは宿儺に非が無いですよ、五条先生」
五条は頭を抱え、虎杖達からも非難が相次いだ。
建振熊は平安京とそこで暮らす人々を護る兵士として生き、数多の呪いと戦っていたにもかかわらず、当時の呪術師は彼を疎ましく思って宿儺ごと抹殺を謀ったのだ。これが建振熊が宿儺の味方に寝返ったのならばともかく、自分達の利益の為に彼を罠に嵌めたのだから擁護しようもない。
「都を守護する一介の兵士に過ぎない建振熊だけが、宿儺と真っ向から戦えた」「建振熊の死の原因が現在の呪術界上層部の先祖で、宿儺はその報復を行った」――この二つの事実が露見すれば、呪術総監部の不要論どころか呪術界そのものが潰れかねない。
「ハァ……これで建振熊の記録がない理由がわかったよ。恩知らずもいいところだ、さぞ無念だっただろうね」
「で、俺はどうすりゃいい? 任務とかあるんだろ」
「うーん…そうだね! 次の悠仁達の任務からは一緒に行ってね!!」
「いや、全然安心できません」
相変わらず軽い五条の言葉に、伏黒は異を唱えた。
いくら歴史から消された伝説の猛者でも、転生した現在は14歳の少年。育ち盛りや成長途中と言えば聞こえはいいが、自分達よりは身体能力という面では未熟な部分があるはず。下手をすれば肉体が呪力出力に耐えられなくなって重度の障害を抱えたり、戦いで一生癒えない傷を負うかもしれない。それこそ、せっかくの二度目を人生が短命で終わりかねない。
そう訴えるが、五条はそれでも任務に行かせなければならないと言い張った。
「恵、建は呪術界の黒歴史なんだ。闇に葬ったはずの建振熊がこうして復活したとなれば、上層部が放っとかないのは目に見えてる。もっとも、上層部がどこまで建振熊を知ってるかにも寄るけど」
「心配し過ぎだぜ。殺しに来る奴らなんか全員吹き飛ばしてやる」
「不安しかない!!」
豪語する建振熊に、虎杖はツッコミを入れた。
しかし後日、三人は思い知る事となる。
建振熊の力が、自分達の想像を遥かに超えるものである事を。
*
東京都西東京市。
呪術高専配属の人間としての初陣…建振熊はジャージ姿で英集少年院に参上した。
「我々の窓が
補助監督・
聞けば、受刑在院者第二宿舎に5名の在院者が呪胎――胎児や繭のような状態にある未完成の呪霊――と共に残されており、変態を遂げるタイプの場合は特級に相当する呪霊に成るという。
そう告げられた伏黒と釘崎が顔を強張らせる反面、虎杖はピンと来ない表情で、建振熊に至っては欠伸をかましていた。
「この業界は人手不足が常、身に余る任務を請け負う事は多々あります。ただ今回は異常事態です……
「あー…成程。そういう事だよな、旦那」
「だ、旦那…?」
旦那呼ばわりされた伊地知が困惑するが、建振熊は構わず言葉を続けた。
「これは俺か虎杖先輩のどっちか、あるいは両方をぶっ殺す為の罠ってヤツだな。舐められたもんだぜ、呪霊如きで体良く始末できると思ってやがる。ま、喧嘩売られちまったからにはやり返さなきゃな」
「そーなん!?」
「……あり得る話だが、だったらなぜ俺達も」
「嫌がらせだろ。そんなに気に入らなきゃぶん殴りに行きゃあいいのに」
出撃する気満々で薙刀を肩に担いだ建振熊は、曇り空を仰いで呟いた。
「変わんねぇなぁ、呪術師は。……変われねぇのか」
伊地知から任務はあくまでも生存者の確認と救出であると念を押され、帳を下ろされてから突入する四人。
しかし内部はすでに生得領域――ざっくり言うと心象風景――が展開されており、異世界そのものとなっていた。
出入り口も消滅しており、脱出できなくなっている。
(呪力による生得領域の展開…こんな大きなものは初めて見た…)
「ほー…奴さん、まぁまぁ腕が立ちそうだな」
「スゲェ冷静だな、建」
「俺も呪霊によく狙われてな。しょっちゅう閉じ込められたんだ。ま、当然領域ごと吹き飛ばしたけどな」
スタスタと歩き出した建振熊に、三人は付いて行く。
「ちょ、ちょっと! 無防備過ぎない?」
「あからさまに慎重で警戒が強いと、向こうも出てきちゃくれないんだよ。少しくらいバカっぽい方が出てきやすい」
「お前…呪霊を祓う気か!? 相手は特級だぞ!!」
「こういう場合は、領域の支配者を倒すのが手っ取り早い。俺は〝あっちの土俵〟を破壊するのは三千世界で一等賞なんだ」
緊張感ゼロで建振熊は先頭を歩く。
しばらく奥へ進むと、彼は立ち止まって「南無」と小さく呟いた。目の前に惨たらしく殺されていた受刑者達の遺体が転がっていたのである。
心を痛めた虎杖は、どうにか遺体持って帰ろうと考えるが……。
「どうやら全滅は確定だな。帰るか」
「お、おい! まだ二人生き残ってるかもしれねぇだろ!」
「かもな。だがそりゃあ残り二人が化け物みてぇに強けりゃの話だ」
素っ気なく返答する建振熊に、虎杖は言い返そうとする。
その時、釘崎が引き攣った悲鳴を上げた。何事かと思って振り返ると、そこには白い顔面に紺色の手が張り付いたような姿をした人型の呪霊が笑みを浮かべていた。
呪胎は変態を遂げ、最上位の個体――特急呪霊に成っていたのだ。
「逃げ――」
逃げるぞ、と伏黒が言おうとした途端、紫色の血が噴き出た。
建振熊が薙刀を振るい、特級呪霊の右腕を斬り飛ばしたのだ。
「ギィィィッ!?」
「おっ、身体を真っ二つにするつもりだったんだけど……やるなぁ、お前」
先手を打たれた特級呪霊は距離を置き、薙刀を構えた建振熊は一歩前に出る。
恐怖で動けなかった自分達に対し、彼はたった一人動き、攻撃を当てて怯ませた。
これが、宿儺と戦える人間のチカラなのか。
「うっし、ちょっと一発ぶち込むとするか! 加減はできねぇぞ!!」
建振熊は薙刀の刀身に呪力を帯びさせ、諸手で構えた。
ゾクッとした寒気を覚えた特級呪霊は、すかさず呪力のバリアを展開。即座の反撃ではなく防御に徹したのだ。
しかし、呪いの王を超える呪力出力を有する建振熊には無意味だった。
「そぉら!!」
薙刀が豪快に振るわれ、呪力が凄まじい衝撃波として特級呪霊目掛けて放たれた――
「……大丈夫でしょうか…」
帳を張った伊地知は、結界の外で不安そうに待機していた。
特級相当が相手、しかも生死不明の5人救助に1年派遣はあり得ない。これが呪術界上層部による宿儺の器の抹殺を目的とした等級違いの任務だという事は、流石の彼でも薄々察した。だが、わざわざ用意したからと落命の危険を承知の上で突入してしまった。
死地へ赴かせてしまった罪悪感と焦燥感が胸を圧迫した、その時だった。
ドォン!!
「なっ!!?」
不意に轟音と共に地響きが走り、伊地知は反射的に振り返った。
「まさか、虎杖君達に…!?」
居ても立っても居られず、帳を解除する。
その先に広がる光景は、変わり果てた英集少年院の姿。まるでガス爆発でも起こしたかのように、施設の一部が吹き飛んでいた。
呪霊の自爆技の巻き添えになったのではないか――嫌な想像が脳裏を過り、慌てて瓦礫に駆け寄ると……。
「いやー、参った。やっぱ全盛期に届かねぇ」
「「「殺す気かお前!!!」」」
困った笑みで頭を掻く建振熊に、煙で顔が汚れた虎杖達はブチ切れていた。
どうやら特級呪霊の攻撃ではなく建振熊の攻撃の余波で巻き添えを食らい、どうにか脱出できた感じだ。生得領域は完全に崩壊しており、特級呪霊は彼の手で祓われたのだろう。
「しっかし、あれが特級か……思っていた以上に弱かったな」
ポツリと呟かれたその言葉に、開いた口が塞がらない。
通常兵器が呪霊に有効と仮定した場合では「クラスター弾での絨毯爆撃でトントン」と例えられる程に強力――それが特級だ。しかし建振熊は、会敵した時の選択肢は逃げるか死ぬかのどちらかである特級呪霊を、一撃で祓ったのである。それも領域内からの脱出自体に苦戦した様子も一切なく、むしろ建物ごと領域を破壊して。
これでまだ14歳の成長途中なのだから、頼もしさ以上に恐怖を覚えた。
「……なぁ二人共……これ俺達があいつに守られるんじゃね? これから先」
「言うな虎杖…」
「何でわざわざ口にすんのよ…」
三人は早く強くなろうと固く誓った。年下の男の子に守られては、色々と立つ瀬がないから。
翌日、事の顛末を聞いた五条は引き攣った笑みを浮かべ、夜蛾は頭を抱えた。
「アハハ、腐ったミカンが怒らせなきゃいいんだけどな…」
「その時は流石に止めてくれ、悟……」
次回あたり、宿儺と建振熊の手合わせを予定してます。
裏梅も早めに出そうと思います。