真人と建振熊。
両者の戦いは、ほぼ一方的なものだった。
「うらァ!!」
「がっ!?」
薙刀が振るわれ、左腕が斬り飛ばされる。
すぐさま肉体を再生させても、続けざまに袈裟斬りにされ、鮮血が舞う。
その痛みに怯んでいると、次々と呪力の斬撃の乱れ打ちが迫り、死に物狂いで躱していく。
建振熊の猛攻は、真人から反撃の術を奪い尽くしていた。
(何だ、こいつ!?)
先程まで舐め腐っていた相手の強さに、真人は心の内で吐き捨てる。
姿を変幻自在に変えても、奴は迷いなく攻撃してくる。
改造人間のストックを利用して攻めても、奴は迷いなく斬り刻む。
身代わりを作ろうとしても、その隙を与えない攻め方ばかりする。
なぜこうなったのか。最初は優勢だったのに、どうして。
その疑問が浮かぶ真人は、ふと気づいた。
(そう言えばあいつ、最初の内は回避に徹してたな……まさか!)
それは、真人が先手を打った直後。
自分はそのまま魂に触れて初見殺しを狙ったが、紙一重で躱され、それから数分は回避に徹していた。
それはつまり、最初に出方を伺い、術式やクセを見切ってからカウンターで力押しにして倒すという戦法である。
「チッ!!」
「今更遅ぇんだよ」
真人のクセを見切っている建振熊は、飛び膝蹴りで顔面を穿つ。
その強烈な一撃を受け、真人は何度も地面を跳ねながら転がされていく。
建振熊は追撃し、大の字で倒れる呪霊にとどめの一撃をぶちかますべく、跳び上がって薙刀を振り回しながら降下してくる。
「くたばれ!!」
(ああ…何て…何て新鮮なインスピレーション!! これが〝死〟か!!)
――今ならできるよね?
真人は〝何か〟を掴んだのか、確信を得た表情を浮かべた。
刹那、口の中に2対の両手を生やし、それぞれ弥勒菩薩印と孔雀明王印の掌印を結んだ。
(領域展開か!!)
呪力で構築した生得領域内で、必殺の術式を必中必殺へと昇華する呪術の極地〝領域展開〟。
真人は死闘――と言うよりほぼ一方的な暴力――を経て発現したのだ。
その事に建振熊が気づいた時には、すでに結界が完成しており……。
「〝
真人が展開した領域は建振熊を呑み込み、閉ざされた。
その流れを目の当たりにしていた虎杖と順平は、ハッとなって駆け寄った。
巨大な黒い球体なんとか壊そうと、虎杖は呪力を纏った拳で、順平は式神の澱月で球体へと攻撃を加えるが傷一つ付かない。
「ふざけんな! このままじゃ建が…!!」
「ふ、古熊君!!」
焦りながら球体を攻撃する二人。
そこへ1級術師の七海建人が現れ、二人に状況の説明を求めた。
「これは?」
「ナナミン、建がこん中に!!」
「……五条さんの言っていた助っ人ですか。マズいですね、領域展開の中とは…」
七海は苦い顔をする。
真人は魂に干渉する術式を持ち主。必中の領域内となれば、彼はまさに手のひらの上。いつでも好きな時に
反面、閉じ込める事に特化した領域に逆に侵入するのは容易い。なぜなら侵入者にメリットがないからだ。救いに行くなら、このまま強行突破すれば可能性はある。しかし、それは自分も無為転変を食らうという大きすぎるリスクを背負う事でもある。
どうすればいいのかと一瞬悩むと、虎杖の頬がグパリと開いた。
「やめとけ小僧」
虎杖に受肉した呪いの王・両面宿儺が声を掛けた。
「な、何だよ、いきなり!!」
「あの呪霊の領域を壊す必要はない。むしろここから逃げろ!」
「は?」
「領域ごと消し飛ばされると言っておろうが!!」
切羽詰まった宿儺の言葉に、3人は目が点になった。
その同時刻、真人の領域内では……。
「無為転変。君に感謝を」
「てめぇみてぇなカスに感謝される程落ちぶれちゃいねぇよ…!!」
薙刀を構え、刀身に膨大な呪力を込めていく建振熊。
絶体絶命の大ピンチに陥っているのに、それすら意に介さず攻撃を続ける少年に、真人は戦慄を覚えながら動いた。
――すぐにでもこのガキを殺さねば。
「〝
建振熊は薙刀を豪快に振るい、千年前から愛用の必殺技を発動。
真人目掛けて呪力を最大出力で飛ばした。
*
ドゴォン!!
「どわあああああ!?」
「うわあああああ!?」
「んなっ!!」
轟音と共に巨大な球体は爆散。
その衝撃の余波で里桜高校の窓ガラスはことごとく砕け散り、地響きが皆をよろめかせた。
「……っ!! 領域が」
「あっ!!」
七海と虎杖は、真人が展開した領域が消滅している事に気づく。
視線の先には、ほぼ無傷の建振熊と薙刀で串刺しにされ持ち上げられた真人がいた。
「かっ…」
「真人っつったか。こんなに成長が早い
ドンッ!
「ギャアァァァァッ!!!」
建振熊は薙刀に自らの呪力を流し、串刺しの真人に内側から攻撃。
彼の断末魔が辺りに響き渡り、全身から血が噴き出る。
「宿儺全盛期の平安時代を生きた俺にとっちゃあ、てめぇ程度はゴロゴロいたぜ」
「あ、がぁ…!!」
「さてとクソ野郎……誰の差し金か答えろ」
目を細め、殺意を向ける。
「な、んの…」
「白切ってどうにかなると思ってんのか? 宿儺を狙う呪霊なんか平安時代でも滅多にいなかったんだぜ?」
建振熊は、真人の裏に誰か――黒幕がいると確信していた。
問題は、宿儺との接触という危ない橋を渡る手段を用いた黒幕の正体と目的だ。
「っ…」
真人は、まだ微かに息がある。しかし、喋らない。
だが、建振熊にとってはそれも一つの答えだった。
「なぁ呪霊……今の時世じゃあ、無言は肯定って理屈があるようだぜ? 反論しねぇでくれてありがとな」
「なっ…!?」
「虎杖先輩を「宿儺の器」と声を掛けた時点で、
つまり、何を言っても建振熊はこの場から逃がす気は無いという事で。
真人はようやく
「敵なら〝戦力〟は削いでおくに越した事はねぇよな?」
左手でつくった拳に呪力を帯びさせ、とどめを刺すべく振りかぶる。
すると、真人の身体が一気に膨張し始め、パァン! という破裂音と共に弾け飛んだ。
一同が怯む中、建振熊はすぐさま真人を追跡。魂の輪郭を変える事で変形し、排水口へと潜って逃走した。
「チッ! 逃げられたか。宿儺とタメ張ってた頃はアレぐらい……」
「ケヒッ! 力不足だな、建振熊」
顔を顰める建振熊を宿儺は嗤うと、彼は不機嫌そうな顔で反論した。
「
「ケヒヒヒ! 俺にとっては未熟も力不足も大して変わらん。小僧よりマシだがな」
「正論言ってるつもりだろうけど未だに虎杖先輩の肉体を自力で乗っ取れねぇてめぇは何なんだよ? 俺が力不足ならてめぇは衰えだな」
「殺す」
「おうおう、やってみろよ。むしろ俺の方からてめぇの領域にお邪魔して全部吹き飛ばしてやる」
「あの、俺を介して喧嘩すんのやめてくんない!?」
いがみ合う建振熊と宿儺に、順平と七海は呆然とするのだった……。
国内某所。
月明かりが部屋の中を照らす部屋で、額の縫い目が特徴的な藍色の僧衣と五条袈裟を着た呪詛師――
といっても、夏油傑は仮の姿で、真の名は別にあるのだが……。
「まさかあの建振熊が転生してたなんてね……」
舌打ちしたい気持ちを抑えながら、特級呪霊達と行動を共にする夏油は忌々しそうに呟く。
その名を知る術師は一握りしかいないが、呪術全盛を生きた者にとって建振熊は呪術を扱う者全ての天敵で、彼に見つかる事を恐れる者が多かった。
夏油自身、気まぐれな性格をしている宿儺よりも厄介な相手で、見つけ次第何の兆候も見せず容赦なく攻撃してくる上に悪事に関する勘が鋭い建振熊が大嫌いなのである。
「貴様がそこまで忌み嫌うのか?」
単眼で頭部が火山のようになっているお歯黒の特級呪霊・
それに続き、眼球があるべき穴からは角のように2本の枝が伸びている筋骨隆々の特級呪霊・
〈何か因縁があるようですね〉
「彼が五条悟に与している以上、たとえ宿儺を引き込む事に成功しても簡単には行かないよ」
「何だと?」
「五条悟と建振熊を同時に相手取れば、宿儺でも敗北する可能性がある」
「……マジで?」
傷を癒す真人は引き攣った笑みを浮かべ、そんな化け物に喧嘩を売ってしまった事を今更になって後悔した。ほんの少しだけ。
「デタラメは言ってないよ。事実、千年前の建振熊は宿儺とほぼ互角に戦えた。今は全盛期の力が完全に戻ってないようだけど、今の時代の術師では特級以外は話にならないのは確かさ」
『……』
「何より、宿儺の手の内をちゃんと知っている。高専側にとって大きなアドバンテージだ」
それこそが夏油の懸念事項だった。
宿儺の術式やクセを熟知している建振熊が高専側と情報共有していた場合、徹底的に対策を取るのは間違いない。もし宿儺が建振熊と五条によって敗北を喫したら、呪いの世界は夢のまた夢どころではない。自分達があらゆる手段を使ってもどうにもできない未来しかない。
両面宿儺が完全復活しても、その後が一番の正念場なのだ。
「とにかく、彼が私の動きを勘繰った可能性が否定できない以上、しばらくは身を潜めよう」
「え~?」
「焼き殺せばいいだけの話…ではなさそうだな…」
一切の余裕を失った夏油の表情を見て、漏瑚はたった14歳の小童が一筋縄ではいかない事案だと悟り、嫌な汗を流すのだった。
真人は完全に終了しませんでしたが、メロンパンにフラグが立ちました。(笑)
ちなみにメロンパンも建振熊にボコボコにされた事があるので、ちょっとトラウマになってます。