死後の世界
気づいたら私は白い部屋にいた。
「やあ」
「……」
ヒトガミは健在だ。でも、心なしか苛立っているように見える。……まあ、それも当然か。
「本当に君はよくやってくれたね」
「それはどうも」
「皮肉のつもりなんだけどなあ」
そんなことを言われましても。私は私なりにがんばったんですー。
「それにしても、君、そんな顔をしていたんだね」
言われ、私は己の姿を見る。
いつしか、私の姿は変わっていた。
骨と皮しかないような貧相な身体…………ではなかった。
私の姿は、この世界で慣れ親しんだ身体へと変わっていた。
顔は見れないからよくわからないが、なんだかいつもよりハリがある気がする。最後の方はスキンケアとか何もしてなかったしなぁ。
「見たことなかったの?もったいない。超絶ぷりてぃーなのに」
「……ああ、僕の目は、魂を直接見るからね。君の身体と魂に違いがある事ぐらいは知っていたけど、実際に見たのは、これが初めてさ。確かに、あっちよりはいいんじゃない?」
だまれや。
というか、今更判明した新事実。
しかし、よくよく考えてみると、私もコイツの顔を知らない。ボヤがかかってはっきりしない。まあきっとぶっさいくだろう。うん、多分そう。
しかし、なぜ、いまさらになって私の身体がこんな風になったのか。
……説明はいるまい。
「何にせよ、これで君は終わりだよ」
「……ああ。ついに終わったんだね」
私は死んだ。悔いも後悔もある。でも楽しかったことの方が多かった。きっと。
「君には本当に期待していたのに、とても残念だ」
「そうね」
「僕の切り札を使い切っても勝てなかった。きっと、彼がいるうちは上手くいかないんだろうね」
「まだ諦めないの?」
そう言うと、ヒトガミの気配が変わった。
怒りの気配だ。
「当たり前だろう。君は、あんな未来が来るのを知っていて、諦められるのか?ずっと一人で、何も出来ない、何も見えない。そんな中で、一万年も、十万年も過ごさなきゃいけない。耐えられないとわかっているのに、どうして諦められるんだ?」
まぁ、そうだろうな。私のですら十分に辛かったのだから気持ちは大いにわかる。
「まあ、そうね……」
「…………なにすました顔をしてるんだ。彼らが勝てるつもりでいるのか?」
「何か策でもあるの?」
「ああ、君のおかげでオルステッドが一定期間をループしているのを知った。君の方はよく分からなかったが、もう気にする必要もない」
「そう」
「僕が言ってる意味、わかるかい?ちんけな君が残したものを使って、君がいない世界で僕が勝つんだ。君はもう何も出来ない。何せ、死んだんだからね!君は自分の家族が互いにいがみ合い、殺しあうのを止めることはできない。僕に泣きつく事もできない。それどころか、見ることすらできないんだ!」
嬉しそうに語るヒトガミに対し、私は至極穏やかな気持ちでいた。
「そっか」
俺の反応に、ヒトガミはダンと足を踏み鳴らした。
「なんなんだ……!」
ダンダンと足を踏み鳴らしながら、苛立った声を上げる。
私は目を閉じる。
今のヒトガミの話を聞いて、なんとかして復活して家族たちを助けなきゃ……とか、そういう気持ちはわいてこない。
多分、ルディたちがなんとかしてくれるだろう。
私はゆっくりとヒトガミの方へと歩み寄った。
「私はもう、やり切った」
十分過ぎるほど生きた。年齢はそこまでいってはないが、精神的にはもうたくさんだ。
私は死んだ。私の役割はここでおしまい。今、目の前にいる相手が残してきた奴を害そうと言っているというのに、おかしな話だ。
でも、仕方ない。不思議なぐらい、心が穏やかなのだから。
「ねぇ、、ヒトガミ様」
「……」
「前にも一度、言おうとした気がするんだけど」
「……なんだい」
「私、とーってもあなたに感謝している」
ヒトガミが嫌そうな顔をした気がした。
もちろん、何度も騙されたりしたが、おかげで助かったこともそれなりにある。プラマイマイだが、受けた恩があるのは事実だ。
「……そんな事を言っても、僕は君の家族を狙い続けるよ」
「ああ……いや、うん。分かってるけど……」
「……」
「……」
それっきり、会話が途絶えてしまう。
いたたまれない空気が流れる。
「……なんで私はこの世界に来たのか分かる?」
それをぽつりと言ってみる。
「知らないよ」
ヒトガミもぽつりとつぶやくように答えた。
「本当に君たちは謎の存在なんだ。知っていたら君たちが誕生することはなかっただろうよ」
「ふぅん」
結局、私が生きている間には転移事件の真相もわからなかった。ナナホシが関与しているかもしれないと、本人は言っていたが定かではない。一種の自然災害と思うのが吉だろう。
「ん?君たちって言った?」
「……知らなかったのかい?君と双子の彼も一緒だよ」
「え!まじ!?」
確かに言われてみればそうだが……ナナホシだって向こうから来たわけだし……。よくよく考えてみれば子供の時から妙に大人っぽいっていうか、賢すぎたし。うっわ、盲点だった。嘘でしょ?待って、じゃあやり残したことあるかも。ルディがどんな人だったか知りたい。
仲良く双子で転生か。運命かな?これは。
「もういいかい?一人だけ興奮されても困るんだけど」
「うっ、はい。すいやせん」
フツーに怖い。殺されそう。いや、死んでるんだけどね。
まぁ、ヒトガミとしては面白くないか。結局私を含め、ルディの周りがコイツの今後を変えていくのだから。
「ていうか、私はこの後、どうなるの?」
「さてね」
ヒトガミは苛立ったまま、こちらを見ている。
「普通だったら、魂は魔力に還元され、他の魔力と混ざってから、他の何かに再構成される。けど、君は異世界の人間だから、どうなるかなんてわからない」
「そっか」
お父さんや師匠にでも会えるかと思ったが、そんな事はないか。ギースとかでもいいから誰かに会いたかったなぁ。
当たり前とはいえ、残念だな……。
でもまぁ、ルディのことだし骨は同じ場所に埋めてくれただろうから、それで満足しておくか。
「……」
見れば、身体が少しずつ薄れていっている。
これが魔力に還元されているということだろうか。これが、この世界での死か。もしかすると、この世界の他の住人も、死ぬ直前にこの白い部屋に来るのかもしれない。
もっとも、ヒトガミが会おうとしなければ、ただ白い部屋で消えるのを待つだけなのだろうけど。
そう考えると、ある意味天使か?いや、悪魔か閻魔様みたいなものか。死に際にニヤニヤと笑って人の一生を小馬鹿にする。
「ちっ……」
しかし、ヒトガミにはいつものニヤニヤ笑いは無い。
それどころか、苛立ちを隠せないようで、貧乏ゆすりまでしている。
「……」
私はそんなヒトガミの前に立った。
「まあ、私が言う事じゃないかもしれないけど……」
なんとなく、その肩に、手をぽんと置く。
「せいぜい頑張ってね」
ブチギレるかな……。
と思ったが、ヒトガミはため息のようなものをついて、肩を落とした。
そして、崩れるように座り込んでしまった。
「…………」
それっきり、黙ってしまう。
私はそんなヒトガミを見下ろしながら、周囲を見渡した。
相変わらず、真っ白だ。
何もない。
そして、私の身体ももう消える寸前だ。
意識も段々と薄れていく。
元の世界に戻るのか。それはいいかな。
記憶は残っているのか。
まあ、どっちでもいっか。
「じゃあね」
最後に一言。
段々と意識が薄れてゆく中、私はヒトガミの横を通りすぎて歩き始めた。
振り返る事なく、ただ真っ直ぐに。