「で、ここどこ?」
「は? え?」
「いや、だから。ここどこだ?」
男は辺りを見回す。私ももう一度見渡した。見渡す限りの砂、砂、砂。砂漠だ。近くに建物は見えない。
違う、それよりもさっきのループは。
「……知らない」
「なんで?お前が連れてきたんじゃないの?」
「いや、私も今初めて来たんだけど」
「そうなんだ」
男は顎に手を当てて考え込む。なんだ、さっきのはコイツのせいなのか?コイツの見せた幻覚……いや、あの痛みはなんだ、自分の感覚がなくなっていく感じ。確実に死んだ。
「じゃあさっきの技教えて」
「いや、いきなり何!?」
話が飛びすぎている。この状況に対して恐怖を抱かないのか?どこかもわからない場所に二人で取り残され、さらには魔物まで襲ってきたというのに。
というか、こっちはあのループのことで大変だっつの。
とりあえず助かったってことでいいのか?
「お前、さっき魔物の突進を受け流しただろ」
「……水神流のこと?」
「多分それ」
男の目が輝く。見た目は20代くらいだろうか。お父さんよりは若い。
「どうやった?」
「どうって……普通に受け流しただけだけど」
「普通に?」
男は首を傾げる。
「俺にはできない」
「えぇ……」
あんな化け物みたいな斬撃を放っておいて、水神流を知らないのか。
「じゃあ、なんであの技を…」
「技?」
男は少し考えた。
「……さっきの俺の剣のことか?」
「うん。あれって光の—」
「あれ、俺が昔見た剣士の真似だ」
「真似?師匠は?」
「シショー?よくわかんないが俺は一人で剣を振っていた」
男は自分の剣を眺める。よく見るとかなりボロい。刃こぼれしているし、かなり持ち手も汚れている。いや、それほど振り込んだということか?
「昔、奴隷だった頃に一度だけ見たんだ。信じられないくらい美しい剣だった」
「……それを真似したの?」
「そう。格好良かったからな」
男は笑った。
「何度も何度も真似してたら、いつの間にか使えるようになった」
「……」
私は思わず男を見る。誰にも教わらずに?見ただけで?あの技を?そんなことが可能なのか?
「やっぱりあの技って…」
「ふふん、俺はこう呼んでいる――」
男は剣を肩に担いだ。
「旋空弧月と」
「それ、違う作品だからやめときな」
「は?」
おそらく光の太刀。剣神流の奥義と言っていい技だ。極めれば剣先は光の速さまでに達すると聞く。お父さんですら出来ない技だ。
それを、この男は――。独学で身につけた?
「……」
私はもう一度、男を見る。砂まみれの髪。ボロボロの服。刃こぼれした剣。
とてもじゃないが、凄腕の剣士には見えない。
なのに。
さっきの一撃だけは、今まで見たどんな剣技よりも速かった。
くそっ、色々と情報量が多い。今何をすべきか考えるのが得策なはずなのに、この男への興味が消えない。
「とりあえずさっきの教えろよ。見た感じ、グッってやってスッ、ズザン!って感じか?」
「は?いや、ちょ」
なんなんだコイツ。擬音だけで分かるわけないだろう。……いや、お父さんもこんな感じだったか。
「いや、もうちょっとクンッ スサッって感じだな」
何を言っているのかはよく分からないが、動きとしてはかなり近いものがある。実際はもっと繊細な動作や力加減が求められるが、この流暢な動きは一朝一夕で身につけられるものじゃない。
「そんなことよりさ、まずこの状況を整理しようよ」
「そんなこと?剣より大事なものはないだろ」
「……っ、後で教えるから!!」
「ならいい」
あっさり引き下がった。
……本当に剣のことしか頭にないのか、こいつ。
でもギリ話は通じる。
「まず、私たちはどこか分からない砂漠にいる」
「そうだな」
「気がついたらここにいた」
「ああ」
コイツも似たような状況。犯人には見えない。私の家族も近くにいるのだろうか?光に包まれたのはみんな一緒だ。私だけ飛ばされたとは考えにくい。
「ねえ」
「なんだ?」
「あなたは、ここに来る前はどこにいたの?」
「寝てた」
「……どこにいたか聞いてんだけど」
「ロアの町だっけな」
……ルディが家庭教師に出向いた場所だ。もしやルディも飛ばされている?かなり範囲が広いな。
とはいえコイツにルディのことを聞いたとしても分からないだろうし、聞いてくれるかもわからない。
まあ、ルディなら大丈夫だろう。あいつ天才だし。
「じゃあ名前」
「名前?」
「あなたの名前」
「ああ」
男は少し考えてから、自分の胸を指差した。
「俺の名前は――」
そこで一度、言葉を切った。
「……なんだっけ?」
「は?」
「いや、なんだっけな」
男は真剣な顔で首を捻っている。
「いやいやいや、そこ忘れる!?」
「名前なんて呼ばれないからな」
「……」
冗談を言っているようには見えない。
「奴隷だった頃の名前は?」
「それが名前だったのか?」
「え?」
「呼ばれてたのは番号だった」
さらりと言う。私は思わず黙った。
男は気にした様子もなく、砂の上に座り込む。
「まあ、別に俺の名前なんてどうでもいいさ…お前は?」
「わたし?……レテシア・グレイラット」
「よろしくな、レテシア」
少しだけ心が軽くなった。
……変な奴だけど。敵ではなさそうだ。
「それで、レテシア。水神流っていうのは、あの受け流す技のことか?」
「……」
「教えてくれるんだろ?」
「今!?」
「後でって言っただろ」
頭を抱えたくなる。だけど――。
こうして話していると、さっきまで感じていた恐怖が少しだけ薄れていく。
ここがどこなのかも分からない。
家族がどこにいるのかも分からない。
さっきのループのことも。
そもそも、なぜ私がこの世界に生まれたのかも。
それでも。
「……まずは人のいる場所を探そう」
私は歩み続ける。