「リーリャさん大丈夫?」
「ありがとうございます、レテシア嬢さま。問題ございません」
どうやらルディはシルフィのことを男の子と勘違いしていたようで、あのような行動に至ったそう。
今は仲直りして元通りの関係に戻った……いや、前よりベッタリしているような。
最近はリーリャさんの様子が変だ。疲れているのかもしれない。
なぜなら、お母さんの妊娠が発覚したからだ。
私は知っている。お母さんはここ数年悩んでいた。
もう自分は子供が産めないんじゃないかと、ため息混じりに漏らしていたのを聞いたことがある。
それが、1ヶ月前ぐらいから吐き気や倦怠感。味覚の変化など、いわゆるつわりの症状が出始めた。
医者に行った結果、ほぼ間違いないだろうと言われたらしい。
グレイラット家はその報告に湧いた。
名前はどうしよう。部屋はまだあったよな。子供用の服は私たちのお下がりを使おうなど。
話題は尽きなかった。
その日はずっと賑やかで、笑いの絶えない日だった。
私もめちゃ喜んだ。できれば妹がいい。ベッタベタに甘やかしてやるぜベイベー。
大事件が起こったのは一ヶ月後だった。
———
リーリャさんの妊娠が発覚した。
「申し訳ありません、妊娠致しました」
家族の揃った席で、リーリャさんが淡々と妊娠を報告。
その瞬間、グレイラット家は凍りついた。
相手は誰……?
とは思いつつも、全員が薄々感づいていた。
リーリャさんは勤勉なメイドだ。
業務以外での外出はほとんどしなかった。
私は知らなかった。
性欲を持て余した
「す、すまん。た、多分、俺の子だ……」
猿はあっさりとゲロった。
情けない……。
いや、嘘をつくよりはまだマシか……そんなことはないと。
お母さんが鬼のような形相で立ち上がり手を振り上げるのを見て、私は戦慄した。
こうして、リーリャさんを混じえて、緊急の家族会議が勃発した。
——
沈黙を最初に破ったのはお母さんだった。
「それで、どうするつもり?」
私の目から見るに、お母さんは極めて冷静だった。
浮気した夫に対してただ一発頬を張っただけだ。ぶっちゃけもっとやっていい。
「奥様の出産をご助力した後、お屋敷をお暇させていただこうかと」
「子供はどうするの?」
「フィットア領内で生んだ後に、故郷で育てようかと思います」
「あなたの故郷は南の方だったわね」
「はい」
「子供を産んで体力の衰えたあなたでは、長旅には耐えられないわね」
「かもしれませんが、他に頼れる所もないので」
子供を生んだばかりの母親の一人旅。
どうやっても危険に決まってる。
リーリャさんがどんなに強かったとしても、赤ちゃんはどうだ。旅なんて耐えれるはずない。
「あの、母さん、さすがにそれは」
「あなたは黙っていなさい!」
猿が小さく口を開いたが、もちろんお母さんが聞く耳など持つはずがない。
「……………」
一瞬私の頭に堕胎という単語が浮かんできた。
いや、どうだろう。この世界に堕胎があるなら話に出てきてもおかしくない。
というか、赤ちゃんに罪はないのだから元気に生まれてきてもらうほかない。
今、お母さんは葛藤している。若いのに精神力が強い。普通ならヒステリックを起こし、その場の勢いでリーリャさんを外に追いやるだろう。
どうしたらよいのだろうか、というか私にできることはあるのか?
そんなことを思っているうちにルディが口を開いた。
「母様。一度に二人も兄弟が出来たというのに、なんでこんなに重い雰囲気なのですか?」
とても純粋な子供らしく。
そりゃそうだ。ルディはまだ子供なんだから知る由もないし、まだ知る必要もない。
「お父さん達がやっちゃいけない事をしたからよ」
「そうですか。しかしリーリャは父様に逆らえるのでしょうか?」
「どういう事?」
「僕は知っています。父様はリーリャさんの弱みを握っています」
「え? 本当なの!?」
どうやら風向きが変わった。リーリャさんの顔を見る限り本当っぽい。
「この間、夜中にトイレに行こうと思って廊下に出たら父様が……なんとかを言いふらされたくなかったら大人しく股を開けって言っていたのを聞きました」
「なっ! ルディ、なにをバカな……」
「あなたは黙っていなさい!!!」
お母さん金切り声を上げて、猿を制した。
「リーリャ、今の話は本当?」
「いえ、そんな事実は……」
リーリャさんは視線を彷徨わせた。心当たりがあるのかもしれない。
「そうね、あなたの口からはあったとは言えないわね……」
「母様。リーリャさんは悪くないと思います」
「そうね」
「悪いのは父様です」
「…そうね」
「父様が悪いのにリーリャさんが大変な目にあうのは間違っています」
「……そうね」
ごもっともである。やはり純粋無垢な子供の意見というのは時に素晴らしいものであるな。
そして、この状況で母に逆らうべからずと察したルディはよく周りが見えている。さすがはあっしの弟でござる。
「僕は姉様と一緒にいて毎日が楽しいのですが、生まれてくる僕の弟か妹にも歳の近い兄弟というのはいたほうが楽しくなるのではないでしょうか」
「………そう、ね」
「それに母様。僕にとっては両方とも兄弟です」
「お母さん、私も。家族はいっぱいいたほうが楽しいよ」
「…………わかったわよ。もう、あなたたちには敵わないわね」
お母さんは大きくため息をついた。
諦めたような。安堵したような。優しい雰囲気が感じ取られた。
それに、ルディが私といるとたのしいってよ!!
うれしいね!!
「リーリャ、うちにいなさい。あなたはもう家族よ! 勝手に出ていくのは許さないわ!」
猿は目を見開き、リーリャさんは口に手を当てて涙ぐんでいた。
一件落着。
ルディさまさまですわ。
そして二人の赤ちゃんが生まれた。
お母さんの方はノルン。
リーリャさんのほうはアイシャだ。
どっちも可愛い私たちの妹。
ずーっとずーっと大切にするからね。
次回、序章終幕。